バルコニーにて
あまり寝ていない。ベッドに入ったのが明け方だったから当然だ。眠れる訳がないと思っていたけど、身体は正直だ。いつの間にか瞼は閉じられて、意識は遠のいていった。
見事にグースカ眠っていた。エリーに叩き起こされて初めてそのことに気付いた。まだ寝たりなかったが、明日は待ってくれない。もう訪れて今日は始まっていた。ソルと共に学校へ向かった。ソルでさえ眠たそうにしている。
「おはよ」
「目の隈」
「ソルだって」
お互いあまり眠れなかったみたいだ。あんなことがあったのに、校舎の中に居ると平和に日々が過ぎていく。拳銃を叩き付けられた頭のことを思い出すとズキズキするし、思い切り縛られていた手足は痛む。
俺はなかなか日常に戻る事ができずに失敗ばかりしているのに対して、ソルはあっさりと溶け込んでいた。何でもそつなくこなす優等生。停滞しているとはいえ貴族の直系。しかも顔は整っていて、綺麗な青い目は青空のように澄んでいてとても綺麗だ。俺が女だったなら放っておかないと思う。凄まじいまでの格差だなあとバルコニーで俺を待っているソルを少し離れたところで眺めながら考えていた。
今は昼休憩で、昨夜の件を話すためにここで昼食を共にする事になっている。
「おい」
ぼんやりとソルを眺めていた俺に彼の方が気がついて声をかけた。俺は片手を上げながら近づいた。ソルは軽食を済ませていた。ここにくるまでに俺が少しだらだらしてしまったせいだ。隣に並んで座り、さっき淹れたばかりの熱いお茶を冷ますために意味があるのかわからないがフーフー息を吹きかけた。
「ペルセの件だが」
唐突にソルが切り出した。
「うん」
「覚悟はしておけよ。多分もう生きていない」
胸が酷く痛んだ。彼は俺と目を合わせようとしない。俺にこれを言うためだけにこんな席を設けたのだ。
おかしいとは思っていた。ソルは俺と学校で一緒に過ごす事を好ましく思っていない。付き纏えばするりと逃げて行く。
「わかってるよ。わかってるけど、わからないよ。俺はちゃんと確かめるまで諦めない」
「死神が捜索に付き合うと言っている。目の行方を追うって言ってただろう」
「うん。そんなことできるのかな」
「やってみてもらうしかないな。死神の考えることなんて、俺たちにはわからないよ」
横顔が寂しそうに見えた。
「死神はさ、ソルにそう呼ばれたくないんじゃないの?なんでユキトって呼ばないの?」
俺は見ない振りをして、思った事をそのまま言った。ソルはちらっと俺の顔を窺うように見て、校庭に視線を戻した。下にはボールを蹴り合って遊んでいる生徒達がいる。1人の生徒が遠くに飛ばされたボールを追いかけていた。
「別人みたいなんだ。俺が知ってるユキトみたいな時もある。そうじゃない時もある。今はその方が多いくらいだ。得体が知れなくて怖いんだと思う」
「それでも一緒にいたいくらい好きなんだね」
「……殺すぞ」
凄まれたけど怖くない。そっぽを向いた彼の耳が赤いから、外れてはないようだ。しかし追求はしないでおいた。ソルは大げさに咳払いをした。
「もうひとつ気がかりなのがリデルだな」
「アリス怖いもんね。どうしよっか」
尋ねてみたがソルに考えがあるのはわかっていた。
「向こうから何か言ってこないうちは黙っとく。リデルも何か動いてはいるようだから、もしかしたら気付くかもしれないけど。機会があればどこまで知っているのか俺が探っておくから、ペルセの方に集中しよう」
「いざというときは死神を生贄に」
「殺すぞ」
「冗談だよ。お仕置きされるのかなあ」
「それも覚悟しとかなきゃな」
この件はソルにとっては他人事だ。アリスから正式に依頼を受けたのは俺だから当然だが、もう少し親身になってくれてもいいと思う。
「何されるんだろ」
「さあ。味見されるくらいじゃないか」
「……優しくしてくれればあるいは」
「お前……」