14話 赤い家①
アンジュ・クラント(16くらい) 魔法が使える不思議な少年 10歳以前の記憶がない
ルサリィ・ウェンディ(23) 風使いのきれいな女性 6年前に軍に所属した。
自分は水に飲まれたはずだったのに、何も濡れていない自分自身の身体を見る。
「ちょっとぉ、あんた自分勝手な行動して死にかけているのはどういうことなの?」
怪我を負った猫を非難する甲高い少女の声が頭にガンガンと響いてくるが、なけなしの力でふっと笑う。
「へえ、アンタが僕を助けてくれたの?珍しいね。」
「残念でしたぁ、風のうわさであんたが死にかけているって聞いて、あの子に面白いことになっているって言っただけよ。」
少女が、ね、と呼びかけると、マントを来た少年が驚いて肩を揺らした。
「『なんとかなあれ!』っていったらこうなっちゃっただけだよ。」
「…ホント君の力は未知数だね。」
魔術師ってそんなに荒唐無稽なことがあっただろうかと、猫は首を傾げた。
「まあ、今回ばかりは感謝するよ。タラリアにこんな体たらく見せるわけにはいかなかったからね。」
「タラリアタラリアって。もう少し竜王様に首を垂れたらどうなの。」
少女のきゃんきゃん吠える文句に、不敵な笑みで返し、その場を離れた。
「こんの馬鹿猫――!」
―――――
しばらくぶりの煙の街、王都へと戻ってきた5人だったが、軍上層部に竜の一族を取り逃したことに関しての嫌味を受けた。
上層部の誰一人として、竜の一族と相対したことがない癖にと心の中で罵りながら、次こそはと意気込むのだった。
様子がおかしかったアンジュは、あの日の翌日目を覚ました時には通常のただの不思議な少年に戻っていた。それから、ンヴェネはきちんと聞き取ることができて報告書に起こしたのだが、ヤナ長官はく苦い顔をした。
「サンセット・ブリッジはいつもそうだな。表立って敵対することは無いが、いつも王都に誠実ではない。」
と、言われても、一介の兵に過ぎないンヴェネはただそうなんですねと同意の言葉を投げる程度のことしかできない。
「昔王都から逃げ、あの街で死んだ魔術師というのは。」
「そのような記録はこちらでは残ってはいないんだ。あの時代は魔術師は珍しくなく、王都の半分くらいは魔術師だったと言われるくらいだ。そのうちの1人が、なにかやらかしをして死んだだけではないのか。」
あの街で愛されていたという魔術師の記録は、この街では抹消されてしまっていた。あの街では大切なものであっても、王都では大したことではなかったのだろう。
ンヴェネがそう考えていると長官から告げられた任務で、顔にこそ出なかったが、ふざけるなと心の中で叫んだ。
~風の町 ヴェイン~
「ルサリィと新入りくん、任務だってさ。」
五星士の人間たちで、剣の稽古をしていたところ、不機嫌な様子のンヴェネが長官の元から帰ってきた。
「ルサリィとアンだけ?少しだけ不安なんだけど。」
ウィルは二人の力を信用していないわけではないのだが、アンジュの剣は単独で行動できるほどのものではなく、魔法のことを鑑みれば後衛よりの人間であるし、五星士最強とも言われるルサリィも大技こそあるものの、あまり小回りきく力はなく後衛のようなものだから、ウィルはバランスが良くないのではと思うのだった。
「…大したことは起きてないし、モンスター討伐というものでもないらしいんだよね。」
「あら、かなり変な仕事みたいね。」
「そう特に何にも起きてないんだけど、特に何も起きてないのに不穏な雰囲気が広がっている、という今まで以上に本当によく分からないんだ。人智を超えた力を持つ二人が見に行って、王国にはこんな力を持っているよ、不安にならなくていいよ…みたいな慰安目的の任務。プラス王都は田舎だろうと見捨てないというアピールでもあるから、実質広報だよ。」
「ええ、怖い話だ。」
「まあ、なにかあったら見せびらかすように魔法や風を使ってくれっていう感じ。」
ンヴェネの説明に不思議そうにしているウィルやアンジュとは違って、かなり曖昧な仕事として始まったこの任務に、ルサリィはいつも以上に顔を引き締めて気合を入れていた。
「なにかある?」
アンジュがボソリと尋ねると、ルサリィは少しだけ驚いた様子を見せながらも、すぐににっこりと微笑んだ。
「大丈夫よ、心を強く持った方が良さそうと思っただけ。」
「ん、俺も気をつける。」
一抹の不安を残しながら、二人は濃紺の制服に身を包み、馬車は走り出した。それをウィルとンヴェネは心配そうに見送る。運悪くクルルが神獣として行かなければいけないところがあると凄く不機嫌そうに王宮を出てしまったこともあって不安は増えるばかりである。
「1週間は向こうにいるのか、大変だなぁ。」
「ルサリィの心労を察するだけで僕は胃が痛くなってる。」
それは嫉妬もありそうだが。
ルサリィとアンジュが降り立った所は、山間にある小さな町だった。果樹園が多く、宿はあると聞くが、他の町の人間が多く立ち寄るような町ではなさそうだった。
「夏なのに結構寒いなぁ。」
「ここら辺は夏でも寒いわ。でも、冬もそこまで気温は下がらないの。」
「へぇ。」
「ただ昼と夜の寒暖差は結構あるから、寝るときは気をつけてね。」
「詳しいね。」
「何度か遊びにきたことがあるのよ、ここら辺は。」
「ここに?」
「ええ、私はもうちょっと大きい宿場町に住んでいたんだけど、そこで宿屋で働いていたの。ここの果実酒が美味しいから、よく手伝いで一緒に買いに行ったのよ。子供だったから、飲んだ事はないんだけど、ずっと飲んでみたかったなぁと思い出したわ。」
「そうなんだ。今日は少し飲めるといいね。」
「ええ、そうね。」
静かな小さな村には、いくつか風車があってくるくると静かに回っている。それを見たルサリィは微笑んで振り返る。
「アンジュ、風車のお話知ってる?」
「それは騎士物語?」
「ふふ、そうよ。」
「風車と戦ってみる?」
「あら、私勝てるかもしれないわ。」
「迷惑だなぁ。」
「なら、止めておくわ。」
2人で和やかに話しながら、周りを見たけれども、特に何も変わった様子はなかった。
「昔と変わらず静かな町だわ。」
「ほとんど傾斜になっているから、ふもとの町がきれいに見える。」
「ええ、素敵よね。」
道のほとんどが傾斜の街は足腰が強くなりそうだ。
「任務が終わったら、ルサリィの町少し寄ってく?」
アンジュも故郷のリーラを思い浮かべながらそう尋ねると前を歩いていたルサリィの足が止まる。
「寄らないわ。」
いつも優しいルサリィの声とは思えないほどに、切り捨てるような言い方だった。けれども、アンジュは言葉以上の思いを受け取ることはせずに、「忙しいしな」とだけ返した。
「聞かないのね?」
「何か話したい?」
「ううん。…それが嬉しいわ。でも、もし私が話したくなったら聞いてくれたりする?」
「ルサリィがそれを望むなら。」
言葉を額面通りに受け取るその冷たいとも思える態度に、ルサリィは安堵した。
しばらく二人並んで歩いてみても、五星士の制服を見た町人たちが、にこやかに、でもどことなく緊張した面持ちで挨拶するくらいで、何もない。しかし、それは見慣れない軍人に対する態度を超えるものではない。
「先に宿でも行ってみる?」
「そうだね。移動も疲れたし。」
この町唯一の宿屋と言うのは、とても立派なものだった。かつての豪商の別荘だったらしいそれは、白い土壁と赤い煉瓦の屋根の可愛らしい作りになっていて、大層に整えられた庭は季節の花が今が盛りと咲き誇り客人を迎えていた。
木の扉を開くと、吹き抜けの玄関ホールと凝った造りの階段が出迎えた。
「いらっしゃいませ。」
スリーピースのスーツを着込んだ紳士と、薄紫の品の良いアフタヌーンドレスの夫人が2人を出迎えた。その夫人の後ろで8つぐらいの女の子が隠れながらも、夫人に合わせて挨拶をする。2人は内心では面を食らいながらも、それをおくびにも出さず、歓迎を受け入れた。
それぞれの部屋に案内された後、ルサリィはアンジュの部屋を訪れた。
「ここの宿に泊まった事無かったけれど、驚いたわ。」
「そうだね、驚いた。」
ルサリィとアンジュは声をそろえる。
「品が良すぎる。」
お互いが全く同じように感じていたようで、安堵と共に笑いが込み上げてくる。
「アンジュもそう思ったのね。確かに果実酒の産地としてはそこそこ知られてはいるけれど、そこまで裕福な町ではないし、そもそも、それほど観光客なんてそんなにいないのに、宿が立派だわ。ただ建物以上に。」
「旦那さんと夫人の出迎えが付け焼き刃のマナーじゃ無かった。」
あのパーティーでンヴェネに怒られた後、ヤナ長官に任務や訓練の合間を縫ってマナー講師を呼ばれて練習させられているからよく分かる。あの人たちはアンジュのような不恰好な形ではなく、先生のような洗練されたものがあった。
「まるで豪商が使う王都の宿のようだったわね。」
「俺は場違いな宿来てしまったと思った。」
受けたことのない歓待にどぎまぎして、今でも落ち着かない。
「そうね。…町に不穏な空気が漂っているという話だったけれど、今のところ何も見つけられないわ。」
「元々曖昧な情報しかなかったし、そんなもんなのかな。」
「サウスポートの時はどうだった?」
「あれは偶々泊まっていた宿屋の従業員が犯人で、異質な魔力があったからすぐ分かったよ。」
不穏だとはいうものの、ここに殺人事件があったとも聞かない。2人が頭を悩ませていると
どんどんどんどん
何度も扉を叩く音がして、人の怒鳴り声が響く。
「おい!いんのか。」
物々しい音に驚きつつも、立ち上がったルサリィを制してアンジュはドアチェーンを付けたまま扉を開いた。
「なんです?」
「おい、テメェか!俺の財布を盗んだのは!」
そこにいたのはすこしくたびれた細いストライプが入った黒いスーツに黄ばんだ白いワイシャツを着た男だった。タイはしてはいない。
「あなたは誰ですか?」
「俺の話を聞け!」
「僕らはあなたのこと知りませんし、勿論あなたの持ち物なんて知る由は無いです。」
これは厄介だと思ったアンジュはなるべくなるべく丁寧な言葉を心掛ける。
「僕の名前はアンジュ・クラント、王都から来ました。貴方は?」
「オリバー・グレイ。テメェが隠してんじゃねえよな。」
「隠してないです。」
がんがんと戸を蹴り破ってやろうとしている男に埒があかないと、ドアチェーンを外して不意打ちで勢いよく開け、男はタイミング悪く部屋の中に倒れるように転がる。何をするんだと叫ぶ男の目の前に剣を突きつける。
「はじめまして、紳士のオリバー・グレイ。落ち着いてもらえるか?」
頭に血が上った男も目の前に剣を突きつけられると、ひっと声を上げて縮こまった。
「落ち着く!落ち着くから!」
「助かる。」
王国軍の制服を視認した男は、しまったという顔を真っ青にした。
「君の財布はどんなもの?」
「茶色の皮の袋だっ。」
「最後に見たのは?」
「散歩に行く前の自室でだ!…確かに背広のポケットにしまったはずなのに、戻ってきたら無くなってやがった。」
彼の被害の認知が歪んでいるようで、あまり説得や問い詰めるものは意味がないと悟り、アンジュは剣をしまうと、
「俺らは知らない。でも、見つけたら、すぐ君に渡すよ。」
と、なだめてから男を帰らせた。
ルサリィに災難だったねと声をかけても、ルサリィから返事がなかった。
「ルサリィ?」
「え、あ、ああ、ごめんなさいね。なにかしら。」
「彼は変な様子だったね。」
「ええ、…本当ね。」
ルサリィの言葉のキレがなくて、アンジュは首を傾げた。恐ろしくて言葉が出てこないということ自体は普通のことではあるが、6年も五星士として働いている軍人が、こんなことで狼狽えるものだろうか。
「変な人だったけど、ルサリィは何か気づいた?」
ルサリィは、眉を顰めながら、呟くように話し始めた。
「あたしが…17の頃、あたしの街は壊滅状態に陥ったのだけど…、似ているの。あの、混乱が始まろうとしていた日に。」
「6年前、王国軍に入ったっていう。」
ルサリィの住んでいた町は無くなった訳ではないが、壊滅状態に陥り、今も尚、かつての華やかな宿場町とはほど遠い状態であるとルサリィは話した。
「あたしの町もね、ここ最近嫌なことが増えたなっていうところから始まったのよ。でも、凄く警戒することはないようなそれくらいのこと。」
町の落書き、ちょっとした往来での喧嘩、ゴミの散乱。大きな問題ではなく、嫌だと思うことがいつもより多いなと感じた矢先、ある食堂で「財布が盗まれた」と騒いだ人間がいた。いつもならそこで宥めて、何人かが探してあげて話が終わるのに、その被害者だという人間が、やたらめったら騒ぐのだ。お前が盗んだんだろ、と行く先々で声を荒げた。最終的に財布は往来に落ちていたのを運良く心優しい人間が拾い、元の人間の元にそっくりそのまま戻ってきたのだが、その辺りから少しずつ町は狂っていった。仲の良い夫婦として町で有名だった夫人が夫の不貞を咎めて夫を刺殺したり、強盗事件が起きたり、ホームレスが暴行され殺されたり、強姦殺人事件が連発したり、その不安定な状況から救われようと怪しげな宗教や薬物が蔓延したりと、まるで戦争後の混乱状態になった。そしてその最後に起こったことは、町の自警団と新興宗教の集団との大きな内戦、つまり、住人同士での殺し合いである。
遠い昔ではないのに、ルサリィは当時の記憶がそれほど残ってない。新興宗教の勢力側が毒の兵器を使うという噂が広がった。ルサリィもどうにかして止めないとという感情があったことは覚えているが、何が起きたのかをはっきりと説明はできない。気がつけば、そこにいたのはルサリィがポツンと1人で座り込んでいて、マントを着た金髪の少年が手を差し出してくれたことだけだった。
―――大変だったね。よくこの『悪い風』を止めたよ。
ルサリィの事を労い、褒めた。ルサリィは混乱して呆然としてしまったが、内乱の話を聞いて駆けつけた王国軍にルサリィを連れて行き、彼が見たルサリィの話をした。
―――彼女は昔この土地に住んでいた風の民の末裔で、その力によって不和を司る神の力を跳ね除けた。王国にとってきっと役に立つよ。
その説明を受けても勿論直ぐに王国軍が信じたわけではないか、見せてみろと言われて、確かにルサリィは風の力を使えるという事を理解とまではいかないが、身近なように感じていて、手を動かすように風を動かしてみせた。
なんだその力はと王国軍が騒いで、ルサリィからまた少年に注目が向かうと、いつのまにか少年はそこにはいなかった。
そうして、ルサリィは王国軍に保護されるように迎え入れられた。
「その時にね、右目にこの紋章が出るようになったのよ。」
ルサリィは右手で前髪をかきあげ、右目でアンジュを見る。そこにはいつも見えている左の緑色の目とは違い、ルサリィの前髪で隠れた右目は赤く、風が吹いているような絵柄の紋章があった。
「見えてる?」
「最初はちゃんと見えていたんだけど、前髪で目を隠しているうちに、かなり見えなくなってしまったわ。全く見えないわけじゃないわよ。」
ルサリィは再び前髪を下ろすと、震える体を抑えた。
「曖昧な『不穏』とさっきのあの人な様子が、どうも私にはあの混乱を思い出すのよ。」
「…確かにすごく怖い状況だ。」
ルサリィはその時助けてくれた少年とアンジュはとても酷似していると思うのだが、ルサリィの話を聞いても、アンジュは何かを思い出すそぶりはなかった。
「その力が原因だとして、原因の神獣もしくは神獣の眷属かを見つけたい…けど、人間かどうかも定かじゃないし。」
「そうなのよね。…アンジュはその変な力って見つけられないかしら。」
「なるべく意識してみるけど、その力って、なんというか、わかりづらそう。人の意識の裏にじわりじわりと効いてくる感じがするなぁ。少しずつ多くなったというあたりが特に。」
「…二度とあんな疑心暗鬼で不安な状態はごめんだわ。」
アンジュには根拠のない大丈夫という言葉は使えず、うんとただ弱気に答えるだけだ。漠然とした恐怖に、対抗する方法なんてない。
「夕飯まで、また外を歩いてみる?」
「そうね、歩きながら考えたほうが思いつくかも。」
宿屋の食事の時間は午後7時からで、まだ3時間ほどは余裕がある。そんなことを口にすれば、ルサリィはそういえばと首を傾げた。
「アンジュは時計が読めるのよね。王都には大きな時計台があるし、ちゃんと鐘が鳴って時刻を教えてくれるけれど、あんまり農村部だと読めない人が多いって聞くわ。」
「時計?読み方くらいは知ってるけど…、ああ、そういえばラシェルの人もそれを馬鹿にしてきたな。リレイラの連中は時間も読めない怠け者だってさ…。でも、時計なんてあの村においては全然必要ないから。」
「私はそれで結構苦労したわ。午後3時までに届けてねって言っても、なかなか守ってくれたためしがないもの。」
「はは。そうだよなぁ、ちょっと大きな町の宿はタイムスケジュール決まってるって言ってた。だから、俺が野菜届けに行ってたもん。」
「私の宿もアンジュに届けてもらったらあんなに苦労しなかったのに。」
「俺もすごく時間ぴったりじゃなかったよ。時計なんてないから、朝早めに行くくらいしか対応策なくてさ。」
「アンジュって結構村以外でも知り合い多いの?」
「ああ…ラシェルには知り合いが多いかも。それなりに大きい街道の街だったから、リレイラほどよそ者嫌いではないし。」
自給自足で足りない部分は、その街で売買して対応はしていたから、サンセット・ブリッジでシュゼットのおばあさんに話した通り、リーラが今一人で過ごしているのは心配がおおい。もちろん、全員がお互いをよく知る田舎の村だからいろんな人間が彼女のことを気にかけてはいるだろうと分かってはいてもだ。
「ふふ。アンジュの話聞けるの楽しいわ。」
「そう?」
「ええ。私ったら、アンジュは畑耕して、森で遊んでそうなイメージしかなくって、本当はもっといろんなことをしていたって聞くと尊敬しちゃうわ。」
「それも全然間違ってない。街に行くのは週に1度くらいだったし。ルサリィは?」
「宿屋で?お部屋を整えたり、ご飯を作る手伝いをしたり、それくらいしかないかしら。この町に果実酒を買いに行くのを手伝っていたけど、月に1、2回くらいでね。私はお父さんと一緒に行ってたけど、アンジュは一人?」
「そうだね、俺は1人だった。そういえば、女子供は1人で村の外に出るなって言われてたっけ。」
「危ないものね。1人で探検しようとしたら、よくお母さんに言われたものだわ。外に行くのなら町の男性を付けなさいって。」
「うん。リレイラもそうだったな。」
ルサリィは、懐かしそうに頷いた。今でこそルサリィは強い人ではあるが、かつてはただのか弱い町娘だった時もあるのだ。
「ルサリィは、王国軍に入ってかなり苦労した?」
「そりゃあもう。私は武術のぶの字も知らなかったから。最初の筋トレで根を上げてしまったわ。」
「確かに、…あれは辛いな。」
「それでも、私はあの町を二度と繰り返したくないって言う思いと…軍での知人を幾人か亡くしているから、今度こそは守りたいって思って続けられるけど、アンジュは、やる気を保っていられるのは?」
「そんな難しいこと考えたことないよ。頼まれたからやってる。」
「その為に命を懸けられる?」
アンジュは、経験がないせいか任務毎に軽傷では済まない程度の怪我をしている。それでも普通に仕事としてできているのは、治癒魔法が使える魔法使いだからでしかない。
「ええ…ううん、命懸けたことはないけど。」
「…後悔しないかしら。」
ただ頼まれただけという理由で死ぬかもしれないのにとルサリィは尋ねると、精神性が幼いせいかあまり理解できてなさそうに、
「うーん、するかあ?」
と、首を傾げた。
2人が懐かしい話に盛り上がりながら、町を歩いていると楽しげに遊んでいるアンジュと年が近そうな少年たちの声が聞こえる。しかし、話している内容に耳を傾けているとあまり面白くない話だった。
「このくず、消えろ。」
「気持ち悪いんだよ。」
耳を塞ぎたくなるほどの罵詈雑言に、2人は思わず会話を止めた。
「こら貴方たち!」
「うわ、腰弱軍人が来たぁ、逃げろー。」
ルサリィが声を荒らげると、一応王都軍人に対する侮辱の言葉を投げるも蜘蛛の子を散らすように逃げていった。どこにでもああいう輩はいるだろうなと思いながら、2人はため息をついて、ルサリィは頬にあざがある少年に優しく声をかける。
「貴方、大丈夫?」
「っせ。うゼェ。」
少年は舌打ちをし、ルサリィが差し出した手を叩き落として、ヨロヨロと立ち上がり去っていった。
事情も知らず勝手なことをしたとルサリィは落ち込んでいたが、アンジュは首を振った。
「傷つくのに慣れてて、優しさが分からなくなっただけだよ。」
「ありがとう、アンジュ。」
ルサリィもアンジュも所詮はこの町に長期滞在しない王都の人間だから、根本的な解決にはならないのは分かっている。それでも、目の前の人間が苦しんでいることをルサリィは見ぬふりをすることはできなかった。それがエゴだとしても。
雲の向こうに太陽が沈んでいき真っ赤に空が染まる。
「明日は雨が降りそうね。」
西の空を睨むようにそう呟いた。




