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第69話

一条先輩が学校に来ていた。3年はもう自主登校じゃなかったっけ?ぽつねんと中庭に座って呆けている。今日は取り巻きがいない。かなりぼーっとしているようだが具合でも悪いのだろうか。日差しは温かいが気温は冗談じゃない寒さだ。体調を崩していても不思議ではない。


「一条先輩、こんにちは。こんなところでどうしました?具合でも悪いんですか?」


心配になって声をかけてみる。


「ああ、朝比奈か。」


緩慢に私の方へ顔を向ける。やっぱり様子が変だ。額に手をあてるが熱は無いようだ。


「別に熱は無い。」

「では何故このような所でぼーっとされてるんでしょう?」


一条先輩は黙った。言いたくない事ならば別にいい。そこまで深入りするつもりはさらさらない。私が「失礼しました」と言って去ろうとしたその時、一条先輩が口を開いた。


「朝比奈は知っているか?」

「何をでしょう。」

「…俺には友達がいない。」

「知っています。」


寧ろ何を今更だよ。というか一人称『俺様』から『俺』に改めたんだね。いい傾向だ。恥かしい一人称を使うと年老いた時振り返って羞恥に震えるからね。


「俺の周りにいる女たちは『孤高の一条様は素敵』とか『一条様に釣り合う人間などいないのです』とか言う。それで良いと思っていた。良いと思っていた…が、七瀬が言ったんだ。『貴方は学校でも、社会に出ても、誰一人友を作らず、一人で頑張り、一人で老いて、一人で死ぬのね。』と。俺はそう言われた時、何となく自分の未来が見えた気がしたんだ。俺の周りにはいつも華やかな女がいて甘い言葉をささやいてくれる。でも本当の友はいない。きっと大学でも社会に出ても同じだ。結婚は出来るかもしれない、家柄も顔もいいから。でもその女が俺のどこを愛していると言っているか最後まで俺には理解できないだろう。桃花が現れた時、強気で俺に逆らう姿を見て、こいつなら俺と対等に張り合ってくれるんじゃないか?と思った。でも桃花は日に日に他の女たちと同じ顔をするようになってきた。俺は一人で生きて、一人で死ぬ。何だかそんな未来が苦しくて、寂しくて、でもどうしたらいいか分からなくて、やっぱり苦しくて、ここにいた。」


人生に大いに迷っているようだ。て言うか、月絵先輩、ついに言っちゃったかー。でも月絵先輩が直に一条先輩にそう言ったっていう事は考えようによっては救いがある。ダメなところを治せばいいのに、と思うからわざわざ発言したのだろうから。


「私も今の一条先輩は一人で頑張って、一人で老いて、一人で死ぬと思います。」


一条先輩は肩を落とした。真実が重いのだろう。打開策も見つからず、道に迷い、立ち竦んでいる一条先輩。『友達を作る』そのごく普通の行為が一条先輩には出来ない。難しい。


「一条先輩を取り囲んでちやほやしてくれる女性たちに、わざわざそう言ってくれる人はいましたか?」


一条先輩は力なく首を振る。


「一条先輩の周りの女性たちは『完璧な一条先輩』を愛しています。成績優秀スポーツ万能、顔が良くてお金持ちの名家。格好良いですね?素敵ですね?でも、そこに一条先輩の内面は含まれていますか?言ってはなんですが、私は一条先輩って結構ダメ人間だと思います。」


一条先輩はムッとした。しかし私は気にせず続けた。


「甘い言葉をかけてくれる華やかな女性たちに依存して全然自立できていない。先輩が自分には友達がいないと知りながらも自分から積極的に他人にアプローチしなかったのは、周りの女性たちが『一条先輩が他人におもねることなど無いのです』とか『一条先輩と対等に付き合える人間などいないのです』とか言うのに甘えているからでしょう。自分を否定する他人と向き合うのは怖いですからね。傷付いたりもします。自分の駄目なところを助長すると知りながら、周りの女性たちを切り離せなかったのは一条先輩が彼女たちに依存しているからでしょう?盲目的に自分を信じる彼女たちの視線に安心しているからでしょう?ダメですね。全然ダメ。」

「……朝比奈って結構はっきり言うんだな。」


はっきり言わなきゃ伝わらないからと思ってはっきり言ってるんだよ。それに一条先輩が彼女たちに依存するのは私の設定ノートのせいでもあるからね。出来ればこの辺で尻拭いしておきたい。私のノートの陰から飛び出して、新しい一歩を歩んでほしい。


「私は客観的に見てスペックで一条先輩と対等に付き合えるだろうと思える人を知っています。当然その人は普通に友達もいて毎日充実している様子です。その人に一度聞いてみた事があります。『どうして一条先輩と対等に付き合ってあげないんですか?』って。その人の回答は『彼に私は必要だけど、私に彼は必要じゃないから』でした。一条先輩に友人は必要だと思うけど、その人にとっては一条先輩が友人に加えたいラインに達していなかったという意味です。内面において。」

「その人は……誰だ?」


一条先輩はかすれるような声を出した。


「一条先輩に真実を突きつけた人ですよ。」

「七瀬か…」

「月絵先輩はずっと一歩引いて一条先輩の傍にいた人。一条先輩をよく観察していた人。そして一条先輩を駄目だと判断しながら、真実を突きつけることによって改善を試みた人です。」


一条先輩は長い事考え込んでいた。私は辛抱強く待つ。洒落にならないくらい寒い。


「俺は…どうしたら七瀬と友達になれる?」

「何故私に聞くんですか?」

「……思いつかなかったからだ。これからは考え方を改めるなんて言っても、口先だけでいくらでも言える。そんなこと七瀬が信じるとは思えない。」

「一条先輩、月絵先輩と友達になりたいんですか?」

「できることなら。俺の駄目な所をはっきり駄目だと言ってくれて、何事も競い合えるような友人が欲しかった。ずっと。……俺は七瀬がほしい。」

「その言葉。もっと早くに聞きたかったです。」


もう自主登校期間だぞ。友達やってられるスクールライフの期間は終わったんだ。せめて半年前にその言葉が聞けていれば…


「俺は今からでも遅くないと思っている。」

「諦めが悪い所は先輩の美点ですね。…月絵先輩は『彼が華やかなママたちの手を離す気になったら考えてあげてもいいわ』と言っていました。どっぷり依存の一条先輩にその勇気があるか見ものですね。」

「見てろ。今年の新しい俺をな。」


一条先輩は不敵ににやりと笑った。


「留年でもするんですか?月絵先輩は進学するはずですよ。」

「俺は七瀬と同じ大学に進学予定だ。学部は違うが。」


うーわ。月絵先輩この先もずっとお付き合いか。大変そうだなあ。一条先輩駄目人間なところを除いてもちょっと面倒くさそうな性格してるし。


「月絵先輩だけじゃなく、交友関係を広く持つ努力をしてくださいね。」

「それは言われなくても分かっている。」


一条先輩は唇を尖らせた。全く、変な所で子供っぽいんだから。


「朝比奈、世話になったな。」


一条先輩は嬉しそうに微笑んだ。女の子がこぞって騒ぐほど整った顔立ちの笑顔が、可愛いと言えない事も無い。一条先輩はここでぼーっと佇んでいたのが嘘かのように元気になって、張り切って去って行った。

良かった。きっと一条先輩は設定ノートの設定から一歩踏み出せただろう。



やっと一歩。

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