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第71話

進路希望調査ってヤツが来た。まだ一年だからこれで確定ってことはないが大まかな指針を決めさせようってことだろう。私は学力に合う四年制大学の文系を受けるつもりだ。候補もいくつか考えている。進路調査の紙を指で弄びながら雪夜君に問う。


「雪夜君は将来何になりたいの?」


私達は今『新里』の座敷に居る。屏風で区切られた空間で人の目は全く無い。二人でまったり。雪夜君の将来の夢とか聞いてみた。


「オレ?オレはねー、一級建築士かな。職業として確立されてないのが難点だけど。年収を考えればアクチュアリーとかも良いかもね。結衣は?」


雪夜君は抹茶クリーム白玉あんみつを口に運びながら答えた。建築士かー。夢のある答えだな。いつか雪夜君の設計した建物が世に出るかもしれない。アクチュアリーは保険のシステムの破たんを防ぐために、将来的に起こりうる確定的な要素を分析、予測する専門家だね。あんまり共通点のない職種だからどっちが雪夜君の性に合ってるか分からないけど。


「私は教員かな?前世でもそうだったし。」

「前世でも?結衣の前世ってどんなだった?」


そう言えば前世の話はほとんどした事無いな。と言っても語れるほど深い人生歩んでこなかったんだけれど。妙な黒歴史ノートは制作したくせに。


「平凡だよ。中流家庭に生まれて、そこそこの成績とって、上手くツテがあって教員に就職して28歳で事故死。」

「若くして死んじゃったんだね。」


雪夜君が形の良い眉を顰める。


「長生きしても有意義に生きられたか分からないけどね。」


私としては99%無意義に過ごしたと思う。早死にした事は両親に申し訳ないと思うけど。少なくとも両親の愛情だけは受けてきたと思うからな。現世でもその辺は恵まれてるけど。


「平凡でも穏やかで、孫か曾孫に看取られて布団の上で死んだかもしれないじゃん。」


それは夢のような話だなあ。前世の私が幼い頃憧れていた一生じゃないか。でも


「それはないよ。私多分結婚できなかったから。」

「どうして?」


雪夜君に促されて、なんとなく私は話してみたくなった。酷い女の話を。


「私はね、恋をしてたの。とても長い間。でも叶わなかった。その恋が破れたとき凄く嫌な女になったの。逆恨みで復讐した。それからかな、誰との恋も上手くいかなくなった。ううん、違う。恋自体できなくなったのかな。だからきっと結婚できなかったし、子供もできなかったと思うよ。」

「…だから今も恋愛を拒んでるの?」

「拒んでるつもりは…」


雪夜君の目には私は恋愛を拒んでると映るのか。そうなのかな?よくわからない。でももう誰の愛の言葉もいらないとは思う。これが拒んでるってことか…そうか…


「結衣は前世に引き摺られてるね。結衣にとって現世は前世の延長でしかないの?」


前世の記憶は滑らかに現世に受け継がれている。


「私はやっぱり私だから前世の延長かもしれない。」

「そこに新しい人生を歩むという余地はないの?前世と全く同じ人生を歩むのが望みなの?朝比奈結衣は何をしたい?もっと色んな選択肢があるんだよ?」


前世と同じ?前世と全く同じ道を歩むことに何の意味があるというのだ。私は無意識に自分の選択の幅を狭めていたのか。雪夜君の言葉が私の心を揺さぶる。私は動揺した。16年間生きてきて教員以外の未来予想図なんて考えた事無かった。誰かと恋を育てる事なんて考えた事も無かった。確かだと思っていた道程は私自身の思い込みによる幻想だった。急に未来が怖くなった。白紙の未来を歩んでいくのがとてつもなく怖い。


「わ、わからない。どうしたいか分からない…」


混乱した頭を振る。自分の望みが何なのかさえ分からない。自分が分からない。今の今まで、指摘されるまで、私が『前世の私』でなく、『朝比奈結衣』になったことすら自覚できていなかった。朝比奈結衣の望み、未来…わからない…混乱する。


「ゴメン。急かすつもりはないんだ。ゆっくり考える事だよね。大丈夫。大丈夫だよ。ただ結衣に知ってほしかっただけ。今の君は誰でもなく結衣だってことを。」


雪夜君は私の頭を抱え込んでそっと撫でてくれた。



また夢を見た。

私が貶めた前世の彼の夢だ。

彼は笑ってシャボン玉のふわふわ浮かぶきれいな丘に連れていってくれた。彼は丘から真昼の空に浮かぶ白い月を見て「大きな月だ。」と言った。

不思議なことにいつの間にか彼の顔は雪夜君の顔に変わっていた。雪夜君は宝物でも扱うかのようにそっと私の手をとって「世界はなんてきれいなんだろうね?」と言った。世界は美しかった。丘から見下ろす平野はなだらかに広がり草木が青々と繁っている。所々色鮮やかな花も見受けられる。

青く高い空には白い大きな月が。

辺りには虹色のシャボン玉がふわふわ浮いている。夢のような光景だ。

私はあんまりにも世界が美しいから怖くなった。そうしたら雪夜君が握っていた手にぎゅっと力を込めてきた。「大丈夫だよ」と。初めて会った時、喫茶店で泣き出してしまった私を宥めた時と同じように、優しく「大丈夫だよ」と繰り返す。

私は何故だか安心して、恐怖が薄らいでいくのを感じた。



何だか夢から覚めた私は生まれ変わったように活力が漲っている。雪夜君と携帯で通話。携帯越しに伝えてみた。


「雪夜君、私眼鏡関係の仕事してみたいと思うよ。」


前世の私は視力が良かったので縁が無かったが、現世の私は密かな眼鏡コレクターだ。眼鏡デザインの仕事も心惹かれるが、店舗スタッフもいいかもしれない。検眼もしてみたいし、レンズ加工もしてみたい。何より社割で眼鏡が買える。公務員に比べて格段に安定性は劣るけど、これが現世の私なのだ。私がやってみたいこと。今興味があること。


「良いと思うよ。きっと結衣の眼鏡コレクションが増えるね?俺は今のところ視力が良いからお客さんにはならなさそうだけど。」

「伊達眼鏡があるじゃないか!雪夜君の眼鏡姿見てみたい!」

「そう?」


まんざらでもなさそうだ。雪夜君の眼鏡姿。艶消しのシルバーの逆ナイロールとかどうだろう。セルフレームも似合いそうだ。格好良いだろうな。


「それと、いつかは恋をして、結婚とかもしてみたいと思ってるよ。一度でいいから花嫁衣装、着てみたかったんだ。」


何故か私は考えられないくらい前向きな気持ちになっていた。どうしてだろう?心が軽い。


「ふふ。普通は花嫁衣装は一度しか着ないよ。結衣の花嫁衣装ならきっと綺麗だろうね。白無垢も捨てがたいけど、やっぱりウエディングドレスかな?」


私の理想もウエディングドレスだ。お姫様みたいなの。地味顔で全然お姫様なんて柄じゃないけど、一生に一度くらいお姫様みたいな花嫁さんになりたいです。


「まだ、お相手の目処は立たないけどね。」


高校生だもの。そんなに焦る必要ないよね。じっくり素敵な人と恋に落ちたい。


「そう?じゃあ、オレも頑張ろうっと。」


ん?

あ、就職頑張るって意味か。



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