11話 サービンエルフの卵
アンジュ・クラント(16) 不思議な少年 主人公 魔法が使える為軍にきた。
ウィル・ザ・スミス(19) 寄宿舎のアンジュの同室者で面倒見のいい兄さん。
ウィルがンヴェネと任務から帰ってくると、談話室で第2師団の兵たちとアンジュがと仲良さそうに話していた。それまで五星士の人間以外とは全く話す様子もなかったから、ウィルがいない3日の間で何があったのだろう。
アンジュはウィルが談話室に入ってくるのを見つけると、ニコリと笑った。そんな笑い方も初めて見て誰だコイツと思ったのは仕方ないことだ。第2師団の連中も在籍の長いウィルには殆ど見知った顔ばかりなので、その輪の中に入っていった。
「なんか楽しそうだけど何の話?」
「それがよー、アンジュがくそヘタレ野郎だから、どうにかしようぜっていう話だ。」
彼らがアンジュと仲良くなり始めたのは、アンジュがミルフィーからの手紙を受け取ったところから始まるらしい。それを偶然近くで見ていた男が、からかってアンジュから手紙を奪った。
「おいおい新人、なんだラブレターか?」
男は、慌てふためいたり、真っ赤になって訂正したりするところを見たかったのだが、アンジュは静かに告げる。
「故郷に残した大切な幼馴染からの手紙です。文字の書けない母に代わって、様子を教えてもらう大事な手紙なので、どうか返して欲しい。」
予想を裏切ったその様子に戸惑ったのは男の方だった。偶然通りかかった彼の上司である第2師団団長がその様子を見て
「アル、みっともない真似は止めろ。手紙を返し、彼に謝罪しなさい。」
と、静かに諭すと、彼は恥ずかしそうにアンジュには手紙を返し、小さな声で謝罪した。アンジュは謝罪を受け入れて微笑みを持って恥ずかしそうに告げる。
「…許すから代わりに一つ相談してもいい?」
と、幼馴染ミルフィーへの恋心の話を彼に相談すると、あれよこれよと第2師団のお節介焼きが集まってきて話すようになり、彼らもアンジュの誤解や偏見がなくなって、休憩時間が合えばこうして話すことが多くなったのだという。
「ちょ、俺にも聞かせてくれよ、アン。」
「無駄無駄ー。永遠の片想いマンにいいアドバイスなんてできねえよ。」
「うっせえ!永遠に片想いで悪かったな!」
第2師団の連中にやいのやいのとウィルが言われる中で、アンジュは悪ノリはしなかった。イザヨイの滞在期間、彼女からうんとウィルの良いところを聞かされていたからだった。お互いに自分を形成する譲れないものがあったから一緒になれなかっただけだ。
「ってか、アンが尻込みする必要あんのか?ちょっと話聞く限り、ミルフィーちゃんもアンのこと好きそうだけど。寧ろアン以上にミルフィーちゃんの方が好きそうじゃん。」
アンジュは苦笑する。他の第2師団の男が話し出す。
「いや、ほんとただのヘタレだと思うんだけど、ミルフィーちゃんに釣り合わないみたいなことを言ってんだよな、コイツ。」
「この年頃の女の子は結婚前提だろ?特に農村部だしさ。そんでもって、ミルフィーちゃんは村長の一人娘で跡継がなきゃいけないから、自分には難しいってよ。でも、別に地主でもなんでもない家庭だぞ?そんな家より五星士、しかも魔法使いの嫁の方が絶対にいい暮らしできるって俺たちが話しているんだけどさー。」
「ああ、そういえばそう言ってた。…それは…、それを理由にイザヨイと付き合えなかった俺には確かに難しいな。」
「アンジュの場合、相手の親を納得させることできそうじゃん。」
な、と背を叩かれるアンジュは浮かない雰囲気で、切り替えるように他の人の経験はと意見を求めた。
「俺の嫁との馴れ初めを聞きたいかー。」
ガハハと笑いながら最年長の男が話し出して、アンジュは真剣に耳を傾けていた。
30分ほど、野郎たちの恋愛話を聞いていたが、休憩は終わったと彼らは持ち場へ戻っていった。2人だけになって珍しいなとウィルは声をかける。
「今まで他の王国軍の人間に話しかけようとかしてこなかったじゃん。」
「うーん、気が向いて?」
「っていうか、本気でアイツらにミルフィーちゃんのこと相談していたのか?」
「嘘のことは話してない。でも、ウィルが考えてることは正しい。」
ウィルは王国軍の中で一番アンジュと仲がいいと自負している。
いつだってミルフィーのことをウィルに相談することはできたが、してこなかったというのは元よりそこまで他人に相談しようとは思ってなかったということで、つまり、ただ人と話すきっかけとして使ったというだ。
「でも、なんでミルフィーちゃんの話?」
「色恋の話が、一番共通項かなって思った。」
「そういう、コミュニケーションの駆け引きをアンがするとは思わなかったから超ビックリだよ、俺は。」
「俺も今までしてこなかった。ずっとリーラとミルフィーさえいればよかったんだけど…。」
「チャレンジすることは悪いことじゃないし、びっくりしたってだけだよ。そういう顔もあったんだなぁって思ってさ。成長してるってことだな、少年。」
その変化を1番にみてるはずの、いつも通りアンジュの頭の上にいる鳥は、人間たちの生活には関与する気はありませんとすまし顔だった。
そんなことがあった数日後、五星士全員と第二師団との共同訓練の為に王都近くの開けた草原に来ていた。それまでは剣ばかり握っていたが、歩兵用の銃剣を手渡される。
「なんだ?これ。」
「まだ弾入ってはいないとはいえ、人に銃口向けないでくれる?」
特に魔術式などがない、単純構造だけれど、からくり仕掛けの武器にアンジュは、隣にいたンヴェネのことなど目に入らず観察していた。
「アンには想像つかねえのかもしらないけど、一般兵は魔術式、魔導武器が使えないのがほとんどだから便利だぞ。銃で離れて攻撃、槍で突撃ができるからな。」
普通五星士は一般兵から、選出されてなるものだから、銃を一度も持ったことがないと言う事は起きないから、特別に説明がない。代わりにンヴェネが各部の説明をしてやる。覚えは悪くないが、如何せん経験が無さすぎる。
「…使い方難しいな。」
「剣はあっさり使えるようになったんだから、銃剣も大丈夫でしょ。」
のんびりとした様子のンヴェネを横に、アンジュはその奇怪な兵器の仕組みを解き明かそうとじっくりと見ていた。
【人間の武器は恐ろしいなぁ。】
そこらへんの武器では傷一つ負わない神獣のクルルがそう嘆いた。
「その恐ろしさが、クルルは好きだったりだったりするだろ。」
それは的を射った答えだったはずだが、クルルには少し不服だったようで、つんと顔を逸らしてしまった。
演習はスムーズに行われた。その慣れない銃剣にアンジュは戸惑ってはいたが、五星士という特質上、戦においては遊撃手として扱われるため、全体的に見れば特に大きな問題はなかった。
ウィルとアンジュが昼時として演習から抜けている時である。静かなキャンプ地に、緊急を知らせるラッパが鳴り響いた。
「2時の方向、B級モンスターのサービンエルフアリ。」
ラッパが鳴り響いてから、大して時間も経たず、体長2ヤードほどのカマキリなような羽根と釜を持ち、いくつもの複眼を持つ虫型のモンスターの襲来だと伝令係から告られる。
「サービンやだなぁ。」
「飛ぶ?」
「100メートルは飛べるぞ、あいつら。モンスター討伐なら師団たちより俺らの方が慣れてる。出ないわけにはいかねえ。」
「行くか。」
ウィルの気だるそうな声が、真剣なのに変わる。アンジュも慣れない銃剣を手に持ち、キャンプ地を抜ける。
「アイツら他の生物の中に卵産み付けるから要注意な。」
「…恐ろしいな。」
ウィルの相棒である戦斧から火が放たれる。
「お前らどけぇ!」
数人の一般兵が数十匹の虫に襲われていたところを、ウィルの炎によって助けられる。
「すまん、ウィル!」
「良いってところよ。ここは俺の得意としてる場面だ!」
そのウィルの後ろで、冷静に虫の羽を落とし、頭と胴体を切り離すアンジュがいた。銃剣の切っ先は切れ味良くないはずなのに、それらの死骸は名刀で斬ったようになっている。
「数が多いな。」
「これはちょっと予想外だなぁ。アン、魔法はどうだ。」
離れた位置でンヴェネの奮う銃の雷鳴が轟く。
魔法を使っていた記憶は欠けていないが、どうも他人事のようにその感覚が思い出せなかった。
「無理だ。ごめん。」
とはいえ、アンジュが魔法を使えなかったところで大した痛手ではない。一対多の戦いに向いている風使いのルサリィに、五星士ともそれほど能力に差はない実力派集団の第二師団の人間が揃っている。敵が羽を持ち飛び回るタイプのせいで時間はかかっているのは確かだが、鎮圧は時間の問題だ。後は損失の程度をどこまで抑えられるかだった。
例えばこう言う場面で1番に犠牲になるのは。
「う、うわぁぁ、助けてくれぇ。」
キャンプ地近くで補給訓練をしていた少年兵の1人の叫び声が響き渡った。近くにいたアンジュがいち早く向かうと、肩から血を流して一匹の巨大カマキリ(サービンエルフ)襲われているプレティーンズの少年だ。少年に当たらないようにするほどアンジュは長銃の扱いに慣れていない。その十数ヤードの差がもどかしい。
「、だ、あんだは。」
「口閉じろ!」
赤い瞳の複眼がアンジュを睨む。アンジュの背後にいるクルルは助けようとする気はないようだった。
去ろうとするその蟲を、アンジュは思い切り銃剣で瞳を突き刺し、抜くと同時に蹴り倒して少年の上からどかした。
羽を切り捨てる。最後に首と胴体を切り離すと、その蟲も動かなくなった。
「…悪いな、俺たちも必死だ。」
無惨な姿になった蟲に一瞥をくれ、少年に駆け寄った。かなり血を流しすぎているし、首筋が紫に変色している。
腰の荷物入れから、包帯を取り出して流す血を止めようとするが、アンジュは慣れない。
「おい、アン!」
「ウィル!俺は手当が下手だから、手を貸してくれ。」
「あ、いや。」
ウィルは後から追いかけてきたが、少年の様子を見て閉口した。アンジュがすぐに手を貸してくれないウィルに訝しげに見て、ウィルと強く名を呼んだ。
直後、仲良くなった第二師団の男が担架を背負って来てくれたのだが、顔を顰めた。
「…アンジュ、悪いが彼は助からねえ。」
「アルフレッド?確かに傷口は深いが、致命傷じゃ。」
「違う。怪我じゃないんだ。サービンエルフの1番恐ろしいのは、他の生物に卵を産み付けることだ。すぐに死にゃあしない。が、3ヶ月後、コイツは生きたまま内から食い破られるんだよ。」
「な。」
「その証拠に産み付けられたところが炎症起こして紫になってる。…だからそういう産卵されたやつは水銀飲まされたり、首を刎ねられたり。」
「他に救いようはないのか。」
「…医療魔術が受けられれば助かるかもしねえが。」
王国軍の少年兵隊は、全員が経済的に困窮している家の子供か孤児だ。希少な魔術師の魔術を受けられるはずもない。
「俺が魔法を使えない限り、救えないってことか。」
「いくらお前が魔法使えても、何百個も産み付けられている卵を全て消滅させることなんて絶対無理だ。」
ウィルが閉口したのは、救える可能性があったのは魔法が使えたアンジュだけで、そのアンジュが安定して魔法を使えないからだ。
「…ひ、に、にいちゃん。俺殺されるの。」
煤だらけの顔をした少年が不安そうにアンジュを見つめた。明るい茶の目が涙に濡れている。無造作に髪を切られ、荒れたボロボロの手、カサカサの唇。その全てが哀れに思えてしまう。
「…ともかく、ちゃんと上官に説明した上で対処しないと。」
「アン、コイツが言っていることは全て正しい。」
ただ生きたいと願うことはなにも間違いじゃない。サービンエルフだって凶悪であってもそれは同じで、彼らを責め立てるのは違う。それは人間たちが同胞を守りきれなかった方が悪い。そしてこの少年がそうでなくても近いうちに、殺されることも、きっと人間の種として間違ったことではない。
難しい。アンジュは少年の掌を握り込んだ。
「…やだ、しにたく、ないよ。」
怪我人を運ぶぞと、今までの発言を無かったことにして、第二師団のアルフレッドは少年の横に担架を並べる。五星士のアンジュがこの少年と会うことはきっともうない。
―――僕は魔術師。キミに会えて嬉しいよ。
突然あの声を思い出した。
あの魔術師の背格好は目の前の少年と同じくらいだった。あのフレドリックが持っていた図鑑に、確かにサービンエルフの図解が載っていた。
「…卵は一度に300から400。いや、情報が古いって言ってた。」
「おい、アンジュ、手伝えよ。」
アルフレッドがアンジュの肩を叩こうとした時、待ってくれとウィルが止める。
「もう少しだけ、待っててやってくれ。」
違うところからパタパタとかけてくるのは、ンヴェネとルサリィだった。
「ヤッホー。新入りくんの説得の為にサービンエルフの資料持ってきたよ。これで大人しく手伝う気になるかい?」
どこから聞きつけたのか、ンヴェネは数枚のサービンエルフの生態が書かれた資料を持ってきたのだ。
「用意がいいな。」
「キャンプ地近くに生息する危険な生き物くらい調べておくし、なにより命知らずを説得するのに必要でしょ。」
そこまでする必要があるのかとウィルやアルフレッドが驚いている間に、アンジュは食い入るようにその資料を読み始めた。
「文字読めるのね、今は。」
読める時と読めない時がまだあるのも確かで、剣を奮った直後は大抵読めないことが多いのだが、今回は障害なく読めているらしい。
「…なんだ?」
その様子を見たことがない第二師団のアルフレッドは、戸惑いを隠せないが、両脇にいるウィルとンヴェネにポンと肩を叩かれた。
「うちの新入りくん、不思議なのよ。」
「混乱させて悪いな。アンはちょっと世間知らずで、運動神経がよくて、でも、頭がいい時もあるんだ。」
「何を言っているんだ?」
ウィルの言っている文章が破綻しているが、その破綻が正しいのだ。形に当てはめられないのだから。
「…で、僕らの言っていること分かった?」
「凡そ卵の位置は右肩から僧帽筋近くにかけて。組織内に含まれていると想定されるが、とくに血管やリンパ管を通って体全体に流れていく様子はない。」
「おーい?」
「紫に変色している箇所は卵が無理やり入ってきて毛細血管を切り、内出血を起こしているから。」
ブツブツと何か話しているが、ウィルたちにわかるはずもない。
「本当に助けられるのか。」
「やってみなければ分からない。」
アンジュの瞳が青色に輝いている。
「え?」
「お。」
卵があると推察される場所に手を当てると、彼の手から光が溢れる。
自分の記憶なのかすら、はっきりとわからない。
―――たす、け…て。
「助ける。」
―――兄ちゃん、逃げて。
「え。」
死んだはずのサービンエルフのカマが動いて、アンジュを狙った。しかし、アンジュが呆けた一瞬で雷の弾丸で撃ち抜かれ風によって大きく吹き飛ばされた。
「死んでるのに動いた。なんなんだ。」
「何度か討伐したことあるけど初めて見たわ。」
アンジュはその動いたカマをじっと見つめて瞳を揺らす。
「新入りくん、余計なもの治したでしょ。」
「流石に死んだものは生き返らせることなんて不可能だろ。」
「…切り離してそんな時間経っていないなら、生き返らせられる…とは思うけど。」
「マジかよ。」
猟師経験のあるンヴェネは多少の間ならそんなのも可能だろうと何気なしに言ったが、都会育ちのウィルと第二師団のアルフレッドは、信じられないという声を上げる。
「で、どう、死なさずに済みそうなの?」
「え、あ。」
何故か悪寒がする。
誰だろう、助けてと手を伸ばしたのは。逃げろと突き放したのは。
違う、やることはそれじゃない。
「ごせ、しの兄ちゃん?」
「だ、いじょうぶ。心配しないで。」
「アン、顔色悪いぞ。」
ウィルの心配そうな声は聞こえず、アンジュは死神が横に座ったような気がしながら、彼の治療を続行した。
「ここは僕が責任取って動くから、アルフレッド軍曹は先に戻っていいよ。」
「承知。」
高く跳ぶ蟲相手のせいで乱戦となっていたが、第二師団のアルフレッドは別部隊の人間だ。いつまでも五星士の人間と一緒に行動するわけにはいかない。彼も長く軍にいる身のため、ンヴェネの一言で態度を変えて敬礼をすると、去っていった。
彼の背を見送って、ンヴェネは辺りを見回すが、すでにほとんど討伐されていたから、ここで固まっていても大きな問題は起きていなさそうだ。
「ルジェはどこ行ったんだ。」
「元の五星士の集合場所じゃないかしら?竜の一族によって引き起こされたとも考えづらいから、ルジェロもきっと深追いはしていないと思うわ。」
「全く竜の一族が関与していないとは限らない。その可能性に賭けて調べに行った可能性も全くないわけじゃないから、不安なんだよね。」
不思議なアンジュよりは御し易しとは言えど、ルジェロも自分の目的を第一にしすぎているところがある。だから、アンジュが「竜の一族っぽい」「ぽくない」というあの発言は彼の行動を御する上では役に立つのだが、目の前の少年に意識が向かっているから、尋ねることはできない。
「大丈夫よ。引き際は分かるもの。」
いざとなったらルサリィが彼を止めることができるから気楽に構えてればいいのはンヴェネも分かってはいるのだが。
「いくら竜の一族を1人倒すことができていたとしても、勝手が過ぎたら降格だってあり得るのにさ。」
ンヴェネとルサリィが話しているうちにアンジュが終わったと声をかけてきた。内出血は綺麗に治っているし、無駄に肌艶が健康的になっていても、肝心の蟲の卵がどうなっているかが見た目からは分からない。
「もし卵が全部消すことができなかったら、苦しむのは僕達なんかじゃなくて、彼なんだよ。それはわかってる?」
「大丈夫。」
「…僕に見た目の判断はつかないけど、今日のうちは信用するよ。上にもそうして報告するから。」
少年兵にウィルは手を貸して立ち上がらせ、ンヴェネは所属と名前を聞き取り、元の場所に戻らせた。
戻る前に少年兵はしどろもどろだったが、アンジュに深々と頭を下げていった。
「新入りくん。」
「…何?」
「殺したはずのサービンエルフが動いた理由は、何かわかるかい?」
「クルル。」
ンヴェネの質問に単語のみで答える。
「神さんがどうしたって?」
『本気で殺すつもりも怪我させるつもりもなかったよ。直前で止めるつもりだった。』
「は、はあ?」
クルルは自分で死んだサービンエルフの腕を動かしたと言い出した。曰く、ショック療法だったらしいが、いくらなんでも雑過ぎるだろうとアンジュ以外絶句した。もしアンジュがパニックになっていたらどうなっていたか分からないのに。
『だって、ぼくはサービンエルフの卵を取る方法なんて分からないし、助けられなかったら助けられなかったで何故か気にしそうだったんだもん。なら、思い出してもらうしかないって。』
「クルルぅ?」
「神さん、酷くない?」
ウィルとンヴェネの非難が神に届くはずもなく、簡単に流される。ルサリィが心配そうにアンジュのほうを覗き込んで、声をかける。
「アンジュ、大丈夫?」
「大丈夫だよ。クルルは神獣だから。」
人ともただの鳥とも違うのだから仕方ないというアンジュに、漸くクルルもあまりよくないことと自覚した。
【怖がらせてごめん。】
「クルルだってきっと知らなかったんだ。」
【…そんなことないと思う。】
もふもふとした羽毛で擦り寄って謝罪するクルルを撫でながら、アンジュは少しだけ悲しそうに目を伏せた。
「…寧ろクルルは何を知っている?」
クルルの声は五星士たちには聞こえていなかった。しかし、それはクルルに対して少なからず落胆した様子にも思えた。
【…殆ど知らないのかも。きみのこと、何一つ。】
「そう思う。でも、仕方ないだろ。クルルは友達だけど、その前に神獣なんだから。」
【…そう、なんだよね。】
「どうした?」
アンジュとクルルは残念なことに似た者同士だった。お互い喧嘩するほど自分の意見や感情を通そうというほどの熱量はなく、伝え合おうとする努力する前に諦念してしまった。例えばそれをウィルが全て聞いていたら、ウィルがアンジュを叱咤したかもしれないが、クルルが聞かす必要はないとアンジュにしか伝えていないから、それも出来なかった。
「そんなことよりも、新入りくん。今回の件、竜の一族の気配は感じた?」
ンヴェネは本来したかった質問をすると、アンジュは暫くきょとんとしていたが、首を振った。
「魔法や魔術の類は感じなかったよ。地に這う魔力がちょっと乱れ気味?」
「ふーん、そうか。」
それならば、ルジェロの動きはコントロールしやすそうだとンヴェネは安堵する。
「地に這う魔力が乱れているのは大丈夫なのかしら。」
『蟲たちが昔より凶暴化してるのはそのせいだろうし、全く大丈夫とは言えないと思うよ。こないだのカンカラはよく出来た模造品だったから関係ないけど、鳥たちも不安そうで気が立ってる。』
「僕らが心配したところで変わりゃしないだろう?」
一応はンヴェネは上に報告はしておくとするが、上も何をしたらいいかなんて分からはずもない。
神獣やアンジュのような特別な力を持っていなくたって、同じように山林とともに生活していた人間なら、動物たちがおかしいことくらい容易に分かる。それがこの10年で何も変わっていないどころか悪化しているのも。
「そうだな。」
『…そうだろうね。』
所詮はここにいるのは一兵卒でしかない。
『だけど、人は心配した方がいい。これが他の種族への殲滅だと思われたら、他の種族の神獣が人間に牙を剥く。』
「それは王様たちに言ってほしいよ。」
ンヴェネは冷たく話を切り捨てると、視界に映ったルジェロをとっ捕まえに行った。ルサリィがアンジュの手を掴み、その後を追い、ウィルも彼らの後を追った。
演習の翌日、第二師団のアルフレッドは、食堂でアンジュを見つけると声をかけた。
「よ、アンジュ。ミルフィーちゃんへの返事は書けたのか?」
「アルフレッド。まだだよ。」
「字は習ったばかりなんだろ。俺が添削してやろうか?ウィルも字は汚えしよ。」
「ああ、ありがとう。でも、内容が…、嘘をつく気はないんだけど、心配はかけるだろうなと思うと。」
「女は何でもかんでも心配する生き物なんだよ。嘘なんて書いただけ無駄だ。素直に書いとけ。」
「アルフレッドも?」
「そう。まあ、俺の場合、母様と姉様だけどよ。」
気恥ずかしくなってポリポリと頬を掻く。そう言っておきながら。故郷へは自分も強がった手紙を書いているなと自嘲する。
「どんなにとり繕って書いてもバレるんだ。女は勘がいいからな。」
そうして、その後の空き時間でアルフレッドはアンジュの手紙を読ませてもらったのだが、字は丁寧で、綴りもおかしくない。文章に関しても添削の必要なんてないどころか。
「アンジュは頭がいい人の文章を書くな。」
「何だそれ。文章で診断できるのか?」
「ああ。すごく分かりやすい。」
アルフレッドはどこか彼を馬鹿にしていた自分を恥じた。
「でも、報告書を読んだ気分だよ。」
「報告書?」
「周りで起こったこと、自分はなんの対応したか、結果どうなった、それに関する自分なりの考察。俺はすっごい面白いんだけどな。手紙か、これ?」
「手紙なんて書いたことない。」
「報告書だってルーイ大尉が書いてるだろうが。」
「ああ。そうだな。俺が書くと怖いからって言ってた。」
「何したんだ、アンジュは。」
と言いつつも、なんとなくではあったがアルフレッドも予想はついた。アンジュは素直で、『忖度』なんて事ができないのが厄介なのだろう。それが何かしら彼にも不利益を及ぶ可能性があるから、任せられない。
それでも、不思議だ、変だといいながらも彼らは面倒を見ている。
「ただルーイ大尉も、ウィルもアンジュを信用しているのは、ただ魔法が使えるだけっていうわけじゃないっていうのがよくわかったよ。」
「アルフレッド。」
「最後まであの少年を見捨てようと、一度もすることが無かった。」
見捨てることなんて容易だった。彼を放置したら、軍内部で蟲が孵化して、更に被害が大きくなるという大義名分があったのだから。それでも、アンジュは見捨てなかった。
「…ずっと揶揄ったり、陰口言ってて悪かったな。」
アルフレッドの謝罪に、アンジュは目を丸くした。
「本当はもっと前に謝るべきだったのに、遅くなって悪い。」
アンジュはどうすれば良いのかと、目を迷わせた。アルフレッドに怒ってなどいないし、憎んでもいない。今まで蔑まれるのは当然で、気にするのすら愚かしかった。そのことに対して謝罪を受けたのは、今まで一度たりとも無かった。
「…アルフレッド、謝らないで欲しい。ずっとそこに自分の感情が無かった。」
「しかし。」
「それを受け入れたら、思い出しそうだ、人への憎しみを。」
決して思い出してはいけない、それを。




