21話 アン
ウィル・ザ・スミス
王都出身で、実家は下町の鍛冶屋
父親が先の戦争で片足が使えなくなり、思うように働けなくなったため、少年兵隊に参加
現在は一家の大黒柱にまでなった。
ウィルのことを嫌いな人間はとても少ないといわれる。まだ十六夜のことが好き。
ーーーーー
時は少しばかり遡る。
「くそ、なんでこんなにモンスターがやってくるんだ。」
モンスターの群集暴走でだってこんなに出て来ない。ウィルは自分の斧を揮い、バッタバッタと斬り捨てていく。ウィルが下町にいたのは、王国都民にとって僥倖だった。最初にモンスターが入りこんでいた城砦の壁穴のすぐ近くにウィルがいて、なぎ倒していくことに成功した。途中から第二師団やルサリィが加わり、市民への被害はかなり抑えられていた。
止まないモンスターの増援に、ふと少し前にアンジュが魔術式防御システムの魔力結晶の説明をしていたのを思い出した。あれが今おかしいから湧くように出てくるのだと気づいて、モンスターを切り捨てながら壁の周囲を探した。
ウィルの考えは的中していた。赤い石が点滅するように光っていた。そして、その赤い光に誘われたのかモンスターが噛み砕こうとしていたので慌ててウィルは炎で包みこみ、魔力結晶を守った。
ふとその魔力結晶を持った時に、なんの根拠もないが相性がいいかもしれないと思った。魔力の流し方も少しだけなら、魔導武器やアンジュの悪名高い説明で分かっていた。だから、ほんの出来心に近いが、いつも相棒の魔導武器で炎出すように力を込めた。
瞬間、ウィルの眼前が真っ白になった。それから、暗い闇にかわり、隙間なく0と1の羅列があたり一面に広がった。なんの数字だと思っている間に、数字は王都の街並みに変化して行った。意識が戻ったかと思ったのだが、目の前に広がる王都にはモンスターの襲撃に崩れたものもなければ、人も人が飼う動物もない。それどころか建物や石畳に汚れや破損がなく「真新しい」ように思った。ウィルが戸惑っていると再び01の数字が空に現れ、それは人の形へと変わった。10歳前後の少年だ。王国の紋章が入ったマントを着ている金髪と赤い目をした少年だ。どこかで見覚えがあるが、ウィルはなんだっけと首を傾げた。
「ここに人間が入り込むとは予想外でした。本体はこれを知っているのでしょうか。」
抑揚もなく淡々とした冷たい声だった。
「あの、ここは。それに、きみは?」
「ごきげんよう、ウィル・ザ・スミス少尉。ここは王都及び星望宮を守る魔術式防御システムのデータ層です。僕はその魔術式防御システムのサブシステムです。」
「俺の名前…。」
「貴方のことを知っています。何故ならここは王都の人間のデータを全て貯めていますから。」
ウィルの質問に彼はサラサラとそれだけを答えた。
「あのサブシステムって?」
「ウィル・ザ・スミス少尉、貴方にはその情報の閲覧権限はありません。」
「あ、へぇ。あのどうやってここから出られるか分かるか?」
「いいえ、分かりません。しかし、本体が貴方に気付けば分かる可能性があります。」
「…その本体というのは魔術式防御システムの…メインの…魔力結晶のこと?」
「このデータ層があるのがメインの魔力結晶です。僕は魔術式防御システム内で自由に思考し行動するサブシステムです。」
「お、おう。」
「そして、その本体というのは、その僕を作った魔術師エル・ウオッカです。」
一瞬質問は無視されたかと思ったがきちんと答えてくれた。より詳しい形で。
「それは王国魔術師?」
「かつてはそうでした。」
「今は違うのか。」
「今はいません。」
王国魔術師ならばすぐに気づいてもらえるかと思ったが、これは難しいと思った。データ層に干渉してデータを盗み見したというアンジュだけが今は唯一の頼りだ。今の所アンジュの助けを待つというのが最善らしかった。今はアンジュはモンスターと戦っているだろうし、暫くは時間がかかるだろうと思ったウィルは目の前の少年に話しかけた。
「いつから君はここに?」
一瞬サブシステムという彼は、人間らしからぬ止まり方で止まり、多少のラグがあったあと淀みなく答えた。
「497年前に作成されました。」
「は?…じゃあ、本体は。」
「496年前に王都から出ていきました。」
「…じゃあ、エル・ウオッカってもしかして500年前魔術式防御システムを作ったっていうあの魔術師?」
「はい。本体はこの魔術式防御システムを作りました。」
「死んでんじゃん!」
本体に気づいてもらうというのはもう全くあり得ない未来だった。
「エル・ウォッカは死んでません。僕が自由に思考し、行動するのは、彼の脳の無意識領域を間借りして動いているからです。僕が自律している時点で、彼は生存しています。」
「…500年前だぞ。」
「嘘ではありません。彼が死ぬ時、僕の稼働は止まります。僕は魔力結晶から魔力を得ておらず、本体から直接魔力供給を受けているためです。」
顔も話し方も全て無感情なのに、言葉だけは必死に紡がれる。まるでただの願いのように。
「…じゃあ、自分が死んだら消えてしまうのに何でエル・ウォッカは君を作ったんだ?」
「知りません。」
と答えたあとに、彼は続けた。
「しかし、497年間の王都と星望宮を見続けたデータを元に、本体は寂しかったのだと僕は推測します。」
「…497年間。途方もない時間を覚えているんだな。」
「忘れはしません。人間は忘れる機能があるらしいですが、データ層は削除や破損さえなければ記録は消えません。つまり参照する僕も覚えています。本体の命令がない限り、僕がこのデータ群を消すことはありません。」
「ふーん、他の王宮魔術師は君の存在を気づかないのか。」
「全く知らないです。エル・ウォッカは、デッドスペースをたくさん作りました。彼は基本的に魔術式で構成しましたが、一部魔法として作り、他の魔術師によって容易に複製させることを防ぎました。魔法なら技術を読み取られることがありませんから。その影響もあってこのメインシステムも魔力の1〜2割程度は現在もエル・ウォッカから供給を受けています。」
「…つまり、やっぱり500年は生きてるんだ、エル・ウォッカ。普通の人間じゃないな。」
普通ではない人間なら、ほとんど神獣だろうとウィルは当てはめた。
「っていうか、さっき閲覧権限がどうとかって、そこは大丈夫なのかよ。」
「魔術式の説明は王宮魔術師に開示不可です。サブシステムの説明は誰にもでききません。」
「緩いなぁ、王国軍人とか魔術師と仲良い場合あるよ。」
ルートヴィヒのようにごく稀だけれども。
「しかし、僕と会話できる存在が本体以外にいるとは本体も予想外でしょう。それも魔術師以外が。」
「…そうか。本当に君はエル・ウォッカのためだけに作られた存在なんだなぁ。」
「そうです。幾百年が過ぎようとも目的は変わりません。」
「エル・ウォッカは寂しくて君を作った。でも、今1人の君は寂しくないのか?」
「…僕が寂しい、ですか?」
「497年間の王都を見てきたんだろ。羨ましいとか寂しいとかないのか?」
その感情がなければ、エル・ウォッカが寂しくて作ったなんて理解できないはずだとウィルは思った。
「それはありません。」
「…本当に?」
「例えば僕がこの497年間のデータを使い演算して感情を出力したところで、それは僕の感情なのかは疑問です。とはいえ、僕がこの497年間でどれほど流暢に言葉を操れるようになったかを確認してほしいです。漸く、はい、いいえ以外で話せるようになったのですから。」
無機質な言葉の中にどうしても本体に対する愛を感じるのはウィルの気のせいなのか。
「最初は択一じゃないとダメだったんだ。」
そうとは思えないくらい自由に彼は言葉を操っていて、本当にここに1人きりだったのかと疑問に思うくらいだ。人がいないだけでこの真新しい王都はここまで寂しく感じるのだから、人間だったらきっと耐えられない。
「ウィル・ザ・スミス少尉、僕はずっと君が産まれた時から知っています。貴方が最愛の友人を失ったり、失恋して行ったこともです。」
「……本当によく知ってるんだな。」
アナトールのことは同期のルジェロ以外五星士のメンバーは知らないことだ。アナトールが王国軍の少年兵隊ではそこそこ名が通っていたとしても、王国軍ではそこまで知られていないから、ンヴェネがいくら物知りだろうと知らなかっただろう。だから、アンジュのことをウィルがアンと呼んで気味悪がるのはルジェロだけだった。
「幾千、幾万の人の歴史を覗き、感情を知りました。しかし、寂しいというのは僕の感情ではありません。貴方のような人の心を写し取っただけです。」
誰も自分の名前を呼ぶことがないのに、寂しいとは思わないのだろうか。ウィルだったらきっとその孤独に耐えることはできないだろう。
「その記録は今でも見に行くことができます。ウィル・ザ・スミス少尉、もう一度アナトールを見ることを望みますか。」
「…え?」
唐突に告げられたそれにすぐにうなずくことはできなかった。
「王都の記録としてアナトールの記録も残っています。」
「……ここに?」
「勿論ただの記録ですので、貴方と話すことはできません。そして、人間とは多面的な生き物ですし、客観データと主観データは大きく異なることがあります。」
「俺の知らないアナトールもいるってこと?」
「はい、当たり前です。」
「そりゃそうだ、なにを聞いてんだ俺は。」
「客観的事実としてあっても、また本人にとっての真実が違うこともいくらでもあります。」
どうしようもなく会いたいのは真実で、どんなことがあっても親友だと言うのは分かっているのに、「自分が知らない友人」と言うものに得体の知らない存在の恐怖を感じていた。
「なぜ、今きみは俺にそれを見せようとしてる?」
「僕は貴方のデータを持っているように、アナトールのデータも所持しています。貴方の情報は貴方の両親や現在生きている貴方の友人も持っています。ですが、死した彼の情報は誰にも行き渡らずただ存在するのみです。ここには誰にも参照されないデータがありすぎるのです。それはかわいそうだと思いませんか。」
「記録の気持ちなんて分からないよ。触れれたくない記憶だって絶対にあるだろうし、記録が残るなんて誰も考えてない。」
「貴方が見たくないと言うのならアナトールのデータは置いておきましょう。」
ウィルはそう言われて悩みながら一つ答えを出した。
「6年前、王都でのアナトールの戦いの記録を見せてほしい。」
「はい、畏まりました。」
記録を見るというのが写真や日誌以外では想像つかなかった。魔術式の貯めた記録はどのようなものなのだろうと周囲を見回していると、真新しい王都が見る見るうちに歴史を感じるように汚れ、周囲の誰もいなかった王都に人が溢れ、静謐を保っていた周りから喧騒が入る。
「み、見るって。」
「これが直接のデータです。戦いが起きている場所に向かいましょう。」
まるであの時この場所にいたような感覚に陥る。これが魔術式が写す記録かと感嘆した。
王都は今日のモンスター襲来のように、恐怖と喧騒で満ちていた。革命の旗を振り、革命せよと叫ぶ若者たちが行進したあと、彼らは王宮の門を破壊しようとして、王宮の魔術式に弾かれた。そして、目標を変え貴族街を狙って、暴動を起こした。警邏隊がまず第一に彼らを取り押さえようとしたが、警邏隊は棍棒程度しか持っておらず銃火器を所持した若者たちには対処のしようがなかった。
その後15分も経たないうちに、突発的に組まれたバラバラの兵のより集めの第一陣の王国軍がやってきた。
「本当ぐっちゃぐちゃ。」
「ああ、あそこ学生側に君の幼馴染のジョン・ウォーカーがいますよ。」
「やめてくれよ、もう10年は会話してない。」
「彼はこの戦いで左目が使えなくなりました。」
「心の傷を抉らないでくれるか?」
「失礼しました。ご存じでしたね。」
親友として慕っていたアナトールもそうだが、王都の知り合いが多くいるウィルにとっては他にも失ったものが多すぎる。あの戦い以降、軍に入る以前の友人とは話す機会はめっきり失っていた。
「アナトールのことはまだ見に行かないのか?」
「見に行きましょうか。貴方は心の準備ができましたかね。」
「….ジョンを試金石にするなよ。」
偶に彼に人の心を感じるのは何故だ。本当に彼に心はないのかと疑いながら、ウィルは振り切るように王国軍の宿舎への道を歩こうとした。しかし、彼はウィルを止めた。
「目の前にある道も、そして、貴方も全ては情報なのです。そこに物体はありません。」
人も壁も全て突き抜けるように歩ける。道なりに歩いていないからそこにはとても簡単な辿り着いた。あの日ウィルに会う前のアナトールは王宮宿舎の廊下にいた。隣にいるのはアナトールやウィルとも仲のいい同期の少年兵だった。彼もアナトールと同様に孤児だった。
「アナトール、この戦いさ、こないだ言っていた五星士の座を狙うのにちょうど良くないか。」
「ああ。これは他の軍人たちよりも王都の孤児出身の俺らの方が活躍できるに決まってる。お高い精神を持ってる連中は知らんが、アイツらが焚き付けた貧民街の連中の考えることなんて俺らには突き抜けだぜ。」
嬉々として話しているアナトールは確かに顔見知りと戦うことに怯えていたウィルよりももっと覚悟は決まっていたし、利用してやると言う下心もあったようだ。彼らの逞しさを見ているとあの時怖がってすくんでいた自分が恥ずかしかった。
「……ただそれを考えると1番五星士に近いのはウィリーなんだよな。」
突然懐かしい声に自分の名を呼ばれてウィルはどきりとした。
「確かにアイツは運動神経抜群で、ヘタレの癖に戦闘のセンス高いよな。しかも、王都のことよく知っているしさ。」
「何よりウィリーは素直だからな。ウィリーを見ていると愛された子供ってこんな感じなんだなって思うよ。ウィリーのことを悪く言ってる人間なんて、めちゃくちゃ根暗なやつくらいしかいねえし。ウィリーみたいな奴が多分五星士に選ばれんだろうなってずっと思ってる。」
悔しそうにウィルを褒めるアナトールをウィルは見たことがない。ウィルはただ兄貴分のように慕っていたが、彼にとっては自分の夢を妨害するライバルだったのだと漸く気づいた。いや、気づく気がなかっただけだ。
「それでも、アナトールがウィルと仲良くしているのは、上を狙うのに利用するためか?」
「……ああ。」
歩いて行く背を追いかけることができなかった。魔術式防御システムの彼も急かすようなことはしなかった。そもそもその先はウィルも知っているはずだ。躊躇っていたウィルにアナトールが代わると告げたのだ。
「…まだ嘘だって思ってる俺は馬鹿なんだろうな。」
「貴方にとっては嘘であると僕は考えます。」
ウィルが肯定を求めるために呟いた言葉ではなかったが、彼は即答した。
「僕はアナトールの貴方への態度は打算だけでは無いと考えます。そして、貴方に告げた言葉は、アナトールの側面として真実でした。そうは思いませんか。」
慰めではない。打算もまた真実で、ウィルへの慈悲もまた真実だったというのは確かに自分が持つ客観的に見たアナトール像とも一致するのだ。冷静な部分の頭では分かっている。だからと言って、それを全て心が理解できるわけでもない。
「…そう思うよ。偶に機械らしいところ見せるけど、きみって凄く人間をよく知っているんだ。」
「そうですね。今僕は貴方と会話できて、497年間培った知識や言葉が役にたつ喜びを得ています。」
そして、彼はゆっくりと歩き始めた。その歩む先には、王国軍の第二陣が出撃するために揃っていた。幼いウィルは不安そうにる離れた場所で見守り、アナトールはやけに自信満々な顔で敬礼をしていた。
「……俺ってあんなに情けねえ顔してたんだ。」
「そうですね。アナトールが代わっていなければ貴方は怪我だけでは済まなかったでしょう。アナトールほどの活躍もできずに。」
アナトールが親友としてウィルを心配し、ライバルとして出陣を代わったというのも、どちらも成り立つのだ。
「497年間人を見続けた君からして、アナトールは善い人間よりだったか?」
「それは難しい質問ですね。」
「そうか?100%善い人とは言わないよ。」
彼は覚悟を決めていたとはいっても、過去の知り合いを見捨てる選択は善人だったとは言えないだろう。それは昔からウィルも知っている。
「497年間の知見を持って、善性か悪性かの判断をするならば。」
と答えを出そうとした時には、アナトールたちは移動したので、彼はやめて彼らの後を追った。
混乱を極めた第一陣とは違い、第二陣はもう連携が取れていた。アナトールも指示に従って戦っていたが、少しの小休憩中に指示をする隊長に彼は進言する。
「あのフィッシャー隊長、俺は裏を回ります。」
「1人でか。」
「グリズリーを連れて来ます。彼も王都の道には慣れているので。」
不慣れなアンジュとは違ってアナトールは軍というものに慣れているから、提案や報告もしっかりと行っていた。ウィルは混同している訳ではない。見た目もアナトールは黒髪で黒目、褐色の肌をしているので何の擦りもしてない。それなのに、ウィルは同じあだ名で呼んでいる。
「……アンは、あだ名のこと怒るかな。」
「それはどちらの方が?」
「死人は怒ったりしないよ、今生きているアンジュの方だ。」
「彼のデータは不足しているので僕は判断不可です。生存していたら、アナトールは怒るのではないでしょうか。」
「そんな狭量だったっけ。」
「彼はアイデンティティが奪われることを嫌います。しかし、確かにアナトールは貴方に怒らないですね。」
ウィルにとって彼は良い兄貴分だが、アナトール自身にとってウィルはライバルだからそんな弱みを見せない。
「本当に親友だと思ってたのは俺だけなんだな。」
「ライバルと親友って成り立たないですか。」
「弱みを見せるほど信用されてなかったんだ。」
「弱みを見せられるかどうかは信用だけで決めないでしょう。」
そうしているうちにアナトールがこそこそとバレないように下水道があるマンホールに入った。
「あ、降りないと。」
「地下の下水道は魔術式が拡張されていないので記録がありません。」
「んな、大事なところで。」
「しかし、大事な情報はまだありますから、気落ちしないでください。」
出るところを知っていると彼はウィルを誘導した。程なくアナトールがひょっこりと顔を出した。少し遠い場所からだからか、そこには学生運動の人間はいなかった。少しずつバリケードがある方へ彼らは進んだ。
「何の策があるんだろう。」
たった2人で陽動するだけかと見ていると、彼はウィルに尋ねた。
「今のウィル・ザ・スミスは、アナトールが生存していたら、五星士だったと思いますか、」
「…え。」
アナトールが生きていた頃、五星士になるんだとずっとウィルの前で語っていて、確かに子供の時はそれを疑わなかった。アナトールは運動神経がいいし、皆の兄貴分として導いていたから。でも、19歳になった五星士のウィルは冷静に見ていると、アナトールが五星士になるのは厳しく思えた。
「…ルサリィやルジェロよりアナトールが向いているなんて思わないよ。アナトールは優しいけど公平性がない。」
アンジュに言われるまでウィルはルジェロのそれには気づかなかった。いや、嫌いだったから気づきたくなかったけれど、ルジェロは老若男女問わず公平で、アンジュのことを気に入らないとは言いつつも嫌がらせをするようなことは一切なく、仲間だとは言うのだ。
「…ルサリィやアンジュ、ルジェロ、勿論ンヴェネも、当たり前に皆全ての人間を同等としてみてる。…でも、アナトールが生きていたら俺の代わりに五星士になったんじゃないかな。」
「あり得ません。」
少しも考えるそぶりもせずにバッサリと切った。あまりにも断定的に言うので、何か確信的な根拠があるらしかったが、やはりアナールたちが先に進むので言えなかった。
アナトールたちは、学生運動の裏側にやってきて、奇襲を仕掛けるのかと思いきや、普通に学生側についている知り合いに話しかけた。もちろん彼らも警戒していたが、アナトールは軍を抜けてきたと懇切丁寧に説明すると、少しずつ彼らも納得し始めていた。
「僕は彼が例え生きていたとしても、五星士になるのは難しかったと思います。貴方も最初はそれを言おうとしたのではないですか。」
「えっ。」
目の前のアナトールはどれだけ王国軍が腐っているかを力説し、中心メンバーたちの同情を買っていた。全てが嘘だったら多分彼らも気づいただろうけど、語る不満は本物らしかった。 彼は兵力差がありすぎるから、長期戦は負けだと続けて語った。第一陣こそ学生側が有利に動いていたが、第二陣は戦いからしている王国軍の方に押され気味だった。
「だから、奇襲をしないと。」
アナトールの奇襲作戦の内容は、19歳の現役五星士であるウィルからしたらお粗末だった。その提案をされてもウィルだったら断るが、勉強が本分の活動家たちと、本物の戦闘を知らない貧民街の住人たちには、切羽詰まっている状況も相まって非常に強力な作戦に思えたのだ。
その内容は戦力を二分にし片方が背後から仕掛けるというものだ。メリットを情に訴え、デメリットを過小に告げるそれは、立派な詐欺師だった。
その作戦が活動家たちに採用されて、戦力が二分してから大して時間もかからず、正義を訴えた彼らは、王国軍に捕縛や殺害された。王国軍の勝利が確定した時点でアナトールは生きていた。アナトールが自身の活躍によってやってやったんだと疲れ果てながらもニヤリと笑った瞬間だった。
背後からグサリとナイフが刺さった。
「アンっ!」
ウィルが手を伸ばしてもただの情報でしかない彼らは掴めない。通り抜ける手に絶望感を抱きながら振り返る。ナイフを刺した少年はまだ10にもならないくらい幼い。
「なぜ僕らを裏切ったんだっ、兄貴っ。」
その少年は全身に血が塗れていて慟哭した。王国軍はすぐにその少年を捕縛したが、彼は抵抗も何もしなかった。その少年をウィルは憎いなどと思うことができなかった。親友を殺した筈なのに、あまりにも彼の顔が苦しんでいたから。
連行される少年に後ろ髪を引かれながら、血に染まるアナトールの側による。ただの記録でしかない彼の瞳がウィルを見ることはない。
アナトールと共に同行していた同期の少年兵がアナトールの傷を治療をしようとしたが刺されどころが悪かった。
「…っはっ、や、ぱり、おれはどう、しようも、ねぇ、っな。」
「だまれ!もう喋んなっ!」
「ぐり…り、ウィ、リィに…伝えて、くれ。アイツ…ぜっ、てぇ、勝、手に、自分を…せ、める…ら。」
「…なんだよ。」
「これは、おれの、……じご、じとく、だっ…て。」
「んなこと言ったところで、アイツは自分を責めるだろ。そういうやつだ!」
「…そ、だな。」
「ほ、んと、おれ、には、うぃ……は、きれ、すぎ、るわ。」
死んでいくアナトールをウィルは黙って見ていくことしかできない。ずっと自分より大きいと思っていたが、14歳のアナトールはとても小さい少年で頼りない。その彼にずっとウィルは甘えていたのだ。
周りの喧騒もアナトールを看取った少年の泣き声も聞こえない中、無感情の声が嘘のしじまを切り裂く様に尋ねた。
「貴方はアナトールを善性の人間かと僕に問いました。」
ウィルは彼の方を見ることもなくただ静かに聞いた。
「僕の答えを述べると、彼は悪性です。悪を100、善を0と振った時の、56くらいの悪性です。まあつまり、ただの普通の人間です。」
そして、と彼は続けた。
「そのたった6%の悪よりの性質が、彼を五星士にはなれない原因であり、彼の死因です。」
「それがなんだっていうんだっ。」
死ぬべきだったと言われている気がして、ウィルは言葉を遮った。それでも、ただのデータの集約である彼は静かに淡々と告げるだけだ。
「貴方ほど五星士に向いている方はいません。」
「酷い。」
「アナトールもそれが分かっていた。だから、彼にとって貴方はライバルだった。」
「でも。」
「それでも、同時にアナトールは貴方の親友でいることも選んだ。隣で自分に無いものを持つ貴方に劣等感を抱きながら。」
「…っ、それでっ?」
「それは彼が強く優しい人間であるということとともに、貴方が誰よりも人を愛している優しい人間であるということの証明です。」
周囲の過去の王都がすうっとフェードアウトしていく。
「…なぜ。」
再び真新しい静かな王都が戻ってきた。
「僕はずっと王都の人間を見てきたと言いました。貴方の赤子の頃からそして現在まで、僕は王都にいる間の貴方を知っているのです。」
「あ、ああ。」
だから、ウィルが今悩んでいることを知っていた。弟分のような同室の友人のことやその彼を昔の親友のあだ名で呼んでいること。あの時、突然何も知らない少年が五星士になったことでささくれだった心を紛らわせるためについ口に出してしまったことだった。アナトールをアンと呼んでいたことを知っているルジェロから軽蔑された目で見られたのも反発していたが、人間関係に於いては見縊っていたルジェロをアンジュがウィルにできないことで褒めていたことで、自分の醜さを許せなくなってきていたからだ。
「…俺ってずっと卑怯者だ。あんなに慕っていたのに、アン…アナトールのことも、いとも簡単に五星士にはなれなかっただろうって一瞬掠めちゃったし、何が親友だ。」
「でも、貴方の優しさに2人のアンは救われていました。アナトールは汚い世界しか知りませんでした。しかし、アナトールは本当に優しい人間がいる事を貴方で知ることができた。アンジュ・クラントも、平穏を奪った王国軍や煙に塗れたこの王都にも優しい人間がいることを知りました。彼の持つ人への憎しみを減らすことができました。」
「…アンが人を憎んでいた?」
そんな素振りは何一つ見せなかった。
「アンジュの方は記録が足りないとか言ってなかったか?」
「貴方やアナトールほどはありませんが、497年間の知識の演算結果ですので、信憑性はあると思います。」
ウィルは分からなかった。
「アナトールやアンジュ・クラントは貴方にとっては正反対だと思います。アナトールは自分のアイデンティティの確立が大事で出世を望みました。アンジュ・クラントは愛する者以外、自分のアイデンティティさえもどうだって構わず、平穏を望みました。そして、アナトールは貴方を導き、アンジュ・クラントは貴方に導かれています。それでも、彼らはよく似ています。アナトールに尋ねたいことは、アンジュ・クラントに訊ねると良いでしょう。」
ーーーウィル!
データの海にいるウィルが振り返ると、そこには今を生きているアンジュが立っていた。
「ウィル、帰ろう。」
「俺がここにいることを気づいてくれたんだな。」
背後の真新しい王都は、0と1の数字となり真っ白な世界へと変わっていく。
ーーーまたいつか会えるでしょう。
サブシステムを名乗った彼の静かな声が聞こえた後にウィルの意識は再び消えていった。
ーーーー
ウィルが目を覚ました時、ルジェロ以外の五星士に見つめられていた。
「…みんな。」
何故ここにいるのかと訊ねる前に、ルサリィとアンジュに抱きつかれて泣かれた。
「もう、無茶して!」
「俺のせいでごめん、ウィル。」
「ウィリー、意識が戻って良かったよ。大活躍だったらしいじゃん。」
「お、おう?」
アンジュが詳細にウィルがどういう状況だったか説明してくれたが、ウィルは少しもピンと来なかった。
「もう少しで命の危機だったなんてそんな。」
「そりゃ最初こそ気絶しているだけと思っていたけど、少しずつ君の顔から血の気が引いていって青くなっていったんだから。最後の方は本当に死ぬかと…。」
「えー?全然そんな感じしねえけど。」
ウィルからしたら優しい機械と話していただけなのに、そばで見ていた五星士からしたらそうでは無い。寝ているようだったウィルは、アンジュが言ったように次第に青白くなっていって少しずつ頬がこけ始め、眼窩や頬ぼねが浮いてきたのだ。しかし、目を覚ました今は元通りどころか、いつもより体調がいいくらいだから、ウィルには信じられなかった。
「当たり前だろ、エルがお前を完璧に治したんだから。」
アンジュの陰から、1人の少年が顔を出した。ウィルは目を見張って彼を見つめた。
「えっ、きみ。」
さっきまで話していた魔術式防御システムの中の彼にそっくりなんて甘い言い方ではできないほどよく似ていた。
「俺の顔に何かついてんのか?」
「えっ。」
声もそっくりなのに不機嫌そうに眉を顰めてウィルを見た。
「モンスターは粗方ぶっ倒したし、スミスも元に戻ったし、魔術式も戻った。早く王宮に行こうか。」
「何で君が決めるわけ?」
魔術式防御システムの中の彼と容姿だけ酷似したスイ・ウォッカは言う。
「そりゃあエルを返してくれって正攻法で頼むからに決まってるだろ。」
「…いや、エル?」
「この魔術師は新入りくんのことをエルと呼んでいるわけ。」
「別に俺が何と呼ぼうが関係ねえじゃん。」
「…スイ・ウォッカって言ったよな。」
「そうだが?」
スイが冷たい顔で肯定すると、ウィルはもう何も言えなくなってしまった。迷うことなく王宮へと足を向けた彼にンヴェネは制止した。
「王宮に入れられないよ。あれは魔術式の影響で申請が必要だから、許可が得られないと。」
「“僕”には必要ない。それが証明になるだろうし、俺が入れたらその理由について知りたがるだろう?さあ、行こう。」
「…分かった。」
顔が青いアンジュにスイは手を差し出す。
「大丈夫だって、もうきっとさ。」
平穏を望んだと言うアンジュのそれが崩れていく音が聞こえていた。
そのアンジュにウィルは問うことはできなかった。




