朝のひととき
朝は苦手だ。なにしろ夜にも仕事をしているわけで、朝が来るまで少しの睡眠時間しか取れない。怠い身体を無理矢理起こしてベッドの上でしばらくぼーっとする。
だんだん覚醒してきたらバスルームに移動して、顔を洗う。真っ黒な髪はくせ毛で跳ね回っていて寝癖がついていたとしてもわからない。それでも一応手櫛で整える。
その後、包帯を巻くのが俺の日課だ。巻くのは頭。右目を覆うように巻く。自慢の無造作ヘアーが台無しになるのだが、味が出るし割と気に入っている。
「飯できてるぞー」
おっさんはすっかり保護者だ。自分で朝飯くらい準備できるのに。
「今行きまーす」
朝のおっさんは本当にただのおっさんだ。起きてすぐに朝食の準備を始めてくれたようで、その姿はパジャマのままだった。ひげも伸びている。触るとじょりじょりするだろう。
「おっはよ」
「おう」
欠伸を噛み殺しつつおっさんは返事をしてくれた。
今日の朝食は目玉焼きをトーストにのせた簡単なものだ。食べ盛りと言われる年頃だけど、俺にはこれで充分だ。どかっと椅子に座り、いただきますと呟いてトーストに齧り付く。半熟だった卵の黄身が割れてとろっと零れた。おっと、と慌てて手を添えているとおっさんが目の前に座って新聞を片手にコーヒーを飲み始めた。俺は最後のひと欠片をぐっと口の中に押し込んで噛み砕いた。
「そういや知ってるか?ソルのこと」
懐かしい名前が出てきた。ここ数年、顔も見ていない。彼はクラスメイトで、俺は仲良くやれてたと思っている。糞真面目で勉強ばっかりしている完璧主義の優等生というイメージで苦手なタイプだと思い込んでいたがそうではなかった。一度話してみるとその性格は割と歪んでるし、考え方は感心するものが多かった。簡単に言えば気が合う。そう思っていたが、彼は母親を亡くしたのと同時期に休みがちになった。終いには来ることがなくなり、今では休学扱いだ。
「休学してることならとっくに知ってるけど」
「馬鹿。もう何年経ってんだ。そんな古い情報じゃない」
おっさんのことだからそりゃそうだ。何年も前の情報を振りかざすなんてするわけない。じゃあ、なんなんだ?彼に関する情報は持ち合わせていなかった。
「なんなのさ」
「これ、今夜までに頼むな」
渡されたメモに目を通すと酒の名前がズラリと書いてあった。
「げっ!」
「ははは、ストックしとこうと思ってな」
「こういうのはこまめにやってよ!」
「悪い悪い」
全く悪気はなさそうだ。酒の補充は種類が増えると嵩張って大変な思いをするから何度もそう言っているのに。
明日は筋肉痛になるだろうなあと考えていると、おっさんは返事を急かした。
「で、どうする?」
「わかった。準備する。それで?」
おっさんはニカっと白い歯を見せて笑った。俺がイエスと言うことはお見通しみたいだ。
「今日から復帰だそうだ」
「えっ、ほんと?」
素直に喜びが零れた。ぱあっと懐かしい気持ちが広がる。2年近くも全く会っていない友達に会えるなんて。年甲斐にもなくはしゃぎそうになったところで、ふと気付く。
今聞かなくても学校に行けばわかるじゃん。
「おっさん……」
恨めしく言うとおっさんは大きな声で笑って、「頼んだぞ!」と言った。俺は地団駄を踏んだ。
くっそー!