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第52話

約束通り雪夜君が来た。当然とばかりに桃花ちゃんのシフトの入っていない日だ。今日の格好はニットカーディガンにシャツ、カーゴパンツに皮ブーツ。いつも通りお洒落だ。対する私は胸元を紐で縛るようなタイプの黒のチューブトップに黒のホットパンツに大きめな網目の網タイツ。ラメが赤く光る角と蝙蝠羽に尻尾。首にはスタッドを打ってある首輪とベルト。赤いセルの眼鏡には誕生日に倉持君から貰ったゴシックパンクな二連クロスのグラスコード。ゴスパンな小悪魔参上である。因みにこの時期桃花ちゃんはミニスカニーハイの可愛い魔女っ娘である。眼福。


「お帰りなさいませ。旦那様」


雪夜君がぷっと吹き出した。


「悪魔なのに『お帰りなさいませ』なんだね?」

「そこまでマニュアルができてないんだよ。お席にご案内します。」


雪夜君を案内してお絞りとお冷を運んだ。

雪夜君は季節のメニューを読み始めた。


「またあの子来たのねぇ。」


耽美な吸血鬼姿の春日さんが雪夜君に注目する。雪夜君は少なくとも月に一回はルティに来ているので春日さんも顔馴染み。他の従業員さん達には礼儀正しいし、店内を汚したり、無意味に騒いだりもしないので評判はいい。


「この時期ハロウィンだからおいでって誘ったんです。」

「そうなの。いいアドバイスね?オーダー取ったら忙しくなるまでお話ししてらっしゃい。」


これもいつもの事である。春日さんはお店が忙しくない限り、雪夜君が来ると私に時間を作ってくれる。こんなんでお給料(しかも高額!)もらってていいんだろうか…


「雪夜君、オーダー決まった?今日は文化祭の埋め合わせに、私が奢るから好きなの頼んでね?」

「そんなの悪いから自分で払うよ。元から文化祭一緒に周るなんて約束してないし。気にしないで?」

「でも…」


折角会いに来てくれたのに全く案内できなかったのは心苦しい。しかもあんな混み混みのミスコン、ミスターコン会場に連れだしてしまった…

雪夜君は困ったように笑った。


「じゃあ、今度また結衣お姉ちゃんが作ったお菓子食べさせて?逆にそっちの方が高くついちゃうかもしれないけど」

「うん。いいよ。」


食べてくれる人がいると言うのなら作るのは全く苦ではない。寧ろ何作ろうかわくわくする。お菓子作りが趣味だから。美味しいお菓子を作り上げた達成感も楽しくはあるけど、更に作ったお菓子を喜んで食べてくれる顔を見るというという部分もとても楽しくある。喜んで食べてくれるなら私にとってはご褒美だ。


「じゃあ、今日はマンデリンとパンプキンパイがいいな。」

「承りました。」


私は厨房にオーダーを出す。ハロウィンなだけあってこの時期はパンプキンパイのご注文は多い。ルティのパンプキンパイは私も食べたけれど、とても美味しい。お勧めだ。

しばらくオーダーを取ったり品物を出したり、他のお客さんの対応をしていると用意ができたようだ。

コーヒーとパンプキンパイの乗ったお皿を持って雪夜君の元へと行く。


「お待たせしました。ご注文のマンデリンとパンプキンパイです。」


しずしずとテーブルに品物を置く。

それからしばらく会話する。美味しい新商品の話とか。最近見た動画の話とかも聞いてみると結構面白そうなのだ。私も帰ったら見てみよう。

それから再度文化祭の事を詫びた。


「いいって。」

「でも、あんな混んでるところにごめんね?あんなに混むとは思ってなくて。来年は絶対学級委員なんてやらない!文化祭実行委員じゃないのにあんなに忙しいなんて聞いてない!あ。そう言えば…後夜祭で告白されたよ。」


げほっと雪夜君が咽こむ。コーヒーが気管にでも入ったのだろうか。結構苦しそうな咳をしている。私は驚いて雪夜君の背中を撫でてあげる。


「そ、それって二宗?」


やっと咳から解放された雪夜君は何故か二宗君の名を上げた。


「違うけど?」

「そ、そっか。それで……付き合うことにしたの?」


恐る恐るといった感じで尋ねてくる。


「付き合わないよ。『試しでいいから付き合ってみない?』だって。人と試しで付き合うような人好きになれないよ。」

「そうだね。…結衣お姉ちゃんならどんな告白がいいの?」


改めてカップに口をつける。


「そうだなあ…………どんな告白もいらないかな。もう。」


私は古い記憶を呼び覚ましそうになって慌てて頭を振る。


「もうって?」

「その話おしま~い。ねっ、雪夜君。月絵先輩が今まで慌てた事って何かある?」


雪夜君はちょっと納得いきかねる顔をしていたけど、しつこく聞きだそうとはしなかった。雪夜君のそういうところってすごくいいと思う。


「月姉?これ言っていいのかな?」

「口止めされてるの?」


やっぱりあの月絵先輩が慌てるほどの事だから何か重大な事なのかもしれない。私としては慌てる月絵先輩の様子を想像して楽しみたいだけなんだけど。


「されてないよ。えーと、結構前の話なんだけどね、平たい円形のカラフルなチョコあるでしょ。駄菓子分類の。月姉が悪戯で寝ている桃姉の鼻にアレ詰めたんだけど、それが取れなくなっちゃって…もう大慌て。両親に見られたら大目玉だからね。そんなことで病院に連れていくのもアレだし。結局は無事取れたけど。」

「…それ、喋っちゃってもいいの?」


月絵先輩と桃花ちゃんの乙女の威厳が激しく損なわれる気がする。


「やっぱりダメか。」


雪夜君はぺろりと舌を出した。

その瞬間私は爆笑して、流石に春日さんが止めに来た。ごめんなさい、春日さん。と、周りのお客様。

雪夜君は「パンプキンパイおいしかったよ。それに小悪魔可愛いね。お持ち帰りしたいくらい。ホントはトリックオアトリートって言ってもらってトリックの方を選択してみたかったけど。結衣お姉ちゃんの悪戯って興味ある。」と言っていた。多分期待に応えられるトリックは無いぞ。精々擽るくらいだ。でも店内で笑わせる訳にはいかないし。私は爆笑しちゃったけど。



古い記憶が頭をかすめたからかな?

前世の夢を見た。

前世で私は恋をしていた。5年にも渡る片想いだった。ただ彼の運転する車で二人で遊びに行った帰り、雨が降っていた。小雨だった。私は傘を持っていなかった。それでも彼は笑って私を車から送り出した。家までは送ってくれなかった。私は雨に降られながら帰った。それだけ。それだけなのに私は唐突にこの恋が実らないことを悟った。いいや、本当はもっと早く知っていたのだ。それまでいくつもの告白めいたやり取りをすげなく躱されてきたけれど、全部気付かない振りをしていたのだ。彼は私が雨に降られようが気にも止めないのだ。私が5年かけて築いてきたと思っていたものは、それだけの関係に過ぎなかった。

私は一転彼を憎んだ。激しいまでに憎悪した。逆恨みに等しい。どういうわけか人々の煽動に優れていた私はその行動、表情、噂で一気に悲劇のヒロインになる。彼を加害者に仕立てて。私に同情した人々は十分に彼を責め立て、追い詰めたと思う。私の復讐は果たされた。そう思ったのに幾度も彼は夢の中に現れる。ある時は親しかった頃の笑顔で、ある時は私を罵倒して。

幾度も他の男性と付き合ってみた。だけど誰とも合わなかった。

私は逃れられないのだ。彼から。

そうして私は人々が望むような幸せな結婚を諦めた。



今日の夢の中では彼は笑っていた。幸福そうに。

朝起きた私の目尻には涙の跡が伝っていた。それがどういう感情の涙だったのか私にはわからない。



結衣ちゃんの前世。

恋愛はできない。だからしようとも思わない。


月絵先輩ェ…

桃花ちゃんの鼻にマーブルチョコ詰めちゃったりして。お茶目なんだからw

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