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星の泉  作者: 詩穂
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2話 ウィル・ザ・スミス

  馬車には乗ったこと無かったが、意外とずっと乗っているのも疲れるものだと思った。アンジュは宿場町を一つだけ滞在してから王都に着いた。その立派な城塞に、まず檻のように窮屈に感じた。出稼ぎにリレイラ村からも王都へ出ていく若い人間は多かったが、アンジュは泣きついてでも嫌だと思っていたのでまさか自分から行くことになるとは思っていなかった。


 初めて見た王都はとても人が多く賑やかで、様々なものが何かに追われるかのようにせわしく動いていた。人間も、物も、ネズミや猫の動物たちまでも。石造りで築かれた大きな建物たちは、まるで巨人の様にアンジュの前に立ちふさがる。アンジュを乗せた馬車はそのまま中心街に進んでいく。馬車の中では、村の中で静かにしていた下っ端であろう男たちは会話に花咲かせ、楽しそうに盛り上がっていた。そんな空気にまじれるはずもなく、窓から街の風景を、寂しいような悲しいような虚無感を覚えて眺める。中心街の大通りは、街のどこよりもきれいにされ、住人達が何事かともの珍しそうに馬車を眺めている。その中で、隠れるように悪事を働いている悪餓鬼が居るのをアンジュは冷静に見ていた。

 来てしまったな、と城門を潜り抜けながら思っていた。


「・・・来ちゃったよ。」


 王都にあったどの建物よりも荘厳で絢爛な王宮は、とてつもなく大きな怪物に見えた。アンジュは振り返って、門がゆっくりと重低音を奏でながら閉まって行くのを落胆しながら見た。


「降りろ。」


 そう言って馬車を降ろされると、あのアンジュが水をかけてしまった男とその側近だろうかもう一人残し、他の人間たちはそれぞれの持ち場へと戻って行った。


「付いてこい。」


 男はそういって前を歩きだし、その後ろをアンジュはついてき、その背後からぴったりともう一人の男がくっついてくる。男はアンジュに背を向けながら話し出した。


「君はあの村出身なのか?」

「なんで?」


 質問の意味が分からないと聞き返すと男は少し肩をすくめた。


「君の戸籍が無いんだ。あの村の管理は王都が直轄しているからすぐわかるのだが、君のことは探すことが大変だった。」

「なんで探し出そうと思ったのさ。」

「君は覚えているのだろうか。昨年の秋に、リレイラの隣、ラシェルの街で怪我した男児を魔法で治しただろう。」


 はっきりとアンジュはそのことを覚えていた。昨年、畑でとれた野菜を売りに近くの街に行ったとき、たまたま大きな事故に出くわした。窓ふきだという男の子が足を滑らせ、3階の高さから落下した。命までは失わなかったものの、すぐに処置をしなければ死んでしまうような状況だった。ただ、医者に連れていくには彼は貧乏な家の子どもだったためにできないという話で、居合わせた縁で魔法で助けたのだ。まさか、その時の善意で行った行為がこうなるとは思ってもみなかった。


「アシルか・・・。」

「その話をたまたま二か月前ほどに聞いてしまったんだ。残念だな。ただ、戸籍が無いという事はどういうことだったんだ?」

「戸籍ってなに?」

「町にどういう人間が住んでいるか把握するための帳簿だ。この国ではほとんどの人間が持っている。」


 聞いたものの、アンジュは興味無さそうに適当な言葉を返す。


「大した理由じゃねえと思う。記憶が無いから分かんねえけど。」

「大した理由があるから記憶が無いのではないのか?」

「俺に聞かれても分からねえよ。何もかも忘れてあの村にいたから。アンジュって名前もリーラがつけた。」


 隠すことなく自分の事情を全て話すと、そうかと男は返事をする。


「では、父親も母親も分からないのだな?」


 おそらく魔術師をさがす為の質問なのだろう。ただ、アンジュは俺から聞いても何も分かんないぞ、ざまあみろと心で悪態を吐く。


「こちらで君の戸籍をさがしておこう。」

「そりゃどうも。」


 おざなりに礼を言ったが、実は少し興味があった。自分がどんな人間で、どうしてあの村にいたのか知りたくないと言ったらうそになる。そこに戻りたいのかといえば、おそらくNOだとは思うが、それでも自分のルーツという物は気になるのだ。


 男はきらびやかな王宮を後にし、王宮の子どもの様な大きさの厳めしい建物へと連れて行った。男はある部屋に連れて行くと、入れと促した。部屋の奥には、机と一対の椅子があり、その前にはソファとローテーブルがあった。机の後ろには、なにかの絵柄が描かれた布が貼ってあった。男はアンジュをソファに座るように促し、自分もその前に座った。


「これから“軍”や規則の説明を簡単に行う。これからは君と関わることは殆ど無いだろうが、挨拶しておこう。私の名前はストール・カーティスだ。諜報部隊、隊長をしている。よろしく。」


 ストールが右手を前に差出した。戸惑いつつもそれを受け取る。それから、ストールは一枚の紙をアンジュの前においた。紙には小さな記号で埋め尽くされていて、一番下にラインが引かれている。


「そこに名前を書け。君の不利益になるようなものは何もない。」


 例え彼の言葉に嘘が無くてもそこに名前を書かねばいけない状況であろう。だが、アンジュには書けなかった。書くことはおろか、字すら読めない。リーラだって字が読めず、いつも手紙は郵便屋かミルフィーが読んでいたから、ペンを受け取ったもののどうすればいいのかアンジュは動きが止まってしまう。


「どうしたのだ?」

「いや・・・、自分の名前ってどう書くのか分かんねえ。」


 ストールは思わず目を丸くしてしまったが、アンジュの置かれていた状況を考えれば当然のことである。ただ魔術師という偏見があって間違えたのだ。


「悪かったな。おそらくこうやって書く。」


 ストールは古びた手帳を取り出すときれいな字で書いてやり、大胆に千切って渡す。アンジュは発見したような、すこし嬉しそうな眼をしてその字をじいっと凝視しながら、何度も見直しながらなぞるように書く。字を書くことをこんなにも嬉しそうにしている人間を初めてみた。そして、それが今までできなかったと思うと本当に彼が不憫に思える。


「書いたのなら、話を続けてもいいか。」


 それから、ストールは軍での階級の話や規律を説明したものの、アンジュには『身分』というものが上手く理解できずに、きょとんと情けない顔をしていた。


「追々理解していけばいい。君と同室の人間に少しずつ教われ。」

「同室?」

「寄宿舎は、階級によって部屋を振り分けられる。君には『五星士』という役職についてもらう。これはとても名誉な地位だ。君のようなひょっこりと入ったものがつける役職ではないので、しっかりとした態度でいろ。特に言動には気をつけておけよ。」


 ストールは、その後も「五星士」という役職について詳しく語っていたが、全然ついていける気はしなかった。ただ、その「五星士」というものが、良い役職であり、突然入った実力のない人間がつけるものではないという事だけ理解した。後は、寄宿舎の同室の人間に訊けと、部屋までの簡単な地図と鍵を渡され、部屋から追い出された。


 寄宿舎というのは王宮とは違って賑わいがあった。女性寄宿舎と男性寄宿舎が分かれていて、このアンジュがいる男性寄宿舎はかなり五月蠅くむさくるしい場所らしい。通りすがる男たちは、休憩中なのか談笑している。そういう姿を見ていると安心した。あんな風に連れてこられたのだ。どんな牢獄かと思ってしまっていたが、存外そうでもないらしい。

 初めて歩いた場所でちょっと迷いながらも、無事自分の部屋と言われた場所の扉の前まで来ることが出来た。先ほどの同室の男とはどういう人間なのだろうか、不安と緊張が混ざりながら、その戸を開ける。部屋はあまり大きくはなく、真ん中に二階建てベッドを置いて、部屋を二つに区切られ、それぞれ机と椅子が置かれている。窓はベッドで遮られろくに光が入らなくて、昼間だというのに薄暗い。しかし、自分が住んでいた小さな家とは違って、机にはランプが置かれているため、夜でも起きていられそうだ。そんな風にドアの前に立って観察していると、上から声が投げられてきた。


「お前は?」


 突然のことで、びくりと肩を揺らし、おずおずと上を見る。すると、ベッドから若い男が顔をのぞかせていた。


「お前が新しい五星士ってことか?返事しろよ。」

 アンジュは無言でうなずいてから、名乗る。男は濃茶で少し癖の強い髪で、同じ色の丸い瞳を持っていた。

「ふうん。お前が・・。」


 男はしげしげとアンジュを上から下まで眺める。


「・・・あれだろ。新たに見つかった若い魔術師。」

「マジュツシ、って言われているけどよく分かんねえ。」

「魔術を行使できるニンゲンの事だよ。」

「それなんの説明にもなってねえ。俺は魔法が使えるだけだって。」


 男も眉をへの字に曲げて困った顔をしながら、答えをひねり出す。


「確か魔術っていうのは魔術式を使って魔法を行使する行為だった・・・・、と思う。悪い、そういうのは全然わかんない。つうか、お前何歳?」

「正しくは分かんねえけど、16くらい。」

「わっかいなあ。マジか。なんで魔法が使えんだよ。」

「いや、知らない・・・。気付いたら出来てたんだから。」

「そんな事例聞いたことない。いや、だからストールはなんとしても捕まえたかったわけか。しかも、五星士にした理由なんとなく理解できたわ。」


 アンジュはシータンのおじさんが魔法は10年20年かかるといっていたことを思い出した。その時は何とも思わなかったが、確かに自分の置かれた状況は珍しいのだと分かった。


「世間知らずみたいだし、常識を教えてやる。普通は『正しく感覚をつかむ』のに10年かかる。それをマスターしていくにはもっと時間が必要なんだよ。だから、魔術部隊のことを通称『オッサン部隊』っていってる。この国は魔術に関して言うと世界トップで最先端を行っているものの、年々魔術師の数が減少し、高齢化が進んでるってわけ。」


 この状況が分かるよな、と聞かれると素直にうなずいた。要はアンジュの様な若い(さらに10代)魔術師が現在では珍しいといっているのだ。だからこそ、強硬手段を使ってアンジュをここに連れてきたという事だ。


「まあ、いいや。アンジュ、いや、アンでいいか。」

「え?」


 略称で呼ばれたことが無かったから、アンジュは戸惑ったけれどウィルはそんなことはお構いなしだった。


「アン、ちょっと悔しいが仕方ない。どうせなら仲良くした方が楽しいだろ。」


 彼はひょいとベットから飛び降りると、アンジュの前に立って手を差し出した。


「ウィル・ザ・スミス。19だよ。よろしく。」


 ウィルは笑顔でアンジュを見る。アンジュはほっとしてその手を握りしめた。


「よろしく。」


 これがアンジュとウィルの出逢いだった。アンジュがこの城に来たのも、ウィルと出逢ったことも、すべては神が決めた運命だったのだろう。


 街に夜は訪れ、地上から光が消えていく代わりに、空には星が永遠のような輝きを放っている。遠くで小さな赤ん坊が泣いているのが聞こえた。


最初っから書き直そうと思っているのですが、気力が…。

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