第61話
桃花ちゃんが学校でいじめにあっているのではないか。真っ先に気付いたのは雪夜君だ。雪夜君からメールで相談を受けた私はより一層桃花ちゃんの観察に力を入れた。桃花ちゃんは教科書を1限毎に机から出してロッカーにしまう。ロッカーにもきちんと鍵をかける。今までどう管理していたかふわっとしか記憶に残っていないが、今は神経質な程だ。もしかして悪戯されるのを警戒している?
そして私は確定的なイジメを知ることになる。桃花ちゃんの体操着が目を離した瞬間に盗まれていたのだ。
ぬかったな。これはゲームであると同時に現実でもあるって雪夜君が言ってたじゃないか。現実ならファンが仰山付くイケメン達の好意矢印が一人だけに集中するのは面白くないわな。
どうやら桃花ちゃんへのイジメは女子全員に無視されるとかそういうのではない。知らないうちに上履きや教科書を捨てられていたり、靴の中に異物を入れられていたりという匿名性の高いイジメだ。目撃者を探したところで、その目撃者が桃花ちゃんをよく思わない女子だったりすると黙っている可能性がある。私はちょっと悩んだが、私にはノートがある。ノートは過去の事は操れないが未来の事ならある程度操れる。ノートに『桃花ちゃんへのイジメがあったが、すぐにイジメはなくなる』と書けば完璧だ。学校では三国君が隣の席なのでノートを開けないが、帰ったらすぐ書こう。
と、思っていたところに最悪の事態が起こった。
上履きに芋虫を入れられた桃花ちゃんが耐えかねて、攻略対象たちに漏らしてしまったのだ。
「私にイジワルする人がいて、困ってて…今日は上履きに芋虫が入ってて、私それを踏んじゃって…」
今日の桃花ちゃんはスリッパだ。しかも可愛らしい顔を歪めてぐすぐす泣いている。私は上履きに芋虫なんて入れられた日にはマジギレする自信がある。それは本当に可哀想だと思う。酷いよね?でもさ、桃花ちゃんの取り巻きに相談するのはバッドアンサーだよ。
「イジメなどという卑劣な手段で桃花を貶める輩がいるなど言語道断だ。必ずや探し出して粛清する。安心しろ。俺様に任せておけ。」
ほーら一条先輩が張り切っちゃったよ。ノートに書けばイジメは止むけど犯人追及までは止まない。しかも一条先輩は生徒会長だ。それなりの権力を持っている。どんな報いを受けさせるつもりか知れたもんじゃない。これは面倒くさい事になったぞ。ノートを使用するにしてもなんて書けばいいのか分からない。ノートは基本未来の事は変えられるが過去の事は変えられないはずだ。一条先輩の「必ずや探し出して粛清する」という発言を覆せないのだ。私は平和的解決を望んでいるのに。
正直イジメに走る気持ちもわからなくはないんだ。いくら可愛いからって複数のイケメンにちやほやお姫様のように扱われて、本人は思わせぶりな態度を取るだけ。そのイケメンを真剣に熱愛してるお嬢さん方はさぞやはらわた煮えくり返っている事だろう。
今回に限っては雪夜君にも相談できない。雪夜君は身内の桃花ちゃんが苛められたという事で相当怒っているはずだから、一条先輩の案に賛同してしまうかもしれないからだ。
まずは根本的な解決を先に。桃花ちゃんのイジメメンバーを探し出すことだ。私は長谷川さんじゃないが、その日からカメラを持ち歩くようになった。壊されたらたまったもんじゃないので、デジカメじゃなくインスタントカメラだ。そして桃花ちゃんの持ち物付近で張る。
放課後桃花ちゃんは部活に行く。ある女子の一団が置いてある桃花ちゃんの荷物の中に生ごみを入れようとしている瞬間をばっちり撮った。シャッター音がする。ギョッとした顔でこっちを振り返る一団がいる。
「さて、みなさん。綺麗に取れました。あなた達は誰のファンかな?五十嵐先輩当たりだと思うんだけど。」
一条先輩のファンは数は多いが一条先輩の方針に従って、何事も正々堂々の気風なのである。次にファンが多い五十嵐先輩のファン辺りが怪しい。双子のファンは熱愛するっていうより愛でるって感覚だし。
「あ、あんた誰よ…」
かなり動揺と怯えが混じっている。
「答える義務はありません。この写真を七瀬さんの取り巻き及び教師に流されたくなかったら私の言う事を聞いてください。」
「何しろっていうの…?」
怯えているな。そんなに恐ろしい条件出すつもりはないよ。
「まず七瀬さんへの嫌がらせを一切止めてもらいます。七瀬さんに同様の嫌がらせをしている人がいたら教えてください。その後非公式でいいので七瀬さんに謝ってください。それから、私が関わってる事はご内密に。」
イジメを行っているメンバーがこのメンバーだけとは限らないからだ。複数の女子の恨みを買っている可能性がある。
「お、教えるわよ!謝る!だからその写真だけは…」
女生徒達からは有益な情報が貰えた。やはり他にもイジメに加担しているメンバーが複数いる事がわかった。
「あなた達が約束を守る限りどこにも写真は流しません。でも一つだけ言っておきます。そんな事をして七瀬さんを追い込んだとしても、決してあなたたちの想い人はあなたたちに微笑んではくれないでしょう。」
それは言われなくても解っているのだろう。悔しそうな顔だ。
あの逆ハーレム状態は私のノートが招いたことだ。本当に申し訳なく思う。
「せめて、せめて、七瀬さんが誰か一人を焦がれるように想う人だったらこんなことしなかったのに。」
桃花ちゃんが誰にでも思わせぶりな態度を取っているのがどうにも許せないらしい。私も現時点になっても桃花ちゃんの本命が解らない。桃花ちゃんはいったいどうしたいのか。
悩んでいる暇はない。私はイジメに加担している複数のメンバーに直談判に行き、既に彼女らの情報はリークされている事を告げ、説得にかかった。こんな大掛かりな事をすると私が次のイジメの標的になりそうなもんだが、私は苛められても乗り切る自信がある。私派閥と中立派を味方につけて精々悲壮なヒロインを演じる。噂でイジメの本人達の情報を仄めかしながら彼女らに大きな悪のレッテルを貼り付け、立場を弱いものへと追いやる。前世でもやった事だ。結構得意。
今回調べうる限りのイジメ加担者は私の説得を受け入れ、非公式に桃花ちゃんに謝罪することになった。「謝罪しても許してくれるかどうか…」と不安の声もあったが、問題ない。ノートに『桃花ちゃんはイジメ加担者からの謝罪を受け入れ、許す。同時に攻略対象らへこれ以上のイジメの詮索はしないでほしいと懇願し、受け入れられる』と記入したからだ。イジメ加担者への脅しも効かせたので今後似たようなことは起こらないと思う。
果たして
「誰かは言わない約束なんですけど、皆謝ってくれました。だからもう犯人探しはやめてください。私は皆を許したいんです。私を大切に思ってくれるなら、私の意思も尊重してくれますよね?」
桃花ちゃんはちょっと不安そうな表情だ。
「桃花ちゃんは優しいね。まるで聖母みたいだ。」
とは四月朔日君の言葉。四月朔日君はいちいち言う事が気障で困る。
「正直俺様はまだ許せないが、桃花がそう言うのなら…」
一条先輩も渋々納得してくれたようだ。
どうにか一件落着。雪夜君には細部をぼかしてイジメは解決された事だけを伝えた。
鋭い雪夜君の事だから本当は私の行動なんてお見通しかもしれないけど。
イジメカッコ悪い。
桃花ちゃんにも問題あるけどね!
雪夜君は見抜いてても解決するならつべこべ言いません。