第53話
五十嵐先輩がファンの女の子をとっかえひっかえ遊んでいる。いつもの事だ。五十嵐先輩の遊びは決して本気にならない事がルール。泣かされるのはいつも女の子の方なのだ。私は桃花ちゃんと五十嵐先輩が一緒にいたのでとりあえず覗いてみた。
「そんなことしていて、いつか本気で好きな人が出来た時後悔しますよ!」
桃花ちゃんが諫言する。
「俺はもっと刹那的に生きていたいんだよ。楽しい事は楽しもう?桃花チャンも遊ぶ?」
「そんな事じゃ、相手の信頼なんて得られません!本当の恋を失いますよ。」
「注意してくれてあーりがとね。桃花チャン大好き。」
こめかみにキスを送る。
「もう先輩なんて知らない!」
桃花ちゃんは怒ってそれを払いのけて去って行ってしまった。
「あーあ。そこで覗いてる子は誰かな~?」
ぎくり。気付かれた。逃げようとしたが、あっさり五十嵐先輩に捕獲されてしまった。
「結衣チャンか~。俺に近づくなんて珍しいね~」
ほっぺちゅーされた事を未だに私は根に持ってる。体育祭や文化祭では格好良かったけど、それは見た目の話だ。五十嵐先輩の性格は好きになれない。五十嵐先輩はチェシャ猫のような目を細めた。
「なんで見てたのかな~?結衣チャンも俺の爛れた生活が気に入らない?」
「別に。いいんじゃないですか。本気の恋なんてできないと思ってるんでしょう?最初から諦めてるから生活を改めたりしない。そのくせ七瀬さんみたいに自分に本気で説教してくれる子の傍にいると自分が大切にされてる事が感じられて嬉しい。歪んでますね。でも私がどうこう言う問題じゃないです。私は五十嵐先輩がどれだけ堕落しようと五十嵐先輩の勝手だと思うし、私自身本気の恋なんてできないと思ってるから。」
他人にあれこれ言う資格はない。
私に恋は出来ない。本気の恋が出来ない私に五十嵐先輩の恋愛ごっこを止める資格はない。
「ふーん。俺と本気の恋してみちゃう?」
「まあ、そういう所が七瀬さんを怒らせるんでしょうね。因みに私はそういう冗談は嫌いです。」
「冗談じゃなかったら?」
五十嵐先輩は真顔だ。
「俺の事をわかってくれた初めての人。恋するかもしれないよ。」
「私が本気の恋出来ないと思ってるからそういうこと言うんでしょう?そういうの傷の舐め合いって言うんです。ごめんですね。面倒くさい。」
「手厳しいね。今一瞬だけ本気で結衣チャンの事欲しくなった。」
五十嵐先輩に抱きしめられる。ちょ!ふざけんな。
「俺じゃダメ?」
「ダメです。五十嵐先輩が私を欲しくなったのは私が簡単に手に入らないからと分かったからです。ゲーム気分で攻略されるのなんて真っ平ごめん。精々自分の事を叱ってくれる優しい人の事でもおっかけていてください。」
私は五十嵐先輩を振り払った。
「ざーんねん。」
その言葉が寂しげに響いた。
「俺ね。何にも本気になれないんだ。勉強だって運動だってちょっとやれば何でもある程度できる。恋人だって告白した事もないのに両手の指じゃ足りないほど出来る。つまんないんだよ。簡単すぎて。なにもかも。このまま死んだように生きてくのかな…と思うと、たまんないね。」
食えない先輩の本心だ。これは本来桃花ちゃんが引き出さなくちゃならない事だけど、さては会話選択で失敗したな。五十嵐蓮の根底にあるのは人生に対する虚無感だ。本気になれない自分を客観的に見て、諦め、それでも自分を親身に思う人間の温情にわずかばかり癒される。空虚な自分に詰め込めるものを持たない五十嵐蓮。でもそれはただの甘え。
「アホですか?口を開けてれば餌を運んでもらえるヒナじゃないんですよ?本気になれないなら本気になれる事を探せばいい。世界で一番自分が優れてるなんて馬鹿げたこと考えてませんよね?思い切り屈辱を味わって散々悔しがって次に挑めばいい。すぐに本気になれますよ。」
「結衣チャン言うね。ああ困った…結衣チャンが欲しい。」
五十嵐先輩は再び私を抱きしめた。止めろっつーに。
「30秒だけ。結衣チャンをちょーだい?そうしたら、探すから。俺が本気になれる事。」
「……。」
私はきっちり30秒だけ抱きしめられた。30秒後解放される。
「とりあえず女遊びはもう止めるよ。特に楽しい訳じゃなかったし。結衣ちゃんの言う通り、厳しく叱ってもらうのが嬉しかっただけ。」
「五十嵐先輩のしたいようにしたらいいんじゃないですか?」
「俺の事をわかってくれる結衣チャンは俺のものにならないって言ったけど、可愛くて優しくて俺の事を大切にしてくれる桃花チャンは俺のものになってくれると思う?」
私は眉を顰めた。捻くれた五十嵐先輩の性格は恋人に向いてない。素直な桃花ちゃんにはあんまりお勧めしたくない物件だ。でも五十嵐先輩の本気を潰すのも憚られる。最終的にはノートを解決して桃花ちゃん以外の人に目を向けてもらいたいところだけど。
「知りません。」
「結衣チャンの優しさは不器用だね。可愛いよ。」
私の髪を梳いてくれる。その手だけは好きですよ。本人には言わないけど。




