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星の泉  作者: 詩穂
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19話 Star

アンジュ・クラント(16程度) 魔法使い 最近とてもネガティブ

ンヴェネ・ルーイ(25)五星士リーダー 銃使い 不安定な子供に気をかけている

ウィル・ザ・スミス(19) 炎の斧 優しい兄貴


 王都に戻ったアンジュだったが、変わらず気分は優れなかった。クルルに話を聞いてもらいたかったし、ルニアを呼び寄せたいという思いもあった。ウィルやルサリィが努めて側にいてくれるのも知っているが、却って煩わしく思った。しかし、それを言うことはアンジュにはできなかった。優しい彼らを更に心配させたくないし、傷つけもしたくなかった。


 アンジュは夜中部屋を抜け出して、宿舎の窓の縁に座って空を眺めるのがここ数日の日課だった。誰かが悪意を持って背を押せば、簡単に下へ落ちるのが分かっていたがやめられなかった。

 煙で濁った空を眺めて、その先の見えない星に願っていると、突然背後からぐいっと中へと引き戻された。


「なにしてるんだ!」


 現実に引き戻したのは、ンヴェネだった。


「空を見ていただけだ。」

「誰かに背中を押されたら死ぬかもしれないんだよ!」

「そうなったらそれでいいよ。」


 その消極的な自殺にンヴェネは心底軽蔑したように見た。


「ミルフィーちゃんもリーラさんもいるのになんて無責任な。」

「…そうだね。」


 今命を投げ売った方が、ミルフィーの今後としてマシな人生になるのではないかとも思う。まだ結婚もそもそも恋愛らしい恋愛もしていない。アンジュのせいでミルフィーの人生に瑕疵がつくなんて許されない。


「……おやすみ、ンヴェネ。」

「アンジュ。」


 さっさと立ち去ろうとしたが、ンヴェネから慣れない呼び方で呼ばれて驚いて振り返った。


「眠れないなら付き合いな。」


 苛立ちながらンヴェネはアンジュを談話!室に連れて行くと、温めた牛乳を差し出し、彼自身はワインを手にしていた。


「これは僕の話さ。僕には4つ下の弟がいたんだ。」


 彼が自分の話をすることは今まで全く無かったので、内心驚きつつもただ静かに耳を傾けた。


「好奇心旺盛な性格で、森が大好きだったよ。よく親父や僕に怒られながら、勝手に森に入っていくやつだった。何しろ僕の村は国境近くで森を抜けたら仲が悪い隣国だ。それを僕たちはもちろん看過できない。そうでなくても、銃の扱いが未熟な弟には危険が多かった。」


 その隣国がモンターニュ共和国、モンターニュ戦争の相手方だった。それがンヴェネが徴兵された戦い。


「なのに、弟の好奇心は誰よりも強く、誰よりも恐れ知らずだった。僕たちはそれを理解できていなかった。あの戦争が始まる日も弟は森へ出かけてしまったんだ。そのまま行方不明になった。国境警備隊と村の男衆で探したけど見つからなかった。すぐに親父と僕は国境警備隊の前線に志願して探したさ。」

 それでも、見つからなかった。ンヴェネはそこで話を区切り、アンジュから顔を逸らした。なかなか次の言葉が見つからないようだった。ンヴェネの話し方から彼がどうなったかは容易に想像できた。想像できるから、ンヴェネの話が続こうか続かなろうが、口を挟む気は無かった。


「数ヶ月後のこと、僕は弟を見つけたよ。前線で。夜、モンターニュが、囮として敵国の制服着て安い銃を持たせてこちらの前線の野営地にけしかけてきた中にね。こちらも視界はそれほど良くない。だけど、僕は確かに見た、ルーグ王国の砲撃で吹っ飛んだ弟の顔を。」


 あまりにも恐ろしい話だった。アンジュは耳を塞ぎたくなったが、手に牛乳が入ったカップが入っていたからそれができなかった。


「だから、イライラするんだよ。森が好きとか、僕に何故何って聞いてくる姿とか。」


 理不尽だけれども、イライラするのは変わらない。ンヴェネは普段声を荒らげる人ではないのに、くそっと汚く呟いた。アンジュは彼に何を言うべきか考えた。アンジュの姿は彼の死んだ弟をどうしても想起させるのだろう。きっとただ弟とは違うと言っても彼にとってアンジュは彼のトラウマを呼び起こしてしまう。


「ンヴェネ。」

「…なに。」


 鬱陶しそうに声をかけた。


「……死なないよ、僕。」


 アンジュは腰につけていた小さなナイフを取り出すとカップを持った左手を傷つけた。


「はっ?」


 やはり神の力を継いでいたのだと証明した。確かに一筋赤い血が流れたのに、血は止まり、腕を拭うと何一つ傷がなかった。今まではこんなに治りは早く無かったが、雨の神獣との戦いで覚醒したのかもしれない。


「……俺はルジェロの仇と同じ血が流れてるらしい。」


 ンヴェネは暫く言葉を失っていたが、やはりと頷いた。ンヴェネは元々神の力はアンジュにあると思っていたからだ。


「だから、死なないよ。」


 これでンヴェネの弟と違うことを証明できただろうかと顔をおずおずと見る。


「…そんな力があったところで、死ぬ時は死ぬんだろう。」


 神獣の治癒能力だって万能ではない。彼らも死ぬ時は死ぬ。そして、アンジュは神獣の血筋であって神獣そのものではないから、言うほど強くない。5階の宿舎の窓から地面に叩きつけられれば死ぬだろう。


「…ルジェロの憎しみを俺で晴らすことができるのなら、死んでもいいけどね。」

「新入りくん、そんな献身を捧げる程ルジェロのこと気に入ってた?」

「別に。死なことに意味ができるなら、マシだろうと思っただけ。」

「消極的自殺から積極的な自殺になるだけじゃん。」


 ンヴェネは呆れたように吐き捨てる。そうは言っても、アンジュは逃げたい心以外特に希望があるわけではない。ならば、他の人間の願いを叶える一助をするくらいが丁度いいと仄暗い考えを吐露する。


「……死にに行くな。」

「ンヴェネはどうして生きていけるんだ?」

「難しいこと考えるな。僕たちは産まれたから生きていく、それだけなんだよ。」


 ンヴェネは少し悩んだのち付け加えた。


「…僕に好奇心旺盛な弟を説得させるだけの知識や知恵があれば、僕は弟を止められたんじゃないかと思う。」


 贖罪のようにンヴェネは勉強し、辺境の狩人の家出身なのに、いくらでも本が読めるような地位まで上り詰めた。弟が死んだ後で何の意味を齎さないけれどと自嘲するンヴェネが、アンジュには眩しかった。記憶丸ごと捨てて逃げているアンジュに、弟の死から逃げなかったンヴェネの存在が恐ろしかった。


 談話室の静寂が2人を覆う。とっくに牛乳は冷めていた。

 ンヴェネはアンジュが紡ぐ次の言葉を待ったが、アンジュは話さなかった。


「そろそろ部屋戻ろうか。」


 ンヴェネが提案すればアンジュはこくりと頷いた。

 一日一日、少しずつ世界は変わっていく。

 ンヴェネはまだ見ぬ明日が怖いと思った。


ーーーー

「私はアンタなんか認めないんだからね!」


 アンジュが鍛錬の間の水分補給をしていたところに、突然可愛らしい声で怒られた。目の前にいたのは明るい茶髪の12〜13歳くらいの少女だ。まだ師団所属ではないだろう。


「ちょっとエリカ!」


 彼女と同い年ぐらいの子が制止するが、アンジュはその制止を止めた。


「初めまして、エリカ?」


 彼女の視線に合わせて挨拶すると少女は、動揺してアンジュの頬を叩いた。流石にそれはと周囲が困っていたが、アンジュの方が馴れ馴れしくして悪かったと謝罪すると少女は更に気分が悪くなった。


「わ、私は騙されないからねっ!」

「騙す?」

「アンタ貴族の子だから、卑怯な手でその地位にいるんでしょ!」


 アンジュが五星士になった直後からずっとあった噂だったが、アンジュは他のことの方が大変であまり気に止めてなかった。しかも、噂は噂でしかなく、それをアンジュに直接文句として言ってくる人間はいなかったから、言い返す機会も特になかった。最近知ったことではあるが、貴族のヤナ長官がアンジュ自身の境遇に気を遣ってこうなったのだから、噂は当たらずとも遠からずではあるのかもしれない。五星士の地位は望んだものじゃなくても、現状は縋った方がいいのは確かだった。

 少女の素直な不満をぶちまけられたアンジュが何を言うのかと興味深々で周囲の人間は静かに耳を傾けた。


「卑怯な手か、魔法使いというのが卑怯というのならそうかもしれない。」


 アンジュの手からパタパタと小さな椋鳥が飛び出す。


「どうしても魔術部隊には入りたくないんだ、そのための対抗手段だ。俺の力を認めてとまではいわないし、理不尽だと憤ってもいいから、もう少しだけここにいさせてくれ。」


 アンジュにできる説明はそれくらいだ。そんな簡単な説明で納得するわけもなく、プンと少女はそっぽを向く。


「知らないわよ!」

「そりゃそうだ。」


 アンジュは休憩のために置いてあった剣を手に取る。


「こうしようか。お互い休憩時間だろ。」

「…わ、私はまだ。」

「戦う力がない?まさか口だけだったか?」

「っ、やる!」


 王国軍歴は彼女の方が長くても、彼女とアンジュじゃ体格の差がどうしてもある。それに、アンジュは運動神経が抜群だ。アンジュが負けるはずはない。叩きのめしたところで、アンジュの評価は上がらないし、寧ろ悪くなる可能性の方が高い。それでも、アンジュは決して手を抜くことはなかった。エリカは何度も地面に背がついてもその度に立ち上がり、そして、アンジュもまた楽しそうに剣を振るった。ンヴェネが休憩は終わりだと言うまでアンジュはずっと彼女の相手をしていたが、ほとんど息切れはしていない。


「楽しかったな、またやろう。」


 いつの間にか彼女は嬉々として戦っていたのだが、冷静になって顔を真っ赤にする。


「だ、誰が!」


 力無く怒って彼女は友人たちと元の部隊へと戻っていった。


「楽しそうだったなぁ、アン。」

「ん。やる気出てきた。」


 子供の言うこととはいえ暴言をぶつけてきた人間に対して冷静に対処していたアンジュをウィルは感心する。


「真正面から言われたらちゃんと返したくなるよ。」

「なら、じゃあ俺も真正面からアンに戦いを挑もうかなぁ。」

「勿論。」


そうして2人は激しく剣を振るった。しかし、どこか楽しげな様子を傍目から見てンヴェネは複雑な感情を持った目を向けた。死ぬ気はないけれど、殺されるならそれでもいいなんて彼が思ってるなんて言うようには見えない。


「どうかしたの?」

「なんでもないよ。」


 アンジュがその感情をルサリィやウィルには知られたくないと思っているのを分かっているから、ンヴェネは横にやってきたルサリィに話すことはできなかった。


ーーーー


 それから、アンジュに文句を言った少女エリカは、時間を作ってはアンジュに剣で挑んで負けていた。いつか教官に怒られるだろうと思っていたが、彼女は時間を見つけるのが上手いらしい。お互い任務や鍛錬があるので、毎日とは言わないが、その姿は頻繁に見られた。


「あの子のお陰か鍛錬真面目にやってるね。」


 彼女とただ剣で勝負している間は子供のように何も考える必要がなく思考をクリアにすることができ、この所損なわれていた集中力が戻ってきた。

 ンヴェネがアンジュに話しかけると、アンジュは瞳を曇らせた。傍にウィルやルサリィがいれば彼も和かに話していただろうが、ンヴェネには何も隠さない。


「…見張りに?」


 ンヴェネがアンジュを嫌いなのも、それでも目をかけるのも、どちらもンヴェネの弟が原因だ。もしンヴェネの目の前でアンジュが死ぬなんてことが起きたら、きっと生涯気に病むだろう。だから、ンヴェネは時よりアンジュに声をかけるのだ。


「そう思われてもいいけどね、一応僕もリーダーよ?チーム内のメンタルは見ておかないとね。」

「…あれでンヴェネの弟とは違うって示したつもりだったけど。」

「弟じゃなくても知っている人の死って精神的にくるからね。」


 死を悼まない君には分からないかもね、なんて吐き捨ててンヴェネは再び鍛錬へと戻った。


 アンジュが1番避けたいのは、アンジュの死よりもアンジュを守ろうとする人が死にに行くことだ。ルサリィやウィルはそれをしそうだと思ったが、ンヴェネの弟の話を聞いてもう1人増えたかもしれないと思った。


「やっぱり『生きる』って絶望じゃないのか?」


 世界はとんでもない見当違いな力をアンジュに与えたものだ。


ーーーー


 エリカの姿が見えることが日常的になりつつある頃、夕方簡単な任務を終えて帰ったアンジュに2人の少年兵隊にいる女の子2人に声をかけられた。


「…あのぅ、エリカ知りませんか?」

「見てないよ、ついさっき帰ってきたばっかりなんだ。ウィルもそうだろ?」

「見てないなぁ、おーい、ルサリィ知ってる?」

「私も見てないわ。」


 後ろからついてきたンヴェネも知らないし、ルジェロが知ってるはずもなかった。


「お手間をとらせてすみません。」


 五星士は、組織の中でもかなり特殊な立場だが、下士官相当に当たるため、王国軍の師団にすら所属していない少年兵隊が本来気楽に声をかけていいものではない。彼女たちがぱたぱたと走っていく後ろ姿を見てンヴェネは雑談として話し始めた。


「新入りくんも森だったら魔力たどれるのにねー…、ああ、人間はどちらにせよ、だめか。」

「草木じゃなくても、魔力が強ければ石でもいいんだけど、ここは無理…いや、あるか。じゃあ、探してくるよ。」


 周囲を見回し、いつも通りの曇った空だなと見ていてアンジュはあることに気づいた。


「探すのは休憩時間だけだよ、怒られるのは僕らじゃなくて彼らなんだから。」


 くるりと歩く方向を変えたアンジュにンヴェネは苦言を呈し、いつものようにウィルがその後ろを追いかけて行った。


「おい、アン。何か見つけたのか?」

「王宮には便利なものがあると思ってさ。」


ーーーーー


 嵌められたとエリカが気づいた時には遅かった。

 少年兵隊の1日は訓練が主だが、メイドたちと混ざって洗濯、棚卸や補充などの作業などの仕事も行なっている。

 いつも通り補充の作業を終えて、任務から帰ってくると言うアンジュの元へ向かおうとした。そこに一期上の先輩である少年兵から、補充が間違ってるから、やり直せと怒られたのだ。いつも行動を共にしている班に断りを入れて、確認のためにパントリーの中に入ったのだが、外側から鍵がかけられたのだった。


 五星士であるアンジュと関わるようになっていつかそうなるとは思っていた。彼との鍛錬が居心地がよくそれを見ないふりしていた。

 エリカの表向き出てくる言葉は、許せないとか認められないとか否定的なものばかりだが、彼はそんなエリカのことを否定することはないので、そばにいる事は心地がよかった。エリカの不満を受け止めてくれたということが嬉しかった。

 エリカは剣術が好きであるし、その技術に関しては教官も認めてくれるところである。だから、アンジュが毎回エリカと真剣に戦ってくれるのは嬉しかったのだ。今の所全敗ではあるが、嫌なことも考えず戦えて楽しかったのだ。だから、高い頻度でアンジュのところに尋ねてしまっていた。いくら彼が王国軍から非難されていても五星士だ。上官である彼に話しかけ続けるのはマナー違反だった。だから、生意気だと目をつけられた。


「…ありがたいことにパントリーだし、夏場だし、明日の早朝にはキッチンメイドか少年兵が来ると思うけど…。」


 夕食の支度は終わってしまっているから、すぐには人が入ってこない。王都は夏はそれほど暑くない。少しずつ秋の兆しが見えつつある今、夜は冷える。日中動き回っていたせいで薄着だったから、堪える。死にはしないが風邪ひくだろう。パントリーの隅でエリカは小さく縮こまった。光が一切入らない静かな場所に1人だと嫌なことばかり考えてしまう。

 エリカの両親は物心つく前に他界し、唯一の兄も王国軍に所属していたが、戦いの中で死亡していた。


「…にいちゃん。」


 エリカの兄はずっとエリカが王国軍に入ることはいい顔しなかった。王国軍に女性兵の数が少ないのもそうだし、少年兵隊での女子率は10%も行かない。女性の力で男性に食らいついていくのは大変だと兄は何度も説得したが、地位が高くないと王国軍も薄給で兄ばかりに家計を任せるのは大変だ。エリカも王国軍に入れば生活費が浮くし、ベストだと思ったのだ。そうすれば、大好きな兄の足を引っ張らなくなるのだから。結局兄もいなくなってしまったエリカには此処がなければどうなっていたかわからない。


「たすけて。」


 明かりのない暗闇の中で兄に手を伸ばした時だった。突然明るい光が部屋の中に差し込んだ。


「お待たせ、助けにきたよ。」


 その光の先にいたのは、アンジュだった。

 エリカはその光に思い切り抱きついた。



ーーーー


 アンジュが向かったのは王宮の端、いや塀だった。中を探索するのではないかと思ったが、そうではないらしい。


「ちょっとおい、大丈夫なのか?」


 衛兵に見つかったら不審人物として怒られそうだ。アンジュはお構いなしに塀の壁に手を当てる。すると塀の壁から赤いルビーのような石が現れた。


「あった。」

「ちょちょっ、何するんだ?」

「王宮には鼠一匹入れない魔術式がかけられているだろ?これはそれの魔力結晶。メインの魔術式ではなく、補助するものだろうけどね。」

「よくそれがそこにあるって分かったな。」

「魔術式防御システムの魔力がドーム上に流れているのが分かって、辿ったらあったんだよ。」


 けれども、それがあっても人間には魔力はないから辿っていくことができないと言っていたはずだ。


「この魔術式の魔力ってドーム上に流れている魔力で封じられている範囲で、揮発して空中にたくさん拡散しているっぽい。薄すぎて流れらしい流れを読むことはできないけど。」

「じゃあ、何するんだ。」

「この魔力が何しているかと言うと、内部の情報を読み取っている。」

「…よく分かるな。」

「…あの村の魔術式の文章から推測だけどな。その拡散している情報を魔術式から探っていけば見つかりそうだなと思って。」

「あの子が魔力持ってるのか?」

「持ってない。ただ魔術式に干渉して魔術式が持っている情報を貰ってこようしてるだけ。」


 王都の魔術式防御システムを更に強化したものが、王宮に張られている。王都や王宮生まれではないものがこのシステムのうちに入るには、魔術式に生命情報を登録しなければならない。アンジュもここにきた時にピンのようなもので指先を刺して指から血が出ている状態で小さな石を触った。


 アンジュは魔力結晶に触れて、目を閉じた。 魔術式にデータを蓄積する力はない、蓄積されているのは魔力結晶の方だが、こちらの補助的な魔力結晶にはデータがない。アンジュはより意識を集中させた。魔力の流れに沿って本体の魔術式が描かれた魔力結晶への侵入を行う。


「…ど、どうなんだ。って言うか、これ、完全に怒られるやつじゃねえか?」


 魔術式に干渉してデータを読み取ってやろうなんて人間などいなかったはずだ。だから、注意も罰則も規定されていない。


「あの、魔術式は壊れない…よな?」


 集中しているアンジュにウィルの心配の声は届かなかった。本体の魔力結晶のデータ層に行く前に大きな壁、入り組んだ数式の羅列は、規定された魔術式だ。データ層に行かなくても、拡散された魔力から読めるかと思ったが、そちらはわからなかった。それでも、どうにか滑り込むことはできないかと少しずつ魔力を送る。

 

ーーー認証しました。


 声変わり前の子供のような声が聞こえた気がしたと思うといつの間にか目的のデータ層の情報が閲覧できていた。とは言っても全てが見えるわけではなく、ぼんやりとした王宮の状況が伺えるだけだった。王宮の中でも王国軍の少年兵隊たちが入れそうなところへ絞るとそれらしいものが見えた。


「……見つけたかも。」

「え、まじ?」


 アンジュが目を開いてウィルの方は向いた。ウィルはそのアンジュの瞳が魔力結晶と同じ赤い色になっているのにギョッとして声を上げた。


「お、お前大丈夫なのか。」

「ん?」

「目が…瞳の色が赤いぞ…。」

「…なんだろう、魔力がちょっと俺の中に入ってきたのか?」


 アンジュが魔力結晶を手放すと魔力結晶は再び壁の中に消えた。


「体調は…。」

「いや、大丈夫。しっかりと読み取れないけどこの時間にパントリーに1人4フィート…、5ィートくらいの子がいる。」


 追求したところで分からないと言われるということを知っているウィルはそこではもう何も言わず、アンジュのいうパントリーへと向かった。


ーーーー


 パントリーには鍵がかかっていたが、アンジュは自由に魔力を操って鍵の形を作ればそんなものあってないようなものだった。彼はなんの躊躇もなく、ごく自然なことのように扉を開いた。


「お待たせ、助けにきたよ。」


 暗闇の中に隠れるようにいた彼女はアンジュが入ってきたと言うことを認識するや否や勢いよく飛びついた。アンジュの腕の中でわんわん一頻り泣いた後、アンジュに謝罪と感謝をした。


「今までごめんなさい、助けてくれてありがとう。」


 傍目から見ればエリカの態度は暴言ばかりで宜しくなかった。しかし、アンジュは全くもって気にしてなかったから、彼女の謝罪に驚いた。


「エリカの不満は当然だったよ。それでも、ただ陰で言うんじゃなくって、俺に反論する時間をくれたから助かった。」


 けれど、冷静になってエリカは気づいた。エリカがアンジュに怒鳴ったのは子供の癇癪だった。エリカは少年兵隊の中で優秀だったのに、最近は同年代の男子に勝てなくなってきていて焦っていたし、少しずつ女性の体つきになっていく自分に戸惑っていた。精神的な不安は、他の人間関係の問題にもなってしまっていた。そこに丁度よく不満をぶつけられる人間がいたのだ。五星士という立場のくせに、その責務を果たさない人間が。けれども、実際に話して彼の人となりの知れば、不満をぶつけるのは間違いだと知った。


「私、もう貴方が五星士に相応しくないなんて絶対に思わない。だって、アンジュほど優しく人の心に耳を傾けてくれる人いないもの。」


 もうエリカは悲しくないと思った。悩みは永遠に尽きないだろうけれども、それは彼も同じだったから。


「貴方は誰よりも五星士(star)だわ。」


 






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