おつかい 後編
通りを抜けて目的の場所まで向かう。生温い風が髪を揺らすが、心地よさは感じなかった。柄にもなく緊張してしまっているみたいだ。知らない場所へ踏み入れるのはやはり怖く感じてしまう。
地図に印がつけている場所は、住宅街のど真ん中だった。だが、その存在感たるや。この道を歩いていれば嫌でも目に入る。外装は異質なもので、荘厳なゴシック調の大きな建物は初めて見た人ならば城か教会だと勘違いしてしまうだろう。そろそろと近づいて、扉の前に立つ。扉にはちゃんと金色の鉄板に「仕立屋ハッター」の文字が刻まれていた。こんな所に入るところをクラスメイトに見られたくないなあと気恥ずかしさを感じながらノブに手をかけた。
力を入れようとしたところで、その扉は自動的に開いた。ノブに触れていた手が虚しく宙を掻く。「へ?」と間抜けな声を出してしまうと、それに対してかクスクスと2種類の笑い声が中から聞こえた。視線を下げると、帽子が乗った2つの頭のてっぺんが見えた。紫色と水色の頭だ。一歩下がってみると、愛想の良い笑顔を向けた少年と少女が扉が閉じないように支えていた。
「「いらっしゃいませぇ」」
声を揃えて言う2人の服装はとても特殊で奇抜で面白いデザインをしている。着ろと言われても俺は着ない。殺されそうにでもならない限り。怪我をしているのだろうか、包帯や眼帯までしている。
どう反応したものかと立ち尽くしていると、2人は俺を中へ入るよう促す仕草をしてみせた。
「えーっと」
「「中へどうぞ、お兄様!」」
見事に声が揃っている。双子だろうか。恭しく出迎えてくれているが、黄色の瞳が俺を品定めするように見ている。
「はい。それじゃあ、お邪魔します」
「ねえねえ包帯のお兄ちゃん。緑の目玉が奇麗だね〜」
「どうもありがとう」
「ねえねえ包帯のお兄ちゃん。赤の目玉も素敵だね〜」
「よくわかったね?君らの黄色い目も可愛いよ」
「ほんとぉ?取り替えっこしちゃう?」
「しちゃうー?」
「気に入ってるからだめー」
「「……」」
「だめったらだめー」
「ルチア。この人」
「アンリ。わかってるわ」
「なにが?」
「ふふふっ。包帯のお兄ちゃん面白い人だね」
「ひひひっ。包帯のお兄ちゃん変わってるね」
まさかこの2人が店主なんじゃないだろうかと不安に思い始めたが、中から大人の男の声がしてそんな心配はたちまち消えた。
「こら。2人とも。お客様に絡まないでください」
落ち着いた低い声の持ち主の足音がこちらに近づいて来て、奥の部屋から姿を見せた。その男は室内なのにコートを羽織っていた。身長が高く、帽子を被っているため尚更大きく見える。その下の髪の毛は外跳ねの長い髪で、ワインのような赤色をしていた。糸目でその瞳の色までは確認できなかった。口元に笑みを浮かべると男は腰を曲げながら演技のように左手を胸にあて、右手を広げ「ようこそ、私の店へ」と言った。
「お客様は奥へどうぞ。2人はそのままお帰り」
俺は店の中に入って辺りを見回した。本物のような人間の模型に奇抜な服を着せたものが並び、また棚には布が整然と並んでいる。机の上には針や糸が使いかけのまま置いてあって、ここで今まで作業していた事がわかる。俺がそれらを眺めていると、少年少女が店主と話しているのが聞こえた。
「「けち〜」」
「あんまり昼間に来ないでください」
「「え〜!」」
「2倍でうるさいです」
「いじわるぅ」
「昼間のハデスつまんなぁい」
「ほら、君たちが好きなぐるぐるの飴をあげますから」
「これ好き!」
「これ好き〜」
「チケットをどうもありがとうと団長に伝えてくださいね」
「「はぁ〜い」」
「ハデスまたね〜」
「夜は遊ぼうね〜」
2人は最後に俺を横目で一瞥すると、にやっと顔を見合わせて再びクスクス笑ってから出て行った。
店主と2人きりになった。店主は扉を閉めると、作業台ではない机がある部屋に通してくれた。机の上は散らかっていなくて、ここが商談の場だとわかる。向こう側が彼の席だろう。こちら側にはふたつ、質素な椅子が並んでいたのでそのひとつに腰を下ろした。彼もゆっくり優雅に座った。
「リデル様ご紹介のジュール様の使いの方でお間違いないですか?」
事前に連絡が行っていたらしい。俺はズボンのポケットから預かっていた封筒を渡した。店主は受け取ると中身を確認し、俺の方を見た。
「確かに受け取りました。一週間程お時間を頂きたく存じます」
「そんなにすぐできるんですか?」
「単純なデザインですからね。今、立て込んでいる仕事がなければ明後日にでもできますよ」
死神の服は単純に白いワンピースのようなものに、ベルトを通す布がついているだけだ。千切れないように丈夫に作られて入るだろうが、ここの模型が着ているような服と比べれば驚く程簡単に感じる。
「これらの服は一体どんな人が着るんですか?あまりこの辺では見ませんよね」
「この国では見ないでしょうね。ここに今あるのはサーカス団に依頼されたものです。ほら、先ほどの双子の」
ああ、と納得した。本当に奇抜な服装だったのだ。あんなのが道を歩いていてすれ違ったとき、振り返らない人間はいないだろう。一度見たら忘れないと思う。つまりあの双子はこの街の住民ではなかったようだ。気になっていた事がすっきりして落ち着いた。緊張がようやく解けたようだ。
俺はお暇しようと立ち上がった。店主も立ち上がって、見送ってくれるらしく、一緒に出入口まで当たり障りのない事を話ながら歩いた。
「では、一週間後に」
「はい。受け取りに来ますね」
「お待ちしております」
帽子のつばに手を添えて別れの挨拶をする彼に俺も手を挙げて応えた。
ルチアとアンリの双子ちゃんはレイチさん家(https://twitter.com/reiithi)の子です!