第70話
二宗君の様子がおかしい。前からちょっとおかしかったが、最近はそれに磨きがかかってる。委員会の仕事で持つ荷物は重い軽いにかかわらず全部持ってくれる。帰りが遅くなった時は、やれ寒くないか、疲れてないかと…私は妊婦さんか!しかも何かというと目が合うし、話しかけると赤くなる。手なんか触れた日には私は黴菌か!ってくらい勢いよく手を引っ込める。あんまりに接触を嫌うもんだから私が嫌いなのかと思ったが、周りに聞いてみると「それはない」と言われる。どう考えても変だ。
「雪夜君、二宗君の様子がやっぱりおかしい。まだ何かノートの影響が残ってるんじゃ…?」
私は雪夜君に誘われてショッピングモールに一緒に買い物に来ていた。冬物一掃セールがあるし、雪夜君は新しい服が欲しいんだそうだ。「結衣、ちょっと見立ててもらえない?」と言われている。ハイセンスな雪夜君の服を私が選ぶなんて責任重大すぎる。良いと思った候補を絞っていって、最終的には雪夜君の判断に任せようと思う。雪夜君顔立ちがまだ可愛いからユニセックスなイメージのホワイトのブークレニットとか、ボーダーシャギーニットとか良いかもしれない。私はニットを雪夜君にあてながら言う。
「おかしいってどういう風に?」
雪夜君もブークレニットは気に入ったようだ。お買い上げの方の服の束に寄せている。私は二宗君のおかしなところをざっとあげてみた。
「ははあ。なるほどね。」
雪夜君はうんうん頷いている。
「雪夜君わかるの?」
「うん。それがノートの影響ではない事は分かる。心配しなくても大丈夫だよ。オレは別の意味で心配なんだけど…」
雪夜君はちらりと私の顔を見た。
「別の意味でって?」
雪夜君は私の手を取って抱き寄せた。ぎゅうと抱きしめられる。
!!!???
な、なななななななに!!?
「結衣、ドキドキしてるね?」
「そ、そりゃあ、するけど…」
「二宗にも?」
「え?」
二宗君にも?どういう意味?雪夜君は私を放してくれた。
「大丈夫だと思うけど……はぁ。」
雪夜君は溜息をついた。どうしたんだろ?雪夜君も何か様子が変だ。
タータンチェックのパンツも試着してもらったが、とても格好良いし、可愛い。似合う。ご購入だ。裾上げに時間がちょっとかかると言うので私と雪夜君はフードコーナーでジェラートを食べることにした。私はお米のジェラートで雪夜君は抹茶のジェラートだ。二人で席を取って食べる。お米の甘さがうまあ~。
「あ、朝比奈君。」
「あれ?二宗君。」
二宗君がすぐ傍にいた。私がいる事にビックリしている。私も二宗君がショッピングモールにいる事にビックリしている。あんまり休日にショッピングを楽しむタイプには見えなかったから。二宗君の周りに人はいない。一人で来たようだ。
「こ、こんなところで会えるとは、偶然だね。」
「そうだね。私は雪夜君のお洋服選びに来たんだ。二宗君も何か買ったの?」
二宗君はちらっと雪夜君を見た。雪夜君もじろじろ二宗君を見ている。二人はお互いを観察し合っているようだが声をかけることはない。変な雰囲気だなあ。接点があるとも聞かないけど。
「シャーレとピペット。それからこれは宇宙食の苺ショートケーキだよ。珍しかったから買ってみたんだ。今夜食べてみるつもりだよ。」
二宗君は銀色のパックに密閉されている物体を見せてくれた。確かにストロベリーケーキと書いてある。美味しいかどうかは謎だが。
「へー。」
「結衣。抹茶のジェラート一口食べる?」
雪夜君が唐突に聞いてきた。でもそれさっきから美味しそうだなーと思ってたんだよね。
「え?いいの?」
「うん。はい。」
雪夜君がにこっと笑って、抹茶のジェラートをプラスチックのスプーンで一口掬いとって差し出してくる。私はぱくりとそれを食べた。うわ!抹茶がいい香り!舌の上でとろっとジェラートが溶ける。うまあ~。私の表情は緩んだ。
「おいしい?」
「うん。良い風味だね。すっごく美味しい。ありがとう。雪夜君もお米の食べる?」
「うん。頂戴。」
私はお米のジェラートを一口掬いとって雪夜君に差し出す。雪夜君がぱくりと食べる。
「うん。ほのかに甘いけど甘すぎない。おいしいね。ありがとう。」
雪夜君がちらっと二宗君を見た。二宗君が眉を顰めている。どうした?
「もしかして朝比奈君は彼と…」
「違うけどね?」
二宗君の言葉を雪夜君が遮った。雪夜君がにっこり笑う。珍しい雪夜君の作り笑いだ。二宗君は最近いつも様子が変だけど、雪夜君もさっきからちょっと変な感じだ。二宗君はそのまま去らず、学校のアレコレを話題に乗せる。二宗君視点なので天然がかってるすっとぼけた感想が面白い。でもこれって学校で話せばよくない?雪夜君が話題から置いてきぼりにされてるよ。澄ました顔でジェラート食べてるけど。ジェラートを食べ終わると雪夜君が時計を見た。
「結衣。そろそろ裾上げ終わっているはずだから行こう?」
席から立った。私も倣って席から立つ。
「二宗君、話の続きは学校でね。私雪夜君と行かなきゃいけないから。」
「あ、ああ。」
にこっと笑って手を振ったが二宗君は微妙そうな顔だ。ゴミをゴミ箱に捨てると、雪夜君が私の手を繋いでそっと引く。タータンチェックのパンツ似合ってたからな。出来上がりが楽しみ。雪夜君の顔を見ながら私の顔は想像で緩む。「結衣、楽しそうだね?」と雪夜君が私の顔を見て笑いかけてくれる。うんうん。楽しみだよー。
裾上げはきちんとできていて、雪夜君は「今度会う時に穿いていくね。」と約束してくれた。
二宗君に放課後呼び出された。うちの学校の恋桜と呼ばれる桜のある場所に。あのさあ。此処めっちゃ寒いんだけど。呼び出すなら特別教室とかにしておくれよ。防寒具をしっかり身につけた私は桜の元へと向かった。二宗君は先に来ていたが、すごく軽装だ。寒くないのだろうか?
「お待たせ、二宗君。」
「朝比奈君。寒いところをすまないね。」
そう思うなら待ち合わせはあったかい所にしようぜ?
「ここがお勧めのポイントだと教えてもらったものだから。」
何の?
「私は態度に出やすいから、もう気付いているかもしれないが…」
二宗君は黙った。
なんだよ?なんも気付いてないよ?なんか大事な話?
「……私は君が好きだ。」
「……。」
……。
「さりげない仕草も、思いやりも、笑顔も、全部君が好きだ。文化祭準備の時君が階段から落ちそうになった時、本当に心臓が壊れてしまいそうだった。君が大切なんだ。もしかしたら私には好きな人が2人いるのかもしれないと思って、ずっと自分の心が不安だった。でも今は違う。私の愛する人はただ一人、君だけだ。信じてほしい。」
「……。」
「覚えているだろうか。あの夏祭りで君が言ったこと。私はいつか君に『特別なアクセサリー』を贈りたい。私では、駄目だろうか…?」
二宗君の表情が不安げに揺れている。哀願するような表情を見て可哀想だと思う。頷いてしまいたいが、ここで頷けば私はきっと後悔する。だって私の気持ちは二宗君と同じではないから。
「……ごめん。私は二宗君のこと友達だと思ってる。すごく大事。…でも友達以上には思えない……」
これが正直な私の気持ちだ。
二宗君は怒らなかったし、悲しそうな顔もしなかった。
「…実は始めからそう言われるんじゃないかと思っていた。……君には、今好きな相手がいるのではないかな?私ではなく。」
「いない…と思うけど?」
一瞬脳裏に誰かの顔がかすめたが、誰か確認する前にさっと霧散してしまった。好きな人?心当たりないなあ。第一、私恋とかできないと思うし。今まで告白されてもときめいたりなんてした事無かったし。二宗君のも含めて。
「私は幼い頃から人の気持ちというものがよく分からなかった。それで苦しんだりもした……しかし不思議だな。今、きっと君自身より君の気持がわかると思うよ。」
二宗君は柔らかく微笑んだ。
「私の気持ちって?」
「きっと君自身が気付くことに意味があるのだと思うよ。」
なんだそりゃ。言っている事がよくわかんないよ。私に恋は無縁だよ。今までもそうだったし、これからもきっとそう。
「でも、私に初めての恋をくれてありがとう。」
二宗君はそっと胸に手を当てて静かに言った。二宗君の初恋か。
「…どういたしまして。」
二宗君は小さなくしゃみをした。やっぱりそんな軽装で屋外に出るから。そう言えばお勧めのポイントって言ってたな。
「二宗君。告白ならお勧めのポイントって言うのは恋桜が咲く頃っていう意味だと思うよ。3月くらい。卒業式の告白スポットって聞いたことある。」
「成程。恋愛運を上げる恋桜も桜が咲いていないと意味が無いな。」
やっぱり二宗君はちょっとずれていると思う。そういう所も魅力なんだとは思うけど。きっと天然好きには好かれると思うよ。いつか私への恋が『思い出』になって、二宗君が新しい恋をしますように。二宗君の二度目の恋が実りますように。
恋桜にそっと祈った。
挑発し合う二人。
挑発に乗ったのは二宗君。