第64話
私はパーティーを早めに切り上げて、急いで家に帰った。今日も家の前で雪夜君が待ってくれている。フードにファーが付いた黒のダウンジャケットを着ている。
今日はクリスマスだと言うだけではなく、雪夜君の誕生日でもあるのだ。雪夜君はわざわざ誕生日に私と会いたいと言ってくれた。それは嬉しい。でも学園のクリスマスパーティーに顔を出したため、だいぶ待たせてしまった気がする。雪夜君は学園のクリスマスパーティーと被ってしまうことを申し訳なさそうに詫びていたが。私はクリスマスより雪夜君のお誕生日の方をお祝いしたい気持ちだ。パーティーも嫌いじゃないけどね。
家の前で待っていた雪夜君に声をかける。
「お待たせ。寒くなかった?」
「ちょっとね。でもオレは冬って結構好きだよ。」
吐く息が白い。もう夜だしこれは相当寒かったな。
「私も。」
肌がびりびりするほど冷たくなって、その後ストーブなどの温風に当たるとじんわりと痛痒い感覚を覚える。冬独特の感覚。それが私は結構好きだ。空も澄んでいるし星がよく見える。
玄関のカギをカチャカチャ開けて中に招き入れる。
「どうぞ上がって」
「お邪魔します。」
雪夜君はいつも通り丁寧に断って中に入る。私の部屋まで案内して、すぐに暖房を入れた。雪夜君のジャケットを受け取ってハンガーにかける。私もコートを脱いでハンガーにかける。雪夜君がコートの下に着ていたドレスに目を向ける。
「ドレスだね。」
「春日さんが私の為にデザインしてくれたドレスなんだって。」
「わざわざ?」
ちょっと訝しげな表情だ。
「そうなの。誕生日プレゼントにって。…似合わなかった?」
「すごく良く似合うよ。とっても可愛い。」
雪夜君は手放しで褒めてくれる。ちょっと恥ずかしい。
「ありがと…」
とっても可愛いか…うー…照れる。もじもじとドレスの裾を直す。雪夜君にソファを勧めて台所に向かう事にする。
「今飲み物入れてくるね。」
何か温かい物を飲ませないと雪夜君が辛いだろう。 この寒い中ずっと外で立ちっぱなしにさせてしまったし。早く温めてあげなきゃ。
「お構い無く。今日も誰もいないんだ?」
「うん。両親は仕事。妹はクリスマスパーティー。」
「クリスマスまで仕事って大変だね。」
「ワーカーホリックなの。おかげで良い生活させてもらってるけどね。」
我が家の両親は共働きで、二人ともワーカーホリック気味。家に寄りつかない!ってほどでもないけど。ちゃんと帰っては来るよ?そう言えば今まで両親がいる時に雪夜君が来た事ってなかったな。どういう関係か説明に困るからいいけど。
私はお湯を沸かしてドリップコーヒーを入れる。ケーキも切れ目を入れた。一応おかわりできるように一個丸々持っていく。
「まずお誕生日おめでとう。生まれてきてくれて有難う。」
我が家では「生まれてきてくれて有難う」というところにすごく重点を置いている。生まれてきてくれなかったらこんな風に会話したり触れ合うことも無かったのだ。今はただその事に感謝したい。
「祝ってくれて有難う。」
雪夜君が微笑んだ。雪夜君の誕生日は雪夜君の生みのお母さんの命日でもある。だから本当は自分の誕生日に対しては複雑な気持ちを抱えているのかもしれないが、それを感じさせないような微笑みだ。
「誕生日だからケーキ焼いてみたんだ。きっと雪夜君、家でも食べるだろうからダブっちゃうけど。」
「ケーキの二つくらい余裕で食べられるよ。」
今日のケーキはオペラだ。つやりとしたこってりチョココーティング。中身はビスキュイ生地にコーヒーバタークリーム、ガナッシュ。様々な味の断層。正直作るのがものすごく手間のかかるケーキ。よって私は普段あまり好んで作らない。でも今日は特別なので頑張りました。一切れをお皿に乗せる。
「おいしそうだね。早速食べてもいい?」
「うん。食べてみて?」
雪夜君がフォークでケーキを切り分けて口に運ぶ。ゆっくり咀嚼している。きちんと飲みこんでから言った。
「…すごくおいしい。これかなり手が込んでるんじゃない?」
手が込んでます。お菓子作りが趣味の私でも、うえーめんどい、と思うくらいに。でも
「折角の雪夜君の誕生日だから頑張ってみました。正直美味しいって言ってもらえてほっとしてる。」
「すごく嬉しいよ。」
雪夜君はにこっと笑った。かわいい。
雪夜君の笑顔が見たくて頑張りました!喜んでもらえたなら嬉しいなあ。
「良かった。プレゼントもあるんだけど。」
誕生日プレゼントの包みを渡す。
「ありがとう。開けていい?」
「どうぞ。」
雪夜君がパリパリと包みを開いていく。
「財布?」
中身はカラフルなマルチストライプで有名なブランドの財布だ。デザインは黒の長財布、内側にはブランド個性らしいマルチストライプの模様が入っている。財布というのは大抵がそんなに安いものじゃない。私が二宗君からのブランド物のキーリングを私が拒否したように、雪夜君も私のプレゼントを拒否するかもしれない。私はどきどきした。
「うん。雪夜君のお財布、端がほつれてるみたいだったから。」
ルティで会計を済ませる雪夜君の財布はカーキの端がほつれているものだったはず。
雪夜君は財布を手に取りちょっと考え込んだ様子だったが、すぐに笑顔を見せた。
「ありがとう。すごく気に入った。大切にするよ。」
ホッとした。雪夜君はプレゼント拒否なんて言う無粋な真似はしないようだ。私はもう一つ包みを出す。今度の包みは結構かさばる。
「良かった。じゃあこっちはクリスマスプレゼント。」
「開けていい?」
「いいよ。」
雪夜君は躊躇なく包みを開けた。
「マフラー?」
「寒いからいいかなと思って。一応手編みだよ?」
雪夜君に渡したのは梅染色の毛糸で編んだアラン模様のマフラーだ。手袋にしなかったのは、雪夜君くらいの年の男の子ではすぐに手のサイズが変わってしまうだろうと思ったからだ。第一子供用の手袋は私が上手く編めない。
「へー。すごい。売ってるやつみたい。結衣お姉ちゃん編み物も得意なんだね?」
「得意ってほどじゃないけど…」
これくらいで得意などとは口が裂けても言えない。まだ編めない物の方が断然多いのだ。 料理は比較的得意だが、手芸の方は程々と言った感じ。出来なくはないが、得意とも言い切れない。
「ううん。上手だよ。これ、オレからのクリスマスプレゼント。受け取ってくれる?」
雪夜君は鞄から包みを出した。
「ありがとう。開けてもいい?」
「うん。開けてみて」
開けてみると丸みのあるフォルム、チョコレートカラーのカメラが箱におさまっていた。フィルムも付けてくれている。
「ポラロイドカメラ?」
「フェジフィルム産のカメラだよ。まあ、ポラロイドみたいにその場で写真が出てくるやつ。」
ポラロイドカメラはポラロイド社のインスタントカメラなのだ。これはフェジフィルムのインスタントカメラという訳らしい。
「結衣お姉ちゃんがこれからも思い出を作っていけるように。」
思い出されるのは5月のファンタジアランド。あんなちょっとの会話覚えててくれたんだ…
雪夜君との出会いから、お互い小さなことまできちんと思い出にしてきたんだものね。
「ありがとう。嬉しいよ。」
ぎゅっとカメラを抱きしめる。
「ね、写真撮らない?」
私はにこっと笑った。雪夜君が頷く。私は雪夜君の、雪夜君は私の写真を撮った。フィルムに徐々に映像が浮かび上がった。インスタントカメラはそんなに映像が良くないと言われているが、結構綺麗に撮れている。フィルムの余白部分に油性ペンで「12/25雪夜君の誕生日☆お・め・で・と・う☆」と書いた。雪夜君にペンを渡すと余白部分に「オレの誕生日。カワイイ結衣お姉ちゃん♪」と書いた。もー何書いてるの。照れる!照れるからやめてー!!
「…オレは欲張りだからもうひとつプレゼント欲しいな。」
雪夜君がコーヒーに口をつけながら言う。
「うん?何か欲しい物あるの?」
何かあるなら用意するのも吝かではないぞ。
だが雪夜君の誕生日プレゼントのおねだりは予想外のものだった。
ひたっと私の目に視線を合わせる。
「結衣って呼んでいい?」
私の頭に空白が生まれる。理解すると頬が熱くなる。名前呼び、名前呼びを要求してるのか。今までも「結衣お姉ちゃん」だからほぼ名前呼びみたいなもんだったけど。
「…い、いいけど…」
嫌ではない。ただ恥ずかしいだけだ。
「結衣、誕生日を一緒に過ごしてくれてありがとう。オレにとって最高の誕生日になったよ。」
私は爆発するかと思った。
名前呼びってこんなに恥ずかしいものなんだ。呼び捨てはすごい距離縮まった気がする。すごく恥ずかしい。免疫が無いからなだけか?私が口をパクパクさせている間も雪夜君は満面の笑みだ。
何故か私の口元にケーキを刺したフォークを持ってくる。
「?」
「口、パクパクしてるからケーキ食べたいのかと思って。ほら、おいしいよ?」
唖然と開いた私の口にケーキを放り込む。うう。美味しいれす。
私もケーキを食べることにした。雪夜君はケーキを二切れ食べてコーヒーもおかわりしてった。喜んでもらえたようで嬉しい。
名前呼びにランクアップ。
着実に距離を縮めてきます。
プレゼントはポールスミスとチェキあたりでイメージしてください。