第67話
果たして、結果は現れた。三国君が取り巻きの輪に加わらない。席でずっと寝っぱなしだ。二宗君も桃花ちゃんを視線で追う事はない。でもそれはその日一日だけの事かもしれないと思って1週間様子を見たがやはり三国君は取り巻きの輪に加わる事はないし、二宗君が桃花ちゃんを目で追う事も無い。
帰りに二宗君を甘味処に誘った。甘味処『新里』は最近教えてもらったお店で、隠れ家的な落ち着いた雰囲気と美味しい甘味で個人的にはお勧めだ。このお店、本当に住宅街にある。お店自体も一見普通の家っぽく見えるのがポイントだ。お店の看板は下がっていなくて、表札のある部分に『新里』と書かれている。どう考えても新里さんの家ですね。本当にちょっと広い一般住宅みたい。典型的な和風建築ではあるけど。私も麗香先輩に教えてもらうまで知らなかった。入ると部屋に案内されるが、中は畳張り。窓が広く作られており、そこから日本庭園が見渡せる。また、大きな屏風で仕切りができてるので完全個室っぽい。私達は抹茶クリームあんみつと緑茶を注文した。
「こんなところに店があるとは知らなかったな。いい店だな。」
「でしょ。最近のブームなの。あんみつは家ではあんまり作らないし。」
可愛い和装の店員さんが品物を運んできて、そっと下がる。
二宗君があんみつを一口口に含む。
「旨いな。」
「良かった。」
二人して舌鼓を打つ。あっさりとした寒天に上品な黒蜜。上にのっている抹茶のアイスもすごくいい香り。薫り高い味だ。
「ねえ、二宗君、まだ二人の人物が同時に好き?」
私は三度目の問いを問う。
二宗君は晴れやかな顔になった。
「いいや。一人だけだ。」
良かった。桃花ちゃんへの恋心は無くなったようだ。これで残りのメンバーの打開策にもなるだろう。
「不思議だ。あれほど心に染みついて離れなかったのが嘘のように何も感じない。私の焦がれる人物はただ一人だ。その人物のみが私に喜びや悲しみを与えてくれる。」
嬉しそうに話す二宗君を見つめるとこちらも嬉しくなってくる。その人のことがすごく好きなのだろうという気持ちが伝わってきたから。二宗君がその人のことを一途に愛せるようになって良かったと思う。
「良かったね。」
「ああ。とても嬉しいよ。」
二宗君が恋焦がれる人と上手くいきますように。私は天へ祈った。
一緒に甘味を食べて他愛無い話をして私達は別れた。
私は家に帰ると自分の部屋に籠って雪夜君に連絡を取った。
「雪夜君、上手くいったよ!七瀬さんへの恋心無くなったみたい。」
「そっか。良かった。じゃあ残りの8人も同じように切り取ればいいね。裏側に何があるかだけは注意しなくちゃならないけど。」
私はノートを捲って行く。主に桃花ちゃんへの恋心の行には同じく桃花ちゃんへの恋心の項か、嫌いな食べ物だった。が、一人問題があった。
「どうしよう…八木沢先生の恋心の部分、雪夜君の心変わりの部分になってる。」
これを引っこ抜いたら雪夜君が今好きな人を好きじゃなくなってしまうかもしれない。雪夜君の幸せを奪う事だけはしたくない。例え八木沢先生の心を犠牲にしたとしても。
「問題ないよ。」
雪夜君の返答はあっさりしていた。
「オレの場合、心変わりの方が先に来ていたの覚えてるよね?つまり何にもしない状態でもその人の事が好きな訳だから、今更『心変わりする』っていう一文を抜かれたところで何も変わらないよ。」
そうなのかな?そうなのかも。じゃあ抜いちゃっても大丈夫なのかな。でも不安だ。
「不安に思わないで。もしオレがそれで相手のこと好きじゃなくなっちゃったとしたら、それだけの想いだったってことだよ。オレは好きでいる自信あるけどね。」
雪夜君の自信は絶対だ。じゃあ思いきって切り抜いちゃお!あ、でも
「雪夜君の心変わりの事は気にしないにしても、桃花ちゃんの本命の相手が誰だかわからないと切り抜けないよ。二宗君や三国君だったらまずいことしたなー。」
今思えば早まったかも。もし桃花ちゃんが二宗君や三国君を好きだったら、その恋心を潰した事になる。桃花ちゃんに申し訳ない。
「結衣。思ったんだけど、その考え方止めよう。」
「え?」
止める?何を?
「桃姉を好きになるっていう一文を消しても、今まで桃姉が重ねてきた好感度上げもイベントも変わらない。その人本人が本当に桃姉のこと好きなら一文を抜いても桃姉のこと好きなままだと思う。」
確かにノートは過去の事は変えられないのでそれは真実だ。『桃花ちゃんを好きになる』と言う一文こそ不自然なものであってその一文が無ければ個々の自然な感情に従うはずだと思う。
「それにね、大体恋ってのは本人の努力で掴み取るもんだと思うよ。」
雪夜君の一言は妙に実感があった。
ノートの強制力などではなく、桃花ちゃんは桃花ちゃんの実力で、恋を掴む…確かにそれが自然の事のように思える。ノートで無理矢理恋心を作られるとしたら、攻略対象の方に、なんだか申し訳ないことしている気がするし…
「じゃ、じゃあ、とりあえず八木沢先生の恋心を切り抜いてみるから、ちょっと待ってて。」
雪夜君はこれで恋心が無くなるならそれだけの想いだって言ってたけど、私としては適宜修正を加えるつもりだ。慎重に八木沢先生の恋心を切り取る。これで雪夜君の『心変わり』の一文は無くなってしまったはずだ。
「切り抜いてみたけど、どうかな?まだその人のこと好き?」
「好きだよ。すごく。」
なんだか受話器越しに語りかけられる声が私に向けられていたような気分になってドキドキする。
そっか。雪夜君こんな風に『好きだよ』って言うんだ…
「よ、良かった。問題ないみたいだね。残りの分も切り抜いておくよ。」
「うん。何か問題があったらまた連絡して?」
「わかった。じゃあね。」
まだ耳朶が熱い。耳の奥で雪夜君の『好きだよ』が繰り返されている。
それから様子を見る。ハーレムは見事に解消した。時たま晴樹先輩と四月朔日君は遊びに来る。これは友情の範疇だろう。熱心に来るのは雨竜君だけ。雨竜君の気持ちは本物ってことか。あれだけ蝶よ花よと甘やかしていた一団が、ある日を境にすっといなくなった事に周囲は疑問を抱いているようだった。桃花ちゃんも周りの変化に驚いているようだった。うう。ごめんね。桃花ちゃん。
ついに黒歴史ノート問題解決しました。
このあと一波乱とかないよ。