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「よかったじゃん」
言うと、はにかむように笑ってみせられた。ほんのりと染まったその頬があまりに可愛くて、つい、伸ばしかけた手を急いで引っ込めた。大丈夫、気付かれてない。大丈夫、大丈夫。
「幸せになれよ」
言うと、今度は小さな笑いを溢される。
「何、それ。まるで、結婚するみたい」
幾度となく聞いた声なのに、それはまるで知らない女のような声。
「だって、いつかはそうなるだろ?」
言うと、苦笑いを洩らされる。
「そんなの、わからないよ」
何で、こんなにも自然なんだろうか。
胸は確かに軋んでいるというのに、口から出るのは思っているのと正反対の言葉ばかり。こんなにもすらすらと出ることに、自分自身でも驚く。
「あいつは、いい奴だよ」
言うと、知ってる、と返ってきた。だろうな、とこちらが返すと、うん、と頷かれる。
幾度となく、顔を向き合わせて喋ってきたのに、どうしても、こんな違う誰かに見えるのだろうか。知らない女がそこにいるようで、ああ、やはり女なんだな、と思わさせる。そう、女なんだ。
別に、今までその事実に気付かなかったわけではない。とうの昔に気付いていたし、それは俺の中で最大のことだった。唯一、女として見れる存在だから。
他の女なんて女であって、「女」ではないのだ。
「いや、でもさ、あいつが選んだのがお前ってな」
「ちょっと待って。どういう意味?」
頬を膨らませる仕草は、昔からの癖だ。
「だって、あいつなら、選び放題なのに、敢えてお前を選ぶってさ」
「それは、彼は私の魅力に気付いてるからです」
「お前の魅力って何だよ」
苦笑いを溢す。
そんなの、俺だって知っている。だから、あいつが、こいつを選ぶのは至極当然だというのも、痛い程にわかる。しかも、真っ直ぐに好意を向けられたなら尚更だろう。
「あー、勿体無いな」
「その言い種は酷い」
「当然の答えだ」
「わかった。寂しいんでしょ?」
どきり、と心臓が鳴る。
「わかったわかった。私に彼氏が出来て、寂しいんでしょ?」
「半分正解。半分間違い。俺は、あいつに彼女が出来て寂しいんだ」
いつから、間違えたんだろう。いつから、道を誤ったんだろう。何で、いつまでも隣で笑ってられるなんて、過信していたんだろう。もう、こんなにも笑うことさえ辛いというのに。
包み隠すつもりもなかったし、いつかは告げようとも思っていた。
でも、好きになった、と言われ、気になるんだ、と言われ、右にも左にも立ち居かなくなって、その場に留まるしか出来なくなって。間に挟まれて、何でか知らないけど、デートのセッティングとかしたりして。
いつからやり直せば、そんなことにならなかったんだろうか。
今、ここに、立っていることさえ、本当は酷く苦痛でしかなくて。
「ま、でもさ、お前らお似合いだよ」
「そう言ってくれると思った」
「お前ら二人はさ、俺の大事な友達だから、こうなって嬉しいよ」
つらつら、つらつらと、口をついて出る。
まるで、
──息を吐くように嘘を吐く。
多分、俺は、この先一生こうなんだろう。
胸に抱えた、大きなものを隠したまま、呼吸と嘘を、同時に繰り返していく。