昼の生活
通っている学校は結構いいところで、御曹司なんかが多く、王様みたいに振る舞う貴族様なんかも通っている。そうなると、やはり頭のレベルが違う。わざわざそれを鬱陶しがって悪戯を仕掛けてくるような人間はいない。そもそもそんな暇がないくらいには授業の進行が早い。お金持ちでも良い身分だともいえない俺が実力で彼らの中に混ざって勉強するのはなかなかいい気分ではあるけれど、残念ながら俺は落ちこぼれの部類だ。でもこの学校にしがみついてでもついていけているだけで、なかなかのものだと自負している。
おっさんにしてやられた悔しさを抱えたまま、友人との久々の再会を楽しみにしながら学校への道のりを歩いて行った。昨日の疲れがまだ取れていない。ひとつ、欠伸を噛み殺した。
「ウラミ!」
後ろから呼びかけられる。振り返ると走ってこちらに向かっているのは同級生のアランだった。
「おはよ」
隣に追いついて来て、息を整える。彼も良いところのご子息ではあるのだけれど、俺と同じ落ちこぼれ仲間だ。人好きする顔で、気さくな性格。あまり成績を上位に維持する事を意識していない。それよりも楽しい学校生活を送りたいと言っていた。
「ウラミはこれから?何かしてたの?」
「ああ、ちょっとね。アランもだろ?」
「うん。残念ながら大遅刻だ。寝坊だよ。正門から行くと大目玉喰らうぜ」
「裏から入るべきだね」
アランはうんうんと頷いて、お互いの健闘を祈り合って別れた。一緒にいるより1人の方が動き回りやすいし、見つかったとき怒られるのは1人で済む。
人気の少ない裏門のひとつから人がいない事を確認してそっと入った。緑が生い茂っている道を選んで校舎の中に入り込むことまで成功した。今から講義が行われている教室に入るのは頂けないので、次の講義の教室で待機することにする。
窓際の外が見える席にだらりと座って、窓枠に頭を預けて空を見上げた。ゆるゆると流れて行く雲。静かな教室。のどかだなあと思いながら、ソルとの再会を待ち望む。
瞼がだんだん落ちてきて、眠っていることに気付いたのは起こされてからだった。しかも、会いたかった本人に。「何寝てんだ」と言いながら揺り起こすのではなく、グーでおでこに一撃を喰らった。衝撃が後頭部にまで及んで痛い。摩りながら身を起こす。当たり前のように隣に座った茶色の髪。青い瞳。間違いなくソルだ。すごく久しぶりなのに全然そう感じない。
「背、伸びた?」
「まあ、伸びてるだろうな」
第一声がへんてこな質問でも、疑問を持つでもなく答えてくれた。こんなに素直な奴だったっけ。昔といってもたったの数年前と比べて、少し大人っぽくなったと感じさせる。
それ以上何も突っ込まなかったら、ソルは前を向いて喋らなくなってしまった。自分から何かを話そうという気はないらしい。
でも俺にはまだ聞きたい事があった。講義中は流石に聞けない。先生に見つかれば宿題をどっさり出されてしまうかもしれないし、クラスメイトにも迷惑がかかる。当たり障りのない学生生活が俺のモットーだ。遅刻は、別だ。するときはするのだ。
そういうわけで狙いは放課後。ソルを捕まえてバールで飲むのも悪くない。お茶を。
ソルは俺の誘いに1度は忙しいからと断ろうとしていたが、結局乗ってくれることになった。今日断っても明日明後日付き纏われると踏んだのだろう。正解だ。知りたいと思ったらしつこく追い回す。俺の性格をわかっていて返事をしたのだとしたら、結構嬉しい。
放課後、ソルがいなかった間に学校で起きたことなんかを話しながら校舎から出た。俺が約束を忘れている事に期待していたソルはそそくさと帰ろうとしていたが、追いかけて捕まえた。そのままバールに行こうと考えていたが、1つの好奇心がふつと湧いたので尋ねた。
「ソルはまたあの家に住んでるのか?」
「ああ」
そっけない返事だったが充分だ。長い間空けていた家。というか屋敷。今どうなっているのか気になるし、そっちの方が人払いはしやすいだろう。詳しく話が聞けるかもしれない。
「じゃあ、そっちに行こう!」
「ハァ?」
身震いするような冷たい声で言われた。だがそんなことで挫ける好奇心ではない。
「いいじゃん。俺の部屋なんかお前入れないだろ」
1度だけ俺の部屋に踏み入れた事があるソルならわかるはずだ。足の踏み場くらいはあるけれど、ベッドと机と棚くらいでいっぱいになってる狭い俺の部屋を見て、彼は「犬小屋みたいだな」と言い放った。感覚はお金持ちそのものなのだ。いくら性格的に合ったとしても庶民の感覚とはずれがある。それ以降彼は俺の家に踏み入れる事はなかった。
そのことを思い出し、顔を顰めると「しょうがないな」と渋々許可を出した。
ちょろすぎるぞ、ソル。