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星の泉  作者: 詩穂
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24話 さいかい

アンジュ・クラント(見た目は16歳、年齢は30超え)中身は500年前王国から消えた天才魔術師エル・ウォッカ

ミルフィ―・テロット(16)アンジュ・クラントの幼馴染 最近王都の花嫁学校に通い始めた

スイ・ウォッカ(アンジュと同じ)エル・ウォッカの双子の兄弟 軽薄に見えるが、実際双子以外の興味ない人間と自称している。

ウィル・ザ・スミス(19)アンジュと同室の人間 やさしさにあふれた人


 魔術式によって王都の中全てを覗くことができるエル・ウォッカにとっては、王都のどこにでも移動することが可能だ。地図や目に見える範囲しか知らない曖昧な他の地域とは違って、ペンやお茶器の位置まで正確に把握することができるからだ。それが倫理的に可とされないので、みだりに覗こうなどとアンジュは悪用する気はない。

 しかし、どうしてもミルフィーに会って話したかったために、魔術を用いてミルフィーの宿舎の窓の外までやってきた。ミルフィーの部屋は5階で細いサッシの上に立つのはあまりに人間的な力ではないが、そんなこともどうでよかった。アンジュは窓を叩いた。


「えっ、アンジュ?!」


 ミルフィーは驚きながら窓に駆け寄って、錆びついて開きづらい窓を開けた。


「危ないよ、何してるの。」

「ごめん。どうしても会いたくなって。」


 ミルフィーは落ち着いて話せないからと、その部屋に招き入れた。幸いミルフィーに同室の人間はおらず、誰かに咎められることもなさそうだった。


「昔もこんなことがあったね。私が風邪引いた時、アンジュったら木に登って私の部屋に顔を出したんだよ。本当に驚いたわ。」

「本当だ、あの頃から何も成長してない。」


 それまでのアンジュは大人しい従順な子供だったから、まさか木に登ってミルフィーの部屋まで顔を見せるとは思わなかったのだ。しかし、意外にもアンジュは大人しそうな顔して、1人色んな冒険をする子だと後々知った。ジルたちですら臆するような崖だろうと川だろうと澄ました顔で行くのだ。


「でも、少し雰囲気変わった?目の色も…。」


 スイとエルは全く同じ顔立ちをしているのに、瞳の色だけは違うのだ。スイは海のような深い青色をしているのに、エルの目は血の色を写したような赤い色だ。エルはあまり自分の色は好きではない。


「やっぱりそう見える?」

「うん。一歩引いた場所から見ていた貴方が、今はちょっと感情的に見えるの。」

「うん。」


 ミルフィーはアンジュの頬を撫でる。それは昔と何も変わらない。


「そうだ、アンジュにあげようと思っていたの。ほらあの日剣を握っていたから剣帯につけるかざり。」

「…うん、ありがとう。」


 剣を握っていたのはスイの力で、恐らくもう2度とエルの手では剣を握らない。豆だらけの手ではなく、今は柔らかい手に変わってしまったから。


「ねえ、なにがあったの?」


 ミルフィーはアンジュの肩に身を寄せながら、訪ねる。本当は色々伝えたいのに、アンジュはなかなか言葉を紡げなかった。


「記憶、取り戻したんだ。」

「…うん。」


 ミルフィーは驚く様子はなかった。


「長い話になるんだ。」

「うん。」

「聞いてくれる?」

「勿論よ。」

「とても信じられない話だよ。」

「森の妖精だったってこと?」

「ちゃんと人間だけど…、でも、そうだね。きっとそれくらいには突飛な話だ。」


 ミルフィーにスイが話すよりも先にアンジュは話したかった。それは少しでも自分がアンジュ・クラントだと思って欲しかったからだ。スイを出し抜いたみたいで心地は良くなかったが、どうしてもエルはそうしたかった。


「何時間かかっても、例え信じられないものだったとしても、アンジュの話を聞きたいわ。」

「ん、ありがとう。」


 500年前に生きた人間で、双子として生まれた後、王国に魔術師として仕えていたこと。王国の待遇に耐えきれず逃げ出したこと。逃げ出した際に星の泉を使ったこと。星の泉の力のせいで双子の兄と入れ替わってしまったこと。それから、神の力を持っていること。今までいたアンジュは、兄の性格からも影響があることも。それがなくなってしまったことも、何も隠したくなくて全てを話した。ミルフィーは時折悲しそうにしながら、ただアンジュの話に傾聴していた。


「……アンジュはまだルーグ王国にいるの?」

「リーラやミルフィーがいる限りね。」

「アンジュは辛くないの?」

「リーラとミルフィーがいるなら辛くない。ただまだエルである自分があまりミルフィーのそばにいたことがないし、アンジュの一部だった兄さんとだってミルフィーは会ったことないだろう。だから、俺が、俺自身がミルフィーの幼馴染であるアンジュなのかって言い難くて。」

「…今目の前にいるアンジュが、私はアンジュだと思っても、きっとアンジュは私が全てを見てからじゃないと正しく選べないと思ってるんだよね。」

「そう、今の俺だけだとあまりに公正じゃない。なら、兄さんと共に来いという話なんだけどさ…。矛盾の塊だ。」

「アンジュが先に1人できたのは、それでも、貴方を選んで欲しかったからってことだよね。」

「うん。」


 ミルフィーは微笑みながら、アンジュの柔らかい手を握った。


「確かに、今までのアンジュの手はもっと豆だらけで硬かったわ。だから、確かに貴方のいうように違うのかもしれない。」

「ん。」

「でも、私のそばにいてくれようとするのは何も変わらない。私の考えや思いを1番に考えてくれているのは何も変わらないわ。」

「…そうだね。」

「だから、アンジュ。貴方が私を思ってくれているのが変わらないように、私が貴方を想っていることは変わらないの。」


 いつもアンジュは頭でっかちに考えすぎだ。でも、ミルフィーはそんなアンジュにしっかりと向き合って、アンジュの考えに気づきを与えてくれる。


「でも、貴方の兄弟に会う前に答えを出しても、アンジュは納得できないよね。」

「…そう、だね。」

「なら、これ以上はやめとくけど、最後に、雰囲気が変わったとは思っても、あなたがアンジュじゃないとはちっとも思ってない。」


 アンジュは驚いた。リーラもミルフィーも少しもおかしいと顔を背けたり怪訝な目はしなかったのだ。スイと出会ったないから、1番それらしい人間がアンジュだと認識し、疑ってないだけとも言えなくはないが、そんなことはどうでもよかった。


「遅くまで付き合ってくれてありがと。」

「偶にはこういう日があってもいいね。いつもアンジュは真面目なんだから。」

「それはミルフィーだろ。」

「ううん、私実はアンジュと会ってからいい子になったんだよ。それまではわがままばかりだったんだから。」

「なら、嬉しい。」

「信じてないでしょ。」

「そんなことないよ。俺が影響で、何かミルフィーに与えられたなら嬉しいんだ。本当に。」

「ふふふ、嬉しい。」


 ミルフィーは窓の外を見ると少しだけ明るくなってきているのが見えた。


「アンジュ、帰らないと。軍はもう起きている時間じゃない?」

「あ、本当だ。すぐに帰るよ。またなるべくすぐに兄さんを連れて会いにくる。」

「わかったわ。」


 ミルフィーが別れの挨拶を告げるや否や、アンジュは忽然とその場から消えた。



ーーーー


 スイとミルフィーが会う日は予想よりもすぐで、アンジュがミルフィーの元に出かけてから2日たったことだった。リーラが到着する日の連絡が来たから、ミルフィーともに王都で出迎えるという話になったのだ。お目付兼リーラを迎えるためにウィルも一緒についてきた。なかなか王都に入る承認が降りなくて予想よりも時間がかかってしまったが、最終的にアンジュが勝手に入れることもできるからと役人に話したらあっさり承認がおりたのだった。


 迎えに行く前に人目につきづらい道でミルフィーと合流した。


「あ、本当にアンジュと似ているね。私はミルフィー・テロット。よろしくね。」

「俺はスイ・ウォッカ…じゃなかった。スイ・クラント。寧ろ今までミルフィーが見ていた顔は俺のはずなんだけどなぁ。」

「え、ああ、そっか。」


 目の色だってスイの方が見慣れているはずでも、ミルフィーは驚いた。


「うーん、なんていうんだろう。雰囲気が違うから。」

「そんなに違う?ウィルは俺にアンジュらしさがあって戸惑っていたけど。」

「えっと、なんだろう。そうだね、確かにアンジュみたいなところあるけど…。」


 ミルフィーは少し考えて思いついたように手を叩いた。


「そうだ、スイは大人と一緒にいるアンジュみたいなの!私と一緒にいる時とちょっと違う雰囲気の。」

「ああ、なるほど。」


 スイはミルフィーの説明で直感的に理解した。


「良かったな、エル。」

「兄さん。」


 王国から逃げていたエルは大人が苦手だった。だから、きっと大人といる時は本能的にスイらしさが表面的に出ていたのだろう。


「ミルフィーはエルの方が好き?」

「その聞き方はあなたを傷つけたりしない?」

「全く。」


 ミルフィーはアンジュの顔したスイに多少の言いづらさがあったが、アンジュの方を見て答えた。


「私はアンジュを選んでもいい?一緒にいたいと思ったのは貴方だよ。」

「兄さんのこと一瞬しか知らなくても?アンジュが普通に生きていけたのは、兄さんが積極的に人と関わっていたからなんだよ。俺はずっとウジウジしているわりには、お喋りで厄介な男だよ。」

「私アンジュみたいに頭で考えないから、わからない。けど、私が知っているアンジュはずっと何かを考えて、いつも泣きそうになっているの。」

「そんな恰好悪い男が好きだったの、ミルフィーは。」

「恰好悪くないよ。優しいだけだから。」

「やっぱりミルフィーはエルよりもエルのことがよく分かってる。」


 スイはミルフィーの発言で嬉しそうに微笑んで、隣にいたウィルの肩を叩く。


「本当にスイは気にしてないんだ。」

「まるっきり気にしてないっていうのは嘘だけど、あるべき形になって納得感しかないというか。さ、早めに出てきたとは言え、もしかしたら関所の回転が早いかもしれないし、リーラを迎えに行こう。」 


 スイもミルフィーも決断が速いと思いながら、アンジュはスイが先を歩く後をミルフィーと共についていく。

 道中スイが自分の髪を掴んで、傷んだ髪先を見てぼそりとつぶやいた。


「俺髪切ろうかなぁ。」

「え、兄さんが?」

「なんかアンジュのイメージじゃないか?長い金髪碧眼っていうのが魔法使いのアンジュ・クラントを思い出させるというか。どうしても結びつけそうじゃん。」

「…俺も髪切ろうかと思ったんだよ。兄さんが髪を伸ばしていた気がして。500年前は俺は頻繁に髪切ってたし。」

「500年前なんて地位の高いやつは全員髪長かったよ。エルが珍しい。俺はただの不精だけど。」

「…王国魔術師の元にいた子は男だろうと女だろうと短髪だったよ。子供同士で髪を切ってたからみんな酷い髪型だった。」


 この時代でも女性は短髪にはしないことが多いのに、さらに昔の時代に女性が髪を切るなんて相当何かがあったんだろう。髪を切っていた理由をアンジュは言わなかったが、きっと必要に迫られていたんだろうと勝手に思う。


「なら、エルが長い方がいいじゃん。500年前と一致しないように。」

「でも、自分の髪型なんて見ないよ。」

「髪を切ったらミルフィーがくれたリボン使えないじゃん。」

「髪じゃなくても身につけられるから。」

「いくらでもプレゼントするよ。リボンじゃなくても、ハンカチーフでも。」

「ミルフィー、あんまり物をエルに与えるなよ。ぜんぶ身につけようとして、大変な事になる。」


 ミルフィーのリボンをアンジュが身につけていたのは、スイは既にアンジュは返したがその時すぐにアンジュはそれで髪を結っていた。


「選んで身につけることができるように、たくさんプレゼント作るね。」

「そっちなんだ。」

「花冠でもすぐに消えてしまう物でも残しておく方法は俺にはある。」

「怖いこと言うな、アン。俺たちの部屋が狭くなるだろ。」

「ウィル、エルのセンスを見張ってて欲しい。俺もそうだけど、あんまり興味ないんだよ、そういうの。」

「知ってる。だから、ルサリィが提案する物を全て良しだと思う傾向があるのもさ。」


 今のところルサリィも常識の範囲だが、一度アンジュに女装させようとして、アンジュも「ルサリィが言うなら」なんて言っていたこともあったくらいだ。ルサリィ曰く「男装」が女性部隊のお洒落として流行っているらしく、その反対だってあってもいいと考えているからだとか言っていた。


「エルは常識を学べてないんだ。ずっと森と王宮の閉鎖空間しか知らなくて、町中を1人で歩かせられなかったんだ。」

「へー?何があったんだ?」

「今はアンジュとして生きているから恐らく大分マシになっただろうけど、簡単に誘拐されそうにはなるし、売り物が分からなくて窃盗をしそうになるし、逆に無理やり買わされそうになるしで、春に巻き込まれそうになるしで大変だったよ。」

「…大丈夫だよ。もう6年も市中で生きてきたんだから。」

「私も気をつけてアンジュを見ているね。」

「俺は猫か何かか?」

「口が達者な子供だよ。」

「俺、生きていた時間はルイスより上なのに。」

「外で生きていた時間は、サンセットブリッジでの数ヶ月とアンジュとしての6年間ぽっちじゃん。…でも、こうして500年経過した後入れ替わってて良かったかもと思うよ。ただのエルだったら、どんなことに巻き込まれていたか分からない。」

 

 そう雑談をしていると関所に到着した。リーラとミルフィーの母が来るのを待っていると突然後ろから衝撃が走った。


「この悪魔め!」


 王都内であることに誰もが油断した。その幼い子供の声と共に、アンジュの太ももには小さなナイフが突き立てられていた。


「エル!」

「問題ないよ。」


 ウィルが子供を捕まえている間に、アンジュは自分の太ももからナイフを抜いた。服や流れた血で分からないが、恐らくすぐに治っているのだろう。


「お前何してんだ!」


 ウィルが声を荒らげるが、それを止めるように静かにアンジュは口にする。


「トーマス・カービン、あの町の出身か。」

「なんで俺の名前。」

「ウィル、放していいよ。」

「でも。」


 そういってウィルはアンジュの方を見るが、アンジュの足元にもアンジュの服にも血などの痕跡が何一つ残ってなかった。

 

「何も罪の証がないのだから、捕まえておく理由はないよ。」


 釈然としないままウィルは子供を放すと、子供は本当に悪魔でも見るように怯えて逃げていった。


「放して良かったのか?俺はエルを殺害しようと企図した時点で殺したいけど。」

「…スイはアンのことになると本当に過激思想になるな。」

「アンジュの体は本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。それに、捕まえる必要はないんだ。彼らは王都内からは出られないし、王都内で彼の場所を把握するくらい簡単なんだ。」

「…確かに。」


 魔術式の中で見たことや、サブシステムの彼と話したことを思い出せば、捕まえるなんてことをする必要はないとウィルは理解した。


「リーラが来る前でよかった。変に不安にさせるところだった。」

「双子は平静なのかもしれないけど、俺とミルフィーちゃんは結構動揺しているからな。」

「俺は殺したい欲を止める為に平静なだけだ。」

「怖えって。」

「でも、未遂で良かったな。エルが人間によって殺されたら、絶滅させようと思うから。」

「怖すぎるから。」


 スイは表情もなく、真顔で淡々と話すから、余計に恐ろしい。


「アン、スイが本物の悪魔になるかもしれないから、本当に気をつけてくれ。」

「兄さんが人間を人質にして、俺にプレッシャーを与えてくる…。」

「じゃあ、冗談だ。そんなことしないよ。」

「『じゃあ』じゃねえよ。」

「エルが簡単には死なないって分かってるが故のジョークだよ。」

「絶滅はそうかもしれないけど、殺したい欲は冗談じゃないだろ、絶対。」

「ウィルはアンジュだけじゃなくって俺のことも分かってきてるな。」

「否定しろ。」


 スイの面倒なところは、殺すことになんの躊躇いもないところだ。何かを殺すことに利がないから殺さないだけで、理由を与えてしまったら、彼は止まらない。


「スイは、本当にアンジュだったの?」


 ミルフィーは恐々と尋ねる。ミルフィーが知っているアンジュはどんな動物にだって優しかったから、違和感があるらしい。


「アンジュの一部だっただけでアンジュではないよ。強いていうなら、アンジュの大人びたところが俺だったかも。」

「僕は子供っぽくて悪かったな。」

「拗ねるな拗ねるな。実際本物のエルの姿は11、2歳前後くらいだろ。」

「兄さんは7歳くらいの時点で大人びていたけど。」

「兄ってそういうものじゃん。」

「双子だよ。」

「エルが兄と呼んでいるじゃんか。」


 不服そうに口を尖らせるアンジュと揶揄うスイを見て、さっきの出来事は忘れてミルフィーは笑いが溢れた。


「あ、あそこにいるのテレーズさんじゃないか?」


 スイが真っ先にミルフィーの母を見つける。スイが手を振ろうとして、そう言えば自分は初対面だったと手を引っ込めた。その代わりにミルフィーとアンジュが手を振る。


「リーラ、テレーズさん。」

「お母さんに、リーラさん!」


 久しぶりにあった親子たちは抱きしめて再会を喜んだ。そして、一頻り彼らが家族の温かみを確かめた後、スイはリーラの目の前に立って挨拶した。


「初めまして、リーラさん。」


 やはりアンジュと同じ顔でニコニコとするスイに違和感があるのだろう。リーラは戸惑う様子がありつつ、笑って見せた。


「お前がアンジュの話ていた兄だね。よろしく頼むよ。お前も私の子供なんだろう?」

「ははっ、さすがリーラ!嬉しいなぁ、お母さんと呼べる人は久しくいなかったから。俺のことはスイと呼んでほしい。」


 着飾っていた態度をすぐに改めて妙に親しい態度で話すスイにリーラは押され気味になりながら握手を交わす。目の色がアンジュに近いのはスイだとしても、スイの朗々とした様子よりもエルの不安そうな様子の方の方がよりアンジュらしいと思ったのか自然に受け入れられている。


「顔は本当よく似ているのね。」


 ミルフィーの母テレーズが繁々とスイを見るのもスイは気を悪くした様子はなく、


「ええ、双子ですからね。」


 寧ろどこか嬉しそうに返した。少しだけ恥ずかしそうにしたアンジュは、2人にウィルのことも紹介する。


「いつも手紙に出てくるウィルさんか。…これから迷惑をかけてしまうな。」

「とんでもないですよ。アンジュもスイも俺の家にお金入れてくれるらしいので、めちゃくちゃ助かります。」

「…それでも、家族の中に他人を入れるのは。」

「全然!それに父も旦那さんやご子息を亡くしたリーラさんを心配してましたから。」

「私の方からもどうかリーラさんをよろしくお願いします。1人になってからどうしても自暴自棄になってしまって。数日前に宿場町でアンジュちゃんに会うまで本当に窶れていて。」

「ん、今日のリーラは元気そうで良かった。」

「ああ、お前が治してくれたからな。」


 惜しみなくハグをするアンジュにリーラは照れながら頷いた。

 

「これからはアンジュもスイも近くにいるので大丈夫でしょう。」

「おお、任せてくれ。」

「なんで兄さんが自信満々なんだ?」

「俺も家族だってアピールしようと思ってさ。」


 スイに残る一部のアンジュの記憶が、これから関係を作ることに多少の歪さを与えている。少しでもギャップを埋めようという心持ちなのだろう。

 ずっと関所の前で立ち話をするのも目立つからとウィルは汚い下町で申し訳ないと言いながら自分の家の方へと案内した。途中でミルフィーとミルフィーの母は、部外者だからと大人数であることを配慮して別れた。

 アンジュが記憶を取り戻してからウィルの家に来るのは初めてだ。隣にいるスイは恐らく自分以上に緊張するところがあるだろうとアンジュが見ると彼は笑いかけるだけだった。

 

「…流石にそのままなわけないか。」

「うん。」


 スイの呟きに同意できるのはエルだけだった。500年の歳月で家も家の位置も流石に変化がある。2人が感慨深げに見ていると、ウィルに急かされて家の中に入る。


「皆さんよく来ました。リレイラからは遠かったでしょう。」


 玄関先で出迎えたウィルの母ヘリアにアンジュはリーラを紹介する。


「とんでもない。受け入れてくれてありがとう。」

「リーラはあまり都会的な言葉は分からないけど悪気はないんです。ここと比べれば乱暴に聞こえるかもしれないですが。」

「大丈夫よ、アンジュくん。それにしてもしばらく会わない間に雰囲気変わったねぇ。成長期の男の子はすぐに変わるものね。あら、目の色も違う?」

「ま、魔法の使いすぎで。それから、隣にいるのは双子の兄弟のスイです。」

「ウィルから少し聞いていたけど、本当にアンジュくんにそっくり。」

「よろしくお願いします。」


 人好きする笑顔を浮かべスイは握手を交わす。


「アンジュくんもすごく大人びている子だと思っていたけれど、アンジュくんよりももっと大人びているのね。」

「暫く旅をしていたもので、様々な人に会う機会がありましたから。」

「スイはずっとアンジュのことを探していたんだってさ。」

「あらまあ!」


 記憶喪失の弟に、ずっと弟を探していた兄。その2つの情報しかヘリアは知らないが、それだけで彼らの悲惨な状況を想像する。そこへチャールズが杖をつきながら、部屋に入ってきた。


「すぐに出迎えられなくて申し訳ない。」

「とんでもないです。これからお世話になります。」

「リーラさん。戦時中はカージュとセルジュには大変よくしてもらった。ありがとう。」

「あ、ああ、そうか。」


 アンジュからその話を手紙で聞いていたが、チャールズから再び2人の名を聞くとリーラは戸惑い悲しみを抱きながら、嬉しそうに笑った。


「まだ、覚えてくれているのだなぁ。」

「忘れるなんてとんでもない。気のいい男たちでしたから。よく妻や母の元に帰るのだと憚ることなく言ってましたよ。お会いできて嬉しい。」

「ありがとう、……ありがとう。」

「よく私も夫からお二人の話を聞いていたの。だから、私も是非奥さんに会いたかったんですよ。」


 リーラは嬉しさのあまり言葉にできずただ首を振って頷く。

 ウィルがリーラを受け入れたいと言った時、彼らが全く反対しなかったのは息子への愛情とリーラの夫や息子のこと知っていたからだった。


 ヘリアがお茶にしましょうとテーブルに人を集めた時、アンジュの元へ光が一つ飛んできた。なんだなんだと人の視線が集まる中、アンジュが手を開くと一つのカフリンクスが光っていた。


「やっぱりそうだったんだ。」


 エルの呟きとスイもその手の元を凝視した。その手の元にあるものをチャールズが理解すると、声を上げた。


「そ、それは家宝のカフリンクス!な、なぜ?」

「……家宝。本当に…。」


 アンジュはスミスの家宝のカフリンクスを握り締めると膝から崩れ落ちた。スイもそれを見て動揺する。


「ごめんなさい…、ごめんなさい。約束…破った。」


 説明をする余裕もなく泣くアンジュの肩を抱いて、スイはウィルに言った。


「500年前、王国から逃げる時助けてくれた男がいたんだ。それが…、ウェン・ザ・スミス。再会するためにエルが渡したカフリンクスが、それなんだ。」

「え、ええ?」

「…ごめん。混乱するよな、でも、俺も上手く伝えられないんだ。これに関しては…エルが俺の代わりに泣いているんだ。」

「……大丈夫。俺は、なんとなく分かる。」


 大した説明もできないのに、頷いてくれるウィルがスイを助けたウェンに重なって、さらに心が締め付けられ、代わりに強く弟を抱きしめる。彼らを見て混乱しつつもチャールズは思い出したことがあった。


「……そうか、先祖が会いたかったのはお前たちだったんだな。」

「父さん?」

「ヘリア、すまないが倉庫の奥にある箱からアレを探してきてくれないか。」

「アレですか?」

「昔の帳簿だ。それだけきちんとしまっているから分かるはずだ。」

「あ、ああなんとなくですが分かりますよ。たまに貴方が干しているものですね」

「ああ…。虫に喰われているところが多いが…。ずっと守ってきたのはこの時のためなのだと私は分かった。」


 ヘリアが家の奥へと入って行って、ある古びた木箱を持ってすぐに戻ってきた。チャールズがそれを開けると布に包まれた一冊の草子が入っていた。


「あっ。」


 崩れてしまいそうなくらいボロボロになっているが、確かに500年前スイが記していた帳簿だった。スイが触れようとした時、エルは一瞬だけ止めて崩れないようにと羊皮紙を強くさせる魔法をかけた。

 スイが中身を確認すると、自分が書いた字がある。面倒くさい客の対応したことまでメモ書きされている。あの頃エルの情報を探しながら、ウェンの家に下宿し穏やかな時間を過ごしていたことを思い出すと、あまり感情が動くことがないスイですら一筋の涙を流した。その帳簿の中にまた古い手紙が入っていて、表には綺麗だが、見慣れた字で「スイヘ」と書かれていた。エルにこちらにも魔法をかけてもらうと、スイはその封筒を開けた。


 スイへ

 お前と会ってから、そして、会わなくなってから何十の年月が経ってしまった。元気でいてくれているだろうか。あの後、しばらく経ってから、脱走した魔術師が川へ身投げしたという噂がまことしやかに囁かれていたが、お前たちは無事でいてくれていると今も信じている。

 

 しかし、すまない。お前たちと再会するつもりだったが、叶いそうにない。お前たちと会える日を楽しみにしていたのだが、私の体が持たなんだ。

 スイと一緒に過ごした時間は半年程度だったが、それでも鮮明に今でも覚えているよ。あの時スイがいてくれなかったら、妻と結婚することもなく、鍛冶屋を続けられず路頭に迷っていたに違いない。

 本当に感謝しているんだ。

 だから、もう一度自分の目でスイとエルを目にしたかったが、王都にはまだ帰って来れないのだろう。

 感謝をするように息子や孫に言っておいたが、ちゃんと伝えてくれるか不安だからこうして手紙を書いた。スイが文字を教えてくれたことを今1番感謝しているかもしれない。


 ありがとう。

 また会う日まで。


ウェン・ザ・スミスより


 スイは堪えながら顔を上げてチャールズを見る。かつて救ってくれたウェンの顔は今でもしっかり覚えている。王都には彼がいたからスイは嫌な記憶というものが少ない。


「この手紙は貴方の先祖の形見ですが、僕が貰っても構わないでしょうか。」

「勿論。先祖は君に渡したかっただろうから。」

「ありがとう。頼む、代わりにエル。」

「僕らが与えられるものなんて大したものではないけれど。」


 エルは立ち上がると両手を軽く広げた。その瞬間大きな魔法陣が広がり、青白く光り輝いた。それから、いつかウィルが見た0と1が周囲に浮かび、それがチャールズに取り巻いて、失われた左足へと向かい、光が消えた頃には義足がなくなりただの足となった。


「な、何が起きて。」

「父さんの、足が。」

「貴方。」


 スミスの一家が顔を合わせて、チャールズに飛びついた。


「足が戻っている!」

「…10年以上前のデータを元に作り直しているから無事だった右足とは年齢がずれてしまっているし、庇っていた時にできた癖は無くならないから、暫く大変だと思うけど歩けるようになると思う。」

「あ、ありがとう。」


 手紙を抱いたスイにアンジュは擦り寄って不安そうに見る。


「これでいいのかな。」

「俺には決められない。でも、俺では何も返せなかったから、ありがとう。エル。いつも助かる。」

「……でも、僕のせいでスイはウェンに会えなかったでしょう。」

「エルを探さなきゃ俺はウェンに会えてないんだから、そんなもしもの話はやめよう。」


 双子は不安そうに肩を寄せていたが、ウィルは振り返る。また父が不便なく歩けるだろうと思うと、それだけで嬉しかった。


「ありがとう、本当に!」

「…私はただ先祖の手紙を渡しただけなのに、良かったのだろうか。」


 先祖代々歴史を紡いできた結果、その恩恵に自分が受けても良いのかと実直なチャールズは困惑していた。


「リハビリの方が大変ですよ」

「それでも、また普通に歩ける日が来るかもしれないという希望の方が大きいんだ。見てくれ、足の指が動くぞ。」


 チャールズは子供のような素直な笑顔を溢し、それを見た妻のヘリアも嬉しそうに肩を抱いて頷いた。


「カフリンクスは返します。これが僕らの証として。」


 アンジュはカフリンクスをチャールズに返すと、チャールズはウィルに渡した。


「ウィル、家宝だ。家長がもつことになっている。絆を示すためのものだから、お前が持っていてくれ。」

「えっ、でも。」

「アンジュくん、構わないよな。」

「チャールズさんの望む通りに。」


 泣いて少し赤くなっている目は何よりも優しかった。


 その日はお茶を飲んだ後すぐにお開きとなり、スイとアンジュは深々と礼をしてリーラを託し、ウィルの家を後にした。ウィルは家を出る前に、チャールズから耳打ちされた。


「自分の思う通りに生きなさい。」


 チャールズは自分の負傷のせいで、息子に負担をかけていたことをずっと苦悩していた。しかし、それでも頼らざる得ない不甲斐なさがあった。ウィルは父の代わりに働くのは嫌だとは思ったことはなかったし、代わりになれることの誇らしさすらあった。しかし、改めて自分の人生の背をおさせると嬉しくなりにっこりと笑って宿舎へと戻って行った。





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