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星の泉  作者: 詩穂
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14話 赤い家④

 風が荒れ始めた。農家たちは果物が落ちないようにと防風用のシートを被せたり、農具が振っていかないようにと縄でくくりつけたりと大忙しである。そう言ったことを理由に、彼らが表立ってアンジュたちを非難してくることはなかった。


「もーなんなのよ、この町は!」

「さてさて何かに呪われているとしか言いようがないですね。」


 宿屋の食堂で騒いでいる彼らをみて、宿屋の夫人はワゴンでハーブティーを運んできた。


「少しお茶にしませんか。」

「毒なんて入ってないでしょうね。」

「疑ったらキリがないですよ。私たちたくさん食べてきましたからね。」


 思い思いの言葉を吐き出しつつカップを受け取る人間がいながら、夫を亡くしている女性はただ静かに受け取ろうとした。が、力が入らなかったのか、そのまま手から滑らして床へと落としてしまった。


「あ、わ、私。」

「カップの一つぐらい大丈夫ですから。」

「何やってんのよ。」


 夫人が慌ててカップの破片を拾おうとした時、普段ならやらないだろうに手元が狂ってカップの破片で怪我をした。


「大変だわ、救急箱を貸してくださる?」


 ルサリィが救急箱を探していると、主人が奥から持ってきて手渡した。


「ルサリィ、一応傷口洗うよ。破片が入ってたら大変。」

「ありがとう。」


 アンジュが魔法で水を出して傷口を洗うと、ルサリィは慣れた手つきでガーゼで傷口を覆って包帯を巻いた。


「慣れてますね。」

「怪我がつきものな仕事ですから。」


 まだガーゼに血が滲んでいるので、夫人代わりにルサリィは残りのティーカップを渡した。 

「…我々はどうなるんでしょうね。」


 ジャーナリストのジャン・ルドーも流石にいつもの飄々とした表情のうちに陰が差していた。


「誰かの悪意があるのは事実だ。それも人智を超えた何かの悪意が。」


 こうなって仕舞えば恐ろしい獣がいることを伝えるのが正しいと思った。


「人間を焚き付けて、人間同士で殺し合わせようとしてる。」

「なんでそんなものがこの町に。」

「…分からない。何が獣の怒りに触れるかなんて人間には理解できない。だから、必死に町を回ってみたけどやっぱりまだ分からない。」


 アンジュの話を聞いて、夫を亡くした夫人はその態度に腹を立てた。


「それをなんとかするのがあんたたちの仕事じゃないわけ?!人が死んでるのよ!いいわよね、貴方たちは自分たちさえ生きていればどうにかなるんだから。私なんてもうどうすればいいのか分からないのに!」

「おい、やめないか。」


 夫をなくした彼女にとっては、これからいくら町を救ったところであまり関係はないのだ。そんなのをいくらでも分かっている。


「…せめて貴女を守らないと旦那さんに申し訳がない。」


 女性自身ここでアンジュやルサリィを糾弾したところで無意味であることは理解しているのだろう。だけれども、深い悲しみや憎悪は簡単には消えやしない。何かにぶつけないと、ただ狂っていってしまう。


 そうして彼らの悲劇をただ受け止めている時だった。大きな轟音を立てて、風が窓にぶつかった。風の勢いは凄まじく、華奢な作りの窓ガラスをいとも容易く粉砕した。

 危ないというアンジュの声に皆咄嗟に目を閉じて頭を抱えた為に酷い怪我を負った人間はいないが、破れた窓ガラスが各人を傷つけていた。


「酷い風だったな。」


 男たちが立ち上がった辺りを見回した。女性たちは怖がって身を寄せ合ってお互いに慰め合う。


「順番に診るから並んでくれ。ガラスの破片が身体に入っていたら大変だから、軽傷だろうとこっち来てほしい。」

「分かった。ただ泣いているご婦人方から優先してもらおう。」


 恐怖のあまり立ちすくんでいるから、立って並ぶことができそうになかったから、紳士な客が誘導した。アンジュは、怪我した人がパニックになり我先にとくると思ったが、そうではなく存外皆冷静だった。


 宿屋の夫人の怪我と同様に傷口を水で流しながら、1人ずつ入念に傷を確認して包帯を巻いて行く。

 全ての人を確認したが、何の問題もなさそうだった。アンジュが口を閉ざして何かを考えている横で、申し訳なさそうに宿屋の夫人が声をかけた。


「あの、娘が朝外に遊びに行ってしまっていて…、まだ帰ってきてないんです。探しにいっても?」

「え、ええ。」


 この事件が頻発している町に彼女は出ていったという。幸い天候が荒れてきたのもあって、人の暴動らしいものは起きてないが、何があっても保証できない。


「ルネ、ニール巡査、一旦ここを任せても?」

「あ、ああ。」


 ルネとニールは何が何だか分からないという様子だったが頷いた。


「行こう、ルサリィ。」

「ええ。」


 2人はお互いの顔を確認すると、部屋を出ていった。


 忙しい間も若者組が合間を縫って捜査は継続しているようで緊張が町全体に広がっている。ルサリィとアンジュが声をあげて探すのは憚られるくらい、鋭い視線が2人を見ていた。その視線を抜けるように、早足で周りをかけていくと、どこからともなく聞いたことがある声がする。


「早くこの町から出ていけ、疫病神め!」


 最初の日町に着いた時に聞いた、ルネを虐めていた少年たちの声だ。あの時より更に状況が荒んできているから、そういうことも起きてしまうだろうと思いながらも、2人は現場へと走った。

 彼らの標的になっていたのは8歳くらいの宿屋夫妻の子、2人が探していた娘だった。

 虐めていた彼らは、先ほど起きた突風で割れたガラス片を持って彼女に向かって投げた。


「何しているの!」


 ルサリィのあと一歩は届かず、ガラス片は彼女の腕を傷つけた。ルサリィが彼女を背にして庇い、アンジュはルサリィの陰で彼女の傷の具合を見た。


「大丈夫か?」


 アンジュたちが庇う中で、虐めっ子らは宿屋の奴が貧乏神だと騒ぎ立て、その火は止まらない。前回は蜘蛛の子を散らすように去っていったのに、今回は正義感を持って主張を続けているのを見て、ルサリィは困ったと後ろを振り向いた時である。


 アンジュが少女の腕を掴みあげた。少女の小さな体は地面から浮き、足をジタバタさせていた。その物々しい様子にいじめっ子らの方が動揺した。


「アンジュ!」


 ルサリィの声など聞こえていない様子のアンジュは、ルサリィが見たことがないくらい冷たい顔をしていた。


「そうか、お前が…。」


 ルサリィも気がついた。アンジュが掴んでいるその腕の傷が治っていることに。血がついているから怪我はしていたのだろうけれど、その傷がない。それは宿屋に帰る前にアンジュがルサリィに教えた、唯一アンジュが知っている神獣の特徴だった。


「傷の治りが早い。」

「離せ、人間!」


 もう隠すのは無理と悟ったのか、少女は思い切りアンジュの腹を蹴ると軽業師のように地面におり、アンジュから距離を取った。


「本当邪魔してくれちゃって、ムカつく。」


 少女は髪をはらうと、その姿形が変形した。いつのまにか14、5くらいの女の子になる。ふわふわの髪を頭の両サイドに束ねている。しかし、ルサリィとアンジュが驚いたのは


「…人間?」


 彼女が本来の姿を見せたと思ったら、ただの人間だったからだ。その声が聞こえた彼女は2人を睨め付けた。


「るっさいわね。まあ、神獣の血筋として、私を暴いたことの功績をあげてもいいわ。」


 彼女は不敵に笑うと、腕を組んで高らかに名乗った。


「我が名はエリス、神獣ウェンティと人間の間に生まれた神聖な神獣の血筋よ!ただの薄汚い人間と一緒にしないでくれるかしら。」

「神獣の血筋?」


 神獣ウェンティはペガサスという種族の神だとクルルは言っていた。それが今目の前の人間とは結びつきがたかった。


「6年前から崩壊を楽しみにコツコツコツコツ積み重ねてたのに、ほんっと余計なことをして。」

「…エリス。オルガンの宿場町を壊滅させたのも貴女ね。」

「オルガン?いちいち名前なんて覚えてられないわよ。」


 面倒くさそうに背伸びをすると飽きたと言う。


「仕方ないから、もう壊してしまおう。」


 残念だなぁと子供のように呟いた。攻撃が来ると悟ったルサリィが風を纏い、エリスへとぶつけた。


「なに、それ。あ...ああ思いだした。そういや“最近“あの忌々しい風の民の子孫が作った町を壊したんだわ。…まだ生き残りがいたのね。」


 エリスはその風を簡単に消し去った。彼女の感情に沿うように彼女を中心として強い風が巻き起こる。立っていられないほどの強風に人間たちは近くの木や物につかまったが、それらも悲鳴を上げている。ルサリィは自分だけならなんとか風を打ち消しているものの、彼らを救えるほどの力は無く、歯噛みした。

 アンジュも残り少ない魔力では自分の身体を支えるので精一杯だった。

 強すぎる。こうも簡単に死という言葉が脳裏に過ぎることはアンジュが記憶する6年間には無かった。でも、それでもいいかと思うアンジュもいた。ミルフィーやリーラのよすがもアンジュの生へとの渇望にはなり得なかった。


 強風は嵐を呼び、嵐は雷を生み出した。雷が近くで鳴っている。空は暗いのに雷が落ちるとその瞬間を切り取ったように明るくなる。

 その場にいた人間たちはもう終わったと思った。捕まっている木に落雷するのは時間の問題だったからだ。


 アンジュの目の前で落雷した。アンジュは死の実感よりも光の眩しさで目を閉じた。しかし、暫くしても楽にはならなかったし、自分の早い心臓の鼓動はまだ聞こえている。


【よくも好き勝手にしてくれたな、小娘。】


 目を開けると、そこには3ヤードほどの大きな鳥がエリスとの間に立ち塞がっていた。


「く、るる。」


 風で声は届かなかった。


「…あんた、まさかユピテル。」

【雷で遊んでいる奴がいると思えば、昔から下らんことをしているな。不和を司るエリスよ。】


 エリスは周囲に吹かせていた風を止めた。突然風が止んだことで、何人かが地面に叩きつけられそうになったが、ルサリィは風でゆっくりと地面に下ろすことができた。

 ルサリィはクルルが何を話しているかは理解できなかったが、今まで人間たちを苦しめたエリスが苦々しそうにクルルを見て話しているのを見て、何らかの隙ができるかもしれないと構えた。


「これは人間同士の戦いなのに、他所の種族が入ってこないでくれる?」

【先に私のモノにちょっかいをかけたのは貴様だ。それに貴様を見破った(試練)を乗り越えた人間をまだ殺そうとすれば、流石のアイツも貴様を罰すると思うがな。】

「あんたこそ世界に力を奪われても知らないわよ。」

【通常ならそうだが、絶滅したペガサスならば関係ない。はは、久しぶりに腕が鳴る。】


 止んでいた雷がまた鳴り始める。人間たちはひっと目の前の神の獣たちの戦いにただ畏れることしかできない。アンジュは暫く目の前のクルルの姿に釘付けになっていたが、やがて何かにとりつかれたように地面に何かを書き始めた。

 風を操るエリスが起こす雷はあくまで副産物でしかなくランダムに落ちていたが、雷を司っているクルルの力で起きた雷はまっすぐにエリスへと向かっていく。


「ちっ、なんで。」


 エリスは風に乗って縦横無尽に逃げ、何とか雷から逃げていた。エリスは彼が全盛期からはかなり力が落ちていることには気づいたが、それでも雷という何よりも早い光の力を持つ彼には中々対処を見つけられていなかった。だが、他の人間たちなどエリスにとっては取るに足らないもので、一切気に留めていなかった。


 それに一番最初に気づいたのはルサリィだった。

 クルルの陰で何かを書いていたアンジュの手元が光ったのだ。その光の輪から現れたのは、ルサリィも記憶に新しいカンカラという1ヤードほどの大きさの獰猛な猛禽類だった。それが何匹も続けてバサリバサリと羽ばたいて出てくる。人を襲っていたあの種を見ていたが、目の前の光景は意外にもルサリィは恐れを感じなかった。


【流石、『完璧』だ!】


 クルルの感嘆の声はルサリィには聞こえていなかったが、ルサリィは何故怖くないのかがすぐわかった。以前のカンカラは無差別にそばにいる人間を殺していたが、ここにいる彼らは連携して動いているのが分かったからだ。そう、それは鳥の神獣であるクルルの完全支配下に置かれているのが一目瞭然だったのだ。


 彼らはエリスの行く先を丁寧に阻み、とうとう雷は直撃した。数千万から一億ボルトにも上るという電圧、1000アンペアから20万アンペアもあるという電流、そんなものが生物に当たれば簡単に死ぬだろう。

 ただ神の力を得ているエリスはまだ死んではいなかった。それでも、死んではいないだけで指一つ動かすのが精一杯というところだった。


「っ…、ご、めんなさ、い。ア…、タさ…。」

【しぶといなぁ。】


 クルルが上空から彼女のことを見る。そのはいつくばっている姿に少しだけ同情した神の鳥はすぐに楽にしてあげようとしたところだった。


「エリス、待たせた、ごめん!」


 マントのフードを深部被った魔術師が彼女の前に現れるや否や、クルルとの間に大きな土の壁を作り上げた。クルルは突然現れた魔術師に気を取られて、再び雷を落とすことを失念していた。我を取り戻して土壁を壊したときには既に彼らは消えていた。


【アナンタの持つ”扉”の気配じゃなかったが、まさかな…。】


 嵐が去り、雲の向こうから太陽が顔をのぞかせる。

 神獣たちが大暴れした後の場所は、土が抉れ、木々は焦げ、建造物は倒壊していた。それでも、人間たちは脅威が去ったことに歓声を上げた。


「い、生きてる!助かった!」


 怪我人は複数出ているものの、今回彼女が暴れたところでは、人死にがでなかった。あれほどの暴風が吹き荒れていたが、その中心地近くにいたのが運よく皆足腰が強い少年たちしかいなかったのも幸いした。他人をただいじめていたちっぽけな彼らだったが、お互いにお互いの無事を確認して、憑き物が取れたように晴れやかに笑いあっていた。


 その歓喜の中で、唯一気を失っていたのが、アンジュだった。エリスたちが居なくなったのを確認したらすぐに彼に駆け寄ったのだが、死んだように眠っていた。外傷はなく、また魔力欠乏状態になってしまったかと焦ったルサリィだったが、クルルは首を振った。


『頭に強い負荷がかかったんじゃないかな。』

「でも、あんなにたくさんの鳥を出していたのよ?もともとずっと使い続けていたから大分辛そうだったのに。」

『じゃ、そうかも。』

「そんな雑な…。」

『でも、魔力欠乏以上に”記憶を思い出す”のは彼にとって強い負荷がかかる…、と思うから、そっちの影響のほうが大きいんじゃないかなぁって。まあ、今回も休む以外何も対処できないよ。死んではいないんだから、問題はないよ。』

「クルルって、偶に冷たいわ。」

『それは人間脳だよ。鳥のぼくに多くは求めないでよね。』

「そんなことないと思うけれど、…そんなこと言っていても仕方ないわね。」


 ルサリィは、アンジュを背負おうとしたが、やはり一人では厳しい。近くにいた青年に頼むと彼は快く引き受けた。ルネを虐めていた時とは別人かと疑うくらいの好青年然としていた。頼んだルサリィが可憐だったからという可能性もあるが、あの神獣の血筋を名乗る少女の力によって歪められていた影響も少なくないのだろう。


 喜ぶ彼らを横目で確認しつつ、それでも失ってしまった命にルサリィは心を痛めた。それから、ルサリィの故郷で死んでしまった彼らにも。


――――


 2日後、アンジュは目を覚ましたときには、ニール巡査が呼んだグラフィー州の警察たちが捜査を開始して、雑貨屋のジュアンを殺害した犯人やルネの家の粉挽小屋を壊した犯人やらは見つかったらしい。

 ルネの家族はあの災害後とも呼べる街の後片付けを協力していたら、少しずつではあったが蟠りを減らしつつあった。不仲の原因だった浮気も、浮気相手とされる人間が彼らの夫婦仲に嫉妬して入らぬ噂を広げたことを自白したのも大きい。


「アンジュはどこまで解決できるか分からないって言っていたけど、あのモンスターの力はかなり強かったみたいだ。」


 ルネはありがとうと深々と頭を下げた。


「ルネが協力してくれたからだよ。嘘だと思わないで信じてくれてありがとう。」


 アンジュも礼を述べるとルネは驚いたが、すぐに朗らかに笑った。


「信じたのは、アンジュが真剣に話を聞いてくれたからだよ。」


 と、穏やかな話をしていると不機嫌そうにンヴェネが入ってきた。


「新入りくん、起きたのなら教えてよね。こっちは訳わからないまま、警察の対応をしてるんだから。」

「まあまあ、ンヴェネ。今回くらいは許してあげて。」

「そろそろリーダーとして言っておかないといけないと思ったんだよ。君は何回気絶するまで戦っているんだ。ちゃんと自分の足でしっかりと帰ってこないと一人前の軍人とはいえないんだよ。」


 ニール巡査が電報を打ったあと、ルサリィも借りて軍本部に応援を頼んだ。馬を飛ばしてンヴェネは来たが、それでも今朝着いたばかりで、休みなく何も分からないまま警察とやりとりしなければならなかったンヴェネが、目を覚ませば元気そうなアンジュを見たら少しは文句も言いたくなった。


「…傷もないのにこんこんと眠り続けたのは今度はどういうわけ?」

「睡眠不足と魔力欠乏が合わさったんじゃ?」

「前回は魔力欠乏状態が酷くても翌日には目を覚ましたよね。」

「さあ、俺も自分の身体に詳しい訳じゃないから。」


 そばにいたクルルもさあと首を傾げた。今のクルルは、いつもアンジュの頭の上にいる時の大きさに戻っていた。


『アンジュは死にかけたことしか思い出せないんだから、無理に聞き出そうとしないでよ。』


 クルルが羽を広げて可愛らしい威嚇のアピールをして、ンヴェネを牽制した。クルルのいう通りで、今のアンジュにはエリスの起こした風の中で死ぬ事を受け入れたことまでしか覚えておらず、完璧なカンカラを出して、クルルがエリスを攻撃するのに補助したことなど一切記憶に残ってなかった。


「…分かった。で、僕が知らない中、ルネやジャーナリストにヒアリングしてなんとか警察とのやりとりをしたんだけど、君視点の話を聞かせてもらっても?」


 ンヴェネはアンジュのそばにある椅子に座ると手帳とペンを手にした。


「どこから?」

「どこからでも?」


 ルサリィからもンヴェネは話を聞いているから、あとは簡単な補足程度で良いから好きに話せとアンジュに話を促した。


「なんの確証もなかったけど、最初に宿屋の娘が怪しいと思ったのは、オリバーが死んだ時。彼女は昼にオリバーを見たと言った。既に彼は死んでたはずなのに。」

「何故?」

「…血の黒ずみ具合とか、死体の硬直具合とか。」

「へぇ、よく知ってるね。流行りのミステリー小説?」

「いや、村で埋葬する仕事してたから。」

「君農家じゃなかったっけ?」

「リレイラではそういうのって『1番下』の人間の仕事だったから、それも仕事だったってだけ。」


リレイラ村のアンジュと同い年ぐらいの人間はさぞ幸せだったんだろうなとンヴェネは思う。嫌な仕事はアンジュに押し付けられるし、クルルのおかげでモンスターはほとんど出ないしで、羨ましくて反吐が出る。


「便利屋だったんだね。」

「人よりできることは多い方だとは思ってるよ。」


 ンヴェネだったら、その状況下で村に戻りたいとは思わないが、それは本題には関係がない。


「話を逸らして悪かったね。事件について続きどうぞ。」

「まあ、それでも、まだ宿屋夫妻が犯人説はあるから、彼女1人に絞り切ることはできなかった。そもそも、彼女も宿屋も全てがスケープゴートなのかもしれないとも思って途中から大分迷走した。ただ最後には確実に宿屋にいる誰かだとは確信していたから、ルサリィに協力してもらって全員に怪我を負ってもらった。」

「そこはルサリィからも聞き及んでいる。宿屋にいるのが犯人だと確信した理由は?」

「考えた理由は3つ。一つ目はオリバーが最初に死んだこと。二つ目は、土砂崩れを故意に起こして困るのは宿屋にいる人だけだったこと、三つ目は、この家が赤い家と恐れられていたこと。つまり、最初に犯人がやりたかったのは、この屋敷で起こる奇怪な惨殺事件の再現だったということに思い至ったから。最終的な目標は町全体だったとしても、最初の目標は宿屋での殺人事件なら、犯人は宿屋にいる人間であることが確実だろうって。」


 ンヴェネはアンジュの説明に静かに頷いた。


「一つ目のオリバーが最初に死んだことというのは、町全体での事件に発展させるには弱い。オリバーは金持ちでもなければ、この土地の人間でもない。町全体を狙うなら、やっぱり町で好かれている人物である必要があると思う。二つ目の土砂崩れも、困っていたのは宿屋の人間だけで、町の人は何にも気にしてなかった。不安を煽る目的があったとしても弱い。あの時点では混乱をさせたかったのは宿屋にいる人間だったなら説明がつく。それから三つ目なんだけど、ルネが教えてくれた赤い家の伝説はちょっと置いておいて、エリスが本来想定していたのは、殺人事件が繰り返されて宿屋の人間が疑心暗鬼になることだったと思う。いつか殺されるならやってしまえと客同士で殺し合いが始まるのがベストだった。そうじゃなくても夜に怯えながら1人ずつ殺していって屋敷の赤い家伝説を町人たちに想起させるようにしたかったんじゃないかな。」


 アンジュは指を3つたてて、指を折りながら一つ目、二つ目と説明する。


「でも、宿屋の人たちは怖がりながらも大して疑心暗鬼には陥らなかったよね。あまりにも普通の人では出来ない殺人の方法だったから。…いや。だから、焦ったんだ。無理やり町中でも事件を起こして、街中を混乱させようとした。」


 ンヴェネは納得した様子でメモをとった。それから、ルサリィのほうにも顔を向けて、2人へ労いの言葉をかけた。


「事件解決おめでとう。もしかしたら、今までの怪事件って本当は神獣絡みなのかもね。」

「確かに。そういえば、エリスが言っていた神獣の血筋ってなんだろう。それがありならもっとたくさんいるはずなんじゃ?」


 アンジュの疑問にクルルはすっと答えた。


『神獣ほど強い力を持っていないけど、神獣の眷属よりは力があるのが神獣の直系親族だよ。流石に孫くらいまでしか何らかの自然を司ることはないだろうけど。』

「クルルは雷だったね。」

『そうそう。簡単にいうと神獣1人だけじゃやってけないから世界から認められたお手伝い要員だね。鳥は自由すぎるから、逆にぼくはほとんど纏める気がなくて眷属も子供もいないけど。』

「纏めなくても、神の力は奪われないんだな。」

『奪われてないよ。それに虫たちを見てもらえれば分かるだろうけど、殆どが神獣の支配下には置かれてないんだよ。神獣の仕事は人間が考える管理とは全く違うって思ってもらって構わない。』


 クルルとアンジュの話を聞いてンヴェネも尋ねる。

 

「じゃあ、なんで神獣って世界で用意されているの?」

『さあ、世界が説明をしてくれるわけでもないし、世界の意に反したっていうのも力を失ってから気づくもんなんだよね。とはいってもそれは、ある程度神獣同士の中では共有されてはいるから、全く何もわからないということではないよ。今日は質問が多いね。』


 話疲れたとクルルはため息をついた。ンヴェネはそれは自分が聞いたからうんざりしたのだろうと思いつつも、神に逆らうわけにはいかない。


「そういえばアンジュに巻きついていた白蛇はどこかへ行ってしまったわね。あれは神獣だったのかしら?」

『神獣?アンジュは話しかけられたの?』

「いや、ただ巻きついてきただけ。」

『じゃあ違うよ。』

「神獣ってアンジュに話しかけたくなるものなのかしら。」

『そういうわけでもないけど。蛇はまあ…アンジュのこと好きだよね。』

「え、そうなの?」


 質問したルサリィよりもアンジュの方が驚いた。


『知らないけど、きっと昔どっかで蛇の神獣でも助けたんじゃない?蛇とは仲が悪いから知らないけど。』


 そろそろ本当に面倒くさそうなクルルを見て話を切り上げた。

 2日間ぐっすりと眠って身体は少しなまってしまっていたが、ただ動く分には問題はなさそうでアンジュはルサリィとンヴェネの後処理に付いていった。


 宿屋の夫妻は、ここでの宿屋業を廃業すると軍に語った。


「エリスは6年前、オルガンの生き残りの孤児だと聞いて私たち夫婦は子供もいなかったので、引き取ったんです。」

「…それで。」

「この町に、使われていないが立派な屋敷があると親戚から聞いていて、子供を育てながら静かに暮らすにはちょうどいいと思ったんです。」


 宿屋の旦那はかつていた貴族の遠い親戚だったらしい。6年間大切に育てていた娘が本当は町を陥れるために隠れていたモンスターであったことはとてもじゃないが彼らには受け入れがたかった。夫妻が体を抱きしめ合って泣いているのを見て後ろ髪を引かれながら、帰路にたった。


「6年間彼女は本来の姿を隠しつつ時を狙っていたってことになるのよね。」

「大規模な内戦状態にするには、神獣に近い力を持っていても時間がかかるのか、長い時間を持っているから6年なんて大した歳月ではないってことか。」


 ルサリィの町ももっと前から彼女は時間をかけて行なっていた可能性も高いとなると、次回狙われている場所の発見も苦慮しそうだ。


「そういえば、ジャーナリストのジャン・ルドーがここの場所を訪れた理由は、曰く付きの屋敷があるというオカルト関係の投書があったかららしいよ。匿名で消印もないから、誰が誘ったのかは分からないらしいけど。」

「エリスがミステリー小説の再現のためにそれっぽい奴を招待した?」


 ルネのような歴史や古い話が好きな人間は知っているものの、若い世代はこの話を町の人間も知らないというし、ルネのような人間が投書するにしても、消印がないのは奇妙だ。

もし彼女が気取って彼を用意したのは、なかなか不幸だったと思う。彼の存在の為にアンジュ自身が疑われる事がかなり減ったからだ。

だが、気になって考えたところで任務を終えた3人には関係のないことだった。彼女を取り逃したところでできることは、


「またどこかで彼女が脅威になるにしてもすぐではないから、国内と周辺国への周知くらいはできるね。」


 詳細な報告書をあげて、彼女の存在を知らしめることくらいだった。クルルは、アンジュの頭の上でひとりごちる。


【数回しかエリスは見たことはないけど、凄く素直で直情的だから、どこかで復讐してきそうなんだよね。とても下らない形で。】


 そのクルルの言葉がアンジュにしか聞こえていないということにアンジュは気づかないまま、大変だという言葉一つだけ返して話は終わていった。



 


 


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