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第66話

観察対象二宗数馬。クリスマスに二宗君は「少なくとも一人はそんなに好きではなくなったような気がした。」と言っていたが、実際どうなのか。これで桃花ちゃんに対する関心が無くなってたら儲けもの。

しかし実際は…変わってない!全然変わってないよ、二宗君!桃花ちゃんの声がすれば耳を澄ませ、目を向ける。誰かと会話していても視線がチラチラ追っている。全く変わってない。これはどういう事なの?やっぱり修正液は効果なかったってこと?



委員会の仕事を終えた放課後の教室。ここには二宗君と二人っきりだ。


「ねえ、二宗君。まだ二人の人物が同時に好き?」


私はクリスマスの時と同じ問いをしてみた。


「……ああ。…実は急に片方は好きじゃなくなったかと思ったんだ。しかしよく自分を観察してみれば、やはり日常でつい目で追ってる。出会うのが嬉しいと感じている。だがもう一人の事も同じように目で追い、その行動に一喜一憂している。これは客観的に考えて、やはりまだ二人とも好きなようだ。私にはどうしていいかわからない。心が二つに割けそうだ。」


二宗君は自分の制服の胸元を掴んで凄く苦しげだ。今すぐ心変わりを書いてあげたくなる。


「一応好きじゃなくなったかとは思ったの?」

「ああ。今でも聞かれたら『好きではない』と答えるだろう。だが、なんというか、自分の自己認識と本当の心理が噛み合っていないのを感じる。」


ふーむ。自己認識と本心との食い違いか。もしかしたらノートの人物欄はその人そのものを指すのかもしれない。ボールペンで書かれた本心と上に固められた修正液の認識阻害。ノートは心そのものだ。やっぱり心変わりを書くしかないのか。でもそれじゃ残り9人の解決方法が無い。ボールペンで書かれた本心さえ無くなってくれれば…

ん?

ボールペンで書かれた部分が無くなればいいのか?

じゃあカッターで切り取ってしまえば…?

私はぶわっと汗が出るのを感じた。

確かに切り抜いてしまえばその部分は無くなる。でも本人そのもののノートに刃物を入れて大丈夫なのか?本人の肉体が切り刻まれたりしない?

どうすれば…


「朝比奈君。どうかしたのかい?さっきから黙りこんで。…やはり私を軽蔑して…」

「そうじゃないよ!ちょっと…お腹痛くなっちゃって…」

「えっ?大丈夫かい?保健室に行こうか?」


思いのほか強い勢いで心配される。騙してすまない。でもばらす訳にはいかない。私のトップシークレットだから。誰にも…特に攻略対象である二宗君には…言えない。


「ううん。大丈夫。すぐ家に帰って休めば平気だと思う。」

「君がそう言うのなら…無理はしてはいけないよ?送って行こう。」


そう言うと荷物をまとめ始めた。


「いいよ。家逆じゃない。」

「いや、君に何かあったら取り返しがつかない。送らせてくれ。」


真剣に心配してくれる様子に押されて送ってもらうことになった。なんでこうなった。

当然荷物は持ってくれるし、電車でもわざわざ座れる席を確保してくれたりと甲斐甲斐しい。私はどうしていいか分からないままお腹痛い演技を続けた。騙してゴメンね、二宗君。心配してくれて有難う。本当に友達甲斐があるよ。



家に帰ってすぐに自室に籠って、震える手で携帯を鳴らした。こんな時に私が頼れる人も相談に乗ってくれる人も雪夜君しかいない。

数コールで雪夜君が出て二宗君とのやり取りを話し、ノートが本人そのものではないかという話をし、それにカッターで切り取りを入れて大丈夫だろうかという相談を持ちかけた。


「…難しいな。心に値する部分だから切り取られても平気じゃないかというのがオレの意見だけど、身体の方も絶対大丈夫だとは言えないね。」


私は肩を落とした。


「やっぱりそうか…謎の斬殺死とか嫌だもんね。」


リスキーなことはしたくない。皆に怪我なんてさせたくない。


「まあ、一部分だけだから死なないかもしれないけど。……ここからがオレの提案だけど、不安ならまずオレで試してみたらいいと思うよ。」

「雪夜君で!?」


雪夜君が切り刻まれたり死んじゃったりするかもしれない…そんなの絶対嫌だ。


「嫌!絶対嫌!雪夜君死んじゃうかもしれないんだよ!?もしくは重大な後遺症が残るとか…そんなの駄目!」

「心配してくれるんだね、結衣。」

「当たり前だよ!」


何言ってるの!?私がどれだけ雪夜君を頼りにしてると思ってるの!?どれだけ雪夜君を大切に感じてると思ってるの!?


「でもオレはね、ホントは死なないと思ってる。大丈夫だと思ってる。だから提案してるんだよ?修正液かけても二宗は体の異常は訴えてなかったみたいだしね。きっと大丈夫だと思ってる。オレの勘がそう言ってる。ね?結衣、俺を信じて。」


電話の声はひどく落ち着いていた。

やめてよ。信じたくなるじゃない。また頼りたくなっちゃうじゃない。


「結衣。オレの事、利用していいよ。いくらでも頼って?信じて?」


雪夜君は私に何でも与えてくれる。こんなに甘やかされていいはずないのに。


「結衣。大丈夫だよ。大丈夫。」


雪夜君があんまり優しく言うから私は涙がこぼれてきた。雪夜君があんまりにも優しくて…その心遣いが切ないほどに嬉しくて…私はこんなにも優しい人を他に知らない。


「泣かないで、結衣。」


見えてるはずでもないのにぴたりと私の涙を言い当てる。まだ鼻すすってる訳でもないのに。雪夜君のこの勘を…信じていいの?


「ホントに死なない?」

「結衣を残して死ねないよ。」


こんな時だというのに雪夜君の声は甘やかに響く。


「絶対、だからね…」

「うん。良い子だね。」


雪夜君が今ここにいたら頭撫でてもらうのに。絶対撫でてもらうのに。雪夜君に甘えて、安心させてもらいたい。触れられなくて少し遠い電話越し。


「…切り取るよ。」

「その前に一つ確認したいんだけどオレの桃姉への恋心の裏ページには誰の何が書かれてたっけ?」


そうだ。切りぬいちゃうと裏側まで抜けちゃうんだ。黒歴史ノートを巻くって確認する。


「雪夜君の恋心の裏側のページは八木沢先生の嫌いな食べ物だよ。…もし失敗したら雪夜君も八木沢先生も切り刻まれて…」

「ゆーい、オレを信じるんでしょ?」


雪夜君が私の言葉を遮った。


「ま、嫌いな食べ物くらい無くなっても平気か。結衣、切り抜いてみて?」


ごくりと私は喉を鳴らす。下敷きをノートの下に引いて定規で必要な部分のみを切り抜いてみる。ノートにパズルのような空白ができた。


「……雪夜君。切り抜いた。どう?どっか痛いとか苦しいとかある?」

「ぜーんぜんない。ねっ?大丈夫だったでしょう?」


雪夜君の声は明るい。私はホッと胸を撫で下ろした。


「良かった~。ホントに良かったよ~。」


またぽろぽろと涙がこぼれてくる。雪夜君が無事でよかった。雪夜君に何かあったらと思ったら気が気じゃなかったから。


「結衣、泣かなくてもいいんだよ。」


だめだ。私はわんわん泣いてしまった。電話越しに泣きじゃくる私が落ち着くまで、雪夜君はずっと待ってくれた。


「結衣、落ち着いた?」

「…うん。切り抜いてみたけど、心境の方はなんか変化あったの?」

「うーん。オレは心変わりしてるから特には。その点では実験台には向いてないね。ごめんね?過去桃姉を好きだったって記憶は改変されないみたいだけど?でもこれノートの存在を知ってるから『改変されてない』と思ってるだけかもしんない。無意識に群がってるだけなら好きだった事実すらなくなってるかも。二宗みたく自覚があると改変されないかもしれないけど。」


ノートは未来は変えられるけど過去は変えられないからなあ。現在進行形で恋してる人じゃないとモデルケースにはならないか。


「じゃあ二宗君の恋心切り抜いてみる事にする。」

「うん。まずは二宗だけ切り抜いて様子を見よう。一応それぞれ裏ページに何が書かれてるかチェックすること。」


二宗君の恋心の裏側には三国君の嫌いな食べ物半分恋心半分の行だった。抜いても大丈夫だろう。逆に三国君の恋心の裏側は二宗君の恋心と空欄だった。一気に抜いちゃダメ?雪夜君に相談すると「大丈夫だと思うよ」と言われたので2人分一気に抜く。切りぬいた部分はお焚き上げした。

あとは結果待ちだな。二宗君を観察してみる事と今日のお礼を述べて電話を切る。




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