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星の泉  作者: 詩穂
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16話 秘境の村①

アンジュ・クラント(16くらい)魔法使いの不思議な少年 6年前以前の記憶はない

ウィル・ザ・スミス(19)アンジュと仲がいい気のいいお兄さん 斧・炎

ルジェロ・ビトレーイ(18)竜の一族への復讐を誓っている青年 剣・氷

ルサリィ・ウェンディ(23)かつてエリスという神獣の血筋に町を亡ぼされた風使い 

ンヴェネ・ルーイ(25)ルサリィのことは真剣に好きなリーダー 銃・雷

 魔法は10年、20年と修行が必要なんて言われ始めたのは、それほど昔のことではない。ここ200年程度の話である。

 その中でアンジュは10(推定)歳くらいで使えていたので異例と言われている。とはいえ、仮にもルーグ王国は世界一の魔術大国である。アンジュのみならず他にも当時22歳で魔術師として頭角を表した天才がいる。


「初めまして、期待の魔法使い殿。私はルートヴィヒ・ラドカーン、王国魔術式開発部部長だ。よろしく頼む。」


 彼はオールバックで後ろ髪をハーフアップにした茶髪混じりの金髪の男だった。王国魔術師の証であるマントを着ていること以外はラフなシャツと安物のトラウザーズを着ていて、他の重そうな服装をしている魔術師たちとは雰囲気が異なる。

 王宮魔術師となって10年過ぎ、32歳となったルートヴィヒは自信に溢れていて、座り方もポスターのように様になっている。


 ディラン辺境伯領の任務の後、アンジュを含む五星士たちが長官に呼ばれたのだが、そこにいたのが彼だった。ルートヴィヒは魔術師たちの中では気さくな質で、討伐難度の高いモンスターに対して、魔導武器や特殊な力で戦う五星士には興味津々でよく話しかける方だったが、この数ヶ月はそれもなく、アンジュはこの時初めて会った。


「ラドカーン殿が私たちを公式に集めるとは何かありましたか?」


 一兵卒が話しかけるという失礼なことをするンヴェネにも、ルートヴィヒは喜んで答えるのも五星士たちが気に入っているからだった。


「君たちに私の護衛を頼みたい。」


 五星士たちは、討伐難度の高いモンスターと広報が仕事だ。要人の護衛は他の特別部隊が存在するのだが、ルートヴィヒが五星士を指名したのには理由があった。


「私もある程度は自分で身を守れるし、今回は少数精鋭で頼みたいのと、魔法使い殿と是非話がしたくてな。」

「お…私ですか?」

「ヤナ長官殿の許可が中々降りなくて機会が得られずでな。」


 リーダーであるンヴェネは度々アンジュについて報告をあげていたが、魔術師のことを極度に嫌がるということを長官にもあげていた。魔術師の殆どが貴族出身であり、下手にアンジュを会わせるとトラブルが発生しかねないとヤナ長官は止めていたのだ。


「積もる話は移動中でもできる。先に護衛内容について話そう。」


 ルートヴィヒが任務の内容を語った。ルーグ王国内のとある山中に小さな村があると言う。そこはとても閉鎖的で、殆ど王国の干渉を受けていないと言う。ルートヴィヒは研究のうちにその村が王国が所持していない古い伝説などを残しているらしいことに気づいた。


「私は今最新の魔術式の開発を行なっているが、度々君たちから上がってくる神獣の話を聞いていると、もっと人間は神獣やそれらの情報があるだろう古の伝説を調べるべきということに気づいたのだ。もちろん他の考古学研究や宗教研究をしている魔術師たちがこぞって調べてはいるが、私自身でも調べたいと思ったのだ。


「クルルがいないので、神獣については深く分からないですが…。」


 クルルは未だ不在だ。いつ帰ってくるかもわからない。彼が話を聞きたいと思ったのはアンジュではなく彼であるはずだ。


「先日の報告では君は虫の神獣と話していたとか。」

「向こうが話そうとしてくれていれば俺も分かるんです。」


 それでも、虫の神獣である蘭と話すのには細かい調整が必要だった。ルートヴィヒはそれでも構わないと言った。


「私は君たちの力を借りたいのだ。」


ーーーーー


 その山間の村があるという山岳地域にルートヴィヒと五星士たちのみでやってきた。一応迎えの馬車は来る予定だが、本当に6人のみでの行動らしい。ルートヴィヒは本当に喜んでいたが、馬車の御者は去り際不安そうに何度かこちらに目をやっていた。

 張り切るルートヴィヒを先頭にして、山の麓にある林業の村で、その秘密の村について尋ねてみると、誰も詳しくは知らないと言う。


「妖精が住んでるとか、化け物が住んでるとかそんな噂は聞くが、人の村とは知らんね。誰も山の深くには入りたがらんよ。王都のお偉いさんがいくようなもんじゃねえと思う。」

「なるほど。確かに国の戸籍や地図では一切確認が取れてないから、すでにない可能性もあるな。」


 率先して村人たちに話を聞いていくルートヴィヒは魔術師のマントすらも着ていないので、前よりも更にラフな恰好だった。伴う五星士も軍服では警戒されるだろうと言うことで私服姿でやってきたが、私服も王都然とした服なので都市部から遠く離れた村にやってくるとすぐにバレてしまう。


「情報をいただき感謝しよう。」


 一行は朝に向かった方がいいという助言を受け、その村で一泊させてもらうことになった。宿などないので完全に厚意で泊めさせてもらった。この任務の責任者でもあるルートヴィヒは感謝のためにお金を渡したが、村人は驚きながら喜んで受け取っていた。


「山岳地域ということで念の為に山装備を買ってきたが、もっと必要だったかもしれないな。」


 というのも、当初そこまで奥深い所には行かない(そう事前に王国側に説明していたのもある)という想定していたからだったが、麓の村ですら全く聞き及ぼえがないというくらいだ。もっとその奥にあるかもしれない。


「夏だし、食べ物だったら気にしなくていいよ、これでも元猟師だし、水も新入りくんが出せる。」

「そうか、助かる。」


 ルートヴィヒが五星士と懇意にしているのは、ンヴェネと仲がいいというのもある。ルートヴィヒは一応貴族出身ではあるが、貴族の嗜みというのは一切せず、パーティには参加しないし、狩猟会などのイベントごとも参加しない魔術オタクの1人という認識だった。


「それで、今更古代の伝説を調べたいって何があったの?」

「暇つぶしに魔法歴史研究の本を読んだら、魔術式の革命的変更の話があってな。その前後で魔術式が全く異なることに気づいたのさ。」

「魔術式の革命的変更、すごい仰々しいね。」

「革命としか言いようがないんだ。それまで魔術式に数式が使われておらず、どれだけ緻密で繊細に事象を文章で描けるかが大事だった。すごく詩的で文学だった。」

「確かに魔術式って数式がずらって並ぶイメージがある。」

「そう、それ以降皆が全員数式を使うようになり、より高度でエコノミカルな魔力で対応ができるようになったのさ。」

「すごいけどその革命的変更を知ると、古の伝説は何の関わりがある?」

「この変更があったのが500年前程で、王都で人気の星の泉伝説の起源と近いんだ。」

「ああ、なんで叶えてくれる星の泉ね。」

「そのとても古い書の一つに、その女性と出会ったのはこの地域と思わせる記述があったんだ。気になるだろう。仕事と銘打っているが、正直今回は私の趣味の域を出てはいない。しかし、なんとか五星士たちと共にゆくことができた。」

「でも、お目当ては新入りくんでしょ。」


 他4人はついでのくせにとンヴェネが揶揄うととんでもないとルートヴィヒは首を振った。


「たとえ始まりがアンジュくんだったとしても、君たちは竜の一族や神獣によく出会っているからな。彼らの歴史となにか紐づかないかと思ってな。」

「まあね。竜の一族は長生きらしいし。」 


 ルートヴィヒは、五星士たちから上がってくる情報がいつも楽しみで仕方ないと熱く語ったあとアンジュを見る。


「そう言えば、アンジュくんの目にはここらはどう見える?」


 ルートヴィヒとンヴェネたちの話を他の3人は会話に入らずとも耳だけは傾けていたのだが、アンジュは1人窓から星を眺めて呆けていたから突然話を振られて動揺した。しかし、ルートヴィヒは気を悪くすることなく、アンジュの興味の方を尋ねた。星を眺めるアンジュの方に近づいて、同じように窓から星を見る。


「星は願いを叶える象徴といわれているが、アンジュくんも星が好きか?」

「……はい。」

「そうか、今度星の図鑑でもあげよう。」

「……星を見ると、悲しい気持ちになるんです。」

「それなのに、好きなのか?」

「……星に願いを託せるから。」


 ルートヴィヒは、アンジュのよく分からない話に怒るどころか、興味深そうに相槌を打った。


「多くの人の願いを叶える魔法使いが、星に何の願いをするんだ?」

「何だろう……。」


 アンジュは少し悩むそぶりをしてから、ボソリと呟いた。


「助けて、と。」


 それを聞いたのは、アンジュに話を聞こうとして近づいたルートヴィヒだけだった。ルートヴィヒは、他の五星士たちに聞かれたくないのかもしれないと思って、小声で尋ねる。


「何から?」


 しかし、アンジュは首を振った。アンジュにはそれが分からなかった。ンヴェネからも話が入っているのかルートヴィヒはそれだけで理解を示した。


「アンジュくんが何に囚われているか分からないが、私は君の安寧を祈ろう。」


 アンジュはこの魔術師のことが理解できなかったし、魔術師という存在にやはり恐怖を抱いたが、ルートヴィヒの優しさはありがたく思った。


「王都はすっかり星などほとんど見えないが、ここはよく見えていいな。」

「そうですね。」

「アンジュくんは王都よりこっちの方が好きか?」

「……はい。雑然とした王都より。あの、どう言ったことを話せばいいですか?」


 アンジュは最初にかけられたルートヴィヒの質問が頭に残っていた。自分がルートヴィヒが期待するようなことを話せていないと言うこともよくわかっていた。


「何でもいいよ。アンジュくんの故郷も自然豊かだろう、その雰囲気が似てるでも何でも。」

「似てないです。リレイラは標高が低いところにあるので、植生が大きく異なりますし、人の単語も少し違ったり、発音の仕方がこちらの方が篭りがちで、特に母音の…」


 アンジュが急に流暢に話し始めるので、暫くルートヴィヒは面を食らっていたが、嬉しそうに手を叩いた。


「アンジュくんは研究者向きか!是非うちの方に来てほしいなぁ。」

「そう言えば猫と呼ばれる竜の一族の特徴を事細かに覚えていたり、観察力や記憶力いいよね。」


 ンヴェネはサンセット・ブリッジでのアンジュを思い出し、当時はそこまで見ているのかと驚いたものだけれど、本質的にはこっちの方がアンジュの特性なのだろう。


「…魔法は記憶力と観察力大事だから。」

「魔術式の開発側もそうなんだ。事象を再現するには事象をよく理解しなければならない。」


 ルートヴィヒはいたくアンジュを気に入ってしまい、是非魔術部隊へと誘い続け、ンヴェネがとりなして夜を過ごした。


――――――


 次の日、朝早く出発した。朝が苦手なウィルを起こすのにアンジュは時間かかったが、昨日立てた予定通りだった。朝靄が山にかかって幻想的な雰囲気の中歩き始めた。


「朝の風は気持ちが良い。普段は惰眠を貪っているが、ここにいる間は早く起きたいものだ。」

「言っておくけど、終わりの日は決まってるんだから。僕らも緊急事態が起きない限り、広報の仕事は穴が開けられないんだよ。」

「それは残念だ。」


 ンヴェネとルートヴィヒが前を歩く中、ウィルとアンジュは後ろの方から続いていた。昨日ルートヴィヒの勧誘が酷く、アンジュがウィルに助けを求めたからだった。

 ルートヴィヒはアンジュに聞こえないように隣にいるンヴェネに小声で尋ねる。


「アンジュくんに嫌われてしまったな。」

「自分の年齢を考えてみなよ。いくら魔術部隊では若いといわれていても、こっちじゃ中年なんだよ。新入りくんの倍の年齢のおじさんがしつこく迫ってきたら怖いでしょ。」

「それは悪いことをしたな。私が言っても怖がらせるだけだろうから、ンヴェネの方から私が反省していることを伝えてほしい。しかし、世間からすればおじさんか。」

「ルートヴィヒも意外と気にするのね。」

「ただの魔術オタクだと思わないでくれ。これでも人だからな。」


 ルートヴィヒと話していて、そう言えば自分もアンジュとは年が離れているんだなと思い返した。


「魔術部隊だとまだまだこれからだろうけど、普通の師団じゃ随分と年上の方だったなぁ。」

「ンヴェネは軍を辞める予定があるのか?」

「今暫くはないよ。この先どうやって生きていくのかは考える年になってきたと思っただけ。」

「ンヴェネのほどの人間なら、どこへだってやったいけるさ。」


 気楽に話せてきたのは山に入る前で、山中に入る頃には皆黙っていた。山は人の手が入っておらず、鬱蒼としていた。薄暗い森の中をランプで照らしながら周囲を警戒し歩く。その中でアンジュは近くの木々に一つ一つ触れながら確かめるように歩いていた。ンヴェネが獣道を見つけて、隣のルートヴィヒに説明する。


「んー、どこも人が歩いた形跡がない。ここに獣道があるくらいだ。本当に秘境の村はあるんだろうかね。」

「何の獣なんだ?」

「これは猪だろうね。」

「モンスターの類ではないと。」

「グレート・ボアは分類上猪なんだよ。だから、猪系のモンスターの可能性もあるね。…大きさはそれほどでもないからモンスターだったとしても強い個体ではなさそう。」

「流石は森の中の戦いで1番強いといわれるンヴェネだ。」

「はいはい、ただの伝聞のくせに本当に見たかのように言ってさ。がむしゃらに歩いたところで、死ぬだけだしどう歩くか考えようか。」

「村があったとしても、人里ではなくて遺跡だった場合、ノーヒントであるな。」


 アンジュは2人の会話など聞こえておらず、ただ木に手を当てて森の中の魔力の流れを読んでいた。木が所狭しと生えている放置林だから木々の魔力は複雑に入り組んでいるお陰で何がどこにあるか把握がしやすい。そのなかで気になるものを見つけた。


「ウィル、前方50ヤード先に熊がいるよ。」

「え。」


 ウィルはアンジュが木に手を当てて何かを探っているのは分かっていたので声をかけず様子を見守っていたのだが、静かに爆弾が落とされた。ツッコミを入れたいがそれどころでもない。


「前方50ヤード先に熊らしい、アンから!」

「え、え、分かった。」


 戸惑いながらも鬱蒼とした森の中で、アンジュ以外の全員が気を張って周りを見る。全員が前に進まないことを理解したアンジュは近くの木に額を当てる。


「熊の大きさは1.6ヤード、普通の熊だな。他に危険な生物なのは、左側の方に鎖蛇、殺人アリの巣が3ヤード先にある。」


 アンジュの詳細な連絡に皆更に気を引き締めた。いざとなればルサリィの力で木々を薙ぎ倒して視界を見やすくして戦うことくらいは可能だができることなら最小限にしたい。それをすればウィルの大きな戦斧も使えるが、それをしないのでウィルもサバイバルナイフを手にする。


 先にやってきたのは殺人アリと鎖蛇だったが、ルジェロの魔導武器の冷気によって力を失い、立ち去らせることに成功した。


「…雑魚だったか。」

「前より力強くなってるわね、ルジェロ。」


 モンスターと呼ばれる類ではない種だったから、簡単に退かせることに成功した。視界が悪いからいくらでも噛まれる可能性はあったが、先に来るものがわかれば何一つ怖くはない。


「熊は俺たちには気づいているっぽいけど、様子見してるな。」

「空砲でも鳴らそうか?」


 他に音で驚いて攻撃してくる種類はいなさそうだと判断すると、ンヴェネは空砲を鳴らした。アンジュから熊が離れていったことを伝えられると、緊張の糸が緩んだ。

 

「けど、新入りくん、そんなに分かる力を持ってたのね。」

「ここは分かりやすい。他の森より魔力が強い。」

「それは私も修行したらできるようになるかね。」

「…それはわからない。」

 

 ルートヴィヒが説明を求めていたのでどうにか分かりやすく説明しようと考えて、アンジュは近くにいたウィルの肩に触れると、「こういうこと」という嫌に簡潔な言葉を発したのち、ウィルに伝わるように魔力を流す。


「うえっ、ちょっと待って、吐くぞ。」

「慣れれば多分いける。」

「……これ慣れるか?」


 簡単な説明の割に強い嘔吐感で隣の人間を殴り飛ばしたくなったが、彼のいう通りにしていると、確かに段々と不快感に慣れてきた。


「た、確かにマシになってきた。」

「流石ウィル、慣れるの早い。」

「何が流石なのか分かんねえけど。」

「魔導武器で、魔力に慣れてる。」

「あー、なるほどな。」

「慣れてなかったら吐き気じゃ済まないらしい。」

「おい。魔力って毒なのかよ。」

「そうとも言えなくもない。」

「で、それでどう言う話なの?」

「その魔力の流れによって、いる存在を把握するんだけど…、どう?」

「……分からね。」


 アンジュのいう通り、確かに森中に魔力が流れているのは分かるし、確かに植物の静かな流れというのもなんとなく分からなくはない。しかし、そこに何がいるかも分からなければ、距離感なんて全く分からない。恐らく注意しなければいけない動植物以外にも森の中には生命が多いのも原因の一つだ。ウィルは無理だと音を上げる一方で、アンジュの知識や演算能力に舌を巻いた。


「いくら俺に魔力の流れが分かったとしても、それを判断できるほどの力がねえわ、これは無理。」

「どういう感覚なの?」

「うまい例えが分からねえけど、五月蝿い王都のど真ん中でなんか音が鳴ってその音がなんとなく聞こえてはいるけど、その音がソなのかラなのか違う音なのかどこくらいの距離から聞こえてるのか判断できないっていうのが比較的近いかなぁ。それが音じゃなくて…なんというか水のながれ方で把握するみたいな。」


 ウィルの説明を聞いたンヴェネは魔力が豊富だからとできるものじゃないらしいということとを理解した。


「新入りくんは魔力を読むのに長けているわけね。」

「そうなのだろうな。私は全く知らない話だ。」

「王都だとほとんど魔力がないから、感じるというのも無理な話だよ、です。」

「魔力がない、か。」

「魔力は基本生物にしかないけど、人間は特別に魔力がない。」

「…特別、か。」


 ルートヴィヒを初めとするごく少数の古い家の人間が魔力持ちであり魔術師となる資格がある。しかし、それは人間の中の話で、生物全体からすれば、人間という種族が特別なのだとも確かに言えなくもない。とはいえ、「特別」という少し素敵なニュアンスもある言葉というのは、ルートヴィヒには違和感がある。そんなルートヴィヒの考えなど知らずに、ンヴェネは話を遮る。


「対人に対しては全く無意味なわけね。」

「あと、木の位置で俺は把握してるから森以外はなんの実用性もない。」

「モンスターと戦うのが基本の五星士としては役に立つ能力だね。」


 街での戦いの方が特殊で、普段の任務としては森や草原が多いのは確かだが、ンヴェネの考えていることがアンジュには分かり難かった。


「なんか心配してくれてる?」

「僕が君に?そんなことあるはずないでしょ。」


 とは言ってるものの、ンヴェネは更にアンジュにだけ分かるように耳打ちした。


「魔術部隊に行きたくないというのなら、ルートヴィヒの前で魔法や君の力の説明はやめな。」


 ンヴェネもルートヴィヒが悪い人間であるとは思わないが、彼一人の印象がよくても魔術部隊全体には良い印象はないし、貴族にも良い感情を抱いてはいない。だから、アンジュの気持ちを蔑ろにはできず、年長者として素直な少年に忠告したわけだった。


「分かった、ありがとう。」

「はいはい、それじゃあ休憩も取れたことだしさっさと進もうか!日が暮れたら大変だ。」


 ンヴェネの鶴の一声で、すぐに彼らは居直って前に進んだ。そこからは、アンジュとルサリィが1番後ろを歩き、ルジェロとウィルが先行して歩き、ルートヴィヒとンヴェネは真ん中を歩くようにした。護衛対象のくせにルートヴィヒがずんずんと臆せず前を歩くのを止めるためだった。好奇心強いルートヴィヒは自ら切り開きたかったが、色んな生物が現れるのを理解し、サバイバルになれていないとしてようやく真ん中になることを納得した。


「少し先に森が開ける。」


 と、アンジュが言ったのは中に入ってから3時間は経過していた頃だ。明け方に出発したためにまだ昼の時間ではないが、開けた場所があるのならそこで昼ごはんを食べようという話になった。


「おお、川辺だし広いね。」

「助かるな。」


 決して平坦な道ではなかったため、普段鍛えていないルートヴィヒは少し疲れていた。


「流石に皆はまだ元気だな。」

「特に戦ってもないのに、これくらいでへばったら軍人の風上にも置けないよ。」


 と言いながら、ンヴェネは道中狩った鹿を地面に下ろした。


「どんな狩人でもあんなに簡単には捕まえられないだろうな、普通なら。」

「今回は魔導武器使っちゃったからね。」


 雷鳴が鳴らないようにアンジュが防音の方を手伝ったりしたが、それ以外はンヴェネが一人でやった。野営の訓練として、ルサリィたち他の3人も狩猟経験自体はあるが、王都勤めで戦争も起きていない時代に軍人をやっているため、全く得意ではない。


「都会人は剥ぐのは見られないでしょ。食肉になったら教えてあげるから周囲警戒してな。」

「俺は木の実採ってくるよ。すぐに戻る。」

「なら私もアンジュについてこうかしら。ルートヴィヒさんの護衛はウィルとルジェロがいればどうとでもなるものね。」

「俺の力は火だから護衛としては向いてないし、ルジェロとルサリィが残った方が安全だと思う。俺がアンについていくよ。」

「…すぐに戻るから1人でも大丈夫だよ。」

「軍は2人1組が原則なんだよ、それに俺はまだあの魔力流しの件許してねえからな。」

「悪かったって。」


 そう軽口を叩きながらウィルはアンジュの後はついていった。

 鬱蒼とした森で木の実など見つけられるのかと思ったウィルだったが、アンジュは知らない森だというのに知ったように簡単に木の実を見つける。


「ブラッドベリー発見。」

「そんな簡単に見つかるもんなんだな。」

「魔力の流れ読み得意なんだよ。」

「木の実すら見つけられるのかよ。」

「寧ろこれ用に最初やってたから。」

「えー…、植物の流れなんてほとんど一緒じゃん。」


 先ほど体感したからウィルは分かるが、動物の方がまだわかりやすいのだ。ただ植物は静かにただ流れているだけだから、それらの違いを見つけるのが難しい。


「ウィルは1回しか体験してないから。毎日触れていれば分かるようになるんだよ。」


 ウィルにはそれが永遠の先だと思うが、アンジュがいうのも真実の一つかもしれない。


「その魔力の流れっていうのはどれくらいの魔力を自分で持ってればできるんだ?」

「魔術や魔法を使う時に魔力が流れているのがわかれば誰でもできると思う。それの応用だから。」

「それって単純に魔力の量というよりは、別の才能っぽいな。」


 木の実の他にキノコを集めて、元の場所に戻るとだいぶンヴェネによる鹿の解体は進んでいて、幾つかは焼き始めていた。


「新入りくん、塩とかなんかない?」

「塩は出せないけど胡椒の実なら出せるよ。」

「じゃあそれで。」


 アンジュが魔法で胡椒の実を出して、細かく刻み肉に振りかける。魔術師は魔術を使う時、大袈裟で仰々しい手振りなどを行うが、アンジュは本当になんでもないように行うので、ルートヴィヒはそれが興味深く、つい目で追ってしまう。


「ルートヴィヒ、魔法が珍しいのは分かるけど、気色悪いよ。」

「いや……、すまない。」


 他の人間だって魔法使いがいれば目で追うだろうけれども、その謎を解き明かしたいと思っている魔術師の目は、一心不乱に追いかけているし、魔術師が苦手なアンジュは頻繁にその視線から逃げようとしているから、傍目からしたらおじさんが少年を目で追っているというあまり宜しくないように映る。そこに邪な感情が一切なくてもだ。時折ルサリィがルートヴィヒの視線の前に立つのはそのせいだろう。


「新しい発見ばかりでついな。」

「もう少し自然でいてほしいよ。見ててゾワゾワするから。」


 ンヴェネがルートヴィヒに冷たい視線を送ると、何度目かの注意を受けていることもあってルートヴィヒは申し訳なさそうな顔をする。

 

「はーい、お肉が焼けたわ。ほしい人ー。」


 ルサリィは先にルートヴィヒに譲ると、他の男性陣にも肉を配る。


「あら、ンヴェネ。これ美味しいわ。」

「でしょ、僕のこと惚れてもいいんだから。」

「おい、五星士のリーダー。チーム内の女性に色目を使うな。気持ち悪いぞ。」


 ルサリィにアピールするンヴェネに、ルートヴィヒは反撃する。


「歳取ると男は気持ち悪くなるのかぁ。年取るのは怖いなー。」


 ウィルはンヴェネを揶揄う。


「君もそのうちね!」

「こらこら歳をとることを揶揄わないの。」


 2人の軽口の言い合いがヒートアップする前にルサリィは止めて、アンジュが摘んで来た木の実のジュースを手渡した。


「いつのまにジュースに。」

「私だって細かく切り刻むことくらいならできるわ。」


 風の力を使って切り刻んだ摘みたての木の実のスムージーはどんな貴族だって飲んだことがないだろう。


「流石ルサリィ。」

「私に感謝して言い合いは止まってくれるかしらね。」


 ルサリィに言われれば、ルートヴィヒも含めて何も言うのをやめた。それから、彼女は静かなルジェロの方を見やった。いつもは険しい顔をしている彼だったが、鹿肉や木の実を黙々と食べている彼の表情はどこか悲痛にも感じる。


「何かあった、ルジェロ?」


 ルサリィが尋ねると、少し時間を空けてから、ルジェロは口を開いた。


「昔はよくこんな飯を食ってたと思うのに、全然思い出せない、と。」


 一同はまず口下手な彼が何かを答えると言うことにまず驚いたが、彼の悲しそうな述懐に口挟むようなことはできなかった。


「村がなくなったあの日のことはよく覚えているのに。」


 そこにいた人間は少なからず彼の悲しみが分かることがあった。ただアンジュだけは不思議そうに尋ねた。


「忘却は悪いことじゃない。忘れたのはきっと思い出すことをやめたから。なら、それでいいじゃん?」

「…なら、この燃え盛る記憶は。」

「それを忘れたらルジェロは生きる意味を忘れてしまうし、危険なことは覚えるのは生物のさがだ。」


 それはその通りのようにも思うが、自分が1番幸せだった時期の事を忘れたのはルジェロは悔やんだが、アンジュは不思議そうだった。


「思い出せないのに幸せだというのは、ただの美化じゃないのか?実際は辛いことも多かったかもしれないよ。」

「じゃあ、お前は忘れた記憶は辛いものしかなかったとも言えるのか?」


 アンジュは少しだけ考えるそぶりをして首を傾げる。


「言えないよ、どっちもあったと思う。……ルジェロの悲しみを否定したかったわけじゃない。ルジェロが望むのなら悲しい記憶を消す手伝いくらいはできる。」


 五星士は実際にサンセット・ブリッジのミーシャに父親が殺された時の記憶をアンジュが忘れさせたのを知っている。しかし、ルジェロは忘れたいとは言っていなかったから頓珍漢だとンヴェネは非難する。


「忘れて悲しいって言ってんのに、思い出させようとしないわけね。」


 アンジュにとっては、悲劇は覚えているのに幸福なことを覚えていないというギャップが辛いと言っていると思ってのことだったからンヴェネの非難はよく分からなかったし、思い出すと言うのが忘れること以上に大変であるからそう提案をしたに過ぎなかった。


「…幸せな記憶だけ思い出すっていうのはできないよ。忘れて何が対象かが分からないから。人間は都合が悪いことは結構忘れる生き物だし、より大きな深い悲しみがある可能性がある。ルジェロはしない方がいい気がする。」

「…リスクがあるのね。」


 ンヴェネが代わりにアンジュと話をしているけれども、ルジェロはアンジュの「もっと大きな悲しみがあるかもしれない」と言っている事に心当たりがあった。ルジェロを庇って亡くなった彼女の遺体を目の前にいたはずなのにルジェロは覚えてないし、燃えていた時の村の様子が全く思い出せない。その記憶を思い出しても構わない――などとはいえなかった。


「今は任務中だ。」


 だから、そんなことを考える暇などないと切り捨てた。


「任務にしては穏やかなんだけどね。」


 出ても瞬殺できるC級モンスターでアンジュが事前に情報を共有するので淡々とこなすだけだったし、ルートヴィヒも優秀な魔術師

のため完全な足手まといでもない。恐ろしく険しい大自然のはずなのに、穏やかに時が流れるから、つい心が緩んでしまう。


「こんないかにも凶暴なモンスターが住んでそうなのに、いるのはC級がせいぜいっていうのは不思議だよね。」

「例えば神獣がいるとか?」

「考えうるよね。こう言う時に新入りくんのお友達がいないのが残念だよ。」


 大空を翔ける鳥の神獣がいたら、もっと話が進んだのは確かだろう。


「…神獣じゃなくても近しいものはいそうだ。」


 クルルが拠点としていたリレイラの森はモンスターが暴れたなどと言う話は聞かない。そんな呑気に話をしていた時、視界の端に影が揺れた。


「人だ。」


 アンジュの言葉に全員がアンジュの視線の先を追った。それから、アンジュは誰に許可を得ようとすることもなく、それを追った。背後に響くンヴェネやウィルの怒った声など聞こえなかった。


 森がアンジュを止めることはない。どんな木の根や木々が鬱蒼としていても、アンジュにとってはハードルにもならない。

 それにもかかわらず、一向に影との差は縮まらず、突然現れた白い壁によって立ち止まった。見上げればそれは切り立った崖だった。20ヤードはゆうにあるだろうそれにアンジュは冷静さを取り戻した。木の実を採りにいくことすら1人で歩くことを許可されてなかったのだからすぐに戻る必要がある。アンジュはこの時ばかりはルートヴィヒがいることに感謝した。それなりに魔力がある彼がいるおかげで魔力を辿れば簡単に合流することができたからだった。ンヴェネやウィルは相当お冠だったが、アンジュはケロッとした。


「全く。いくら人がいないところで人を見つけたからと言って何かに取り憑かれたかのように走り出すのはなんなのさ。」

「……逃げ出したから。」

「君は犬なのか?」


あの時アンジュは追いかけなければいけないという思考回路になっていたが、特に何かに惹かれたわけではなかった。それを犬だと言われても仕方ない。

 ンヴェネがぷりぷり怒る横でルサリィが宥め、護衛対象のルートヴィヒが話を戻した。


「本当に人なら、秘境の村の村人かもしれない。追いかけられるか?」

「木々が途切れた崖の向こうに行ってしまったから、途中までだった。」

「そこまで行ってみるか。」


 その先に秘密の村がある可能性が高いと踏んで一向はアンジュの案内でそこまで向かった。アンジュの迷いのない足取りにかえって不安になり、


「何を基準に歩っているの?」


と、尋ねた。さっきまで周囲を検知するのに木々に手を当てていたのに、それをせずさっさか歩いていたのも余計に不安になる要素だった。


「頭の中に作った地図。」

「……索敵は?」

「さっき通ってきたけど、ここら辺には襲ってくる獣たちはいないみたいだった。」

「動物なんだから今はいるかもしれないのに?」


 さくさくと歩くアンジュにンヴェネは懐疑的な目で見る。


「念の為探ってみるよ。」


 アンジュは勝手に自信を持っていたが、他の皆が心配するのであればした方が良い。木に額をつけて魔力の流れを調べてみたが、アンジュの勝手な自信を裏付けるように何も見つからなかった。アンジュは報告してまた崖に向かって真っ直ぐ歩いた。

 森は変わらずどこも鬱蒼としていて方位磁石が無ければすぐに場所なんて分からないはずなのだが、アンジュの案内でその切り立った崖はすぐに見つかった。


「…君の脳内地図完璧すぎない?」

「私も森が開けるまで、中々前に進んでいると信じることができなかったぞ。」

「俺は森の中で迷ったことないよ。」

「それは近所の森の話のことでしょ。」


 ンヴェネだって猟師だった時の村の近くの森で迷うことなどなかったが、それは人の手が入っていて目印も配されていたからだ。ここは勝手が違う。ただちらりと横を見てそれ以上アンジュに突っかかるのはやめた。


「さて、ここから先はどうする?崖登りの想定はしてなかったし、この先にいるとも限らない。」

「ンヴェネ、アンジュは森の中をするすると走って行ったのに、追いつけなかったのよ。相手も運動神経が相当いいのよ。」

「だからと言って、こんなわかりやすい崖を登っていたら新入りくんは目にするはずだよ。いくら僕でも新入りくんがそれを見落とす馬鹿だとは思ってない。」


 ルサリィとンヴェネの話を聞いていたンヴェネは、興味深そうに頷いた。


「そもそも、この森で見失わないと言うのがおかしい。人は特別に魔力がないのなら、アンジュくんは魔力の流れを読んで追いかけることはできなかったはずだ。」

「あのスピードで走っていたのだから、魔力の流れは読んでないでしょ。」

「確かに追いかけた。魔力の流れは読んでいないし、惹きつけられただけ。白昼夢だと言われても仕方ないけど。」

「なんかのモンスターの能力だったらおびき寄せられたとも言えるか。」


 ルートヴィヒとンヴェネが納得しうる答えがなかったアンジュはただ素直に答えた。ルサリィはこんな問答よりもいい答えがあると話した。


「とりあえず崖を登ってみない?あそこからみた方がここからの全景が見えて調べるの楽になるかもしれないわ。」

「ルサリィ、俺たち登攀(とうはん)の準備してないって。」

「あら、ウィル。私たちはおそらく歴代で1番のバラエティに富んだ五星士だわ。私が風使いの私が上まで飛ばしてあげるわ。」

「いやでも、ルサリィ…、着地は。」

「俺がやるよ。6人全員20ヤード上まで届けるのは中々厳しいけど、6人全員を5インチ浮かすくらいなら出来る。」

「ね。偶には私たちの力、もっと便利に使ってみましょう。」


 ンヴェネは五星士のリーダーとして、あまり自分の予測を超えるものを苦手としていた。彼らの実力を信用していないわけではない。いつもの好奇心よりもただ恐れているのだ。


「モンスターがいたらどうする?」

「それなら先に俺が行ってみてくるよ。」


 アンジュは何があっても崖下に逃げることはできるからと提案すると、ンヴェネは渋い顔をした。けれども、止めるようなことはしなかったので、アンジュは1人先に崖を登ったーーーいや、崖の上を目指して飛んだ。


 そこでアンジュは目を見開いた。想像をしていたといえばしていたはずだが、あり得ないと言う思いもあった。


「おーい、アーン。何かあったかー?」


 崖下からウィルの声が聞こえて、すぐに崖下に飛び降りた。他の人間はギョッとしていたが、魔法使いのアンジュはなんの問題もなく着地した。


「探し物、見つかった。」




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