第65話
お正月である。実は里穂子ちゃん、倉持君、林田君、二宗君と一緒に初詣に行く約束をしている。薄茶のフリルのついたロングコートにスキニーデニム、緑のエナメル靴。コートで見えないが中は白のVネックセーターに、ちら見えしてるのは豹柄のキャミソールの紐である。髪にはクリーム色と緑のストライプのリボンのバレッタ。うむ。おかしい所は無いな?玄関にある鏡の前で最終チェックをして出発だ。お参りするのは夏祭りがあった神社だ。駅に集合である。
駅に着くともう二宗君と倉持君は来ていた。早いな。私の後ろから「結衣ちゃーん!」と元気な声がしている。里穂子ちゃんは同じ電車だったのかな?
「里穂子ちゃん、二宗君、倉持君、あけましておめでとう。」
「あけましておめでとう。今年もよろしくお願いするよ。」
「あけおめっ!ことよろっ!」
「あけましておめでとう。林田はちょっと遅れるそうだ。」
林田君、新年から遅刻かい。
4人で雑談して待つと15分ほど遅れて林田君が現れた。髪はぼさぼさ、ダウンの下に見え隠れしているシャツはよれよれ、スニーカーは踵が潰れている。
「悪ぃ!寝過ごした!」
うん。それは見ればわかる。明らかに寝過ごして手近にあった服を引っ掴んで来たというのが丸わかりだ。新年早々締まらない…
「あけましておめでとう、林田君。忘れ物ない?」
「あけおめ。ええっと…」
ポケットの中をまさぐっている。
「おお!……ぉぉう…財布忘れた。」
ダメじゃん!電車で来たみたいだからsuicaは持ってるんだろうけど、電子マネーでお賽銭はご支払いできないよ!
「しょーがねーな。賽銭くらい貸してやるよ。」
倉持君がため息をついている。
倉持君は毎度毎度林田君の保護者みたいだね。面倒見が良くて格好良くは見えるけど。
「甘酒も飲みたい。」
「ワガママな奴め。あとで返せよ。」
林田君と倉持君を始めにぞろぞろと歩き出す。鳥居が見え始めたあたりで林田君がくるりと振り返った。
「で?初詣ってマナーとかあんのか?」
何故私に聞く。まあ、お参りのマナーくらいは予習済みではあるけれど。
「えーと、まず境内に入る前に鳥居に一礼。」
「ふむふむ。」
全員で一礼してから鳥居をくぐる。流石に人が多いからすんなりとはくぐれなかったが。
「次に手水舎で手を清めるけどやり方はわかる?」
「私いつもかなりふわっとやってたよー」
「俺も。」
みんな何となくは覚えてるけどしっかりとは覚えていないらしい。二宗君が慌てて手袋を外す。あ、それ私があげたやつだー。使用してくれてるんだと思うと嬉しい。
「まず右手で柄杓を持って左手を洗う。」
実演してみせる。おおう。水がかなり冷たいぜー。
「次に左手に柄杓を持ちかえて右手を洗う。」
芯まで冷えるわー
「次に右手に柄杓を持ちかえて、左手の平に水を受けて口をすすぐ。私はちょっと抵抗あるからこれだけ。」
水に濡れた指で唇を濡らす。一応マナーではそれでいいことになってるのだ。
「最後は柄杓を縦に持って柄に水を流す。で、柄杓を元の場所に伏せておけばオーケィ。」
みんな実演を見てから説明通りに実行していく。里穂子ちゃんも私にならって唇を濡らしている。
「あ、俺ハンカチもねぇわ。」
林田君ちゃんと持ってきた物の方が少ないんじゃない?
倉持君がハンカチを貸している。
「参道は中央を避けて通るんだけど…」
それどころではない。人がわらわら湧いてるので勝手に押し出されるのだ。これはマナー違反だが諦めよう。社殿には初詣の長い列ができている。列に加わって順番待ちをしている間に解説する。
「次は二礼二拍手一礼ね。」
これは分かるよね?
「賽銭と鈴ってどのタイミング?」
あらら。
「最初に軽く会釈してお賽銭、鈴、で、二礼二拍手一礼だよ。」
「へーえ。詳しいね?結衣。」
ん?この声は…振り返ると雪夜君と、雪夜君のご両親である典子さんと伸一さんがいた。想わぬところで雪夜君と遭遇できて、思わず笑顔になる。
雪夜君は黒のピーコートにカーキのカーゴパンツ、私があげたマフラーをしている。
「雪夜君。典子さんと伸一さんも。あけましておめでとうございます。」
「「あけましておめでとう。」」
ご夫妻はニコニコだ。新年早々機嫌が良さそうだな。なんか良い事でもあったのかな?雪夜君も少し嬉しそうな顔をしているけれど。
「あけましておめでとう。結衣。今年もよろしくね。」
「宜しく。マフラーしてくれたんだね?」
「うん。あったかいよ。ありがとうね?」
「へへ。」
ちょっと照れる。特にまだ結衣って呼ばれ慣れてないせいもある。なんか親密に感じてしまって…照れる。
「里穂子お姉ちゃんも明けましておめでとう。」
「お、おめでとう…ご両親?」
何故か里穂子ちゃんは戸惑っているようだ。
「うん。」
「あけましておめでとうございます。七瀬さんにはいつもお世話になってます。ほらっ、みんな、この方達七瀬さんのご家族だよ。」
里穂子ちゃんに促されて二宗君、倉持君、林田君もそれぞれに挨拶する。何故か二宗君はかなり複雑な顔をしている。片思い中の桃花ちゃんのご家族だからか?
「結衣達はみんなで初詣?仲が良いね?」
「うん。今のクラスでは一番仲いいメンバーだよ。今日は七瀬さんと月絵先輩は?」
「それぞれの友達と初詣。家族で来たのはオレ達三人だけだよ。」
「そっかあ。月絵先輩にもご挨拶したかったな。」
「伝えとく。多分すっごい喜ぶよ。」
雪夜君のこの口ぶりから察するに、またご乱心されるのではないかと思われる。
話してると順番が回って来た。
「お賽銭って相場いくらかな?」
里穂子ちゃんが聞いてきた。
「ネットで見たのは100円が一番多かったけどね。私は45円で始終ご縁がありますようにとか、25円で二重にご縁がありますようにとか、15円で十分ご縁がありますようにとか掛けてるよ。」
今日はきちんと財布に45円入れてきてる。まあ気持ちで言えば50円以下ってちょっと安過ぎない?って思わなくもないけど。
「じゃあ私5円とかないから100円にしようっと。」
「林田は15円で良いよな?」
「おう。いくらでも良いぜ!」
林田君は自分の金で無いので調子が良い。お賽銭って借金でもいいのかしら。神様、罪な林田君をお許しください。
「一応返せよ?」
倉持君はさすがに15円くらいならあげてもいいって顔だ。
「私は細かいのが無いから500円にしよう。」
それぞれが賽銭を放り投げてお参りする。今年のお願いは『黒歴史ノート問題が解決しますように』だ。というか、なんでこんなことになってるんですか、神様。まあお賽銭は本来お願いを叶えてもらったお礼に捧げるっていう説もあるから願いが叶ったら私も500円くらい入れにこよう。
雪夜君達もお参りを終えてきたようだ。
「何かお願いした?」
「ナイショ!あ、結衣のは聞かなくても分かるからいいよ。」
雪夜君は笑っていた。
何お願いしたんだろう。成績は良いし、運動もできるし、友達は多そうだし。家内安全とかかな?
「ちぇっ。やっぱわかるよねー。あ、私里穂子ちゃん達と甘酒飲みに行くから、またねっ。」
「うん。ばいばい。また連絡する。」
雪夜君達とは別れて甘酒の屋台で甘酒を買い、ついでに隣の大判焼きの屋台で大判焼きを買った。いつも通りカスタードクリームだ。甘酒なら断然小倉の方が合うだろうけどこれだけは譲れないね!私以外のメンバーは小倉にしている。林田君は一人でチョコにしてるが。
「もうっ、結衣ちゃんったら!いつの間にあんなに雪夜君と仲良くなったの?とか、ご両親といつ会ったの?とか、結衣って呼ばれてるの?とか、マフラーって?とか、また連絡するってどーゆー事!?とかツッコミきれないよ!」
甘酒をふーふー冷ましながら里穂子ちゃんが早口にまくしたてる。
「俺も気になってた。朝比奈やけに七瀬の弟、だよな?と親しげだよな?」
倉持君も同意している。んん?これまずい?
「まず雪夜君は七瀬さんの義弟で合ってる。他はノーコメントだ。オーケィ?」
「ノー!だよ、結衣ちゃん!」
やっぱりノーか。
「説明不可能。あと、親しいの秘密ね。七瀬さんにもだよ!みんなお口チャック!」
「七瀬にまで?ハァ。意味がわからん。まあ秘密にしてもいいけどよー。朝比奈、七瀬の弟と会った時やたら嬉しそうだったよな。」
林田君が指摘する。
えっ。そうだったかな…?…そんなことも無い…よ…?
「ソンナコトナイヨ?」
「カタコトだ!」
ところで二宗君は何故かテンションダダ下がりだ。大丈夫か?食もあんまり進んでないみたいだけど、お腹でも痛いの?
「二宗君調子悪そうだけど大丈夫?」
私は甘酒をすすって聞く。
私甘酒ってそんなに好きじゃないけど、初詣来るとつい飲んじゃうんだよねー。やっぱ寒いからかな?神社で売ってる甘酒はなんだか市販の甘酒とは違う味がするような気がする。
「え?ああ。別に…大丈夫だよ。」
二宗君の顔色は優れない。他のみんなは「あーあ」みたいな顔してるし。なんだこれ?私なんかやらかした?さっぱり身に覚えが無いよ。
大判焼きにかぶりつく。うまい。
それからまだ時間は早いし、という事でカラオケに行った。里穂子ちゃんが倉持君の歌うバラードをうっとりしながら聴き入っているのを見ながら、林田君とネタ曲を探す。お父様お母様世代の懐メロを歌ったら「いくつだお前!」とツッコまれた。てへぺろ。二宗君はカラオケは苦手らしい。歌が下手というより、あまり歌自体を知らないようだ。ノートに勉強中のBGMはクラシックと書いた気がする。それのせいだったらすまん。だが知っている歌に限っては結構上手かった。良い声してるな。
そんな感じで初詣は終わった。
オカン倉持。
親密さを見せつけられて意気消沈中の二宗君。




