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第5話

LHRで八木沢先生は切り出した。


「今日は各種委員会を決めてしまおう。委員会と制限人数は配ったプリントに書かれているから立候補を募る。特に学級委員長と副委員長には期待をしている。」


さりげなくハードル上げるのやめんかい。私は図書委員会に入りたい。委員長なんて特に嫌だ。クラスは一致団結して擦り付け合う様相を呈し始めた。誰だって貧乏くじを引きたくはないのだ。

揉めに揉めた。見かねた八木沢先生が「では、クラスで一番成績が良かった二宗はどうだ?」と勧めてみた。二宗君は立ち上がって答えた。


「お断りします。第一に成績順で適切な委員長が選べるとは思いません。意欲あるものがやるべきです。第二に私は人心掌握というものが苦手です。もっと対人性に優れた人間がやるべきです。第三に私の意思です。やりたくありません。」


すらすらと並べ立てる。


「意欲あるものって言ってもなあ。」


意欲は全員ない。それはこのクラスの状態を見てわかるはず。因みに黒歴史ノートには学級委員長になると八木沢先生からの好感度が上がると書かれているが桃花ちゃんは受ける気がないのだろうか。


「出席番号順で朝比奈、どうだ?」

「嫌です。意欲無し対人性無しやりたくない。」


二宗君が言った事をそのまま流用させてもらった。

結果どうかというと熾烈なじゃんけん闘争が繰り広げられ、私が学級委員長に選ばれた。くすん。

八木沢先生は困ったように苦笑して黒板にチョークで委員長の欄に朝比奈と書く。


「副委員長は…?」


これもじゃんけんになるのだろうか。矢面に立たなくていい分、委員長よりましだと思うが。


「二宗君、意欲も対人性も無くてやりたくなくても私がやることになったじゃない。二宗君も指名されたんだからやっても罰は当たらない!さあ!スタンンダップ!それともやりたくない人に押し付けて高みの見物!?」


やけくそになりながら言う。


「そ、そういうわけではないが。そうだな。君にばかりやりたくない事を押しつけて指名された私がやらないのは不公平だ。私が副委員長になろう。」


すんなり決まった。

里穂子ちゃんは図書委員の枠をゲットしてホクホク顔だ。各委員会に人数が割り振られLHRが終わった。


「各種委員にはこの後委員会がある。まあ顔合わせみたいもんだ。行ってこい。」

私は二宗君と一緒に行こうと思い、机の傍に行った。

「二宗君、一緒に行こう。」

「了解した。」


二宗君が手早く荷物をまとめた。廊下を歩きながら会話する。


「突然指名しちゃってゴメンね?」

「いや、構わない。急に罵倒されて驚いたが。」

「うっ…ゴメン」

「内容は本当のことだったから構わない。」


すたすた歩く。そういえば気になっていたことがあるのだ。ノートの有効性。ノートに書かれている事は概ね現実になっているが、ノートに書かれていない前世の私の構想はどうなのか。所謂裏設定ってやつね。ノートによれば二宗君の家族は父母自分妹の4人家族だ。妹の名前はノートに書かれていないが私の脳内設定では美奈みなだ。


「ねえ、突然だけど私の研究のために協力して。お願い。二宗君の家族構成は?」


あまりにも唐突な質問に二宗君が足を止めて向き直る。涼しげな目元が驚きに染まっているのがわかる。しかしノートのとおりの二宗君の性格ならばこの質問は断らないはず。『研究』という二文字は彼の心を大いに動かすのだから。


「父、母、私、妹だ」

「妹さんの名前は?」

夏美なつみだ」

「そう。ありがとう。」


どうやら構想として脳内に留め置いていたことでも、ノートに書いていない事は反映されないようだ。


「君は一体何の研究をしているんだい?」


もっともな質問。しかしノートの事をべらべら喋るわけにはいかない。


「他人には明かせないの。ゴメンね」

「それは尤もだな。すまない。失言した。」

「ううん、いいの。本当にありがとう。」


チラリと二宗君を見る。

二宗君はウィルス分野の研究者を目指している。違う分野でも研究を志す者には態度が軟化する。キャラクター的に言うなら二宗君はオズの魔法使いのブリキの人形だ。感情を欲するブリキの人形。心がないとは言わないが、優れたスペックを持ちながら、他人の感情を極端に理解できない。自らの感情も乏しい。故に憧れるのだ。桃花ちゃんの最高にキラキラしていてくるくる回る感情に。彼は自分に様々な感情を芽生えさせてくれる桃花ちゃんに好意を寄せるはずだ。

委員会では本当に顔合わせだけだった。思ったより早く済んで拍子抜けした。しかしクラスの委員長なんてものはクラスの雑用係及び会議の司会進行みたいなもんで日常こそ苦労の場なのである。ああめんどい。

二宗君はこのまま図書室に寄るようだ。確か夕暮れの図書室で背の届かない棚にある本を桃花ちゃんが背伸びして取ろうとしている場面に出くわし、背の高い二宗君が背中から包み込むような体勢で本を取ってあげるというイベントがあったはずだ。ちょっと時期は外したが実質上の二宗君出会いイベント。だが、いちいち見張りに行く必要もないだろう。私はそのまま帰宅した。


委員長はやはり面倒な職だった。雑用雑用また雑用。放課後までも雑用に駆り出される。まあ重い物とかは二宗君に持ってもらったんだけども。今日も帰りが遅くなってしまった。ガタゴトと電車に揺られる。電車の窓から降車駅を目で追う。そういえば里穂子ちゃんがあの駅降りてすぐのところに美味しいケーキを出す喫茶店あるって言ってたな。ちょっと寄ってみよう。私は途中下車した。

通り道には人があんまり居なかったので黒歴史ノートをパラパラ開きながら歩く。4月はまだトキメキイベントあったっけなあ?そういえば生徒会長とは直接顔合わせしてないな。

ドサッ

前方不注意で思いっきり人とぶつかった。私はちょっとよろめいただけで転ばなかったが、相手は思いっきり転んでいるようだ。ヤバイ。


「ごめんなさい。大丈夫?怪我はない?」


相手は子供のようだ。ちょっと尻をさすっていたがすぐに立ち上がって笑顔を返してくれた。


「うん。大丈夫。お姉ちゃんは大丈夫?」

「私も大丈夫。」

「よかった。あ、ノート落としたよ。」


目の前の少年が親切にも黒歴史ノートを拾ってくれた。思いっきりページ開いて落ちてるが私以外には白紙に見えるなら問題ないだろう。少年はノートを手に取り硬直した。ん?なんだ?


「なんで月姉つきねえ桃姉ももねえの事が書いてあるの?」


え?マジで?見えるの?

顔を上げた少年は今度は思いっきり不審者を見る目つきだった。ヤッベー!マジヤッベー!紅茶色の髪に煙るような灰色がかった瞳、精緻なまでに整った顔立ち。この少年、桃花ちゃんの義理の弟の雪夜ゆきや君だっ。


「か、かかか、返してっ」


素早くノートを奪い取る。ぎゅっと胸に抱いて離さない。


「すっごく細かく月姉と桃姉の事が書いてあった…お姉ちゃん。もしかして…ストーカー?」


目つきが険しい。ス、ストーカーじゃないもん。でも人物紹介がちらっと見えたくらいでこの世界は前世の私の黒歴史ノートの世界で、君たちは登場人物だっ!なんてとんちきな推理をする人間がいるわけがない。大丈夫だ。セーフ!セェーフ!


「ストーカーじゃないもん。ただのファンだもん。」

「だって1ページいっぱいにちっちゃい文字でみっちり情報が埋まってたよ。怪しすぎるよ。まさか月姉や桃姉の事つけまわしたり郵便受け覗いたりゴミ漁ったりしてない?」


向けられる顔には疑心が満ちている。う、疑いの眼差し。まさかストーカーだと思われるとは思ってなかった。このノート他人には見えないんだと思って安心しすぎていた。


「してないしてない。これは極めてクリーンなデータだよ。」

「じゃあ証拠にそのノート見せて。知ってて大丈夫な情報かオレが判断するから。」


そう来たか。

ノートを見られるのはヤバ過ぎる。


「いや、それは無理。」


これ以上話してるとまずい。幸い私の名前は割れてない。このまま逃走するか。チラリと退路を確認して一気に走りだそうとする。だがあっと思った時には私の体は宙に浮いていた。続いて背中に激しい痛み。雪夜君が素早く私の目線を追い状況を判断して、腕を取り左足を払いあげ、背が地面に着くように投げたのだ。くそ、雪夜君は近接格闘の修行に精を出してたんだった。


「抵抗しても無駄だよ。そのノートを証拠にストーカーとして警察に突き出すよ?」


いや、ノートに書いてある事は他の人には見えないはず。あれ?雪夜君には見えたんだ。他の人はどうだろう。警察にも見えたらちょっとやばすぎる。でも雪夜君にノートを読まれるのも同じくらいやばい。しかしこのノートには妄想としか思えない事柄(乙女ゲームの世界に転生とか)も書かれているし警察の方がまだ痛い子扱いされて許されるかもしれない。


「………わかった。警察に行こう。」

「えっ!?」


私が警察行きを決断すると思ってなかったらしく雪夜君が吃驚した声を上げる。


「警察はオッケーなんだ。じゃあホントにクリーンなデータなのかな…」


雪夜君はぶつぶつ呟いている。私は痛む背をさすりながら起き上った。痛かったけど怪我とかはしてなさそう。多分投げ方が上手かったんだな。


「…いや、待てよ。なんで警察に見せるのは大丈夫なのにオレに見せるのはダメなの?おかしくない?」


ッチ!気づいたか。このノートは関係者に見せるのが一番まずいんだよ。


「どうでもいいでしょ、警察に行けばいいんだよ。」

「なら警察官の人に見せてもらうよ。親族ならそれくらいの権利あるでしょ?」


くっ。マジでやばい展開だ。

どうやったらかわせる?まだ本名は割れてない。逃げたいところだが雪夜君が逃がしてくれない。駄目だ。いい案が浮かばない。最後に泣き落としでも使ってみるか。


「…本当にお願い。雪夜君にだけは見られたくないの…」


今は地面に尻をついている状態だから下からの上目遣い。目は潤んで涙が溢れ出そうだ。前世で私は演劇部(部長)だった。せいぜい活用させていただく。ピュアな瞳のうるうる攻撃だ。美少女でもない私がやって本当に効果があるか疑わしいけど。


「うっ……え?てゆーかなんでオレの名前知ってんの?やっぱり怪しい。ノート見せて。」


雪夜君は一瞬怯んだかに見えたが私の失言で疑惑を深めてしまったようだ。雪夜君にノートを見せるか。非常にぎりぎりなラインだが妄想だと決めつけてくれる可能性もある。


「わかった。ノートを見せるよ。ここじゃ場所が悪いから喫茶店でも行こう。」

「逃げても無駄だよ?」

「わかってるよ。」


格闘術にすぐれた雪夜君から逃げられるとは思っていない。不意をつかない限り。でもさっきの逃走未遂で雪夜君の警戒度はマックスだ。逃げられないだろう。

私は立ち上がって歩きだす。当初の目的だった喫茶店へと移動。初めて来たがなかなかお洒落で、何というか女の子の好みそうなメルヘンなムードがある。ちょっと薄暗いが綺麗な色のランプ、廊下の隅にはウサギの置物などが置かれている。名前は『ミルククラウン』雪夜君はこういった雰囲気の場所が慣れないのか気まずそうな様子だ。案内されて椅子に座る。


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