第73話
家の前にはいつも通り雪夜君がいた。
「お待たせ。」
「そんなに待ってないよ。」
待ってない訳無いのに雪夜君は優しい。しかも外超寒いのに。
「今日はね、家族が家に居るの。ちょっと騒がしいかもしれないけどいいかな?」
「勿論いいよ。家族がいるのにお邪魔しちゃってゴメンね?失敗したなー。手土産でも持ってくればよかった。」
雪夜君に今日家族がいる事を伝え忘れたのは私のミスだ。因みに雪夜君は一度目の来訪時であるメイド撮影会の時にはちゃんと手土産でゼリーを持ってきてくれていた。気遣いは完璧です。
今まで雪夜君が来る日に家族がいた事はない。ちょっと緊張する。家族がいるなら中で待っててもらえば良いじゃん、と思うところだけど本人不在時に家で待つ新顔の来客、しかも小学生男児、とか怪しすぎるので、申し訳ないが外で待っててもらった。
私はドアに手をかけ思いっきり開く。
「ただいま~。」
「おかえり~。」
家の奥から声がする。
雪夜君を促すと玄関の中に入って来た。
「お邪魔します。」
いつも通り丁寧に断る。
「誰?」
妹が奥からやって来た。
「七瀬雪夜と申します。麻衣さんでしょうか?お姉さんにはいつもお世話になっております。本日は突然お邪魔して申し訳ありません。お姉さんとお約束があったものですから。手土産も無く恐縮ですが、どうぞよろしくお願い致します。」
丁寧にお辞儀する。完璧に言葉がよそゆきだ。麻衣はポカンとして雪夜君を見ている。それからハッと我に返ってペコっと頭を下げた。
「朝比奈麻衣です。お姉ちゃんがいつもお世話になってます?えっと。なんもないですがゆっくりしていってください。」
何故疑問形なんだ?滅茶苦茶お世話になってるぞ。とりあえずちゃんと挨拶できたからいいか。
「お母さんー、お父さんー、お客さんキター!」
別に呼ばんでも…でも私が初めて雪夜君の家行った時はご両親がお迎えしてくれたし、こっちも揃ってないと失礼かな?よし、麻衣、グッジョブ!
両親がわらわら出てきた。
「あら、結衣のお友達?」
「雪夜君、こちら、父の和郎と母の敏子と妹の麻衣です。みんな、この人、私がすっごくお世話になってるお友達の七瀬雪夜君だよ。5月に皆はいなかったけど、手土産にゼリー置いてってくれたお客さんがいたの覚えてる?あれも雪夜君だよ。」
「まあまあ、あれとっても美味しかったわ。有難うね?お構いもできないけど、どうぞゆっくりしていってくださいな。」
「恐縮です。ご迷惑かとは存じますが、少しの間お邪魔させていただきます。」
雪夜君がにっこり笑って再び丁寧にお辞儀する。
「結衣、麻衣、雪夜君に迷惑かけるんじゃないぞ。」
「「はーい。」」
「ささ、玄関は冷えますから早く中に入ってくださいね。」
「お母さん、私の部屋にお通しするからね。」
「わかったわ。」
母の先導で家の中に入ってもらった。あとはいつも通り、私の部屋だ。
「あー、緊張した。」
雪夜君は私の部屋に入った瞬間脱力した。
「全くそうは見えなかったけど?」
「緊張するに決まってるじゃん。結衣のご両親だよ?オレにとっても滅茶苦茶大切な人だから。」
そう言ってもらえると嬉しいもんだな。私は雪夜君からコートとマフラーを受け取ってハンガーに掛けた。私もコートを脱いでハンガーに掛けて、暖房を入れる。
「じゃあ座って待っててくれる?」
「うん。」
いつも通り雪夜君がソファに座るのを見届けてからキッチンに降りる。ドリップ式のコーヒーを二人分入れて、チョコムースとマカロンも二人分用意する。マカロンはラップを解いて箱だけの状態にしておく。
「お姉ちゃん、そのチョコって今来てる男の子の為作ったの?」
麻衣が訝しげな顔をしている。
「?そうだよ。」
「あの子って何歳?」
「12歳だよ。」
「へーえ?」
麻衣は「まさかあれが本命…?」とか「お姉ちゃんってショタ?」とかなんだかぶつぶつ言っているようだがスルーする。
無事コーヒーが入ったので部屋に運ぶ。
「お待たせ。ハッピーバレンタイン!いつもお世話になってるお礼チョコだよ。」
「おおー。薔薇だ。凄い。こんなの作れるんだ?」
「飾りだけどね。一応食べられるよ。」
「こっちの箱も開けていい?」
「勿論。」
箱を開けるとココアのかかったチーズクリームが挟みこまれたマカロンが並んでいる。レースのアイシングが乙女チックだ。
「なんて言うか、可愛いね?」
雪夜君はじっくりとマカロンを眺めている。うう。あんまじっと見られると恥ずかしいな。試食した時は美味しくできたと思ったし、見た目も綺麗に出来ているとは思ってるけど。
「食べてみてくれる?」
「うん。頂きます。」
雪夜君はマカロンを頬張る。ゆっくり咀嚼して飲み込む。
「おいしい。」
良かった。私も自分の分のマカロンを頬張る。うん。美味しい。
「そう言えば七瀬さんって誰かにチョコレートあげた?」
ノートの通りならバレンタインに手作りチョコレートをあげてホワイトデーに告白されて結ばれたなら『一生離れる事はない』はずなのだ。カッターという武器を手にした私は問題があればその一文を引っこ抜いてしまうつもりだけれど。
「オレが知る限り誰にもあげてないね。作ってる様子も無かったし、買いに行った様子も無かったよ。まあ、当日買って渡すとかだったらどうなってるか分からないけど。」
雪夜君がコーヒーに口をつける。
結局桃花ちゃんの心は分からず終いか。桃花ちゃんは何がしたかったんだろう?誰が好きだったんだろう?桃花ちゃんの行動からは全然答えが見えてこなかった。
雪夜君が薔薇の花を食べている。
「ん~甘い。」
ホワイトチョコと水飴練ったようなものだから雪夜君の味覚には甘すぎたか?
「ゴメン。苦手だった?」
「ううん。おいしいよ。バレンタインならではの味って感じだね。」
良かった。ムース部分にスプーンを入れている。
「わ。ふわふわ。」
口に含む。ゆっくりと味わっているようだ。
「おいしい。ありがとう。結衣。」
そっと頭を撫でてくれる。えへへ。喜んでもらえたみたい。満足だ。
「結局七瀬さんがどうしたいのか分からなかったね。雨竜君は七瀬さんが好きっぽいけど。」
「桃姉ね…。ちょっと結衣と似てる感じするな。」
「私と?」
キョトンとしてしまう。桃花ちゃんのどこが私と似てるというんだろう。
「結衣って言ってもちょっと前までの結衣ね。恋愛を拒んでる感じが似てる。桃姉は今年に入って一見アクティブに恋愛行動してたけど、実情そんなに心動いてなかったんじゃないかな。オレからすればそう見える。」
何事にも鋭い雪夜君からそう見えるならそれが真実の可能性が高いと思うんだけど…桃花ちゃんは恋愛を拒んでるか。
「なんでだろ?」
「さあ。そこまでは分からないよ。」
案外冷たいな。
「今、冷たいって思った?」
うう。心読んでるんデスカ?
「桃姉、一見大らかで天真爛漫に見えるけど、一部分においてはちょっと人を立ち入らせないようなところあるよ。恋愛方面もその部分。昔っから貝のように口を噤んでたよ。」
へー。桃花ちゃんが。意外。何でも気さくに話してくるようなイメージあったけどな。やっぱり人間見た目だけじゃわからないってことか。
「だから桃姉には聞けなかった。どうして恋愛拒否ってんのか。姉弟なのにね。そこはどうしても遠慮しちゃうんだ。…オレも拒否られるんじゃないかって怖かったから…」
私ははっとした。そうだ。今は心変わりしてるけど雪夜君は桃花ちゃんが好きだったんだ。それじゃ余計に聞ける訳ない。私能天気に話し振りすぎ。何考えてるんだろう。雪夜君に辛い思いさせて。
「ああ、そんな辛そうな顔しないでよ。やっぱり遠慮はするけど、もう全然怖くないから。ゴメン。オレ余計な事言ったね。」
雪夜君は頭を下げて謝った。
私はぶんぶん首を振る。
「とんでもない。無神経な事言ってごめん。」
「良いよ。大丈夫。ところでご家族、オレについてなんか言ってなかった?」
私は再びキョトンとした。
「雪夜君について?あれからお母さんとお父さんには会ってないけど麻衣には会ったよ。なんか雪夜君の年齢聞かれたり、今日のチョコは雪夜君の為に作ったの?って聞かれたよ。」
「やっぱりか。年齢がなー…」
雪夜君は何やら思い悩んでるようだ。私はムースを口に運ぶ。うむ。旨い。チョコレートの濃厚な味でありながらほのかな苦みもある。口の中でふわっと解けるようなくちどけ。雪夜君のコーヒーが無くなっているようだったので途中一回おかわりを淹れに行った。
お手製のチョコのお菓子を食べながらソファで寛ぐ。
「二宗君がね、」
「うん?」
私がぽつりと話しだすと雪夜君が耳を傾けてくれた。
「私に振り向いてもらえるような男になるんだって。ああいう人好きになれたら良かったのにな…」
「えっ!ダメ!」
「えっ?」
「あ、ゴメン。何でもない。忘れて。」
何だったんだろう。光の速さで否定されたけど。
「結衣の理想の彼氏ってどんなの?」
雪夜君は居住まいを正して質問してきた。
「え?えー?考えた事無いよ。」
「何にも?」
雪夜君にしては珍しく食い下がる。「恋してみたい」とはつい先日思ったけれど、理想の恋人像など本当に何にも考えた事無かったので、今即席で考えてみる。どんな彼氏か…
「優しい人が良いな。自分勝手でない人。包容力があるタイプに憧れる。あと話が合う人。聞き上手だとなお良い。それに頼れる人ってすごく良いな。顔は意外と面食いかも。身長は自分より高いといいな。それで私の作ったお菓子を美味しそうに食べてくれるともっといい。それから私を一番大切にしてくれる人が良いかも。欲張りかな?」
二宗君は話し上手とは言い難いし包容力も無いけど、少なくとも私を一番大事にしてくれる人だと思う。この条件だと春日さんが一番近い男性だけど恋のドキドキは感じない。
「そんなことも無いけど、考えた事無い割には具体的だね?」
うっ…恥ずかしい。
「即席で考えてみました。」
「可愛い趣味してるよ。オレは身長要努力だけど。」
「えっ?」
「なんでもなーい。」
軽い調子ではぐらかされた。
「雪夜君の理想の恋人は?」
「今好きな人。」
ズキリ。なぜか胸が痛んだ。正体不明の胸の痛みを押しこめて思考する。
成程。恋において理想と現実が食い違う事はままあるけど、雪夜君は理想と現実が噛み合ってるようだ。
「それってどんな人?」
「うーん。鈍いね!あと涙もろい。優しいし気遣いのできる子だよ。心理的にちょっと不安定なとことかもあったりしてそこがまた可愛いんだけど、自分では『自分は強い』って思ってるとこあるかな。こんなオレの事も良く頼ってくれてる。会話も合うし。お洒落で顔は可愛いしスタイルもいいよ。あと料理上手だね。」
へー。恋をしているだけあってかなり具体的だ。でも鈍いって…それも魅力なの?あばたもえくぼ現象じゃないかと思う。
「確かに鈍いけど、敏感すぎてこっちの思惑筒抜け状態よりは好ましいんだ。個人的には。」
私の心の内の感想を読んで会話を成立させるのはどうかと思います。それとも顔に出てたかな?ぺたぺたと顔を触る。異常はないよな。
「ああ、あと考えてる事が分かりやすい。かな?」
異様に鋭い雪夜君からしたら大抵の人は『考えてる事が分かり易い』んじゃないかなとは思うけど。
それからも好きな人ならこう!って言うのをシチュエーション別に盛りあがって話した。
雪夜君と恋バナなんて不思議な感じ!でもバレンタインならこれもありだよね?
雪夜君はムースとマカロン、コーヒーを堪能して帰って行った。
雪夜君が帰った後、夕食の席で「雪夜君って礼儀正しいな」とか「顔立ちが整ってるわよね。将来格好良くなるわ~」とか「手土産の事といい、気遣いもできてるし、常識もありそうだ」とか大絶賛だった。ただ「大分年が離れてるようだが、どういう友達なんだ?」とは聞かれたのでお茶を濁しておいた。離れていると言ってもたかが4つ差なんだけどね。
「お姉ちゃんの本命発覚か!?わくてか!」な麻衣ちゃんだけど、来たのが雪夜君でアルゥエー?な状態。麻衣ちゃんの予想ではもっと大人なお兄さん捕まえてくると思ってました。春日さんみたいなw
雪夜君からしたら大抵の人は考えてることわかりやすいけど、結衣ちゃんはその中でもかなり分かりやすい方。