16話 秘境の村②
ルサリィとアンジュの協力で崖を登ると、そこにあったのはンヴェネの頭より高い古臭い石垣だった。
「……明らかな人工物、ここが秘境の村!」
ルートヴィヒが興奮を抑えきれず、叫んだ。
「Qui es!」
怒号と鋭い矢が飛んできたが、矢はアンジュが作った見えない障壁によって弾かれた。それをみて塀の向こうから矢を放った人間は素直に驚いた様子を見せている。
「non utitur magica!?」
しかし、何を言っているのか分からなかった。何年も閉ざされた村が王都と同じ言語を喋るはずはない。けれど、ルートヴィヒは片言になりつつ尋ねた。
「non ……sumus hos……tes、あっているだろうか、祭祀言語だと思うが。」
魔術師の基礎科目として昔の祭祀言語を習うため、ルートヴィヒは彼らが話していることは分かった。怒っている彼らに
「Qui es!unde venis!」
「何者だ、どこからきたって聞いてるよ。」
「……新入りくんも分かるんだね。」
アンジュはそれに口を閉ざした。彼らの言葉が分かると言うよりも、記憶がある6年間話してきたこの言葉よりも強い親しみがあるのだが、アンジュはそれを口にしなかった。代わりに向こうからの質問に答えた。
《僕らはルーグ王国の魔術師とその護衛です。知りたいことがあってここに来ました。敵対したくはありません。何か恭順の証でも見せた方がよろしいでしょうか。》
《恭順?何を見せられると言うのか。》
《望むものを渡します。》
《はー、例えば私が嫁を欲しいと言ったらどうする?》
男は訝しげにアンジュをみやる。嫁を与えることなどできやしないだろうと睨みつけた。非常に難しい望むものではあったが、できないとも言い難い。その嫁と幸せに暮らせるかを度外視すれば、出来る可能性は上がるが、そこまで考慮して発言するべきだろうかと悩んで答えた。
《……ある程度は協力できますが。》
《む、まあいい、招いてやろう。》
と、2人はスムーズに会話をしていたが、他の五星士はポカンとしていた。ルートヴィヒはところどころヒアリングに自信がないものの話は汲み取ることができた。
「アン、もしかしてお前この村の出身か?」
「違うよ。微妙に俺の知ってるのとアクセントが違うし。」
「更に深まる謎だ。そもそも祭祀言語、かつての学術言語だから、日常的に使われる言葉ではない。そこで出身を特定するのは難しい。」
「でも、それこそ……。」
ンヴェネは、自分のほの暗い考えを伝えるのをやめた。
案内する男に連れられて村に入ると驚くことしかなかった。至る所に魔術式が刻まれているし、その中でコチラをみてくる人間が着ている服も歴史の教科書に出てくるような古い伝統的なものだ。けれども、彼らは髪色も目の色も肌の色も様々だ。どこの国を見てもここまでいろんな人間がいる村は存在しないだろう。閉鎖された古い村とはあべこべだった。
変なところが多くある中で、アンジュはその中でもあちこちにある魔術式を興味深くみた。
《魔術式は動いてないですね。》
《ああ、魔術式を動かせるほどの人間はいない。今は飾り物だよ。》
一つの魔術式のそばに立ち寄り、男は説明する。数ある魔術式の中でもひときわ大きな石に描かれていた。
《これはこの村を守るための結界だった。50年前から稼働しなくなった。今では村はいつ襲われるかとビクビク過ごしていている。》
その魔術式は、昨夜ルートヴィヒが説明していたような昔の古い魔術式で、今使用されているような数式などは一切用いられていない。
そこに描かれているのは、祝詞のように美しい村と叡智ある村人を守って欲しいという文章だった。
《魔法使いから見て何かあるか?》
《詩の雑誌に寄稿できそうです。》
アンジュの本意か冗談か分からないそれにルートヴィヒはブフッと噴き出して笑い、アンジュの発言に補足した。
《我々からしたら、古い技術なんです。》
そうして、ルートヴィヒは持っている魔術式を差し出し、簡単にその差異を説明すると男は感心して繁々とその魔術式を見る。
《ならば、これもお前たちの技術にすればまた魔術式として利用できる可能性があると言うことだな。》
と、男が言うとルートヴィヒは難しい顔をした。
《それは難しいでしょう。こう言った固定式の結界の魔術式は、守るものと弾くものの選別が難しい。世界中、今あるのも王都の一つだけなんです。けれども、誰もその魔術式を再現できてないんですよ。》
《そうか、この数字を用いる技術だとはっきりと対象を明らかにしないとならないために、我々のような表現で含みを持たすことができないのか。》
ルートヴィヒの説明に、男はすぐに理解した。この村はすでに魔法も魔術も使えなくなっているが、彼らはよく魔法や魔術に関する知識は、普通の魔術師くらいにはあるようだった。
《魔法使いはこれが起動できるのか?》
《……僕はこの魔術式は苦手で使えないです。》
「アンジュくんはこのタイプの魔術式をよく知っているのか?」
ルートヴィヒはアンジュが苦手で使えないと言う表現が気になって尋ねたが、アンジュが答えるよりも前に、違う村人がやってきて話を終わらせた。
《長老があなた方に会いたいと申している。面会をして欲しい。だが、変な真似はするなよ。》
《分かった、頼もう》
ルートヴィヒを先頭にして歩き始めた。その列の最後でウィルはアンジュに耳打ちをする。
「ずっとなんの話をしていたんだ?」
「魔術式の話だよ、古い数字を使わない魔術式だけど、50年前までは稼働していたらしい。」
「へえ、凄え。」
正直のところウィルは何が凄いのかはよく分かってないが、ノリで答える。
長老の家は村の奥にある大きな古い屋敷だった。今の王国の建築とは違い、全てが木造だ。大きな部屋に6人は通され、奥にある布に初老の男性が凛とした居住まいで座っていた。6人はその男性の前に座るように言われた。心の中では椅子ではなかったことに驚きつつも、しらっとした顔で座る。
長老は6人をしっかりと見据え、歓迎の意を示した。
《よく来た、星の民たちよ。私の名はアルバ・イカロス、この名もなき村の長をしている。》
《……星の民?》
《故に聞きたい、何時らは何を求めてここへ来た。》
しかし、アルバはこちらの戸惑いにも触れずに先に進む。
《知識を。研究のためです……、魔術式や魔法、それらの歴史の。》
ルートヴィヒが言うと、長老は探るようにルートヴィヒを見た。
《魔術式や魔法、こんな小さな村で学ぶことができるとでも言うのかね?》
《ええ、私はそう思います。》
《魔法使いの其方はどう考える?》
アンジュは一瞬発言をするのを躊躇ったが、アルバの強い瞳で恐々と発言をした。
《……学ぶことは多いと思います。先ほど見せて頂いた結界の魔術式は50年前までは稼働していたとのことですが、王都だったら300年前には起動できる人はいなかったと思います。この村は王都での魔力の減少よりもっと緩やかだったようです。その理由が分かれば、深刻な魔力減少に解決策が見出せるかもしれません。》
ルートヴィヒは、普段のアンジュが話している言葉よりももっと流暢にこの言葉を操っているのが分かった。そして、それが砕けた話し方ではなく、ずっと畏っている話し方であるのも。
しかし、ルートヴィヒの考察はアルバの話によって遮られた。
《よかろう、村の中を見ることを許可しよう。だが、一つでも問題を起こしたらすぐに外出す。ヘレ、見張りをつけよ。》
ヘレと呼ばれたのは先ほどまで案内していた男だった。それから、最後にアルバは話した。
《何か見つかると良いな、魔法使い殿》
どうやらアルバもヘレも魔法使いであるアンジュに対して敬意を示しているようだった。少なくとも全ての魔法使い・魔術師は王国に与せよなどというルーグ王国のような横柄さは感じられなかった。
そうこうしているうちにヘレが他の見張の人員を連れてきた。最後に入ってきた1人にアンジュは目を見開いた。薄い金髪と青目のハーフアップツインテールをしたアンジュと同じ歳くらいの少女である。一目見て山の中でひたすら追いかけた人影だとすぐ分かった。少女はアンジュを見るや否や逃げ出した。そして、またアンジュも間髪入れずにその少女を追いかけた。
「おい、アン!」
「ウィルとルジェロ、追いかけな。」
ンヴェネがそう指示して、一緒に3人の見張りも彼らを追った。その場にいた人間たちは驚いていたが、老獪なアルバだけがただ1人笑っていた。
《なにかあるのかもしれんな。魔法使い同士には》
《あの少女も魔法使いなのですか?》
《いかにも。ルニアがこの村最後の魔法使いだ。ルニアは話すことはできないが、魔法使い同士何かあるやもしれん》
アルバはそう言ってから目の前の3人にも目をやった。
《お前たちも何か見てこなくて良いのかね?》
《私は可能であれば、あなたからこの村がルーグ王国と隔絶しているのかをお伺いしたです》
ルートヴィヒがそういうと、アルバはその不思議な笑みのままよかろうと頷いた。
《我々の先祖は言った。愚かなる先祖の為に歴史を知らずに育った賢しらな子孫には伝えよ、と》
《愚かな先祖、ですか。》
《我らの祖先がルーグ王国と袂を分かったのは1000から2000年以上前の話だ。預言者イカルアから直で魔力を与えた20氏族のうちよりイカルアへ信奉していた7氏族がこちらに来た。理由は簡単だ、人間が預言者イカルアを裏切ったからだ。》
ーーーーー
アンジュは村の外の森の中に逃げていく少女をひたすら追ったが、距離が縮まらなかった。今までアンジュは、1番足が速いルジェロにだって負けずとも劣らなかったのに、ただの少女に追いつけないのだ。疑問を持っていると、何故か目の前の少女は木の根に躓いて転けた。
【いったぁぁ、もう何でこんなところで転けるのぉ。】
彼女の嘆きと共にアンジュはこれ幸いにと彼女の腕を掴んで、驚いた。
「神獣……?」
【分からないのに追いかけてたの?!はぁ、逃げたの余計じゃんかぁ。】
「あ、ああ、悪い。」
【君が想像しているような神獣じゃないけど、まあ…。】
「人間じゃないよな。」
【神獣だって分からなかったくせに、そういうところはすぐ分かったんだね。にしてもこうして誰かと喋るのは久しぶり。普段は筆談だから。】
「……あ、そうなんだ。この村にこうやって聞き取れるのはいないのか。」
【何言ってんの?こうして他種族と話せる力は神獣か神獣の血筋じゃないと無理だよ。】
「……え?」
【本当に何にも知らないの?君は神獣の血筋でしょ?】
アンジュはさっと血の気が引いた。
ーーーーー
ウィルとルジェロは必死に追いかけていたが、森の中で2人の姿を見失った。そもそも自然豊かな森を運動場のようなスピードで駆けていけるのか甚だ疑問だ。2人はコンパスは持ってきているから、森を抜けること自体はできても、合流など夢のまた夢というような状況だ。焦燥と不安で歩いている2人の耳に愉快そうな鼻歌が届いた。あのアンジュがそんな歌を歌っているはずないのだが、2人は誘われるようにそちらに向かおうとすると一匹のカブトムシがルジェロの前を通った。何の気なしにそれを視線で追うと、森の中の倒れた樹木の上に腰掛けて楽しそうに虫と戯れている銀髪の男がいた。
ルジェロには見覚えがあった。あの時も手にカブトムシを載せて佇んでいた。ルジェロはウィルの戸惑いをよそに、剣を抜いた。しかし、気を抜いていたはずの男は簡単にその剣を避けて口を開いた。
「おー、ルジェロ・ビトレーイじゃん。10年ぶりか?元気そうだな。」
男はまるで親戚の兄弟のような軽さだった。あの日ルジェロから何もかもを奪っていた目の前の男はあの日の脳裏に焼きついたまま何一つ変わらない。
「俺の名前覚えてやがんだな。」
猫と呼ばれた男は全く覚えていた様子はなかったのにと睨むと、男はあははと軽く笑った。
「例え100人だろうと100万人だろうと自分が殺した人間は覚えてやるさ、せめてもの慈悲だ。生きているルジェロを覚えていたのはティティのおかげだな。」
すでに村は滅んでおり彼女のことを覚えているのが、ルジェロ以外で彼女を殺した憎きこの男であるなど、到底許せるはずはなかった。
「殺す。」
猫のようなトリックはなく、男は簡単にルジェロの剣を避けた。
「お前の選択を俺は否定したくはないがら君の友達は何か言いたそうだぜ。友達の話を聞いてやろうじゃん?」
男がルジェロの剣を叩き落とすと、ルジェロの後ろで茫然と立っていたウィルに男は目を向けた。
「なあ?」
「……俺の仲間にお前と同じように虫に好かれる人間を知っている。」
男は虚をつかれたように驚いていたが、またすぐにあははと笑った。しかし、男はウィルの疑問に答えることはなかった。
「これはあくまで中立的な話なんだが、ルーグ王国は彼を手放した方がいいぜ。」
「……何故。」
「お前たちにとって爆弾になりかねない。」
「何が言いたい。」
「彼は俺たちにとっても罪の一つだが、王国もまたすでに忘れた罪をもう一度抱えてしまった。あの時は彼が幼かったから何もかも王国有利で終わったがこれからは違う。」
「はっきりと言え!」
「王国が滅びたくないなら彼を自由にせよ、そう上にあげるといいさ。」
ウィルが激昂しても、男はやはり不敵な笑みを携えているだけだ。ルジェロは男を睨みつけながら訊いた。
「アイツはお前たちの仲間なのか。」
ルジェロの質問に男はすっと笑みを消した。
「そんなこと許されるはずもない。」
人間らしくなく超然と笑っていた顔が、人間らしく悔恨したように呟いた。
ーーーー
ルートヴィヒはアルバの話を漏らすことがないように、持ってきたノートに書きつける。
《ルーグ王国の近辺で、預言者イカルアは叡智を持って人間を支配したが、人間たちの反感を買い自分が力を与えた人間たちによって殺された……、迫害を恐れ、イカルアを信じていた人間がこの村を作った……ということですね。》
《それがこの村でずっと伝わる伝説だ。この村には様々な人種があるじゃろう?》
《はい、驚きました》
《イカルアが平等になるように、様々な地域を回って自分の力を与える人間を集めてきたからだ。この伝説が正しいと言うように思わんか?》
《ルーグ王国は殆どの国民がブルネットである国です。にも関わらず、王国で魔術が使える人間のブルネットの割合は1割程度です。なので、ルーグ王国ではブルネット以外は貴族であると言われています。それもまたその伝説が真実に近いと思う証跡の一つですね。》
《王国内部でもそうなのだな。これであの魔法使いが言った『この村の方が王国よりも魔力が失われてないか』の疑問の答えの一つだろう。簡単だ。先祖が預言者イカルアにより近いから、ということだ。》
ーーーーー
アンジュの目の前にいる少女はルニア・ナーガと名乗った。ルニアはアンジュに逃げた理由を話した。
【僕は既に絶滅した竜の生き残りだよ。逃げたのは、他の神獣たちに狙われたくないから。】
「何故?」
【暇な神獣は、僕にちょっかいかけたがるんだよ。絶滅した種族の神獣の血筋なら世界の理の外だから、何してもいいからね。】
「じゃあ、ルニアは竜の神獣ということ?」
【そう。憎い竜の神獣のなれのはて】
「憎い?」
【世界で1番賢く、世界で1番強い、全ての食物連鎖のトップだった竜が何故絶滅したか分かる?】
「全然。」
【人間もそのうち辿るだろうけどね。竜はね、賢かったけど、その分傲慢だった。この世界の理の外に行こうとした。それが神獣の放逐。】
「神獣の放逐、そんなことができるのか?死んでもまだその種族がいる限り、どこかでまた生まれるんだろう?」
【君はどこまで神獣の力を理解しているか分からないけど、神獣の地位承継は基本的に身内優先。それから、異種族交配した場合、竜側の特徴を色濃く持っていれば竜の神獣足りえるというのを覚えておいて。】
「でも、違う種族を愛した場合、神獣の力は失われるはず。」
クルルはそう言っていたが、ルニアは部分的に間違っていると否定した。
【愛するっていう抽象的な表現を避けないとこれは伝えられない。神獣が世界から与えられた力を使えば、神獣の力は失われるというのが正しい。でも、交配という力はそもそも全ての動物が持っているものだよ。ただ交配するだけなら、全く失われることはない。君が言っている「他の種族を愛せば神獣の力が失われる」というのは、他の種族を自分の種族より優先してしまうから失うんだよ。】
例えば人の女性に惚れた虫の神獣はその力を人間の発展ために使ってしまった。恋愛が問題なのではなく、恋愛によって盲目的な判断をしてしまうのが問題だったというわけだ。
【なんとなくその後を想像できる?】
「……竜よりも弱い種族を交配させて、神獣をより弱い力にさせていくってこと?」
【そう無理やりね。その交配して子供ができたら神獣を殺して、その子供が子供を産めるようになったら交配してっていうのを繰り返した。見た目は竜だけど、力の弱い種族程度の能力しかない神獣ができていくというわけ。とても悍,ましい話。】
「神獣は抜け出せなかった?」
【神獣であろうと向こうが束になったら勝てないよ。それに、最初こそ違うけど、子供は一応祭り上げられて大事に育てられる。簡単に抜け出すと思う?それに……、神獣の最大の欠陥がある。】
「最大の欠陥?」
【神獣は本能的に自分の種族を嫌いになることはできない。】
ルニアは痛々しそうに顔を顰めた。
【憎い思うこともある。殺すこともある。それでも、嫌いになることはない。】
「……それは神獣の血筋であっても?」
【神獣の方がその傾向がより強いと思うけど、神獣の血筋でもそうだろうね。僕はこんなにも竜を憎んでいるのに、竜が滅んでいることがとても悲しい。彼らが滅んでも僕の竜じゃない部分のおかげで今存在しているのが苦しい。】
「竜は神獣を滅ぼそうとした結果、自分たちが滅んだ。そして、人間が今その道を辿っている……。」
【人間の神獣はうまく逃げている、とは思う。人間たちは神獣を忘れつつあるでしょ。】
人間の神獣の存在は大多数の人間が信じていないが、アンジュは人間の神獣の目星くらいは持っていた。クルルの話を知っている五星士たちには予想がついてしまう。
彼らがもし自分の親戚なのだとしたら、ルジェロの憎しみはこちらに来るだろうか。
「自分が神獣の血筋だなんて信じられない。」
【未だにそれがちょっと信じられない。自分が何を司ってるかも分からないの?】
「司るって、ああ雷とか?それって神獣の孫くらいまでしか持ってないんじゃないの?」
【他種族の言葉を聞けるのなんてそれくらいだよ。僕は偉大な竜族の『陽光』を司ってる。】
「……それって誰に教えてもらうんだ?」
【天啓のように突然閃くんだよ。まあ、知るには君は幼いのかもね。】
「君も似たようなものなんじゃない?」
【竜族が滅びて久しいんだから、似たようなもんじゃないよ。僕は数百年生きてるよ。因みにこの姿は仮。僕は竜と蛇の血を受け継いでいるから、一切人間とは関わりがなくてね、人間の姿は実年齢じゃない。この村にいられるのもちょっと辻褄が合うように工夫した。】
ルニアは一通り彼女が持っている神獣に関しての竜の叡智を話したようだった。
アンジュは寥々とした荒野に1人立たされてしまったような気すらあるのに、何故かいつも見ているステージにより近くの席に座ったような気分にもなっていた。
ーーーーーー
《分かるかね、イカルアは人間によって放逐されたのだ。しかし、あの人は賢く強かった。人間たちが結束しようが関係なかった、関係ないはずだった。だが、人間たちは諦めなかった。手を汚すことなど厭わなかったのだ。》
《我々の国が?》
《古代の話だ。》
突然来た無礼な余所者に対し、長老のアルバは諭すような話をする。
《人間はイカルアの天敵である竜の一族に頼み、竜の一族のアナンタはイカルアに深手を負わせ、イカルアは敗走したのだ。イカルアは我らが先祖に伝えた。『再び見えた賢き者には力を与えん。また会おう、我が星の民よ』とな。それ以来イカルアは姿を消した。我々の伝承にも以降イカルアが出たことはない》
《古代の王国は竜の一族と手を組んだのですね。それが今や王国はテロリストだと認識している。》
《いつの時代も不要になった信頼ならない強大な力を削ぎ落とすものなのだろうぞ。我々イカルアの信奉者から見れば、元より竜の一族など信ずるに値しない。》
《あなた方は王国を憎んでいるのではないですか》
《憎むか憎まないかは、これからの王国次第だ。古代の話を今の時代に持ち込むのは愚蒙だ。それがただ話を聞きたいという賢しらな者であれば尚更。》
そして、アルバは続ける。
《あの魔術式が復活しない限り、王国が我々を見つけるのも時間の問題だった。我々も膝を突き合わせて話す機会を得ることができて僥倖だった。》
ルートヴィヒは今まで会ってきた指導者の立場にある何人もの中で、彼ほど信用できると思えた人間はいなかった。
《私のできる範囲で、この村がそのまま存続できるように尽力しよう》
《感謝する》
ーーーーー
憎き男と向き合っているウィルとルジェロだったが、場面はずっと膠着していた。ルジェロは剣を落とされて以降、隙を待っていたが、ただ話しているだけであるのに彼の視線だけは鋭かった。
「……竜の一族はこの村をなんだと思ってるんだ。」
「竜の一族として何かあるわけじゃねえよ。俺はとりあえず残しておかないといけねえ村って思ってる。」
「……何故。」
残しておくべき村と、ルジェロの村のように消された村になんの違いがあるのか。
「話聞きてーって顔してるけど、あのなんだっけお前たち……んー、あ、五星士な。五星士の中でお前たちが聞いたところで何にもならねえだろ。魔法使いか風使いにならまあ教えてやってもいいけど。」
「ルジェロ以外の名前は知らないんだな。」
魔法使いを解放せよと言っている割にアンジュの名前など一回も出てこない。男は少し逡巡したのち口を開く。
「ああ、知らない。知る機会を逸してしまったからな。」
「……この森のどっかにいるけど、アンタなら探せるはずだ。」
「随分俺のことを誤解してくれるなぁ。そんな便利な力があるんだったら、俺はとっくに彼の名を知ってるはずだぜ。」
はあと大仰にため息をつく。ウィルは男がアンジュと同じように虫と仲良いようだったから近しい力を持っているのかと勘違いしたが、アンジュと男は必ずしも同じではないようだった。
「アンは森にいれば、魔力持ちがどこにいるか分かるらしいし、迷うことはない。お前も同じ力を持っているんじゃないのか。」
すると、男は素直に目を丸くした。
「森?……いや、多分。」
ルジェロは男が驚いてできた隙に地面に落ちた自分の剣を拾う。アンジュに改良されて以降どんどんと振るえば振るほどに氷の魔術式と一体化していく感覚を覚えるそれを使って、男を凍らせようとしたが、男はすぐにそれを避けた。
「おい、ルジェロ!」
「俺たちはくだらねえ味方の弱点でも探るために話を聞くのか?」
「……そんなはずねえって。」
ただウィルは信じたいだけなのだ。けれども、自分が彼を疑っている心がある。
「今日俺は戦う気分じゃねえのになぁ。」
男はどこから出したか分からない剣を抜くと、戦おうとしているルジェロではなくウィルに対して振りかぶった。
ルジェロよりももっと速い剣。くだらない疑いを持ってしまったが故の天罰だろうとウィルは覚悟した。
いない親友や想い人がいる走馬灯の先に待っていたのは、男が驚愕に見開いた顔だった。
そして、ルジェロの鋭い一撃が男の腕を奪った。
男は痛みに顔を歪めながら、体勢を立て直すと忽然とその場から消えた。
これらはウィルが死を覚悟して世界がスローモーションに見えた、たった数秒間の出来事だった。
漸く一息をつけたところで自分が無傷でいることに気づいた。
「何が……。」
「ウィル!」
そう呼んだのは勿論ルジェロである訳がなかった。いつの間にか見失っていた五星士の魔法使いであるアンジュだった。森の奥からウィルの元へ焦るように駆けてきた。
「無事でよかった。」
「目の前にいたのに何が起きていたか分からなかったが、アンが助けてくれたんだな。」
「アイツがテメェを殺そうとした時アイツの剣が止まった。」
「ウィルが狙われていたのが分かったから、魔法で彼の動きを止めただけだ。」
「あの男スッゲエビビった顔してたぞ。あの竜の一族が!」
アンジュは竜の一族という言葉を聞いて少し驚いたが、静かに「そうか」と呟いた。それから、アンジュがやってきた方向からアンジュが追いかけていた少女がやってきた。
【なんで住んでる僕より、よく分かってるの、この森のことぉ!】
アンジュの隣に立つとルニアはポカポカと軽く叩く。ウィルは自身があの男と対面していた時、可憐な少女と仲良くしていたと思うと腹立たしくて仕方なかった。
「お前はずっと森の中で可愛い女の子とイチャイチャしていたってわけか?!」
「可愛い……?イチャイチャ?」
【僕が可愛いっていうところに疑問を持たないでよ!】
ルニアはアンジュ以外に自分の言葉が届いていないことを知っているから、大袈裟に身振り手振りをする。2人でいた時は理知的だったが、今は子供のようだった。
「そこはごめん。」
ルニアの竜の神獣の話が衝撃的すぎて、可愛いやイチャイチャという表現が不一致に思えたのだ。しかし、その理由を話すことはできなかった。ルニアはそのことを他人に話したくないはずなのだから。
「随分短い間で仲良くなったんだな。」
「……ルニアは魔法使いなんだ。それで。」
【久しぶりに筆談せずに話せたからついついなぁ。】
何故虫の神獣の蘭も竜の神獣のルニアもアンジュに対して困難を与えるのだろう。彼らの言葉に反応しないように配慮するのは大変だ。
「……魔法使い。」
「国には秘密にしないといけないけど。」
「俺たちに罪を被れって?」
王国法で魔法使いや魔術師は王国に保護されなければならない。また彼らの存在を知った場合は、国に報告しなければならない。アンジュの養母であるリーラもその罪に問われたが、アンジュが脅迫のような交渉を行ったことで無罪放免となったことをアンジュはすっかり失念していた。
「分かった。魔法で忘れさせるから、それなら2人に罪はないよな。合わせて何か忘れるかも知れないけど、必要経費ってことで。」
「分かった、言わないって。」
「……知らん。ンヴェネ次第だ。」
アンジュのあっけらかんとした脅迫のような提案に、忘れては困る記憶がある2人は、アンジュの話を受け入れた。それから、恐々とウィルはアンジュに話した。
「竜の一族の1人が、アンと似たように虫に好かれていたんだ。……なんか分かるか?」
【勝手に僕らの種族名を一族の名前にしてる彼らね!】
「知らない。」
【なんだろう、別種族に好かれるって神獣とは違う能力……、いや、司ってるものによっては好かれるか。アンジュも別種族に好かれる……ん?アンジュの場合は森にも好かれてるもんね。ってことは動物とか関係なしだ。】
【ルニア、あんまり考察しないで。つい言葉にしてしまいそうだ。】
アンジュは初めてルニアやクルルが使っているような力で意思を伝えることができた。そうすればわざわざ口にする必要はない。
「向こうはお前に対して罪があるって言っていたし、お前の仲間になることは許されるはずがないって。」
「あの銀髪の人だよな。」
遠くて顔は見えなかったが、全くもって記憶がないし、十六夜に会ったときのような既視感やクルルへの感情のようなものもない。
アンジュが首を傾げてると、ルニアが伝える。
【君の知らない血縁者なんじゃない?】
「……やっぱり知らないよ。向こうが勝手に知ってるだけだ。」
「でも。」
「もし例え彼らが俺と血の繋がりがあったとしても、俺の家族はリーラとリーラの家族だけだ。」
ピシャリと扉を閉めるような言い方をして、アンジュは踵を返すと森の外へと向かった。ウィルやルジェロは彼を追うのが任務だったことを思い出すと慌てて追いかけた。
ーーーーー
ウィルはアンジュに追いつくと、すぐに謝罪したが、アンジュは首を振った。
「ウィルは悪くないよ。八つ当たりをしてしまってごめん。ただもし彼らが血縁者だったとしたらと思ってしまったら、心がささくれだって。」
「その考えに至らせたのは俺のせいだろ。悪かった。」
【僕も直感的に話しちゃってごめん。】
「本当にそれは怒ってない。それに敵にそんなこと言われたら、疑うのは当然だしさ。」
ウィルはあの男がアンジュを解放しろと言ったというのはいえなかった。
「王国にも罪があるって言ってた。」
「無理やり所属させたこと、か?」
「それは確かにそう。けど、もう一度抱えたってことはやっぱり前に一度いたのは王国だったってことだ。」
「俺の第一言語が祭祀言語だったことも含めて?」
「あ、それもあったか。」
「それを暴いたところで王国には不利益しかない。見て見ぬ振りしておこうよ。」
アンジュはこれ以上の話は聞きたくないと振り切るように、元の長老の屋敷へと足を向けた。
ウィルが話したそっちの方に向かって仕舞えば、もう2度と帰って来られない気がした。
ーーーーー
《話は戻ってしまうが、イカルアは神から力を得たのか?》
《神々の話は分からんよ。何故預言者イカルアは魔力を与えることができたのか。》
そこでルニアを含めた4人は、ルートヴィヒやアルバたちが話している空間に戻ってきた。
《ふむ、魔法使いに尋ねてみるか。イカルアは魔法は使えたが魔術は殆ど使ってないと聞く。どうだい、何故イカルアは人間に魔力を与えることができたのか》
アンジュは一度ルニアを見た。
【人間の神獣が眷属を作っただけじゃないかなぁ。っていつも思ってるけどね。教えてあげたほうがいいんじゃない?】
《それは……、イカルアが神獣だったから?》
《……神獣!》
《そういえば五星士たちからの報告で似たような話を見たな。》
クルルの話を聞いていればそこは自ずと思い出す。
《ならば動物の一つなのに人間の神獣がいなかったのは、イカルアがアナンタによって追い込まれ姿を消したからなのか。》
アルバはそれで納得していたが、アルバの発言でアンジュは疑問が増えた。イカルアとアナンタはどちらも神獣なのかという話だ。矛盾がないようにするには、イカルアを倒したアナンタがそのまま地位承継したと考えるのが筋だろう。
ルートヴィヒは席を外していたアンジュにもアルバから聞いた話を祭祀言語で簡潔に話をした。言葉が分からない五星士たちでさえアンジュの一挙一動を注視していた。
《僕もイカルアは神獣か神獣の血筋であることは間違いないと思います。それから、竜の一族も。》
自分もまたそのうちの1人であるということは伝えられなかった。それから、五星士たちに伝えるように言った。
「ここの歴史を紐解くと竜の一族のトップであるアナンタとイカルアは人間の神獣かその血族である可能性が高いっていう話をしているんだ。」
五星士たちは直接クルルから神獣の話を聞いているし、ルジェロはあの銀髪の男の発言を思い出せばそれはそうだろと思うことがある。
「一つ解せないのは、人間を守るはずの神獣竜の一族が人間をランダムに殺していることだけだ。」
竜の神獣であるルニアはンヴェネの発言に漸く腑に落ちたことがある。
【神獣だとは思われなくても、強い力があると思わせている……いや、この数十年人間の数がかなり増加した。それによって他種族との軋轢を減らすためか。】
「……間引くため。」
【ある意味深い愛なのかも。他の種族の神獣によって殺されるくらいなら自分たちの手で殺すっていう。】
「……他の種族に人間を殺させないため、とか。」
アンジュは、自分で考えるのをやめてルニアの言葉をそのまま口にした。そうでないと、ルニアが伝えてくるそれに対して何かを言いそうになるからだ。でも、叡智を持つと言う竜の神獣の話なのだから、真に足りそうだ。
アンジュは五星士たちの言葉も祭祀言語に翻訳してアルバたちに伝えると、アルバは神妙に頷いた。
《なるほど、我らも井の中の蛙だ。面白い。して、お主は随分どちらの言葉も優れているな。》
《最初の一年は全然。でも、ずっと話しかけ続けてくれた人がいたから、僕も頑張れました。》
《そうか、お主は素敵な出逢いがあったのだな。》
アルバはアンジュに近くに寄るように述べた。
《君は神獣の何かの1人か?》
《何故。》
《あまりにも魔力が強い。》
《…何故それが。》
《魔法や魔術は私はほとんどできないが、魔力を読むのだけは得意なのだ。》
アンジュは困り果てながらも、アルバがそのことを周囲に吹聴する気はなさそうだった。
《…父母のことは覚えていません。なので、分かりかねます。でも、――きっとそうなのでしょう。》
独り言のようにアルバに伝えると、アルバは頷いた。
《ならば、きっとイカルアの叡智にいつかたどり着くだろう。しかし、それは人に明かしてはならぬ。》
《貴方はそれが何かご存じなのですか?》
《何かは知らぬ。だが、この村の中でも私の家系のみで口伝されてきた伝言がある。『イカルアの叡智は決して自分のものにしてはならないが、他人に明かすこともしてはいけない。』とな。》
《…それならそれを知る必要はないですね。》
《ほう、何故?》
《分け与えられない『知識』は争いになる。》
《…そうか、お主は私が想像するよりももっと賢いようだ。ならば、お主が信ずる道をただ真っ直ぐに歩きなさい。》
アルバはアンジュの頭を撫でた。アンジュは忠言に感謝をすると元の場所への戻った。
「何があった?」
「人間の魔力が減ってる中で悪戯にただ魔法を使うのは危険だって言うアドバイス。」
それは心配性なウィルが疑う余地がないするりと出た嘘だった。ウィルは本当に気をつけろと言うとアンジュは苦笑した。
「本当にね。」
ーーーー
アルバの好意によってその日は村で休むことができたが、村には6人の長期の滞在を十分な蓄えがなかったために、名残惜しくも翌日には帰ることとなった。アルバやヘレからはルートヴィヒやアンジュにまた来ても構わないと話してくれたが、ルートヴィヒは筆頭王国魔術師であるし、アンジュも五星士だから単独でくるわけにも行かない。
《ですが、いつかまた来ます!》
《…王国人は威勢がいい。》
ルートヴィヒの熱意には、村の守護を担当するヘレもうんざりしていた。その裏でルニアとアンジュも密かに言葉を交わしていた。
【…アンジュ、また連絡してね。】
【どうやって?】
【何とか魔法で。】
【…竜のルニアができないんじゃ、できなくないか?】
【むむ、お姉さん頑張るね。】
数百年生きた竜も知らない術のそのヒントに何かないかとアンジュは考え抜いた先に、偶然ルジェロの剣を見た。魔導武器には、魔力結晶というその名の通り死んだ動物や植物たちの魔力というエネルギーが土の中で結晶化した石だ。それを真似することができれば、魔法づくりのヒントになるだろうと考えたアンジュは全身の魔力を掌に集中させた。基本的に体内から放出される魔力は揮発する。それをせずにただ凝固するように意識する。するりするりと勝手に抜ける魔力に怒り、かなりの無駄な魔力を消費しながらも小指ほどの屑鉱石のような魔力結晶を作ることに成功した。
【これ何かの助けになるかも。】
【なるほど天才。待ってね。】
ルニアは胸の前に手を当てて祈るようにすると、綺麗な球体の透明な宝玉を手にしていた。
【同じように魔力の塊である竜の宝玉。気難しい女性へのプレゼントって言われているもの。】
【それは断り文句じゃないか?】
【そうかな、蓬莱の枝は実在しないけど、これは実在するのに。アンジュも連絡の方法考えるために使って。間違ってもプレゼントなんてしないでね。】
【気難しい女性にプレゼントする機会なんてないよ。】
【お、惚気?アンジュの好いた女性はそんなことしないって言う。】
ルニアがそう揶揄っていても、傍目から見れば、無言で宝石をやり取りしている同年代の少年少女だ。一途にイザヨイを愛しているウィルからすると複雑な気分となり、アンジュの首根っこを掴んだ。
「なにいちゃついてるんだよ。」
「いちゃつくって何が?」
そのことはどうでもいいンヴェネが2人が何故それをしたのかと尋ねてくるので、アンジュは「魔法使いの友情の証」とだけ答えた。
そうして、それぞれが重要なヒントを得て、秘境の村の探索は終了した。




