第59話
恐れていたことが現実になった。桃花ちゃんが逆ハーレムを達成したのだ。隠しキャラと教師、あと何故かニ宗君を除く6人の男たちが休み時間毎に桃花ちゃんの元へ訪れ、ちやほやと甘やかすのだ。口の上手くない三国くんですらこの輪に入っている。田中君は仲間に入りたそうに、ニ宗君は複雑そうな顔でそれを眺めている。八木沢先生は休み時間に来れない反動か、部活動では桃花ちゃんに付きっきりらしい。これは結構支障が出てるとのこと。八木沢教師、深みに嵌まってるな。初めは桃花ちゃんに好意的だった女子さえも最近は眉を顰める事が多くなってきていた。
これは不味い展開だ。
アンハッピーな結末への道筋ができている。
二宗君は気にはなるようでチラチラ桃花ちゃんの方を見ている。
「二宗君も行ってきたら?」
勧めてみるが首を縦に振らない。
どういった心境なのだろう。想像もつかないが突っ込んで聞く事も憚られる。これではライバル達に出遅れてしまうと思うんだけどなあ。
肝心の桃花ちゃんだがイケメン達に囲まれて花のような笑顔だ。しかし幸福そうに見えないのは何故だろう。4月の頃には確かにあった、天真爛漫さに幾分影が差しているように見える。
最近長谷川さんとも親密に話している様子が無い。
「おおーリアル逆ハー」
里穂子ちゃんは興味深そうに桃花ちゃん達を見ている。
「でもこれはまずいかもね。」
里穂子ちゃんも男たちの今後を心配しているのだろうか。逆ハーレムって日本の婚姻形態に合ってないし。振られるかキープされる男性が出てしまうわけだよ。
「まさか全員彼氏にする訳にはいかないもんね。」
私が言うと里穂子ちゃんは目を丸くした。
「あ、そっか。その問題もあったか。」
?
「別の問題があるってこと?」
「女の嫉妬は怖いってこと。」
里穂子ちゃんは綺麗に描かれた眉を顰めた。
桃花ちゃんは何故二宗君が自分に近寄ろうとしないのか、理由がわからないらしく、小まめに話しかけに来ているようだ。話している様子だけを見ていると二宗君も嬉しそうなんだが、自分から近づこうとはしない。桃花ちゃんが二宗君にばかり構うので他の6人がかなり冷ややかな目で二宗君を見つめている。
里穂子ちゃん。男の嫉妬も怖いよ。
「二宗君って最近七瀬さんの事気にしてるよね?でも自ら進んでアクション起こさないのは何故?」
私は直球で質問してみた。
二宗君はそれには答えなかった。
「夏美に、その人と目が合うだけで鼓動が速くなる。触れ合うと体が火照って熱くなる。会話を交わすと奇妙な幸福感に満たされる。それなのにもっと見ていたくなる。もっと触れたくなる。もっと会話したくなる。この気持ちは何なのだろうと聞いたら、それは恋だと答えられた。」
「うん。」
それは恐らく恋だろう。二宗君は桃花ちゃんへの想いを自覚できずに戸惑っているのか?
「…それが恋だとしたら、その感覚を同時に二人の女性に覚える事はあり得る事なのだろうか?」
は?
え?
これはあの状態か?雪夜君が通った『本当は心変わりしてるけどノートの効力のせいで桃花ちゃんへの恋心も持続中』ってやつ?私はめまぐるしく頭を回転させた。ノートは後から変更するとしても、今、二宗君に何らかの答えを示さねばならない。
「恋かもしれない。そうじゃないかもしれない。でも二人の女性に同時に想いを告げる事は不実だと思うよ。もう少し自分の心と向き合ってみたら真実が見えてくるかもしれないね。」
「…そうだな。そうしてみるよ。」
二宗君の表情は晴れない。
これはノートに心変わりを記入すべきだろう。
家に帰ってから一応雪夜君に電話で事のあらましを伝える。
「――――というわけで二宗君の人物欄に心変わりを記入しようと思うんだよ。」
雪夜君の時やったみたいに。雪夜君で既に効果は実証済みだ。
「心変わりもいいんだけれど、一つ試してみてくれないかな?」
雪夜君が提案する。
「何を?」
「『桃花を好きになる』っていう文章を修正液で消すの。上手く行けば10人の問題解決の手段になるよ。」
良いかもしれない。文章が最初からなかった事になれば、必ず好きになるという前提は崩れる。心変わりの相手を見つけられない人にも有効だ。私は「試してみるよ」と電話を切って修正液で二宗君の欄にある『他者の心を理解できない二宗に様々な感情を教えていくことにより桃花は二宗に恋心を寄せられる』という一文を丁寧に消した。
結果要観察。
どうなる?二宗君の恋心!
雪夜君は修正液提案のタイミングをずっとはかってました。