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星の泉  作者: 詩穂
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14話 赤い家②

 カチカチと階段ホールの真ん中に置かれた、アンジュの肩ほどの高さがある大きな柱時計が鳴っている。

 あれ以降特段何もなく、ルサリィとアンジュは散歩から戻ると、漠然とした不安を抱きながら一階の食堂へと向かった。


「おい、てめえ、俺の財布を取りやがったな!」


 聞き覚えのある怒声が聞こえる。まだそんな事をしているのかと2人で顔を見合わせて部屋へ入ると、


「取るわけないだろう、オッサンみたいな金が無さそうな奴の財布なんて。」


と、やはり知っている客であるオリバーがまた違う宿泊施設の客の胸ぐらを掴んでいた。


「んだと?」

「どーせ、王都で職失ってフラフラしてんだろーがよ。」


 お世辞にも綺麗とは言えないスーツを身に纏った哀れな男に、その客人はさらに油を足す。オリバーが怒って、その拳を振り上げようとした時、アンジュはその腕を掴み後ろ手にして捻った。


「っにすんだ。コイツが俺から財布を盗ったんだ。」

「盗ってねえよ。」


 客人も謂れのない罪で怒鳴られて冷静を欠いて苛立っている様子だった。アンジュは双方の文句を無視して、話を続けた。 


「可哀想にオリバー・グレイ。財布が盗まれたんだよな。」

「ああ!そうさ、こいつが取ったんだ。」

「それはかわいそうだな。でも、今のところ証拠なんてないだろう。」

「コイツを探せば出てくる!」

「そうかもね。」

「そうだとも!」


 客たちは食事の手を止めて、彼らの様子を、繁々とみる。皆オリバーが気がおかしくなって、ただ叫んでいるだけだと思っているから、アンジュの行動には疑問を抱いているようでもある。


「じゃあ、オリバーの言うことを証明しないと。裁判所は疑う側が立証しなきゃいけないんだから。」

「はぁ?」

「俺はオリバーを信じてあげるけど、他の人は信じてくれないよ。手伝うから証明しよう。」


 アンジュはそういうと、オリバーの手を取って半ば強引に食堂を辞した。オリバーを肯定し信じると言った割には、オリバーに反論の隙を与えなかった。ルサリィは訳もわからず、少しだけ夕食を取るのが遅くなると言うことを主人に詫び、2人の後を追いかけた。


 納得していないオリバーは抗議はしているが、それに関してアンジュは否定することは無かった。そうだねとただ相槌を打つので、その対応にオリバーは次第に怒りよりも困惑して少しずつ静かになっていった。すると、アンジュは、オリバーの手を掴みながらも、話を始めた。


「この町は綺麗な町だね。」

「あ?」

「山の影に日が落ちていくのは見た?」

「いや。」

「それは勿体無いよ、見た方がいい。明日もオリバーは滞在する?」

「あ、ああ。」

「そうか、ああ、でも、雨が降るかも。」

「ここは…、滅多に雨は降らないけど。まあ、突然変わるからな。」ふ

「オリバーはこの町に詳しいのか。俺は余計なことを言ったな。」


 ニコニコと話すアンジュをルサリィはあまり見たことがないから、内心驚きながらも、新たに見た一面に嬉しくもあった。


「オリバーは何しにこの町に?」

「お前たちは?」

「俺たちは、とりあえず巡回してるよ。何もなくても王国は田舎町にも気を配ってるからさ。」

「…んな訳が。」

「オリバーはこの町に住んでいたことが?」

「…いや。」

「果実酒は飲んだ?有名らしいんだけど。」

「飲んだ。」

「お金が無くなると不安だよな。明日はどうしようとか、そもそも折角美味しいものを飲んだ対価に支払いたくても支払えない情けさもあるし。」

「王国軍のお前に何が分かる。」

「お金がないさもしさ位なら。」

「そんないい格好している奴が?」

「これは支給品。元は貧農の出だよ。」

「ふんっ、お前は田舎人だから、都会の金のないやつの惨めさなんて知りっこないだろ。」

「そうだな、知らない。そんなに惨めなの?都はたくさんの色んな人がいると思うけど。」

 

 しばらくオリバーの愚痴や虚しさを聞いて、アンジュはどれもうんうんと頷いた。静かに聞いてくれる人によくしたのか、彼の態度は少しずつ軟化していった。そうして、彼は胸の内を開いた。彼はかつて王都の銀行員として働いていたこと、10年前の不況で解雇されたこと、解雇された時嫁が娘を連れて田舎へ帰ったこと、その娘がこの町で結婚式を挙げること、そうして、貧しいながらも愚直に貯めたお金を持参金として娘に持たせようとしたこと、そのお金が入った財布がなくなったこと。とっくの昔に他人など信じられなくなったこと。

 しみじみと話したオリバーにアンジュは


「そうか、そんなにも辛いのに、話してくれてありがとう。大変だったね。」


と、すっかり日々の苦労で皺だらけになっている手を握りしめる。すると、オリバーは嬉しさなのか、それとも今までの人生の悔しさや虚しさの吐露なのか、目に涙を滲ませた。


 それから、早く取り戻さないといけないけれど、何もわからないから痕跡を探そうと説得をしてオリバーの部屋へと向かった。それに対してルサリィはただ静観をするだけだった。


 オリバーの部屋は、彼が必死に探したのが見て分かるほどに衣類が散乱し、アンティークの家具たちも定位置にはおらず、引き出しは全て完全に開かれている。


「これは大変だ。ごめん、ルサリィ。何か白い 紙ある?」

「え…、待ってて、持ってくるわ。」


 すっかり他人事のように見ていたルサリィは、唐突に声を掛けられてすぐには返事が出来なかった。ルサリィは現状何がよいのかを考えあぐねていたから、アンジュの頼みを素直に聞いて、宿屋の夫人から紙を分けて貰ってきた。


「貰ってきたけど、紙をどうするの?」

「ありがとう、特に何か解決するわけじゃないんだけど、記録は取っておかないと…って思ったから。」


 そういうと、アンジュは机の上に紙を広げ、その上に手を翳す。

 じゅわわわと煙が立つとそこから、白黒の線のようなものが花のように広がっていく。


「アンジュ?」

「写真。」


 少しずつ浮かび上がってくる絵に驚く二人に、淡々とアンジュは魔法を使っていく。


「そんな魔法があったのね。」

「こないだ魔導技術の人が仕組みを教えてくれたんだ。」


 魔導列車で仲良くなった技師の人が、暇があるときに魔導技術について教えてくれるのだが、そのうちの一つが写真技術だった。


「魔導技術と魔法なんて別物でしょう?」


 魔法と魔術の違いが、文字と数式で描かれた魔術式を使うことであるとするのだが、簡単に言うと、科学技術によって魔法が効率化されているのが魔術で、さらにその魔術式を機械技術で補うのが魔導技術だ。今の王宮ではほとんど魔術師と魔導技術者は別物として扱われることが多い。

 だから、魔法使いなどという曖昧な能力とは全く別物だから、ルサリィの認識としては驚きを隠せない。


「魔導技術でできることを魔法で再現できないということはない…と思う。」


と宣った。


「そんなもの?」

「たぶん。出来ないのは、魔力が少ないか、魔力の操作が下手なのか、とかじゃない?」


 彼の話ぶりはまるでそれが常識のようで、知らない自分がおかしい様な錯覚すらある。ただそれができるほどに彼は力を持っているだけなのだろう。


「で…、これを絵に残して何をするんだ。」

「いや、部屋を片付けようと思ってさ。犯行現場の可能性があるから今の記録にはとっておきたくて。」

 

 全てをひっくり返した有様を片付けようとするアンジュが、本当に財布を盗んだ犯人を見つけようとしているのか分からないオリバーは怪訝そうにアンジュの顔を伺う。


「そんなことする暇あんなら、外に探しに行った方がいい。ここは俺が随分探したんだ。」

「大丈夫、そんなに時間はかけないよ。」 


 ふわりとアンジュの周りに穏やかな風が通っていくと、床に散乱した衣類はクローゼットへや紙は引き出しや机の上に並べられ、引き出しは全て閉まり、転倒していた椅子やサイドテーブルも定位置に戻っていく。


「…は、これがまほう。」


 オリバーが腰を抜かしているとじゃらんと金属が重なり合う音が聞こえ、アンジュがベッドの裏側を覗く。


「あ、オリバーの財布って茶の皮袋だっけ。」


 手を伸ばしてそれを拾うと、オリバーの手の上に渡す。オリバーはしばらく自分の手の上に置かれたものに認識できなかったが、少しずつそれが今のオリバーにとって何よりも大切な花嫁の持参金であったことに気づくと誰にも取られないように両手で抱きしめて胸元で抱えた。そして、感謝の言葉を何度も繰り返すのだった。しばらくそうしていたが少しずつ冷静さを取り戻すと、自室から出てきたと言う事実に、酷く情けなさを感じたのか申し訳ないと言う謝罪の言葉を口にしようとしたが、それをアンジュは止めた。


「これはオリバーのせいじゃないよ。謝らなくていい。」


 気休めだとオリバーも思ったのだが、アンジュは首を振る。


「…詳細を言うのは避けるけど、何らかの騒動を起こしたかった奴がいるんだよ。多分それに巻き込まれた。まだこの町に滞在するオリバーに唯一アドバイスをするなら、『人を疑う』ことは避けるんだ。」

「避けると言うが…。」

「この町にいる間は『俺』を信じて。」

「…分かった。…恩人を信じられなきゃ誰も信じられねえよ。」

「ん、助かる。じゃあ、オリバーもゆっくり休んで。今回のことは、俺たちが散歩先で見つけたことにするよ。」

「あ、ああ、分かった。」

「中身はなくって財布だけ戻ってきたことにしておくから口裏合わせ宜しく。」

「…ありがとう。あんな騒ぎを起こして、顔なんて出せないから、今日はこれで寝させてもらう。」

「ああ、分かった。主人にそう言っておくよ。」


 時計の針は午後8時を指していた。アンジュはルサリィを伴って食堂へ戻った。あんな風に食堂から出ていった訳だから、食堂に戻ってきたら、好奇的な目線で見られてきた。


「お客様、もう宜しいのですか?」


 不安そうにこちらを見てくる主人にアンジュはオリバーと打ち合わせた内容で答えてから、用意された先に座る。そこへ、先ほどオリバーに疑われた男が果実酒を片手に寄ってきた。


「アンタらお疲れ。あんな頭おかしいやつの相手をするなんて、王国軍も大変だな。」

「貴方もさっきは災難だったね。彼も今は貴方に怒鳴ったことを後悔しているようだったよ。」

「ははっ、優しいんだな。まあまあ、酒場であんなのは慣れてるから、もうそんなには気にしてねえ。ムカついたのは間違いないけどよ。」

「心が広くて助かる。」


 二、三言葉を交わせば、彼は本当にそこまで気にしていなかったようで、2人に労いの言葉だけかけた後はさっさと自室へと戻っていった。


「私は今回あまり役に立てていないけれど、アンジュは何か分かってるのかしら。」

「いや、正直何も。ただオリバーがただ精神を病んで俺たちと見えている現実せかいが違っていた訳じゃないと思っているだけ。」

「見えている現実せかいが違う?」

「リレイラの村でジョナサンの指輪が見つからなくなったんだけど、結局隣村の親戚のジェイド叔母さんが持っていたんだよ。」

「あら、ジェイド叔母さんは盗んで行ったの。」

「ジョナサンが惚気ていたことをよく見ていたリレイラ村の人間はそう見えたんだけど、ジェイドおばさんからするとジョナサンが盗んだって言っていたんだ。」

「あら、どっちが正しいのかしら。」

「リレイラ村の人間から見れば正しいのは確実にジョナサンだし、恐らくあの場に裁判官がいたとしても正しいのはジョナサンだと思っただろう。でも、ジェイド叔母さんの言い分も真実味があったんだよ。『この指輪は私が18の時に旦那から貰う“筈”だった。けれど、金のなかったジョナサンが婚約者に対して見栄を張るために旦那から盗んだ』って。」

「そういうことをしそうな人なの?」

「ジョナサンは確かに調子のいい男ではあるんだ。その手を使わなくもないという考えもあった。結局…、何が真実なのかは分からないけど、ジェイド叔母さんが精神的にかなり不安定だったということが分かって、俺たちにとっては『ジェイド叔母さんの勘違い』だったで終わったんだ。」

「そう…。」

「でも、さっき言ったようにジョナサンもジェイドおばさんもかなり真剣で、嘘で隠したようには全く見えなかった。だから、人って同じ世界に生きているのに、見えている現実せかいって結構違うんだなって思った。でも、今回はそういうことじゃないって考えてる。」


 ルサリィはアンジュの話を聞いて、人の見え方の違いの差に興味を抱きながらも、それ以上にどうしてそこまでを知るに至ったのかの経緯の方が不思議だった。


「そこまでのことが分かるなんて凄いわね。」

「人から話を聞いただけだよ。できる限りの。」

「なぜ、たくさんの人から聞こうと思ったの?」」


 そんな問いが来るとは思ってなかったアンジュは少しばかり動揺した。勿論ルサリィも人の記憶など簡単に捻じ曲がるし、何か事件が起きたら、複数の人間から聞くのも当然だと思ってはいるが、彼が何故そう考えたのかを知りたくて尋ねた。アンジュもまたルサリィが、当たり前のことを聞いていないことくらいは分かっていたから、答えをすぐに出せなかった。暫く考えた後に、


「太陽の色が赤色と表現したり、金色や黄色だと表現したり…、水を色なしと表現したり水色あかるいあおと表現したり、同じものを見ても思うものは違ったり表現が違ったり、なんだろう…言葉の表し方が違うように、そもそも同じように見えるって無いと思う。」


 と小さな声で答えた。


「でも、それは文化的な違いであって、人それぞれの見方の違いというのは少し違うように思えるけど。」

「同じ文化を共有していなければ、人は違う見方をするという証左だと思った。」


 ルサリィはなるほどと一定の納得を得られているのと同時にその複数の文化の知識は何処から得られた物なのだろうともあった。リレイラの村は閉鎖的であるし、いくら傍のラシェルの街が大きくてもそれほど国際的な街だとは聞いたことがない。やはりそれはアンジュがかつて貴族の子供だった可能性が高いことを表している気がした。


「アンジュは偶に少し難しい言葉を使うわ。お役所言葉のような。」

「何が?」

「『文化を共有する』という言い方もそうだし、『証左』ということも、言わないことはないけど、少し堅い表現だと思うの。」

「本で習いたての言葉を使いたいだけだよ。」


 ルサリィの指摘が少しばかり気に食わなかったのか、アンジュは話を切るように答えたので、それ以上切り込むことはしなかった。ルジェロがサンセット・ブリッジの町でアンジュが「安い」ではなく「低廉」という言葉を使ったことに疑心を抱いていたが、あの時ルサリィがいたらその時にも聞いてきただろう。


 食事をとり終わると、2人はオリバーのことや今後の話をするために自室へ戻った。


「アンジュはさっきの事件、やっぱり…。」

「ルサリィの過去と同じことが起きてると思う。ルサリィの話を聞くと、何処に主犯がいるかも分からないし、どこからこっちの情報が抜かれるかも分からないよ。」

「…そうよね。でも、何処でそう判断したの?」

「一瞬…、オリバーから微弱だけど魔力の動き?んー…揺らめきみたいなのを感じた。多分興奮させて冷静な判断を奪うようなそんな力が掛かったんだと思う。」

「興奮…麻薬のような力が働いた?」

「俺はそう思う。だから、ずっと俺は興奮を抑えるように弱く魔力を渡してた。」

「魔力を渡す?」

「魔力は簡単にいうと、変数…何にでも置き換えることができるXで、それを鎮静剤の同じ物質にすれば抑えられる…から、ゆっくりと効いた…感じ?多分。」

「だから、いきなりでは無くアンジュに掴まれてから緩やかに大人しくなっていったのね。」


 結果としては、徐々に落ち着いて行った訳だが、アンジュも絶対の自信があったわけではなかったようで、上手くいって良かったと安堵していた。


「とりあえず討伐対象を見つけたわけではないし、見回りを続けるしかないわね。猫の時も同じように骨が折れるわ。」

「そうだね。しかも、彼ほど分かりやすくない。」

「覚悟はしていたつもりでも、やっぱり強敵ね。応援呼んでおきましょうか。」

「…魔力の動きが分からないのは操作が上手いからというより、魔力の使用量がとても少ないからというのが大きい。それなら、直接叩けば…いや、かなり魔力の操作が上手くて少量に抑えてその力を使える可能性も捨てきれないか…。」


 アンジュは、応援を呼ぶことには難色を示した。


「人の疑う心を利用している相手に、悪戯に人を増やすのは惨劇を生むかもしれない。」


 当たり前といえば当たり前だが、ルサリィの町も騒動に関与する人間が増えれば増えるほど、加速度的に騒動の規模も拡大していたのだ。こちらが100パーセント信用できない人間を増やすのは、解決ではなくただただ騒動を拡大するだけにしかならないだろう。


「…確かに、そうよね。軽率だったわ。寧ろ…応援を呼ぶことを前提にするなら、私たちは退避した方が良さそう。」

「ルサリィは大丈夫じゃない?」

「ふふ、私も相当な嫉妬や恨みを抱かれているのよ。王国軍の中では新参者だからね。」


 ルサリィも6年前のその事件から、その特殊な力を理由に五星士として選ばれているからアンジュと似た境遇で多くの王国軍軍人に羨望と嫉妬を得ている。どんなに自分から望んだ力ではなくても、『持っているもの』としてその言われようは仕方ないと受け入れている。受け入れるしかなかった。


「なら、この二人でやったほうがいいかも。ルサリィは一度は打ち破った相手だし…、一応俺も『今回』は見抜けた…と思うし。」

「私は打ち破ったと言っていいのかしら。あんまり記憶がないわ。」

「でも、きっと向こうはルサリィの存在は無視できないと思う。…ルサリィは、前の時は敵の顔を見ていないんだよね。」

「ええ、見ていないわ。」

「クルルが言っていたんだけど、風の民に力を分けたのは風を司っていたペガサスの神獣らしいんだ。とっくにペガサスは絶滅しているらしいけど。」

「へえ。」

「だから、悪い風…風説を司るのも鳥か馬に近い神獣かな…と思ったんだよね。」


 ルサリィは、王国軍の書庫では得られなかった情報に釈然としないような感覚を得たが、彼なら仕方ないとも思えた。


「とにかく、これからこの町で起こる小さな騒動は、通常時とは違って簡単に拡大していくから、小さいうちに解決していくくらいしか対処のしようがないかな。安全に解決クリアしていくならだけど。」

「こちらから大きな騒動を起こして、元凶の居場所を明らかにさせるという手もあるわね。でも、下手を打てば、町が消滅クリアしてしまうわ。」

「どちらにせよ、今はこちらからアクションは起こせない…かなと思う。」


 大きな騒動を起こさせる手段もないし、手段を手に入れても、沈静化させる手段も講じなければいけないし、今の2人では責任も取れない。

 

 様々なことを2人で話し合ったが、妙案は出ることなく、その晩はお開きとなった。本当は脚がすくむくらいルサリィは恐ろしかった。風が強く窓を叩いて、モンスターが獲物を食わんとがなり声をあげているように聞こえる。胸騒ぎかその日治ることはなかった。




ーーー翌朝。

 ルサリィの思っていたようにしとしとと静かに雨が降っていた。顔を洗い、玄関ホールを通って食堂へ向かおうとしたところで、雨に濡れてその長い髪を下ろして、うざったそうに髪を掻き分けているアンジュに出会った。


「おはよう。こんな朝から外へ出てきていたの?」


 玄関ホールにある時計は朝7時を差していたが、それよりも前に私服に着替えて外に出ていたようだった。


「おはよう、ルサリィ。昨日の夜風が強かったから果物が大丈夫だったか見てきたんだ。」

「ああ、なるほど。どうだった?」

「まだ熟す前の実がかなり落下してしまってた。まだ季節的に新しい実が成るだろうけど、厳しいかも。」

「アンジュは朝からお手伝いしてきたの?」

「そんな見ず知らずの人間に手伝わせては貰えないよ。制服すら着てないし…。」


 身分を表すことができる制服だったとしても、なかなか見ず知らずの人間に田畑を手伝わせるはずもない。アンジュは見回って現状を少し聞いた程度だと話した。


「天候という理不尽な不幸って、やりきれないじゃん。だから、この町ではこれが起因となって何らかの事件が起きるかなと思って見に行ったんだよ。」

「私ったら1人寝ていてごめんね。それで何か起こった?」

「子供が朝から駆り出されて、親子喧嘩していたくらいかな。」

「大丈夫だった?」

「そうだね、きっと大丈夫。」


 親子の問題に口を出せるようなことはなく、少しだけ親と世間話をしていたら、利口な子供は真剣に耳を傾けて最後には自発的に動いてくれたようだ。


「世間話ってどんな?」

「本当に普通の話。どれくらいの被害で、赤字にはならないかどうかみたいなこと。損失額が100シェル下らないとか。」


 王都の工女の2月分の給与に値する額で、すぐにでも死活問題になるとはいかなくても痛い出費だったのには変わりない。両親が他人と内情を話している姿で、子供も思うことがあったらしく、その後喧嘩をやめてお手伝いをし始めたらしい。

 ルサリィが大変だったのだろうと推測して顔を顰めていると、アンジュはルサリィの肩を叩くと、


「着替えたら食堂向かうから、先ご飯食べてて。」


と、階段を上って自室へと向かって行き、ルサリィもアンジュの言った通り食堂へと向かった。




 そして、アンジュはきちんと髪を乾かしてから、食堂へやってきた。ルサリィがよくアンジュの髪を整えることがあった影響で、前よりも綺麗に髪はゆわれている。


「ベーコン、炒り豆、ポテト、ソーセージに目玉焼き、ブレッドもあってめっちゃ豪華。」

「ね。食べ切れるかしら。」

 

 並べられたボリュームのある朝食を見て、思わず口を手で覆った。朝訓練のために起きて動いていたら、スッと食べられたかもしれないが、ただ見回ってきただけのアンジュには厳しい。


「こちらは急ぎませんからゆっくり召し上がってください。」


 その様子を見ていた夫人がさっとやってきて水を注ぎながらそう言って、直ぐに微笑んで帰って行った。雨の音と食器の音くらいしか鳴らない静かで穏やかな空間なのに、胸に巣くう恐怖感で落ち着いてなどはいられない。そんなルサリィの胸中に気づいたのか、アンジュは口を開く。


「天は泣く。その罪を流すために。」

「え、なあにそれ。」

「そんな話なかった?」

「うーん、知らないわ。」

「そっか、誰かが言ってただけかも。」


 不安を抱えたルサリィとは対照的にアンジュは穏やかな様子で、最近見た綺麗な花だとか、大変な訓練だとかを話す。ただ不安を抱え込むルサリィに気を遣っているのかもしれない。穏やかで優しい語り口調、たまに入る堅い表現とはちぐはくな、ナイフやフォークは慣れていなさそうな手つきに不思議な人だなぁと見入ってしまった。


「ルサリィ?」


 ルサリィがアンジュの話を聞いてなかったところで、アンジュがルサリィの顔を覗いた。


「ごめんなさいね、話の途中で。」

「いや、なんか悪い癖があったのかなって。」


 パーティのやらかしの後から始まった、たまに開かれるマナー講座では、カトラリーの使い方にかなり苦労しているらしい。


「いいえ、そんなことないわ。前見た時より綺麗に使えているもの。」

「ありがとう、頑張る。」


 普段泊まるような宿であれば気にする必要なんて全くなかったのだが、この町にはこの妙に格式張った宿しかないから仕方ない。


「食べ終わったら、昨日言っていた通りまた外を歩き回りましょう。一応雨用の外套もあるから。」

「ああ、そうか、あれ着てけばよかったんだ。」

「全く濡れないというのはないけれどね。」


それでも朝のアンジュよりはマシだろう。

 なんとか出されたご飯を全て食べ終え、防雨用の外套を着て二人は並んで宿を出た。晴れていた昨日とは違って薄暗く灰色のような町並みだった。

 出てすぐの宿の裏手にあるゴミ捨て場で猫が騒いだせいでゴミが散乱していたのを見つけて、ふたりで丁寧に戻す。


「軍人がゴミ漁ってらぁ、プライドなんてねえんだなぁ。」


 と、冷やかすガラの悪い連中を後目にテキパキと動き、さっさとその場から離れた。


「ああいうのは困るわねぇ。」

「ああ、真面目で真摯な人ほど悪口そのまま受け取っちゃうよね。」

「あら、じゃあアンジュ受け取っちゃうじゃない。」

「はは、そこまで真摯でもないよ。別にそれでもいいって思ってるだけ。」


 そう話しながら小径を歩く。桶屋がなぜ儲かるのか分からないくらいには、なにが原因で物事が悪化するかなんて誰にもわからない。だから、治安を悪化させる遠因の一つであるゴミの散乱や落書きを放置するのは気が引ける。


「綺麗に見える町だけど、探してみれば意外と落書きがあるわね。」


 五つ目の落書きをアンジュが魔法で消しているのを眺めながらルサリィは言う。


「削って書くタイプの落書きばかりでなかなか直すのが大変。」


 時には廃油のようなもので描かれている時もある。それも簡単には消えはしないが、アンジュは淡々と魔法で消している。アンジュ曰く、上から塗られているものは汚れを浮かしてとればいいけれども、削られている方はヤスリのように周囲も削るしかないらしい。同じように落書きを消す魔法であっても、魔力の動かし方は違うようで、魔力があれば良いというものでもないらしい。


「へぇ…難しいのねぇ。」

「掃除なんて簡単だって思ってる奴は痛い目見るよ。」

「アンジュは掃除の仕方をよく知ってるわ。」

「あー…、うん。多分。そんな感じ。」


 流暢に話していたのに、突然歯切れが悪くなった。どうしたと尋ねても、分からないとしか答えない。誤魔化しているというよりは、自分のことが分からないというのが正しそうだった。


「ルサリィは。」


 と、アンジュは尋ねかけて、そこでやめて話を変えた。


「昨日のような虐めは起きてないかな。」


 雨が降っているからなにも起きていないだけなのかもしれないが、見落としはないかとキョロキョロと見回る。10歳くらいの女の子が雨の中合羽も着ずに、引きずりそうな大きなバケツを抱えているくらいで、他の子はいなかった。


 昼食は偶然に誘われたワイナリーで頂いたくらいで、その日は特に何も起きず、道路の清掃だけで終わった。度々アンジュが魔法を使って綺麗にしているので、面白がって人が集まって、皆で綺麗にして祭りようだった。


 途中、その陽気な姿を見て昨日の複数人から詰られていた彼が睨みつけていた。アンジュが彼に気づくと、彼はきまり悪そうに目を逸らして一目散に逃げ出した。アンジュはその場をルサリィに任せると、持ち前の運動神経の良さで彼を追いかけた。


 ものの数分しないうちに、アンジュは彼に追いついた。


「はあ、はあ、な、な、んだよ。」

「逃げられたから。」

「はあ、こええよ。なんの悪夢かと思ったわ。」


 彼の呼吸が落ち着くまで、アンジュはゆっくりと待ち、話始めた。


「昨日は雨風酷かったけど、大丈夫だったか?」

「それ聞くために追いかけてきたのかよ。」

「これだけじゃないけど。」

「…俺は別に王都のグンジンサマに言うことなんかねえーっつの。」

「俺は聞きにきた。」

「…っぜー、なにをだよ。」

「他言無用でお願いしたいんだけど。」

「…おう。」


 爆速でアンジュに追いつかれて捕まったから、彼は渋々ながら頷いた。


「昨日みたいなことって昔からよくあることなのか。」

「…あるよ、昔から。」

「最近多くなったとかないか?」

「いや、特には。っーかなに?」

「特に過激になったとかもないか。」

「…ねー…、いや、最近ちょっとねちっこい気がする。でも、これがなに。」


 アンジュはそうかと相槌を打ち、彼には少しだけこちらの話をした。


「実は人の心の弱さを狙ってるモンスターがいて、それかこの町に紛れてんじゃないかって。」

「へー、つまんね。それが何の関係があるんだか。」

「心が弱いから、不安だから、他人に対して攻撃的になる。」

「つまり、アイツらもそうってこと?」

「そう。まあ、これ言ったら大体そんなことないって反発するけど。」

「だろうな。でも、弱えってのは分かる気ぃするわ。」


 と言いながら、彼はつまらなそうな顔をする。


「けと、そのモンスターをグンジンサマが倒したところでさ、あいつらのイジメは変わりねーってこったろ。」

「…さあ、どこまでモンスターが影響を及ぼすのかは分からない。」

「あそ。ま、グンジンサマが田舎のしょーもないイジメなんて興味ないわな。」

「確かに、そんなにはないな。」

「はいはい、わかってたわかってた。」

「解決する方法なんてあれば俺もすぐに実践しただろうし。」

「…アンタみたいなトクベツなヤツが?」

「俺は異分子だったから、さもありなんってさ。」

「なにそれ。」

「そりゃ当然だろってこと。」

「ふーん、貴族社会も大変なんだな」

「貴族じゃねえ。」

「へー、ああ、確かに庶民感もめっちゃ感じるけど。」


 ただ少しだけアンジュに親近感を持ったらしい彼はもう少し踏み込んだ話をしてくれた。


「この町の宿屋ってさ、昔は貴族の別荘だったらしいから、無駄に立派なんだよ、この辺が果実酒の名所となったのもその貴族のおかげ。」

「宿屋の説明じゃ、商人の別荘って聞いたけど、違うんだ。」

「商人の一つ前の持ち主だよ。没落して商人が買い取ったのさ。宿屋夫妻は知らねえと思うぜ。外の人間だからな。」


 王都らしい雰囲気を持つ夫妻だったから、外部出身と聞いてアンジュは納得した。


「昔ここら辺は全てその貴族の物だった。この町の人間は全てその家の家臣だったとか。…100年くらい前の話なんてつまらねえか。」

「俺は好きだよ。」

「…なんで?」

「面白いじゃん、キミはそう思わなかった?」

「いや、思ってる。めっちゃ思ってる。」


 彼は今までにないくらい食いついて話し始めた。


「あの屋敷は『赤い家(the red house)』って呼ばれてるんだけど昔は『|レッドの家(Red's house)』だったんだよ。」

「人の苗字だったんだ。」

「そーそー、その変遷が面白いって思って。」


 彼は楽しそうに町の歴史について話してくれた。30分ほど相槌を打ちながら彼のトークを聴いていると、彼は気まずそうに頭をかいた。


「何で、初めて会った人間にここまで話してんだろ。」

「いいじゃん。楽しいし。」

「…アンタがこの町にいたら、友達として楽しかったろうな。」

「そうだね、俺も同い年くらいの男友達はいないから新鮮。」

「女友達はいるんだ。」

「唯一な。」

「羨ましい。」


 ちぇーと口を尖らせて拗ねた様子を見せる。アンジュはははと笑ってから話題を変える。


「こんなに長く話しているのに、キミの名前を知らない。」

「そういや、そうだ。俺はルネ。粉挽小屋の息子。」

「俺はリレイラ村のアンジュ・クラント。今は軍人やってるけど、農家が本業。」

「知らない村だなぁ、何が近い?」

「ラシェルという街が近いよ。徒歩で3時間くらい。」

「それって王都挟んで反対側かー。遠いな。」


 せっかくこうして話せたのにとルネは残念がる。アンジュもそれに同意した。熱心に自分の興味あることを話す人はとてもアンジュも好ましかったから。


「ここら辺にも魔導列車が通ればいいのにな。」

「まどーれっしゃ?それって列車とは違う奴か?」

「列車ってなに?」

「レールがあって馬が引いてる奴。」

「へー、それ見たことない。」

「俺も見たことねえ。爺が、マルセバーンっていう町で見たって言ってた。」

「それが原型だったんだ。魔道列車はレールはあるけど馬じゃなくて魔力で動く方。」

「なにそれすげえ。見てみてぇな。」

「すごく面白い。いくつものパーツがあって、魔術式が動くのと同時にたくさんの歯車や滑車が動くんだよ。」


 ルネもアンジュの話をこんな楽しいことはなかなかないというように聞いていた。その2人の話を割るように、小さな浅くて丸い缶が投げられ、ルネの頭にヒットした。


「おうい、雑魚。仕事サボってんじゃねえよ。」


 投げた相手は、アンジュも見たことがある同い年くらいの少年だ。


「かわいそ、仲間がいないからってよそもんと仲良くしててよ。」


 ギャハハと仲間内で笑っているのを横目にアンジュは彼が投げた空き缶を拾うと、それを粘土のように魔法で捻じ曲げた。それを見て彼らは揶揄う口を止めた。


「人の体ってこれよりやわらかいんだよね。」


 ぐにゃぐにゃとまるで芋虫のように動くそれに彼らは恐怖して脱兎の如く逃げ出した。


「…簡単だなぁ。」

「嘘つき。鉄は人の骨より硬くないぞ。」

「彼らは知らなかったじゃん。それに、こんな薄い板と骨だったら力のかかり具合も違う。」

「…そうだな。知っていたところで熱くもない鉄をパン生地のように捏ねてるやつなんか怖いに決まってるか。」

「食べる?」

「んなわけねーだろ。」


 アンジュはしばらく考えた後、そのこねたものを一つの形にし、ルネに手渡した。


「いる?」


 それは小さなナイフで、ちょっとした料理には利用できそうだった。


「記念に貰っておく。魔法ってこんなに便利?偶にそういう話も聞きかじるけど、その時はそこまで思わなかったぜ。」

「便利じゃないよ。王国軍に強制的に加入させられるから。最近は大分開き直って使いまくってるけど、そろそろ痛い目見そう。」

「分かってるならやめときゃいいのに。」


 ルネが呆れているのを、アンジュは小さく笑う。


「ま、アンジュなら何かしらの意図があるのかもしれねーけど。」

「ルネはいい奴だなぁ。」

「気が合う奴にはな。」


 目的も忘れて話し込んでいたので、時間すら気にかけていなかった。遠くでルサリィがアンジュを呼ぶ声を聞いて、アンジュは極まり悪そうに情けない声を上げた。


「忘れてた、戻らないと。」

「俺もそろそろ戻らんと親父にドヤされる。あ、そうだ、とっておき。」


 と、最後にルネは宿屋にまつわる一つの噂を教えてくれた。


 レッドの家から「赤い家」になったと言われる最大の要因として陰で言われている話。当時の当主であるミスター・レッドが惨殺されたという。しかし、そこが貴族の館であったのはとうに昔の話で、面白おかしく脚色された可能性の方がルネとしてはあり得ると話した。


 



 






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