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星の泉  作者: 詩穂
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12.5話 悪夢

ルジェロ・ビトレーイ(7)木こりの少年

 ルジェロ・ビトレーイは、新人の言う通り山奥の林業を中心とした村で生まれ育った。不幸なことに、ルジェロが物心つく前に両親を病で失い、しかし、幸いなことに親切な隣人の家で引き取られて育った。

そこの家族にはルジェロとは5つほど年の離れた娘が一人いた。名前はティティと言って、彼女はルジェロを実の弟のように可愛がってくれていたので、当然ルジェロも彼女を姉のように慕っていた。よく彼女の後について歩いていたので、村の中でもアヒルの親子とからかわれていた。

幼いころのルジェロは人見知りだったが、ティティの前ではとにかく腕白少年で怪我もよくしては泣いて、慰めてもらっていた。

その日もまたルジェロはティティの父親と森で仕事のお手伝いをした後、大きなカブトムシを捕まえてティティのもとへと駆けていったが、木の根ですっころんで泣いてしまった。手に持っていたカブトムシはその隙に空へと逃げていった。それがまた悲しくて泣きわめいていたのを、ティティは優しくルジェロの頭を撫でてくれた。


「悲しかったね、ルジェ。」


 ぐずぐずと泣いているルジェロはティティに撫でられている間に眠ってしまった。その日は夕飯も取らず、そのまま寝てしまったのだが、早く眠ったせいで夜に目が覚めてしまった。しんと静まり返った家の中がさみしく思いつつも、とても月が明るく照らしていたので不思議と怖くはなかった。家の中よりも外のほうが明るくて、月に誘われるように家からそっと抜け出した。

 カブトムシを捕まえに行こうともう一度森のほうへ向かった。林業を生業としている村だから、森はとてもきれいな状態で保たれているし、いくらでもわかりやすいように目印がついている。7つになったルジェロだってそれを見つけて帰ることくらいできるのだ。怖さなんてないと意気揚々とルジェロは奥へ奥へと進んでいった。

 フクロウのホーウホーウと鳴いている声がやけに大きく聞こえる。宝物を探す海賊のように、陽気に歌を歌っていたが、はたと見たことがない場所にいることに気づいてルジェロは立ち止った。


「え、ここ、どこ。」


 気づけば雲が月を覆い隠し、明るかった道がいつの間にか暗闇に包まれていた。ルジェロは周囲を何度も見まわすが、よく見えない。それ程遠くない場所で獣のうめき声が聞こえる。


「う、うわぁぁぁ。」


 ルジェロは闇雲に走った。前など見えなかった。

 一心不乱に走っていたが、何かにぶつかった。木というよりは柔らかく、獣というよりはフサフサしていない何かだ。ルジェロは恐怖に陥りながら、おもむろに顔を上げた。

 そこにいたのは人だった。銀色の柔らかい髪の毛は月のように鈍く輝き、同じ色の瞳は刃物のように鋭い、美しいかんばせを持った男だった。何よりも特徴的だったのは額から両目の下の頬まである赤い線の化粧だった。人間の形をして、人ならざる者のような容貌を持ちながら、男は村の男たちと同じような乱雑な口調で、軽くルジェロに声をかけた。


「よーう、坊主。こんな夜更けに村から出てなにしてんだ?かわいい女の子とのデートか。最近の子供は早熟だねぇ。」


 とても気安くニカっと笑う様子に、ルジェロは安堵した。人見知りだったルジェロはすぐに声を出すことはできなかったが、首を動かすことはできた。


「まー、偶には家を出たくなることっていうのは誰にでもあるよなぁ。」


 男はルジェロの頭をがしがしと撫でる。


「…カブトムシ。」

「カブトムシぃ?まあ、昼間はいねえもんな。」


 男はあたりを見回すと、何かに気づいたのか木のほうへ手を差し出した。すると、どこからかカブトムシがぶーんと飛んできて男の掌の上にとまった。


「え?」

「ほらよ、坊主。おトモダチだ。さっさと帰れよ。」


 男はルジェロの手にカブトムシを差し出すと、ルジェロの背を押した。ルジェロが戸惑っていながらも、そのまま駆けだした。30ヤードほど離れた後に、ルジェロがそちらに振りかえると、男は笑っているように見えた。不思議に思いながらも前に向き直ると、


「ルジェ!」


 聞きなれたティティの声が聞こえた。


「ティティ!」

「もうどこへ行ってたの!」


 ティティはルジェロを抱きしめた。


「さっき、知らないおとこのひとが…。」


 もう一度振り返るとそこには誰もいなかった。ティティに呼ばれる直前までルジェロの後ろにいたのに。


「え、まさかゆうれい。」

「きっと森の神様だよ。さ、帰ろ。」


 気づけば、ルジェロも知っている森のしるしがある場所だ。ティティの手を取って村に戻ろうとした。


「…なんか、赤くない?」


 村の方向がいやに明るい。太陽が昇ってくる時間でもないし、太陽が昇ってくる方向ではない。


「え、あ、ちがう。」

 二人は手をつないだまま駆けだした。少しずつ温度が上がってくるのが分かる。そうだ、この明るいのは。


「むらがもえてる…。」


 そうして認識してから聞こえる逃げ惑う村人たちの声。

「いやあ、助けてぇ!」

「いたいよ、いたいよぉ。」

「だれか、だれかぁぁ。」


  そこから何が起きていたのか、幼いルジェロには理解できなかった。走って両親を探すティティの後を必死に追った。もはや幼いルジェロの許容量を超え、その周りにあるものを認識することが不可能だった。何が人で、何が物で、何が熱を発しているのだろう。

 ティティが何かを叫んで、ルジェロの手をつかんで一目散に駆けだした。ティティの目には、同じようにルジェロを探していた父親の首と腕が映っていたのだが、ルジェロには終ぞ認識することは無かったし、その後、思い起こすことなど大きくなったルジェロにもなかった。ティティもまたその握りしめたルジェロの手以外信じるものなどなくなっていた。

 夜、燃え盛る山奥の村。唐突に行われた虐殺。誰が、何のために、何を起因として起こったのか、誰も知らない。誰もわからない。

 二人は森の入り口にまで走ってたどり着いた。


「てぃ、てぃ。」


 ルジェロは、煤に汚れたティティの顔を見つめた。ティティはルジェロの顔を覗き込んで、顔を青くした。


「ルジェ、この影に隠れていて。お水持ってくるから。」


 木の陰にルジェロを座らせて、絶対に飛び出してはいけないと言い含めると、彼女は燃え盛る村のほうへと駆けて行った。

「…、てぃてぃ。」


 ティティが消えた方向を見やっていると、そこには燃えている火の明るさで強く人影を映していた。体格からしてティティではなく、大人だ。その影は慌てている様子もなくその燃える村を眺めているのが明らかにおかしい。

 ルジェロの手に握られていたカブトムシがその人影の方向へと逃げて行った。ルジェロは自分の手の信じられないように見たが、おかしいのは自分の手ではない。

 自分の影の上に、重なるように影が映る。恐る恐るその影の正体を見た。


「ふ、ざけんな、なんで、おれたちのむらを。」


 銀色の瞳、銀色の目、すでに一度見たことがあるのだが、男は惚けていた。


「あー、まだ生きてる奴がいたか。」


 ガブトムシを掌で遊ばせながら、ルジェロのことなど知らないような素振りをしている。


「…んで。」


 ルジェロが見つめていた反対側からもう1人黒髪の男が現れる。


「アナンタ様が早く帰りを待ってるのだから、さっさと始末すればいい。人で生きていくにはこの少年には耐えられないでしょ。」


 殺されるのだ。

 理由は分からない。

恨み?村人全員が犠牲になる程の恨みだったのか。

銀色の男は一度ルジェロから目線を外し、燃え盛る炎を見る。


「お前には分からないかもしれない。」


その目に映るものはなんなのだろうとルジェロは睨みつける。


「ルジェ!」


 どうにかしてコップを見つけたティティが、ルジェロと銀髪の男との間に滑り込んだ。


「もう1人、生きてる奴いたか。」

「やめて、殺さないで!」


 必死に懇願するティティをその双眸は冷たい。


「お前たちには、住む家も財産も、庇護する親もいない。ここで俺たちに殺されなくても、どうせ人間社会に殺されるぞ。」

「お願い、助けてください。」


 ルジェロを抱きしめる細い腕が震えていた。それでも、ティティは懇願を続けた。


「そこまで言われちゃあ、願い事一つ聞き入れてやろうか。」

「え?」


 もう1人の黒髪の男が、それに驚いて素っ頓狂な声を上げた。


「俺もたまには人の願いというのを聞き入れなければいけねえかなってさ。」


 助かるのだと安堵したのも束の間、男が提案したのは残酷な選択肢だった。


「俺がこの場で殺すのは1人だけ、自分かその少年。さあ、どっちがいいな、お嬢さん。」


 ルジェロは地面を見た。


「ルジェ。」


 ティティはルジェロを抱きしめて謝った。


「ごめんね、ルジェ。」


 ルジェロは、ティティのスカートをにじり締めながら、歯を食いしばる。


「ルジェロを、この子を助けてください。」


 ルジェロは顔を上げ、ティティに抱きついて首を横に振る。


「凄いな、お嬢さん。」


 男は、初めて慈悲深そうに笑い、簡単にティティからルジェロを引き離すと、


「その願い、聞き入れよう。」


 ルジェロの目の前で、彼女の身体を半分に切り捨てた。


それ以降何があったのか、男の腕の中で気絶したルジェロは知らない。



激動の一夜を終え、ルジェロが次に目が覚めたら、一人で王国軍のテントの中で治療を受けていた。ティティやティティの家族を探すが、見つけることはできなかった。なぜなら、すでに村人たちは判別などできないほど焼けてしまっていたのだから。

 必死に探し回っていた幼い子供を王国軍の人間はかわいそうに思い、静かに見守っていたが、疲れて立ち止まったルジェロに、これは竜の一族の仕業だと告げた。


「…ぜったい、ころしてやる。」





 朝早く飛び起きたルジェロはそこが宿舎ではなくサンセット・ブリッジの宿であることに気づくのに暫くの時間を要した。


「また魘されてたよ。」


 五星士のリーダーのンヴェネに、返事をするのが億劫で、ああとだけ返した。

 あれからもう11年経っているが、何故あの村が彼らによって殺されたのか、何にもわかっていない。

 あれは残虐なテロリストたちの気紛れで起きたとしか思えない。


「ひどい顔だ。ゆっくりあったかいものでも飲んで、すこしは心を落ち着かせておきなよ。」


 リーダーはそういうとルジェロを一人部屋に残して去っていった。



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