第63話
12月25日。今日は光ヶ崎学園でクリスマスパーティーが催される。私はこの後用事があるのでちょっと顔を出すだけだが、中には結構楽しみにしている人が多い。私は予定通り春日さんに貰ったドレスを着てきた。ドレスのデザインは淡いピンク地のロングだが腰から下の部分にリボンが通されており、それを引っ張ってギャザーを寄せ、上部分でリボン結びにすればミニにもなるという仕様だ。私は紐を適当に引っ張ってリボン結びにし、膝よりちょっと長いくらいに調節した。肩紐はキャミソール型だ。ドレスの胸部分から下にはいくつもの蜘蛛の巣が黒いレースで模られ、ピンクのドレスの上にかかっている。髪には同じピンク色で幅広に取られたカチューシャ、これは右耳のあたりを中心に黒い蜘蛛の巣状のレースが張られている。それからクリーム色のふんわりした形をしたショートボレロ。首には幅広な黒レースにコロンとしたシルバーの蜘蛛のチャームが揺れているチョーカー、耳からは揺れるシルバーの蜘蛛のイヤリングを下げてきた。雰囲気としてはゴシックの香りがする。全部春日さんから贈られた紙バックに入っていたものだ。私って蜘蛛のイメージなの?因みに今日はコンタクト。春日さんの思惑がちょっと分からないけど、とりあえずデジカメで里穂子ちゃんに撮影してもらった。あとで春日さんに写真を贈らねばならない。全身図とバストアップの2枚を確保した。それとは別に里穂子ちゃんが「一緒に写真撮ろう~」と言ってきたのでツーショットを撮った。里穂子ちゃんは艶々した生地のブルーのバルーンドレスだった。可愛い。
クリスマスパーティーといっても校長先生の話が終わった後は飲んだり食ったり無礼講の普通のパーティーだ。里穂子ちゃんは皿に盛った料理を食べつつ視線をきょろきょろさせている。
ははーん。お目当ての人物探しだな。私も広い会場に視線を彷徨わせていると見つかった。倉持君は窓に寄りかかって外を見ていた。タキシードでもスーツでもないが、スクエアな感じの上下だ。
「里穂子ちゃん、あっちに倉持君いるよ。声かけてきたら。」
「えっ。そんな。でも…」
目に見えて狼狽した。頬が真っ赤だ。しかし知っているぞ。倉持君へのプレゼントが小ぶりなパーティーバックからはみ出ている事を。クリスマスパーティーでは仲のいい友人にクリスマスプレゼントを贈りあったりする人が多い。私も里穂子ちゃんに横長な連ハートのネックレスを贈った。里穂子ちゃんからは鳥が四つ葉を銜えて飛んでいるモチーフのブレスレットを貰った。嬉しい。里穂子ちゃんのセンスはどんどん上昇してるな。
「折角のクリスマスだし。それに見たところ一人だよ。チャンス!」
そうなのだ。いつもくっついている林田がいないのである。林田はサンタ服を着て、中央で女の子をナンパしていた。
「チャンスって、そんな、私はそーゆーのじゃなくて…」
「言い訳はいいから。」
私は赤い顔の里穂子ちゃんをドンと押し出した。里穂子ちゃんはよろめきながら倉持君の所へ行く。それから仲良さげに会話しているようだった。倉持君が里穂子ちゃんの事をどう思ってるか分からない。でも会話している横顔を見ていたら脈ありそう!という気分になってきた。
さてと、私も人探しをせねばならない。といってもすぐに見つかったが。上品なタキシード姿の二宗君は目立っていた。いい意味で。これだけ見てくれが良ければ本当なら女子が群がって来そうなものだが、会話すると頓珍漢な受け答えをするのが周知の事実なので彼に挑む女子はそう多くない。彼はあくまで観賞用なのだ。桃花ちゃんは諦めずにアタックを続けているようだが。とはいえ今日は桃花ちゃんの方が人に埋もれているので近付いていない様子だった。
その二宗君は私が見つけた時には既にこちらを見ていた。ガン見だ。
私はエナメルの靴を鳴らしてゆっくりと近寄る。
「朝比奈君。」
「二宗君、声かけてくれれば良かったのに。」
「いつ声をかけたらいいかわからなかった。」
「別にいつでもいいよ。ちょっと外行く?」
私は二宗君を外に誘った。人目が多い所でプレゼントを渡すと目立つので具合が悪い。特に今日の彼は注目の的だ。外に行くまでも彼を振り返って見る人が沢山いた。
「タキシード姿、凄く似合ってるよ。」
「君もドレス姿が、その、とても美しい。言葉にできないくらいに。」
「大げさだよ。」
外はかなり寒い。ボレロの上から腕を擦った。不思議だなー。二宗君はあまり上手いお世辞を言うタイプではないのに。これは事実として結構良さげに見えるということか?ありがとう春日さん!
「本当だ。会場に入ってすぐ目に入った。目が離せなかった。」
熱心に言ってくる。そこまで言われるとちょっと照れるではないか。
「ありがと。クリスマスだから二宗君にプレゼント用意したよ。受け取って。」
私はパーティバックからはみ出してる包みを渡した。二宗君は手に封筒を持っていた。何故に封筒?
「有難う。私も君にプレゼントを用意したんだ。受け取ってくれ。」
私に封筒をくれた。確か私に月をプレゼントしてくれるんだったな。
「ありがと。中見てもいい?」
「ああ。」
中には月の土地の権利書が入っていた。成程。こう来るか。月を模ったアイテムをくれるとか、月に関する曲の入ったオルゴールをくれるとか、色々やりようはあるはずだが二宗君はリアルに月そのものを贈って来た。
「ありがとう。大切にするね。」
「本当は丸ごと君にプレゼントできたら良かったんだが…」
「ぷっ…それは無理だよ。」
あまりにそのまんまな発想に吹き出してしまう。確かに私が欲したのは月そのものだからその発想は間違っていないけれども。
「私もプレゼントを開けていいだろうか?」
「いいよ。」
プレゼントの包みを開くとそこには一組の毛糸の手袋。グレーの手編みだ。指は五本指ある。手の甲がアラン模様になっているかぎ編みの作品だ。二宗君は片方を手に嵌めてみている。大きさは大体の成人男性の目安で作っている。二宗君の手はそれから逸脱したサイズではないはずだ。
「丁度良いくらいだよ。有難う。大切にする。」
「良かった。」
二宗君が空に目をやる。そしてちょっと緊張したように言う。
「つ…月が綺麗だね。」
「うん。」
ホワイトクリスマスとか憧れるけど、今日に限っては雪は降らないでほしかったのだ。
私も満足げに空を眺める。
それからしばらく外で会話していたが、体感する寒さが尋常じゃない事になってきたので中に入った。二人でしばらく会話しながら軽食を取る。私はこの後予定があるのでそんなにゆっくりもしていられない。最後に一つだけ聞いた。
「ねえ、二宗君。まだ二人の人物が同時に好き?」
「…わからない。少なくとも一人はそんなに好きではなくなったような気がした。気のせいかもしれないが。」
確定ではないのか。何となく不安の残る答えだ。二宗君に心理的な要素を聞くのは些か無理があったかもしれない。もうしばらく様子を見る必要があるな。
「そう。」
私は用事がある事を伝えて二宗君の元を離れた。里穂子ちゃんには今日は長く居られない事は事前に連絡済みだから大丈夫だろう。
遠回しに告白するも気づかれない二宗君。どんまい。
春日さんのドレスに深い意味はありません。似合いそうだから蜘蛛のモチーフにしただけです。