第72話
バレンタインである。本来なら友チョコを配るところだけれど、二宗君を振った手前、それはし難い。今年はいつものメンバーにチョコはないよと告げておいた。私があげないなら里穂子ちゃんもあげない…という話になりそうだったが、私の都合で里穂子ちゃんが倉持君にチョコ渡す機会を潰すのも嫌なので、里穂子ちゃんには『是非あげなさい』と推奨しておいた。学校のメンバーにはあげないとしても雪夜君にはあげようかな。いつもお世話になってるし、お礼チョコ?メールで『チョコ受け取ってくれる?』と聞いたら『勿論』と返って来た。今回も私のお家に集合だ。
今回は里穂子ちゃんが手作りに挑戦したいとのことだった。私のお家に招いて作製の手伝いをする予定だ。里穂子ちゃんはトリュフ、私はネットで見たレシピのティラミスマカロンを作ることにした。マカロン自体は作るのは初めてではない。お誕生日には味を追求したけど、今回は可愛さを追求してみたいと思う。究極にデコるぞー!!
里穂子ちゃんに、里穂子ちゃんの分の材料を買ってくるように指示する。私の方は私の方で準備する。里穂子ちゃんを自宅にあげるのは初めてだな。と思いつつ駅まで迎えに行く。
駅でちょっと緊張気味に佇む里穂子ちゃんを見つける。
「里穂子ちゃーん。材料買ってきた?」
「あ、結衣ちゃん。一応言われた物は買ってきたけど…ちゃんと作れるかなあ。不安だよ。」
「大丈夫だって。家庭科の調理実習でもちゃんと作れたじゃない。」
誘導しながら歩いて自宅に着く。
「結衣ちゃんのお家初めてだね。」
「今日は妹がいるから煩いかもしれないけど。」
自宅に上がってもらう。里穂子ちゃんのコートを受け取って掛ける。自分のも掛ける。とりあえず二人で洗面所で手を洗ってくる。
「エプロン持ってきた?」
「勿論だよ。」
里穂子ちゃんは家庭科の調理実習の時も着ていたデニム地のエプロンを取り出して着た。私もエプロンを着る。それぞれ材料を取り出し始めた。私が材料を取り出してるのを見て里穂子ちゃんが目を丸くした。
「あれ?結衣ちゃん今年は友チョコあげないんじゃなかったの?」
「や、学校の友達にはあげないけど、お世話になった人にお礼チョコ渡そうと思ってて。」
「ふ~ん?結衣ちゃん、何か隠してない?」
「か、隠してないよ。」
う、嘘は言ってないもん。お世話になった人が雪夜君だってのはちょっと秘密だけど。
里穂子ちゃんにちょいちょい指示を出しつつマカロンを作る。生地をあらかた作ってオーブンシートの上に絞りだし、乾燥させる。その間に洗い物をしてチョコムースを作る。
「あれ?まだ作るの?」
「一品だけじゃ寂しいかと思って。」
「凝り性だねぇ。」
里穂子ちゃんもチョコをスプーンで取って丸め始めている。順調順調。里穂子ちゃんはそんなに複雑な手順ではないので、私がチョコムースを作っている間にトリュフを作り終えてしまったようだ。ココアパウダーを巻かれたトリュフがいくつも並んでいる。
私はマカロンをオーブンに入れる。ムースを作り続けて、ムースをカップに入れて冷やすと、ホワイトチョコレートと水飴とグラニュー糖と食紅と抹茶を取り出した。その間もオーブンからは目を離さない。温度調節が命なのだ。
「え!?まだなんか作るの!?」
「や、これはムースの上に乗せようと思ってるんだけど、ホワイトチョコで薔薇の花を作る予定。」
「どんだけ凝るの!?それもう本命でしょ!?誰!?誰なの!!?」
「内緒。本命じゃないよ。本命なんていません。」
「嘘だあ~。」
「お姉ちゃん、去年の秋頃デートに出かけて車で送ってもらってたじゃん?その人じゃない?」
割り込んだ声は妹の麻衣だ。キッチンの見える位置でポテトチップスを片手に食べている。お行儀悪いなあ。もう。
麻衣の言っているのは多分春日さんの事だろう。
「誰その人!?」
里穂子ちゃん鼻息が荒いです。
「さあ。知らないけど、高そうなドレス貰ったんだよね?」
「麻衣。だ・ま・れ。」
チョコレートと水、グラニュー糖で作ったシロップを加えた水飴を練りながら麻衣を牽制する。
「ドレスってクリスマスに着てたやつ?あの可愛いドレス贈られたものだったんだあ。これは二宗君完璧に負けたな。」
「里穂子ちゃん、違うからね?付き合ってないよ。本命でもないよ?」
練って練って練りまくる。ひと塊りになるまで練る。それから大きい方と小さい方に分ける。大きい塊には食紅と小さい塊には抹茶を混ぜる。マカロンの生地は焼きあがった。球状にしたチョコレートをラップに挟んで薄く延ばす。指でひねってバラの芯を作る。
「おお。それが薔薇になるの?」
「なるよ。こうやって花弁を足してって……ほら。形になってきたでしょ?」
会話しながら花弁を足していく。手の熱でだれてきたら時々冷蔵庫で冷やす。
「きれーい!いいなあ。こんなの贈られたいよ。羨ましい。」
「ふふふ。あとで里穂子ちゃんにも試食してもらうよ。薔薇の部分はそんなに美味しいってわけじゃないけどね。」
「お姉ちゃん、私のもあるよね?」
「あるよ。」
ポテトチップス食べて、チョコも食べるのか。不健康だなあ。夕食食べられなくなっても知らないぞ。妹も私と同じで食べてもほとんど太らない体質なので体重の心配はしてないが。逆に私とは違って運動は出来るし、するけど。
ピンクの薔薇をいくつか作って、ついでに緑の葉っぱを作ってからマカロンのクリーム部分を作成する。生クリームとマスカルポーネチーズの混合だ。混ぜるだけなのでそんなに手間はかからない。別のボールに生クリームを少量取ってグラニュー糖と泡立てる。ムースの飾り付け用だ。
準備ができるとちょっと時間が空く。ムースが固まるまでの時間とマカロンの生地が冷めるまでの時間。
「結衣ちゃんって秘密主義だよね。」
「そうかな?」
そんなつもりはないが。ノートの事があるので言えない事は多かったかもしれないけれど。
「そうだよ。バイトの事もずっと教えてくれなかったし!彼氏の事も。」
「彼氏はいないよ。」
「じゃあ最近毎晩隣の部屋で楽しそうな喋り声が聞こえるのは誰と会話してるからなの?誕生日とかクリスマスとかにうきうきケーキ焼いてたのは?」
「誰!?」
雪夜君です。もう相談事とかはないんだけど、何となく電話してる。向こうからもかかってくるし。結構他愛も無いこと喋ってるな。話し上手なんだよね。頭の回転早いし。ケーキも概ね雪夜君の為ですね。ううん、意外と接点多いな。
「麻衣。本当に黙れ。ただの友達です。」
「じゃあ一応信じるけど。結衣ちゃん、彼氏ができたら教えてくれる?」
「えー…多分。…きっと。…なるべく。…その辺は状況により判断していきます。」
必ずしも自慢できる彼氏作るとも限らないし、逆に他人様にばれたらまずい王子様的彼氏になる可能性も……ないな。
「結衣ちゃんったらこれだから。じゃあ結婚式には呼んでくれるよね?」
おお。随分話が飛んだな。
「勿論だよ。」
友達を招いての結婚式は乙女の夢だ。
マカロンの生地が十分冷えたのを確認して白いレースのアイシング。間にチーズクリームを挟みこんでココアを振りかける。うん。これでネットのレシピ通り。ムースの方もモンブラン口金をつけた絞り袋で生クリームを絞った上にピンクのバラと抹茶色の葉っぱを置いた。隅にスライスしたイチゴを乗せる。彩りも完璧。
里穂子ちゃんもトリュフを箱に納めてラッピングしている。
私は雪夜君が直接自宅に食べに来るのでラッピングする必要はないが、マカロンは食感が変質してしまうため仕切りのある箱に納めてラップで包んどく。
「綺麗に出来たねー。結衣ちゃんのチョコ滅茶苦茶可愛い!」
「良かったね。私達の分、今味見しちゃおうか?」
「うん。」
うちはダイニングキッチンになっているので、台所のカウンターのすぐそばにテーブルがある。そこで試食しよう。麻衣にきちんと手を洗ってくるように指示した。
私は紅茶をいれた。里穂子ちゃんの分、麻衣の分、私の分、3人分だ。マカロンもお皿に乗せ、ムースのカップを配る。里穂子ちゃんもトリュフを分けてくれる。紅茶を入れ終わったらエプロンを外して席に着く。里穂子ちゃんも麻衣もそれに倣う。
「「「いただきます」」」
トリュフを口に放り込む。うん。ブランデーがいい香り。シンプルだけど美味しい。
「里穂子ちゃん、とっても美味しいよ。良い香り。これなら倉持君も喜ぶんじゃない?」
「そ、そうかな?」
里穂子ちゃんは照れ照れしている。かあいい。
次に食べられる薔薇を食べる。ソフトキャンディのような食感。これは飾りなので、そんなに美味しいという事も無い。でも綺麗だからいいんだい。ムースはビターチョコを使っているホロ苦めのムースだ。チョコの苦みと生クリームのコクが美味しい。
「結衣ちゃん。これ美味しいね。ふんわりしてるし、ほろ苦い所がまた良い。」
「ん~お姉ちゃんの味って感じ。」
麻衣の感想は意味不明だ。おふくろの味とかそういうことを言いたいんだろうか。とりあえず好評を得られたようで良かった。
最後にマカロン。これは初めての味だ。コーヒーの粉を生地に使ったのでちょっとティラミスっぽい味がする。チョコレート要素がクリームにかかってるココアだけなので、バレンタインとしてはどうかと思うが。でもまろやかで美味しい。
「おいし~。結衣ちゃんの本命さんもこれでメロメロだね。」
「そんな人はいません。お世話になった人です。」
「そう言うことにしておこうか。」
事実そう言う事なんだけども。
無事試食を終えて、解散した。里穂子ちゃんはまだ道は不慣れなため、帰りも駅まで送って行った。
翌日私は学校では出来るだけ人目を避けて一人になった。あのメンバーで里穂子ちゃんがチョコを配ってるところに居合わせるのもちょっと気まずい。
でもメールで『ちゃんと渡せた。美味しいって言ってくれたよ。結衣ちゃん有難う!』と送られてきたので里穂子ちゃんは上手くいったんだろう。嬉しい。
放課後二宗君がこっちに来た。
「もしかして今日一日私のせいで気まずい思いをさせてしまったのだろうか?申し訳ない。」
二宗君なりに考えたようだ。
「ううん。私が勝手にあれこれ考えちゃっただけだから気にしないで。」
「君に嫌な気持ちを味合わせないように気をつける。」
「有難う。」
「それから、君に振り向いてもらえるような男になるよ。」
どんな気持ちでその言葉を口にするのだろう。私は何も言えないまま二宗君の顔を見つめた。二宗君の顔は晴れやかだった。
「私の気持ちは気にしなくて良いよ。気をつけて帰ってくれ。」
私は笑顔の二宗君に見送られた。強いな、二宗君。私みたいに復讐に走ったりしない。彼は十分いい男だと思うよ。もし二宗君みたいな人を好きになれたら、それは結構幸せだったのかもしれないな。
考えながら電車に揺られる。
里穂子ちゃんは未告白。渡しただけです。
二宗君は良い男になりますよ。




