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初恋  作者: 朔良こお
本編
1/34

prologue

 漆黒の空には小さな宝石が数多散りばめられ、青白く輝く丸い月が優雅に浮かぶ。ふわりとゆるやかな夜風にのって、美しく整えられた庭に佇む少女の耳に、大広間で奏でられている楽の音が時折届いた。近々大きな舞踏会があると兄から聞いてはいたが、おそらくそれが今夜なのだろう……少女は音の流れてくる方へ体を向けると、ふうっと息を吐き、持っていた人形を己が顔の高さまで持ち上げた。


「今夜は随分と賑やかね」


 そう言って、先月兄から贈られた誕生祝の人形に話しかける。もちろん人形が返事をするはずもなく、それでも少女は彼女に話し続けた。


「わたしも出たかったなぁ……。こんな時お伽噺なら、魔法使いのおばあさんが出てきて、わたしを魔法で大きくしてくれるのに」


 残念なことに、舞踏会に出る年齢にはまだ達していない。そのことで少女は、今夜はちょっとだけ拗ねていた。何故なら今夜のそれには、少女の兄はもちろんのこと、大好きな兄の友人も出席しているからだ。


「いーなぁ兄様……。出たかったなぁ舞踏会。踊りたかったなぁ一緒に」


 ぷっくりとした愛らしい唇を窄めて、主宮のある方角を睨みつける。が、睨んだところで現状が変わるわけではない。諦めたようにふうっと溜息を吐き出して、室内に戻ろうと踵を返そうとした刹那、奥の方の茂みがカサリと小さな音をたてた。少女はごくりと息を飲み、音の方へ視線をやる。胸の前で握り締めた手に、自然と力が入った。安全な場所だと、警備は万全だと、頭ではちゃんと分かっていても、警戒してしまうのには、それなりの理由(わけ)がある。だが………。


「まあっ!!」


 少女の警戒とは裏腹に、そこから出てきたのは青味がかった灰色の毛色をした子猫。どこかで見たことがあるような色だと思ったが、それがどこであったか、少女は思い出すことができなかった。


「お前、どこから入ってきたの?」


 おいで――と、子猫に向かって手を伸ばす。だが、さらに大きな音が鳴り、少女はハッとしてその手を引っ込めた。息を殺し、じっと茂みの方を窺う。ガサガサと大きな音が徐々に近づき、茂みの中から塊――否、少女と同じくらいの年頃の少年が現れた。彼は今にも泣き出しそうな顔をしており、その顔がなんとも情けなく、少女はくすりと小さく笑った。


「ララ、ようやく見つけた。このお転婆め!」


 そう言って少年は、青灰色の子猫を抱き上げた。


「それ、あなたの猫だったの?」


 その問いかけに、少年が顔を上げる。そこでようやく、自分一人ではないことに気がついた。そしてここが自国でないことも………。


「あ、あああああの、ご、ご、ごめんなさい! 勝手に入ってきてしまって僕……僕……」


 羞恥で顔が真っ赤になった少年は、子猫を胸に抱いたまま少女にぺこりと頭を下げる。そんなに慌てなくても良いのにと、少女は内心苦笑した。


「どこの子か知らないけれど、早く戻りなさい。誰かに見つかったら大変だわ」


 少女の言葉に、少年は首をかしげた。その様子を見て、今いる場所がどこなのか分かっていないのだろう感じた。何故ならきょとんとした顔で、少年は自分のことを見ているからだ。


 ここは後宮――王だけが入ることのできる地上の楽園、美しい花が咲き華麗な蝶が舞う園である。例え間違って入ってきてしまったとしても、例えそれが少年であろうとも、王の花園に足を踏み入れた罪は重く、罰が科せられる決まりであった。


「そういえばあなた、どうしてここに来てしまったの? この国の子じゃないわよね?」

「は、はい。伯父が大使としてこちらへの赴任が決まり、国から出たことがなかった僕を連れてきてくださったのです。そ、それで、今夜歓迎の舞踏会があって、僕もそれに出ていたのです。でも僕はまだ子供だから、もう寝る時間だと帰されてしまって……そうしたら部屋にララがいなくて……さ、探していたらここまで来てしまったのです」

「ふうん。そうだったの」


 少女はしどろもどろ説明する少年を観察しながら、少年が舞踏会に出ていた事実に嫉妬していた。きっと彼が他国の子だから、小さくても出ることを許されたのだろう。自分はまだ、出してもらえないというのに………。


「あなた何歳なの? わたしと同じか、年下に見えるけど?」

「僕、ですか? 僕は十三歳になりましたよ」


 あらまあ――と、少女は驚き目を瞠る。何故なら少年が、自分より二歳も年上だったからだ。だが、どこをどう見ても、そんな風には見えないのである。がんばっても、自分と同い年だ。


 どうやら少女の考えていることが分かったようで、少年はどことなくバツの悪そうな顔をした。


「僕はその……兄弟の中でも、一番体が小さいのです。弟よりも、小さいんです……」


 消え入りそうなくらい小さなその声に、少女は彼がそのことを酷く気にしているのだと気がついた。


「そういえば乳母やが、大きくなる時期は人それぞれだって言っていたわ。だから気にしなくていいと思うの。何年か後にはきっと、あなたが一番大きくなっているわよ。それにあなたは整った顔をしているから、もう少し大きくなったら沢山の女の子があなたに夢中になると思うわ」


 そう言って少女はにっこりと笑い、項垂れる少年を元気づけた。少年はパッと顔を上げ、「ありがとう」と嬉しそうに微笑んだ。その笑顔がとても綺麗で、少女は一瞬呼吸をするのを忘れてしまったほどだ。


「あの、お名前を教えていただけますか? 僕の名前は――」


 少年がはにかみながらそう言って、己が名を名乗ろうとした時、部屋の奥から「姫様」と少女を呼ぶ声がした。


「あ、いけない。誰か来るわ。乳母やかもしれない。乳母やはね、怒るとすっごく怖いの。お尻ペンペンするのよ。さあ、もう行ってちょうだい。見つかったらあなた、乳母やだけじゃなくて、わたしのお父様からもお仕置きされちゃうわ」

「あ、は、はい」


 少年は自分を追い立てる少女の、絹糸のごとき美しい淡い金色の髪を指先に絡め取り、素早くそれに唇を押しつけた。その行為に少女は驚き、目を数回瞬かせる。何故ならそれは、父王が母との別れ際に、よくする行為だったからだ。


「もう一度あなたと僕が会えるための、これは“おまじない”です」


 照れたように笑って、少年は子猫を上着の中に押し込み踵を返す。名残惜しそうに何度も振り返りながら、たった今来た道を彼は戻っていった。そんな少年の姿が完全に見えなくなるまで、少女は彼が行った方角を黙って見つめていた。


「まあまあ姫様、ここにいらしたのですか」


 少し高い声がして、少女は声の方へと振り返る。やはり乳母であった。


「さあさあ、お部屋にお戻りください。夜風はお体に毒ですよ」

「は~い」


 少女は一歩前に足を踏み出す。が、ふと、もう一度庭へと顔を向けた。少年が向かった先にある物を思い出し、もしかしたら明日にでも彼と再会するかもしれない。


「その時、挨拶は何てしようかしら?」


 ふふふと笑って、少女はその時の事を考えながら、乳母の後に付いて室内へと戻っていった。


とても懐かしく、そして今でも大好きな作品です。

改稿等により更新速度は遅いですが、最後までお付き合いしていただけたら嬉しいです。

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