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星の泉  作者: 詩穂
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17話 愛している理由

 ミルフィーに無事贈り物ができたアンジュに新しい手紙が届いていた。アンジュも筆マメだから日に何度も届くこともよくあるが、それの送り主がミルフィーの母だった。リーラからの伝言かと思ったが内容は全く違った。ミルフィーとの結婚についてははっきりとは書かれていないが、ミルフィーの花嫁学校の話のところに、暗にちゃんと結婚せよと言っているような話だった。それから、1番重要な話だと書かれていたのはリーラの現状だった。ミルフィーを王都に行かせたのもそれが理由にあるとも書かれていた。アンジュに何がなんでも帰ってこれないかという話から始まり、リーラが今生きる気力を無くしていて、生活がままならない。このままでは冬支度もきちんとできず冬を越すことができないと厳しい状況が切々に書かれていた。ミルフィーは子供だからそこを分かっていないが、賢いアンジュなら分かるだろうとミルフィーの母は訴えていた。

 

 談話室で手紙を読んでいたアンジュの目からはらはらと涙が流れているのに気づいた人間たちはギョッとした。


「おい、アン。何があったんだよ!」


 涙を流しているところなんて見たことがないウィルは慌てた。アンジュの心を映すように窓の外も雨が降り始めていた。


「リーラが…。」


 喉につっかえて言葉にならない。


「悪いけど、見せてもらうよ。」


 指に力が入っていないアンジュからンヴェネは簡単に手紙を抜き取った。


「おい、ンヴェネ。」


 簡単に手紙を読んだンヴェネは険しい顔になる。帰郷の許可出なくとも、ルートヴィヒをうまく使えば任務としていけるかもしれないと思ったが、それよりも現実は厳しい。


「……君ってどうやって。」


 アンジュが突然身を翻してどこかに行こうとしたのを、ンヴェネは手を掴んだ。


「どこへ行く!」

「帰る!」

「馬鹿か!」

「ここにいてもいなくてもリーラが死ぬなら、いる意味ない!」

「帰って2人で王国軍から逃亡生活でもする気か!死ぬ気か!」

「どうせ死ぬならそっちの方がいい。」


 ンヴェネは思い切りアンジュの顔を殴った。


「ンヴェネ!」

「何もしてないくせにすぐに諦めんな!頭を冷やせ!」

「なあ、アン。何があったんだよ。」


 ルサリィは顔を真っ青にしていたが、2人の成り行きを見守った。

 ンヴェネが持っていた手紙をウィルに渡した。


「アン、リーラさんを王都に連れてくればいいんじゃないのか。ここにはミルフィーちゃんも来たし、そうすればアンとも定期的に会えるだろう。」

「でも。」


 今のリーラは介助が必要だ。元気になればもう少し1人で生きていけるはずだが、そうも行かない。


「リーラの住む場所を用意して、介助人も雇う金はない。」

「でも、リーラさん今までアンジュが送っていた金は使ってないっぽいし、それに俺の家に住めばいい。幸い俺の部屋はほとんど使ってない。」

「そんなの…。」

「そしたら、俺の家にアンもお金入れてくれるし、俺の家も楽になるよ。父さんに話せば、きっと助けてやりたいって言うよ。」

「なんでそこまで。」

「アン、冷静になれ。そして、仲間を頼れよ。」


 ウィルの行動は早かった。すぐに家に確認をとり、二つ返事でリーラを住まわせることに許可を出した。


「何故。」

「それがアンが今までやって来た努力の結果なんじゃねえかな。後はアン次第だよ。」

「…巻き込みたくなかった。」

「巻き込まれに行ったんだよ。」

「俺のことをなんでそんなに信じてくれるんだよ。何も伝えられないのに。」

「分かっていることは言葉を尽くして話してくれるだろ。」


 偶に無茶振りするけれどと茶化すが、アンジュの顔色は悪いままだった。


「怖い。」

「そうか?俺は軍を抜け出してリーラと逃亡生活するって叫んだお前の方が怖かったけどな。」

「何も返せない。」

「まあまあ、俺が怪我したら優先的に治してくれよ。俺が大黒柱だから、怪我が1番困るんだ。」

「ミルフィーのお母さんに、手紙を出してみる。」


 ウィルが交換条件のような話を出したら、アンジュは頷いた。

 アンジュが力無く手紙を書きに部屋に戻ろうとするのを、ウィルは追いかけた。あの後で1人にすることはできなかったからだ。


 ンヴェネは疲れたように深くソファに沈み込んだ。


「あんな新入りくん初めて見たねぇ。」

「あんなに感情的なンヴェネもなかなか見ないわ。」


 基本的に銃で戦うンヴェネの拳が未だにジンジンと痛む。


「僕はなんの努力もせずに死に向かう奴が嫌いなだけだよ。」

「……今日、ミルフィーちゃんやリレイラ村のジルっていう子たちと話したの。その時にアンジュが軍に連行された時の話を聞いたんだけど、かなり酷かったみたい。今こうして私たちと街中を歩いていたのを不思議だと思うくらいにはと。」


 ンヴェネもリーダーとしてある程度のその時の報告書を読んだ。気持ちよく読める話ではなかったのは確かで、簡単に離反するかもしれないとも思った。


「とっとと追い出せばいい。」

「ルジェ。」


 ルジェロはあの時の銀髪の男の話を上に上げていなかった。それはウィルもそうなのだろう。だが、頭によく残っている。


「いくら魔法が使えるとは言え、不穏分子だ。」

「…何かを知っている?」

「知らねえ。ただ国の指示に従わないと言ってたじゃねえか。」

「……僕が引き留めたでしょ。」

「心のうちでは思ってたということだろう。」


 ルサリィはサンセット・ブリッジで話した。リーラやミルフィーがいなかったら国を裏切るかもしれないと。それがよりはっきりしたということだ。


「…なんとかなるよ。いや、なんとかするよ。」

「ンヴェネが頑張ったところで何になる?俺たちも、アイツもそれが1番いいんじゃねえのか。」

「……簡単なこと言うね。彼の場合王国から離反したら、殺されるよ。そして、その任務を受けるのはきっと僕らだ。」


 王都の上空には暗雲が立ち込めて、窓に雨が打ち付けられていた。


ーーーー


 手紙を書き終えたアンジュは、夕食にも行かずベッドの上で考え込んでいた。ミルフィーがくれたリボンだけがアンジュの心を休めた。


「…まだ、まだそばにいさせて。」


 誰に向けた言葉なのか分からないアンジュの懇願に似た言葉は、まるで残りの期限が僅かなようだった。

 ウィルは自分の提案通りに上手くことが運ぶことを願った。


ーーーー


 承諾の連絡が来ない限りは話は進まない。ただやきもきして、返事が来るのを待つだけだった。アンジュは口数が減った。もちろん話しかければ返事は来るのだが、会話としては続かない。いつもはきちんと行なっていた鍛錬もおざなりだった。ンヴェネが注意しても、あまり意味はなかった。普通なら五星士からは降格処分になるが、その特異性ゆえにそうはならなかった。すると、今までは表立っては反発しなかった兵士たちから不満が上がってくるのだった。


 ンヴェネはヤナ長官に呼び出されて現状の説明をすると、ヤナ長官は厳しい顔をした。


「魔術部隊からは引き渡すように何度も言われ、王国軍からは降格しろと言われ、どうしたものか。」

「市民の人気は落ちてませんよ。任務は及第点くらいの活躍はしてますから。」

「そうだな、いきなり魔術部隊へと移したところで、市民からは不審に思われるだろう。」

「何故帰郷を許可なさらないんですか?」


 彼の母親が無事であることを確認すればまた前のように戻るはずだとンヴェネは訴える。


「…そうだな。納得することはないだろうが、あの鳥の神獣の本拠地に返すのは危険だと考えていた。」

「そこまで気にかける必要は恐らくありません。鳥はあくまで鳥らしいので。」

「そうだったか。」

「五星士として役に立ってはいますが、長官は何故彼を魔術部隊には渡さないのですか?」

「おや、国境警備隊にいた君なら誰よりも分かってくれると思っていたが。」


 魔術部隊は最早戦争には全く参加しない。それどころか治安維持にすら協力しない。王国軍としては何度協力を願ったか分からない。


「本当に、『使い勝手のいい魔術師』が欲しかっただけなんですか?」

「王国軍にはそれしかない。ただ私の個人的な話をすると。」


 ヤナ長官は机に視線を落とした。


「彼が実験動物になる可能性を危惧した。」


 ヤナ長官はもう何も言わなかった。ペチュウ・ヤナ長官には16歳になる息子がいる。彼は優秀だったが、前妻の子ということで中々屋敷内では立場がなかった。そして、家出のように士官学校を辞めて貴族が行きたがらない国境警備隊に願い出てそれ以降帰って来てない。同じ年の少年に息子を重ねたか分からないが、手ひどい扱いを受けるかもしれないと思う場所に連れて行きたくなかったらしい。


「長官の考えや思いが、私と一緒で嬉しいです。」


 報告と今後の相談を終えるとンヴェネはそう言って退出した。


ーーーー


 非道なことはいくらでも起こる。リレイラ村から返事が来ないまま、ある任務を終えてアンジュが食堂に入って来た時だった。大笑いしてやって来た第五師団の連中の1人がアンジュの前にゴミを叩きつけた。本当にゴミならよかった。それは、ボロボロに破かれたリーラの今後が書かれたミルフィーの母からの手紙だ。


「おい、おまえ!」


 ウィルが掴みかかって怒ったが男はヘラヘラしていた。


「悪かったなぁ、くっせぇ豚小屋みたいな匂いがしたから、ゴミだと思ったんだよ。」

「ウィル。」


 男の声など聞かず、アンジュはウィルに手を離すよう言った。


「でもっ!」

「おーおーお熱いこって!」

「ウィル、離して。」

「何で。」

「危ない。」


 ウィルが納得いかないと不満を持ちながら手を離した。男は余裕ぶって笑っていたが、ウィルの手が離れた瞬間、蛙が踏み潰されたような声を上げ、心臓を抑えるように地面にうずくまった。


「いっ、っな、に、しや。」

「何もしてない。早く医務室にあった方がいい。」


 しかし、アンジュの深い青い目はいつもの生命への慈しみなどなく冷たく反射していた。


「はあっ、あっ、し、ね。」


 アンジュは踵を返し、ボロボロになった手紙を丁寧にかき集めると食堂から出て行った。その扉を出る前に苦しそうに心臓を抑える男に声をかけた。


「また明日。きみが生きていたらね。」


 食堂にいた人間は、食事など喉に通らず彼が部屋を出ていくのを静かに見守るしかできなかった。


「いっ、手ェ…かせ。」


 男は周りの助けを借りて医務室へと向かうために後を追いかけるように部屋から出ていった。


「…あれは魔法か?」

「でも.魔法を使うそぶりなんてなかったよ。偶然じゃないか?」

「だとしても悪魔の顔だった。」

 

 暫く時が止まったようだったが、皆夢から覚めたように各々の好き勝手なことを言い始める。ンヴェネやルサリィは頭を抱えた。エリスはこの都に来ていないはずなのに、彼女が近くで笑っているんじゃないかとルサリィは思ってしまうくらい、男の笑いは醜悪だったし、アンジュの感情は冷え切っていた。


 ウィルは茫然としていたが、アンジュが1人で部屋に戻ったことに気づいて慌てて追いかけた。


「アン、大丈夫か?」

「…ごめん、心配かけた。」


 アンジュは破れた手紙を元のように並べると、魔法で元のように繋ぎ合わせた。それでも、いくつかかけらが不足していて完璧とは言えなかった。何とか読める範囲で話を汲み取るしかなかった。


「ウィル、リーラは厄介になるなんてと遠慮をしているようだけれど、面倒を見てくれるミルフィーの母はその方がいいと勧めたらしい。説得して何とか王都に連れてくると。」

「ああ、うん。分かった、突然来ても構わないように言っておくよ。」

「一応王都の手前の町で電報を出すとは言ってる。」

「ん、了解。俺たちが任務に出ててもそれなら何とかなりそうだ。」


 ずっと待っていたミルフィーの母の手紙だったが、アンジュの顔は晴れなかった。


「どうした?」

「さっきの…、コナー・キャンベルのことが。」

「アイツの名前知ってたのか?」

「知らなかったけど、分かった。」

「何言ってるんだ?」


 アンジュが何を言っているのか分からなかったが、アンジュ自身も分かってないと言うからお手上げだ。


「コナーに魔法をかけたのか?」

「かけたよ、『苦しむ幻覚』を。だから、身体は無事。」

「じゃあ、何も悪くはなってないんだ。」

「そう。」

「それで、その魔法をかけたコナーがどうしたって?」

「……引かれたなと思って。」


 コナーのことが気になっていたわけではなくて、その後ウィルがアンジュのことを信じられないと言った顔で茫然としていたことで、罪悪感を抱いたのだ。


「……俺の醜い所を晒してしまった。」

「あれくらい怒った方が普通の人間だよ。怒り方がすげぇ怖かったくらいで。」

「……そんなことしちゃいけなかったのにな。だから、怒ったり悲しんだりするのって良くない。」

「いやいや、確かに怖かったけど、コナーのやり方が最悪だった。」

「ごめん。」


 アンジュがしきりに謝るから、ウィルの方が答え方を迷って、沈黙してしまった。その2人の沈黙を遮るように、部屋の扉がたたかれた。


「アンジュ・クラント准尉、ヤナ長官がお呼びだ。」

「はい。今行きます。」


 扉の向こうの声に返事をしたが、「説教かも」と小声で不安そうな声を出す。


「まあ、なんとかなるさ。」


 ウィルはもう一つ軽口を叩こうと思ったが、それは喉に引っ込めてアンジュの背を押した。


ーーーー


 王国軍長官ペチュウ・ヤナの耳にもすぐ食堂での騒ぎのことは入っていた。そこで躊躇っていた一つの案を口にすることにしたのだった。


「君に幾つか貴族の家から養子にならないかという誘いが来ている。また王家から叙爵を受けないかともな。」

「どういうことですか。」

「君の存在を守るのに、君の地位をあげた方がいいと思ってのことだ。君を五星士に入れた時からずっとその案はあったのだ。」


 貴族も貴族でしがらみはある。功績や実績なくして貴族の一員になったとて反発が大きいのは目に見えている。だから、それをするならば、五星士として戦ってきた実績を持って市民の目から見ても後押しができる状況が欲しかった。


「何故今ですか?」

「早急に守る必要が出てくると思ったからだ。」

「…変わりますか?」

「第五師団は王都の中でも困った連中が多い。」


 第五師団は第一師団から第四師団までとは一味違う、厄介な人間が多かった。解雇して街で暴れさせるのも治安悪化が恐ろしいため、軍で厳しく規則で縛っている。それゆえに、第五師団師団長は叩き上げの切れ者の実力者であるのだが、彼もずっと見られない。そんな人間たちだが、小悪党な精神の人間が大半であるため貴族に対してはそんなことはやらない。


「すぐに返事しろとは言わない。そうだな、お勧めはルートヴィヒ・ラドカーンの養子だな。貴族の養子に誘って来ている家は須く魔力持ちがいないのだが、彼だけは例外だった。」


 すぐに返事をしなくてもよいから、よく考えておきなさいといってヤナ長官は話を終えた。魔術師は変わらず恐ろしいが、それよりもルートヴィヒに話を聞きたかった。ヤナ長官にそういうと、簡単にルートヴィヒの研究室に案内された。


「よく来た、私の城へ。」

 

 王国魔術師のマントは無造作にソファの上に投げ捨てられており、ルートヴィヒは変わらず白のシャツと黒い安物のトラウザーズを着ていた。彼しか使っていないという研究室は、足の踏み場もなく紙や本、それから実験器具が放置されていた。王宮でなければ足元にネズミがいてもおかしくはない。


「さっき私が聞いた話では、アンジュくんに喧嘩を売った相手が心臓発作で医務室に運ばれたらしいね!アンジュくんの力か?」

「……さあ、どうでしょう。」

「私は怒っていないよ、素晴らしい魔法というものを知りたいだけなんだ。」

《心臓発作なんて起こしてないです、幻覚の魔法です。》

《それは素晴らしい!》


 ルートヴィヒはあの後祭祀言語に力を入れて勉強したらしく、以前よりもっと流暢に操っていた。祭祀言語は便利だ。なかなか使える人がいないからアンジュの発言を理解できる人間は限られてくる。


《しかし、私に怯えていたアンジュくんがわざわざ来るということは何かあったかな?》

《あの、ルートヴィヒさんか僕を養子にしたいと言っていたと。》

《ああ、そのことか。養子になることを決意して挨拶に来てくれたのか?》


 アンジュは曖昧にそうかもしれないと答えた。


《何故貴方は僕を養子に?》


 魔術師や魔力持ちの中では彼だけだと言っていた。


《アンジュくんはどこまで魔術師の闇を知っている?》

《…何も。ただ僕は怖いということしか覚えていないんです。》

《そうか、ならば最初から話そう。そして、この養子話はアンジュくんにとっても私と同じくらい価値がある。》


 そうしてルートヴィヒが語り始めたのは正直に言って耳を塞ぎたいものだった。


《魔術師、いや魔力持ちの女性をアンジュくんは見たことがあるか?》

《…ない。》


 ルニアは女性だが、人間ではないから除外だ。


《それは私が君を養子にしたい理由と同じところに原因がある。それは『魔術師や魔力持ちが減っている』これに尽きる。》

《つまり…、女性が魔力を持っていると思われたら『産む機械』にされる危険がある?》

《左様。皆それを危惧して隠し通すから貴重も貴重だ。また私たち男にとってもこれはとても恐ろしい話なんだ。何としてでも子供を産めと言われる。そこに倫理観などない。妻だろうと妾だろうと、いくらでもまぐわえと言われるわけだ。》

《僕もそうなると。》

《私ですらうるさいからな。私は研究の方が好きなのだよ。だから、1人でも子供がいれば少しは落ち着くだろうとな。》

《たかが1人養子になったところで、その圧は変わりますか?》

《無くならないが、ましにはなるし、色々言い訳が立てられる。そして、私も魔術師としてそれなりの地位を得ているわけだから権力がある。君にくるそれらの恐ろしい誘いも少しは牽制できるだろう。アンジュくんが好色家ならこの話は忘れてくれてもいいが、そうは見えないからな。》

《正直全く興味ないです。》


 人間として欠落しているのかもしれないと思ったが、神獣の血筋であることも原因の一つだろう。


《それもそれで心配になるが、ならば私も君を守るのに力を貸せる。養子になるメリットはここくらいで、養子にならなくてもいいかもしれないという話をしよう。それは君が五星士であるということだ。》

《それが何か…?》

《五星士は他の兵士よりも高い倫理観と高潔さが必要な仕事だ。市民のスターとして働くには、色事に溺れてはいけないのだよ。だから、なかなかその圧をかけづらい位置にいる。恐らくヤナ卿はそれを狙ってキミを五星士に入れた。》

《…守るために?》

《勿論打算もあるだろう。王国軍は非協力的な色事大好き集団(まじゅつぶたい)にずっと辟易していたからな。》

《よくルートヴィヒさんは耐えられますね、その集団に。》

《私は幼少期からこの環境だから慣れてしまったな。勿論好んではないから、解決方法があれば飛びつく。》


 はあとルートヴィヒは大袈裟にため息をついた。


「五星士であれば、養子になる必要はないとルートヴィヒさんは思いますか?」

「私の名前言いづらそうだから、ルイスでいいぞ。」

「分かりました、ルイスさん。」

「いいや、君は今王国軍でうまくやれてないだろう。」

「そう…ですね。」

「名前の一つ変えただけで、奴らは随分おとなしくなるらしいと聞く。」

「…と、俺も言われました。」


 ルートヴィヒに言わせれば、貴族の名前を継いだところで何もないのだ。何しろラドカーン家のルートヴィヒはその高い能力故に貴族の集まりに参加せずとも何とかなっている。アンジュだってそうなのだとルートヴィヒはいう。


「アンジュくんは、庶民として生活するのに不自由だと感じるか?」

「いいえ。」

「ならば、貴族として生きても不自由だとは思わないだろう。この世界は感じたままが写るのだから。」


 ルートヴィヒはアンジュにある紙を渡した。アンジュがサインをすればすぐに効力が発生する、ルートヴィヒの養子になる紙だ。


「semper respiciunt voluntatem tuam、そうだ、お茶を出してなかったな。何か飲むかい?」

「いえ、お暇します。」

「そうか、それは残念だ。」


 ルートヴィヒとしては初めて怯えられずに話すことが出来たために話を続けたがったが、悪い側面の話ばかりしてアンジュも疲れただろうとそれ以上に引き止めることはなかった。


 元の自室に戻るとウィルは心配そうに話しかけたきたので、素直にヤナ長官から貴族の養子または叙爵の話があったと告げた。


「悪い話じゃなくてよかった。受ければいいのに。何をそんなに悩んでいるんだ?」

「……この国により深く帰属することになると思うと、なんか嫌だ。」

「実態は変わらないんだろ?」

「……ああ、うん。叙爵するとしても領地なんてないしね。」

「ただの書類上の話で、メリットがあるならそんなに気にする必要があるのか分からない。そりゃあ、貴族に良い印象がないのも知ってるけど。」


 ウィルも確かに面倒を見ていた後輩が貴族になるというのは複雑な思いがあるが、アンジュのそれは昔から示唆されていたことだった。


「アンは何も変わらない。」

「ウィルは?」

「俺の何が変わる要素がある?」

「もし貴族になれたなら、何をする?」

「んー、考えてみれば何もしないかも。ダンスはそんなに踊りたくないし。」


 金があれば貴族は幸せだろうけれど、金がない貴族は結構惨めだ。具体的に想像しようとしてもウィルは金持ちになった自分というのは到底考えれなかった。


「五星士に選ばれる人って高潔で高い倫理観を持っている人らしいけど、その通りだな。」

「俺はルジェロが高潔だとは思わねえけど。」

「ルジェロは凄いじゃん。俺のことすごく信じられないはずなのに、一応仲間だとして扱うよ。」


 ウィルは、苦虫を噛み潰したような顔をするが納得する場面はあるらしい。あの銀髪の男に対して、ウィルは少しアンジュのことを疑ったが、ルジェロはあの男の情報を拒んだ。あの時ウィルは自分を恥じた。


「ウィルは皆んなと仲良いのに、ルジェロだけ区別してるのは何故?」

「単に歳が近かったから比較されきただけさ。悔しいけど、アイツの剣の腕は確かだから。」


 王国も慈善事業で孤児や貧乏な子供を募集しているわけではない。少年兵隊に入るには一定の能力が備わっているかの試験を受けなければならない。ウィルとルジェロはその同期で、それ以来腐れ縁は無くならない。そう説明をアンジュは受けて、表面上納得したように頷いたが、真実それだけではないのだろうなとも思った。しかし、それを暴く権利はアンジュには存在しない。


「アンがジルには物申すのと同じかもな。」

「俺は一応意味あるよ。無視は可哀そうだろ。ジルは俺を憎みたいし、俺も言われっぱなしだとミルフィーに申し訳ないし。」

「そういえば、何でも理屈つけたがるって言われてたな。」

「今はマシになったんだ。昔は人間の心がよくわかってなさすぎたんだ。」

「ああ、そういえば俺も笑われたな。俺がアンよりもアンのことを心配していたから。」


 あの時からそれほど月日は経っていないのに、もう何年も前のことにも思える。十六夜はもう結婚式を挙げたのだろうかとウィルは思い耽った。




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