17話 愛している理由
アンジュ・クラント(16くらい)主人公 魔法使い 天然より
ウィル・ザ・スミス(19)アンジュの同室のお兄さん 炎の斧
ルサリィ・ウェンディ(23)風使い エリスによって滅ぼされた町出身
ンヴェネ・ルーイ(25)アンジュのことはあんまり好きじゃないけど、同情はしている 雷の長銃
ルジェロ・ビトレーイ(18) アンジュのことを警戒している。氷の剣
親愛なるアンジュ・クラント殿
先日は私の町であるヴェインを救って頂き非常に感謝しています。それから、父オリバー・グレイのこともありがとうございました。
父が用意した持参金を受け取ることを迷っていました。
ずっと父が嫌いだったからです。いつも無愛想で怒ってばかりで怖かったのです。銀行の職を失って以降は、暴力とお酒に走り、母が離婚し父と離れて暮らすようになって心底安堵したことを今でも覚えています。この田舎町に帰ってきたとき、離婚した女性として母は白い目で見られておりました。勿論私もよく子供達に馬鹿にされたものです。それでも、私は父を取り戻すくらいなら、その方がマシだと思うくらい本当に嫌いでした。
その父からの持参金など頼りたくない、そう思いましたが、貴方が言ってくれた言葉を何度も考えていました。
「オリバーの愛を受け取れとは言えない。寄付でもなんでも誰かに渡してもいいから、貴女によってこのお金は行き先を決めて欲しい。心が弱かったオリバーが何とか貴方を愛そうとした努力の結果は貴女が決めて欲しい」
暫く受け取ったままにし、父の努力の結果を導くことはできなかったのですが、結婚式で女で一つで育て窶れた母を見て、少しくらい父に甘えてみてもいいのかという気持ちが漸く出てきました。そして、こないだ母に少し良い仕立ての服を買いました。少し若返った気がします。
ありがとうございました、魔法使い様
愛を込めて
オリヴィア・ジョンソン(旧姓・グレイ)
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ふと任務から帰るとワインと共にオリバーの娘から手紙が送られてきていた。ミルフィー以外の女性からの手紙に、アンジュと仲のいい第二師団は野次馬に来ていたが、既婚者女性からのお礼の手紙だと分かるとつまらなそうに散っていった。
「新入りくんって意外と女性にモテてるよね。スーザン・フィッシャーからも留置所から手紙来てたし、ルニアちゃんからは綺麗な玉をもらってたし。」
ルサリィからも可愛がられてるからねとンヴェネから嫉妬なのかなんなのか分からない目を向けられる。
「ルネからも手紙もらってる。」
「僕は女性からって言ったのさ。」
「彼女たちだってルネと似たようなものだよ。」
「アンジュは素直だし、常にフラットだから、女性たちも話しやすいだけじゃないかしら。」
ルサリィも五星士として前線で戦う軍人だが、それでも至る所で女性だからと守られたことは何度かある。それが悪いわけでもないのだが、しっくりとこなかったことがある。しかし、アンジュはどちらかといえば年上の人間であるルサリィに教えを乞うたし、同じ軍人としてしかみてない。それだけのはずなのに、ルサリィはとても話しやすいと思っていた。
特に性別毎の役割分担がハッキリとしている文化の中で、母子2人きりの生活をしていたアンジュは炊事も力仕事も何でもやっていたし、それは母のリーラも同じだった。そのせいか男女が話す場面でも中間の立ち位置に立ちやすいのだ。
「…まあ、そういう事なんだろうね。」
「あら、納得してなさそう。」
「いや、ただ嫉妬しているだけさ。」
「…そういうことにしておくわ。」
ルサリィはンヴェネが何を考えているのか分からなかった。
「ウィリーは結局その仏頂面は治らなそう?」
アンジュの隣に座る寄宿舎の同室のウィルはンヴェネ以上に面白くはなさそうだった。
「俺は別に何とも思ってないけど?」
ルニアとアンジュが、言葉を交わしていないのにーーー実際にはルニアは五月蝿いくらいに語りかけていたがーーー仲が良かったのがどうも怪しく感じてしまう訳だった。アンジュは神獣の血筋のことをまだ誰にも言うつもりはないので、弁明が曖昧でややこしくなった。
ウィルはずっと会ったこともないが、アンジュとミルフィーの恋を応援していたから、不満に思ってるという状況だった。きっとそれは自分では叶えられなかった恋と重ね合わせている。ウィル自身自分、勝手だとは思いつつも、整理できない心のせいでぶっきらぼうになってしまっている。
しかし、いつもだったらそんな会話に我関せずと言ったルジェロが苛々して飲み物のグラスを割れる勢いで置いた。
「勝手に幻想を見てんじゃねえ!」
そう言ってルジェロがウィルを睨むと、ウィルは気まず気に目線を逸らした。
「どうしたっていうの、ルジェ。」
「別に。俺は先に行く。」
「え、ああ。」
昼休憩を早々に切り上げてルジェロは鍛錬場へ戻っていった。
「何かあった?」
「何にもない。俺は一回着替えてから行くから、先に行ってると。」
「あ、ああ。」
ンヴェネとルサリィは困惑しながら、お互いの顔を見た。アンジュは一連の流れについていけなかった。
「何故俺へのお礼状からそんな話までに発展したんだ?」
「いやぁ、何が人の怒りのツボなのかって分からないね。で、新入りくんが好きな子はミルフィーちゃん1人ってことで合ってる?」
「ミルフィーはずっと好きだよ。」
「君の場合恋愛なのか親愛なのかっていうのがすごくわからないよ。」
「寧ろ、その違いって何?」
「うーん、独り占めしたいとか、抱きたいとかそういうのだよ。」
もう16歳なのだから分かるだろうとンヴェネが言っても、アンジュはピンと来てなかった。
「俺はミルフィーが世界で1番幸せになって欲しいと思ってるだけ。ミルフィーがそう思うのに、俺が必要と言うのであればそうありたい。」
「…新入りくんはめちゃくちゃ受け身なのね。献身的ではあるけどさ。」
「自分の望みはよくわからない。避けたいことはあるけど、積極的にしたいことはない。」
でも、実際にはそばにいることができず、ミルフィーを悲しませているから、アンジュは苦々しかった。ンヴェネはうーんと考えた後口に出した。
「今度の非番の時に、ウィリーと一緒にミルフィーちゃんへプレゼント買ってきなよ。」
「確かにいいわね!私もついていくわ。」
ンヴェネはウィルもそれでアンジュの思いの深さが分かればこの奇妙な状況も終わるだろうと思った。
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ウィルとアンジュ、それからルサリィの非番というのは3日後になんとかできた。ミルフィーへのプレゼントを買いたいから付いてきてと頼んだ時、ウィルは目に見えて嬉しそうだった。それを横目で見ていたルジェロは忌々しそうに舌打ちをしていたが、それはいつもと同じだった。
「非番と言っても王都内。何か緊急自体が起こったら戻ってこいっていうやつ。」
「まあまあ。それが五星士みたいなところあるからね。」
それでも普通の師団の方よりは自由があるから、誰も文句は言わない。
いい天気で絶好の買い物日和だった。煙がかっていても、青い空がのぞいていた。以前、アンジュがウィルと2人で歩いた時より大きく変わったことは、道ゆく人がアンジュに「魔法使いさん」と嬉しそうに手を振っていくことだった。以前の時もウィルに恭しそうに挨拶をする人間はいたが、魔法使いという特殊性もあってかそれ以上の人気さだった。今回はルサリィもいるから、更なる歓迎を受けた。それでも、隠れるように行動しないのは、それもこれも五星士としての役割故だった。
「で、どうする?無難に指輪?」
「ちょっと重くないかしら。まだ結婚の約束はしてないのでしょう。ペンダントやネックレスなんてどう?髪飾りもいいわね。」
アンジュはアクセサリーという選択肢が頭から抜けていた。それは今までお金がなかったわけだが、今は殆どリーラに送っているとは言え、買えないわけではない。それなのに今まで王都から出てきたアンジュが贈ったのは、思い出の魔法で作った花だった。しかも、花束ではなくて手紙を開いたら花が溢れるという仕掛けのもの。そんな一瞬のものよりもずっと残る方が良かったのではと2人と共に買い物に出て気づいた。いつも2人が遊んでいたように外で開けていたら良いが、あれを家で開けてしまったら後片付けは大変だっただろう。返事の手紙では、すごく綺麗で楽しかったとミルフィーは言っていたけれども。
「ミルフィーちゃんの好きな色って?」
「……ネモフィラ。」
ミルフィーが特定の色だけを好んでいた記憶はなかったから、好きな花の名前を代わりに言った。
「アンジュが村の時から着ていた服はその色だったわね。」
「確かに。…愛されてるなぁ。」
「偶然だよ。ここ1、2年はお金がなくてほとんどあの服着回してたけど、あの服より前の子供の頃からミルフィーはネモフィラが好きだった。」
「じゃあ、ミルフィーちゃんが好きな花の色の服を選んできていたってこと?」
「ロマンチックな考えありがとう。残念だけど、あれはお下がりだ。昔リーラの息子が着ていたやつ。」
ウィルはちぇーと残念そうに口を尖らせた。面白がっているわけではないが、ウィルはアンジュの恋を応援しすぎている節がある。
「でも、ネモフィラモチーフがあればそれにしましょう。」
「イアリングとかも綺麗だよな。」
2人が真剣すぎてアンジュは気がそぞろになりそうなところだった。
「…アンジュ!」
幻聴か疑いつつも振り返ると、抱きしめられた。
「ミル、フィー?」
長い髪を三つ編みに結んだおさげは変わらず、淡い茶色の優しい目がアンジュを見ていた。
「会いたかった!」
「俺も。でも、待って。頭が追いつかない。」
ウィルとルサリィも気づいて、ミルフィーの姿を見た。なかなか2人とも抱き合ったまま、離さなかったがらもう1人の乱入者によって2人は離れた。
「ミルフィー、置いていかないでくれ。」
ミルフィーの後から追いかけてきたのはアンジュを虐めた主犯格ジル・ルグランだった。
「ミルフィーの護衛か。適任だな。」
「ごめんね、アンジュはあんまり会いたくなかったかもしれないけど。」
「ううん、ジルだったらミルフィーを1番に考えて護衛してくれるだろう。ミルフィー、紹介するよ、俺が所属している部隊の仲間のルサリィ・ウェンディとウィル・ザ・スミス。それから、2人とも。こっちがいつも話している幼馴染のミルフィーと、俺の虐めの主犯格のジル・ルグラン。」
「おい!その紹介はやめろ!」
「何か間違ってたか?」
「今だけはせめてミルフィーの護衛と言ってくれ!」
「俺が命の恩人のジル・ルグラン。」
「ふざけんな!」
ジルとアンジュはまるで漫才のようにテンポよく話しているので、ルサリィとウィルは呆気に取られていた。
「ジルはどうでもよかったから。」
「そう言うところクソ腹立つ!いっつもミルフィーの後を追うことしかしてねえのマジでムカつく!」
「それが何の問題だって?」
「いつもそれだ!」
「何が問題なのか余所者の俺には分からないんだからちゃんと説明してくれと言っていただけだ。」
「くっそムカつく!そう言うところなんだって!」
「だから、そう曖昧に言われると俺にはわからない。」
とは言え、ジルがミルフィーのことが好きで、そばにいるのが村のヒエラルキーの1番下にいるアンジュであることが許せないと言うところまではアンジュも理解している。
全てのことに理由をつけたがるアンジュがジルの怒りを更に煽っているのだろうと言うのも承知の上だ。
「ジル、いい加減にして!」
「ミルフィー、何でこいつがいいんだよ!魔法が使える以外意味わかんねえのに!」
「少なくともアンジュはそんなことでジルを殴ったりしないわ!」
「ミルフィー、いいよ。」
「でも、私2人に仲良くなって欲しかった。」
「それは無理かも。」
例えばアンジュが完全にミルフィーから離れるとかしない限りはこの先ジルと仲良くなれることはないだろう。
「…って言うか、注目すごい浴びてるからどっかの店にでも入ろうか。」
ウィルはアンジュとジルの2人の間に入って止めた。五星士の中の注目株であるアンジュ・クラントの愛憎劇はさまざまな人間たちの注目の的だ。
ウィルの伝手で個室がある食堂に入ることができ、話はそこで進むことになった。
「アンがあんなに言い争いしているの珍しかったな。」
「ジルはしつこい。」
「はあ?お前が無駄に理屈捏ねるからだろ。」
「理屈を知りたいんだ。」
「そーいう、お高くとまって頭を回そうとしてるところめっちゃムカつく。」
「そう言う性格だ。納得できないとしても、スルーをしてほしい。」
「お前こそ。」
「まあまあ、2人とも。お姉さんが奢ってあげるから、好きなものを食べなさい!」
一触即発な2人にメニューを押し付けると、アンジュはありがとうと受け取りすぐに注文を決めた。
「いろいろあって迷っちゃうわ。アンジュは何にしたの?」
「肉のの包み焼き。」
「それだけ?」
「そんなにお腹空いてないから。ミルフィーは?」
「このオリーブ焼きのお肉のプレートとグラタンで迷ってるの。」
「どっちのが美味しいんだろう、朝は何食べてきた?」
ミルフィーとアンジュは2人で頭を突き合わせて見ているが、2人の間に隙間がないように肩をピッタリと合わせていた。それを見れば、ルニアやその他の女性の距離はなんてことがない。アンジュが怪しむウィルのことを疑問に思っていたのも当然だったのだろうとウィルは思った。その様子をただならぬ顔で見ているのは、ジルだった。結局2人で話し合ってミルフィーはオリーブ焼きの方を選んだ。
「そう言えばこないだのお手紙とても素敵だった!開いた途端にお花がたくさん飛び出て、お話も花の神様のお話でロマンチックで良かった。」
「そうだった?掃除大変じゃなかった?」
「大変じゃなかったとは言わないけど、それ以上にすごく楽しかったわ。今押し花にしてるの。」
ミルフィーは心底嬉しかったと手を胸の前で叩いた。
ミルフィーもアンジュも2人だけで話すことが多くてついつい他の人がいることを忘れていて、ウィルやルサリィが相槌を入れたことで2人とも恥ずかしそうに謝罪した。
「久しぶりに会えて興奮してしまってごめんなさい。アンジュは皆様とうまくやっていけてますか?」
「アンの天然なところには驚くし、凄くいろんな視点を持ってるから新鮮。それにいい奴だし。あと目覚ましとして重宝してる。」
「ウィルは何故かちゃんと起きれないよな。他師団のラッパも鳴ってるのに。」
「だから、めっちゃ助かってるって。」
「ウィルはアンジュが来てから楽しそうよね。」
「私あまりアンジュが同年代と仲良くしているところを見てなかったので驚きです。良かったです。」
ミルフィーは自分のことのように本当に嬉しがっていた。
「アンジュって森の妖精さんみたいなところがあるから、都会でやっていけているのかとも不安でした。」
「森の妖精。」
「あ、あの、悪い意味じゃないですよ!その、たまに神秘的なところあるでしょう?」
ルサリィもウィルもミルフィーの発言を怪しんだとか嫌悪したとかではない。確かにと納得してしまったのだ。
「正直なところーーーー、めっちゃ分かる。」
「分かりますか?!」
「俺たちがよく知る魔術師とも違うし、偶に超然とした何かに思う時がある。」
「ですよね。リレイラの村もアンジュがいなくなってから、害獣に頻繁に襲われるようになって、アンジュは森の神様だったのかもしれない、なんて言う人も出てきたくらいなんですよ。」
クルルがいなくなったのが本当は要因だが、クルルはアンジュと共に居ただけなのだから、ある意味でアンジュの功績だったのかもしれない。
「ミルフィー、そんなの手紙で言わなかったじゃん。」
「アンジュに言ったら困らせてしまうと思ったの。帰れないのにリレイラの心配をさせてしまうと思って。」
アンジュが帰ってもクルルが帰ってこなければ確かに意味はないのだが、故郷がそんなことになっていたとは知らなかった。
「私たちは、いつも嫌なこと言われてもシラってしているアンジュが誰かと言い合っている姿が見れて新鮮だったわ。」
「…別にリレイラでもそうですよ。」
ずっと気に食わなそうなジルはブスッと答える。
「こんなことを言われるのは俺くらいだ。アンジュに命を救われたのは人生の汚点だった。」
「俺が救ったなんて考えなくていいよ。あの時は魔法使いだって思われたくなったから、見殺しにしようと思っていたから。」
「…おい。」
「でも、ミルフィーが必死に助けてって言っていたから助けた。」
「ほんっとお前は昔っからミルフィーミルフィーってキモいな。」
「それとも俺が心の底からジルを助けたくて助けたとでも思いたいのか?」
「そんなわけあるか。」
再び始まったそれにルサリィはパンと目の前で手を叩いた。
「話を聞いてちょうだい。アンジュ、言われたら言い返せるのなら、王国軍でも言えばいいじゃない。」
「ジルは言い返さないといけない理由があるんだ、ルサリィ。」
「あら何故?」
「それを言うのは酷だよ。」
いつも王国軍でのアンジュは言われても仕方ないからと言い返さない。それでも、ジルに言い返すのはミルフィーの隣を失う訳にはいかないからだった。アンジュが6年前リレイラの村に来るまで、ミルフィーと1番仲良かったのは彼だったのだから。
「そういえばミルフィーちゃんはアンジュに会いに王都まで来たんだよな。偶に任務で1週間帰って来ないっていうのも結構あるんだけど会えたのは運良かったな。」
「あ、それなんです!アンジュに報告があって。」
「何?」
胸の前で手を叩いてミルフィーは嬉しそうに告白した。
「お父さんがアンジュと結婚していいって許してくれたの!」
ウィルは大きく咽せて、ジルはてからコップを滑り落とし、ルサリィは口に手を当てて言葉を失い、アンジュは瞬きして、「本当?」と尋ねた。
「今まで許してくれなかったのに。」
「絶対ダメだって言われてた。」
ミルフィーも知らないが、アンジュは、リレイラにいた時には随分ミルフィーの父トーマスに釘を差された。君がどこから来たのか明らかにならない限り、ミルフィーと一緒になってはいけないと言われていたのだ。しかし、五星士になるということが状況を全て覆していた。
「お父さんがそれなら花嫁学校に行かなきゃと言ってくれて、9月の新学期から通うことになったの。」
「つまり、これからはずっと王都に?」
「うん、リーラさんのことを残していくのは心配だったのだけれど、お母さんがしっかり見てくれると約束してくれたの。」
ミルフィーの母はずっとミルフィーの味方で、アンジュが村に対して献身的だったこともあって、ミルフィーがアンジュを好きでいることを認めていた。だから、ミルフィーがリーラを心配して離れることに不安を抱いているとすぐにリーラの面倒を見てくれることになったのだ。
「そのやっぱりリーラは…。」
「アンジュはきっと分かっていたと思うけれど、アンジュがいなくなって寂しそうで口数はかなり減っちゃった。」
アンジュはミルフィーが目の前にいることはとても嬉しかったのだが、それ以上にもう2度と元の生活に戻れないと言うことを改めて実感して絶望的な思いに囚われた。
「アンジュ、その怒ってる?」
「何が?」
「勝手に話を進めたことと、リーラさんを置いてきたこと。」
「ううん、全く。ミルフィーが望むことが俺の望むことなんだよ。だから、好きにしていいんだ。ただ昔には戻れないんだって実感して寂しくなった。」
「そうだよね、アンジュはリレイラの村での生活が好きなんだって知ってるもの。」
それでも、ミルフィーはこれからずっと王都での生活になるだろうアンジュに合わせてこうして来たわけだった。彼女はアンジュよりももっと未来のことを考えてやってきたのだ。
「…やっぱり指輪だったじゃん、ルサリィ。」
「私はそこまで2人の関係が進んでるなんて思ってなかったの。」
2人の世界に圧倒されながらウィルとルサリィは、本日の目的のプレゼントの話に戻る。ミルフィーと会ってみて2人の印象はガラリと変わった。想像上でのミルフィーというのは、大人しく後をついてくるようなほんわかとした田舎の少女と考えていたのだが、実際のミルフィーは行動的で、アンジュの手を引いて前に向かって歩く強かな少女だった。結婚などは深く考えていなかったアンジュに対して、ミルフィーはしっかりと外堀を全て埋めていた。
「ジルはどこまで知ってたんだ?」
「なにもかも知らない…っすよ。俺はトーマスさん、ミルフィーのお父さんから頼まれただけっすもん。」
苦々しそうな顔やアンジュの態度でジルがミルフィーのことが好きなのは何となく分かったウィルは、少しばかり同情した。
「まさかあの無理やり王国軍が連れて行った後にこんな逆転が起きるとか誰も思わないっすよ。」
「俺たちその話少ししか知らないんだけど、余程酷かったんだろうね。」
「……村の皆んなはビビってた。あの時の王国軍は、鬼ってこんなんじゃないのかって思ったし、普通にアンジュが街中を歩いているのにもすっごいびっくりした。本当は監禁されてるんじゃないかとか思ってた。」
ジルの言葉が聞こえて、アンジュは同意した。
「俺も王国軍に最初来た時はもっと恐ろしいかと思ってた。殴られたりしながら魔法を使えって言われるんじゃないかって。」
「そうだったの?そんなの知らなかったわ。」
「知らなくていいと思ってた。」
「でも、それなのに何故王国のためにあんなに血を流しながら戦えているの?」
「昔からわけわかんねえやつですよ。」
ジルはリレイラでだってそうだったと言う。ミルフィーが不安げな目でアンジュを見る。
「それはウィルが良い人だったからだと思う。」
「えっ、俺?」
唐突に自分に話題が移ってウィルは間抜けた顔になる。
「ウィルが最初から優しかったから。」
「…どうも。」
最初の頃と変わらず、褒める時はまっすぐなアンジュに照れてウィルは頬をかく。
「そうね、確かにそうだわ。側にいる人間が優しければ頑張れることってあるわね。私ったらどうしていつもそのことを忘れてしまうのかしら。」
「それはルサリィの優しさだから。心配してくれていたんでしょ?」
「ふふ、ありがとう。」
ミルフィーは隣のアンジュがルサリィに対して柔らかい話し方をするのが気になってアンジュを見ると、アンジュはすぐに気づいてミルフィーを見た。
「どうした?」
「ううん、なんでもないわ。私アンジュが皆さんと上手くやっていけていて安心したの。」
ミルフィーのその一瞬の顔の真意をミルフィーしか見えていないアンジュにはきっと分からないだろうと踏んだウィルは話す。
「アンはなかなか天然なところがあって読みづらいけど、ミルフィーちゃんのことは真っ直ぐ想ってるのが分かるしそこらへんで人間だなぁと思うよ。」
「わ、私のことそんなに話しているんですか?」
「うん。気を悪くしてほしくないけど、王国軍でめちゃくちゃ有名な名前の一つになっちゃうくらいには。」
ここら辺は第二師団のアルフレッド・ヴァレンタイン軍曹のせいもあるが、電撃任命の魔法使いの五星士というだけでも注目されてしまうのに、アンジュが公衆の面前でミルフィーのことを出して以降あっというまに軍内部で広まった。結果的にそれが広まって以降アンジュのことを揶揄う人間が増えて話す機会は増し、アンジュの人となりを理解される一助となった。
「恥ずかしいけど、嬉しいです。アンジュが私のこと話してくれるなんて。」
「俺はミルフィーがいなかったら空っぽの人間だったから、話すしかなかったんだ。」
「そんなことないよ。アンジュは凄く人の事を深く見て動いてる頭がいい優しい人だよ。」
ミルフィーはそういうが、アンジュにとって人間らしさ全てはミルフィーとリーラでできていた。
でも、アンジュにとってミルフィーがそう思うなら、そうしていたいと願った頭に冷や水をかけるような音が聞こえた。
【ーーー、ジュ、アンジュー、聞こえてたりする?僕ーーーー、あれー、ダ、む、ーー】
ルニアが宝玉を通して、何かを伝えようとしていた。その一瞬だけだったのだが、アンジュは止まった。神獣の血筋である自分は、ミルフィーのことを傷つけてしまうのでは、ミルフィーの幸せを奪ってしまうのではという漠然とした恐怖だった。
「アンジュ?」
「……いや、なんでも無い。」
「なんか顔色悪くなってないか?なんか当たったか?」
「あ、うん…、そうかも。」
あと何年真実から目を背けて、ミルフィーがくれる安穏とした幸せを享受できるのだろうかと思うと手が震えた。
「つーか、おまえリレイラなんて本当はどうでも良かったんだろ?半年も経たないうちにリレイラの訛りなんか忘れるんだもんな。」
アンジュが青ざめたその瞬間が好機と見たのか、ジルが憎まれ口を叩く。だが、変に心配されるより今は助けのように思えた。
「吸収が早いっていってくれ。そもそも、リレイラの発音とも違ってただろ、おれは。」
「ああ、小憎たらしい気障な都のアクセントだったな!」
「ego paenitet enim me malum pronunciation」
「あ?なんって言ったんだ。」
「話せなかったんだから、頑張った方だろって。」
「けっ、そのまま街の孤児院に連れて行かれれば良かったのによ。」
「もう!ジルったら本当にそんな憎まれ口叩いて!なんでそんなにアンジュのことが嫌いなの?」
「よそモンだからだよ。」
「よそ者だろうとアンジュはちゃんと村に馴染む努力したのに!」
「大人たちに媚び売ることが?」
「進んで仕事してただけなのに!」
アンジュとジルの言い合いから、ミルフィーとジルの言い合いに変わっていった。神獣の血筋というアンジュにとっては暗い影がちらついていたのだが、そこに昔と変わらないミルフィーとジルがいて、くだらない事で喧嘩している。それがアンジュには面白くなって来て、ついはははっとわらった。いつもリレイラの村では笑うというよりは微笑むことばかりだったアンジュが、心底おもしろそうに笑っているのを見て、ジルとミルフィーは驚いて喧嘩するのをやめた。
「あれ、どうした?」
「どうしたはこっちのセリフだわ。なんだよ、その笑い。」
「いや、なんだか面白くなっちゃって。」
ジルはけっと唾を吐く。
「そうやっていつもミルフィーの影に隠れるんだよなー、魔法使い様は。」
「そうだな。」
ジルの周りにいる普通の男だったら、女の影に隠れるなんて恥ずかしいだとか、情けないだとかで必死に抵抗するのに、アンジュはミルフィーの庇護を当たり前のように受け入れる。だから、気持ちが悪いし、腹立たしい。それなのにミルフィーはそれを喜んでいる。ジルからすれば到底許せるものでは無い。
「ふん、少しは甲斐性でも見せろ。」
「ジルも諦めればいいのに。俺の考え方は変わらないってさ。」
結局どんなに喧嘩してもいつも話は平行線を辿り、永遠に解決することはない。
昼ごはんを食べて、ミルフィーはこれから学校の方で手続きをしなければならないと言って別れることになった。別れ際、アンジュはもう一度ミルフィーは尋ねた。
「ミルフィー、本当に欲しいものはない?」
「んー、じゃあ、アンジュが使ってる髪紐が欲しい!アンジュがそばにいてくれると思えば、いつでも頑張れる気がするから。」
「そんなものでいいの?綺麗でもないのに。」
「うん!」
アンジュは結っていた髪紐を解くと、さらさらと髪は綺麗に肩に落ちる。ミルフィーはそれに見惚れていると、アンジュはその髪紐を顔の前で握りしめた。それが光に包まれたあと、アンジュはミルフィーに手渡した。
「少しは魔法で綺麗にしたからマシかな。簡単な守りの魔法も込めたから、身につけてくれると嬉しい。」
「…っありがとう!私もこれあげる!」
ミルフィーは結んでいた片方のリボンを解いてアンジュに渡した。
「これじゃわらしべ長者じゃないか?」
「いいのっ!」
アンジュの髪紐よりミルフィーのリボンは質がいいから戸惑いつつも、受け取って髪を結び直した。
「私は魔法がかけられないけど、そばにいたいって願いを込めたよ。」
「ありがとう。」
アンジュは嬉しそうに笑った。
この2人のエピソードがどこからか漏れて週刊誌に載り、若い恋人同士の間でアクセサリーを交換するのが王都内で流行った。




