第49話
当日。まずは男子が悪魔コスチュームに着替えてきた。思い思いの悪魔の扮装は見事にばらつきが出て非常に面白い。田中君は無難に黒Tシャツ黒ジャケット黒パンツで揃えている。まさに平均。林田君なんかは黒ければいいとメイド服を着てきた猛者だ。三国君は予算が無いのかやる気が無いのかその両方か、上下黒のスゥエットに悪魔羽だ。ヤンキーチックな動作が不思議と様になっている不良悪魔さんだ。二宗君は対照的に気合入りまくり。上から下までかっちりとした本格的な執事服である。手袋までしている。眼鏡執事悪魔の参上だ。悪魔で執事ですからぁーッ!しかしこんな洒落た執事服が二宗君の発案によるものとはとても思えない。
「二宗君、その服誰が用意したの?」
「夏美だ。費用は私が出したが。」
やっぱり。夏美ちゃんいい趣味してるよ。文化祭のキモがわかってる。
「似合っていなかっただろうか?」
二宗君はやや不安げだ。自分だけ浮いているような感じを覚えているのだろう。大丈夫だ。林田君というネタキャラがいる。私は真顔で言った。
「恐ろしく似合う。」
二宗君は安心したようだった。
次に女子が思い思いの衣装に着替える。里穂子ちゃんは白のチュニックに白の七分丈のパンツ。パンツのサイドにスリットが入っており、そこからボリュームのあるレースが覗いている可愛いものだ。桃花ちゃんはシャーリングレーヨンのミニワンピースで二の腕とハイウェストのところにギャザーが寄っている乙女チックなものだ。裾はレイヤードになっていて幾重にも布が透けている。対照的に長谷川さんは白のカッターシャツと白のチノパンと言う非常にシンプルなデザインだ。私も着替えなくては。
着替えて教室に入った瞬間しんとした。教室中の誰もが私を凝視しているような気がする。あの桃花ちゃんでさえ。これは早まったか?私似合ってない?場違い?おめーの席ねーから?
今の私の格好はふわふわなシフォンとレースの白マキシワンピ。髪は明るめのアッシュブラウンのロングウェーブのウィッグをつけ、瞳はダークグリーンのコンタクトを入れている。プラス天使の羽根。今日は華やかに化粧もして一応天使に見えると思ったんだが。
「あ、朝比奈か…?」
林田君が乾いた声で言う。私以外の誰に見えるって言うんだ。
「そうだよ。もしかして似合ってない?」
小首を傾げる。
似合ってないならすぐ対策を考えなければな。学校指定のシャツは白だし、演劇部倉庫に突入すれば白いスカートくらい見つかりそうな気がする。それで行くか?
「滅茶苦茶似合ってる…スゲーカワイイ…」
聞き間違いだろうか。今林田君に可愛いと言われた気がする。
と思っているとわらわら人が寄ってきた。
「ホントに朝比奈さん?ものすごい可愛いんだけど。いつも美人だとは思ってたけど予想の斜め上!」
「キレー!ロングヘア超似合う~美人~」
なんだこれ?大絶賛?そんな馬鹿な?
「り、里穂子ちゃん…」
私は動揺して里穂子ちゃんに助けを求める。里穂子ちゃんは我が意を得たりとばかりに頷いた。
「皆、解ったでしょう。うちのクラスの天使は七瀬さんだけじゃないってことが!」
ブルータス、お前もか!
里穂子ちゃんの言葉を受け、教室中が歓声に沸いた。大絶賛の嵐に次いで「ミスコン出場すればいい所まで行くんじゃね?」という言葉が。
いやー!やめてー!目立ちたくないー!!
心なしか桃花ちゃんが悔しそうな顔だ。うう。ごめんよう、君の顔を潰すつもりじゃなかったんだ。比較すれば桃花ちゃんの方が絶対可愛い。それだけは言える。私はただ物珍しさが手伝っているだけだ。
「朝比奈君。とても似合っているように思える。ただ、どうしてだろう。とても大人っぽくて君が遠い人のように感じられるよ。」
二宗君は戸惑い顔だ。ええい。二宗君まで情緒不安定か。衣装くらいで疎外感を味わってもらっては困る。しかし初期の頃と比べるとだいぶ感情が豊かになって来たな。私は二宗君の両手をぎゅっと握った。二宗君は背が高いので自然に上目になる。
「私はいつもの朝比奈結衣だよ。遠くになんて行ってない。」
にこっと微笑むと少し二宗君の頬が赤らんだ気がした。心なしか手も熱い。
「二宗君調子悪い?なんか手が熱いけれど。」
「い、いや、そんなことはないよ。文化祭だから少し興奮しているだけだ。」
その割に声が上ずっているが本当に大丈夫なんだろうか?
「そう?なら良いけど…」
私は二宗君の手を離した。具合が悪そうになったら即保健室にぶち込もう。そう心に決めて配置の確認についた。
当日の予定だが、残念ながら私には自由時間というものが殆ど無い。クラスの出し物のウェイトレスの他に、様子見つつ追加で菓子を焼いたり、学級委員長として学園演劇の補助をしたり、ミスコンの投票用紙の集計をしたりせねばならないからである。それは二宗君も同じ訳なのでが。これは二宗君と一日一緒だな。
学級委員長マジ忙しい。私は4月のじゃんけんを恨んだ。
四月朔日君がやってきた。山鳩色の浴衣姿だ。可憐な彼の容貌のせいで一段とフロアが華やかになる。注文を取りに行ったのはもちろん桃花ちゃんだ。
「『天国と地獄喫茶』にいらっしゃいませ。理人君来てくれたんだね?有難う。」
「可愛い天使につられて入っちゃったかな?緑茶とバナナマフィンお願いするよ。出来れば桃花ちゃんが作ったのが食べたいな。」
そういったオーダーの仕方は受け付けていない。桃花ちゃんの手作りを指定できるならみんな可愛い桃花ちゃんの手作りを指定するだろう。むさくるしい男が作ったものと思って食べるより精神衛生上いいのは確かだ。
「ごめんね。大量に作ったから区別付かないよ」
というか桃花ちゃんお菓子の制作には手をつけてないよね?さらっと自分も作りました。みたいな顔してるけど。
緑茶は飲み物の中では唯一ちゃんと葉から淹れられている。ただしタイミングによっては二番煎じが出てくることもあるのはご愛敬。桃花ちゃんはオーダーを伝えるとまた四月朔日君の席に戻っていった。
「すぐ出来るから待っててね?」
「うん。それにしても天使姿、よく似合ってるよ。その衣装でミスコンも出るの?」
「ううん。ミスコンは違う衣装で出るの。どんな衣装かはまだナイショ。良ければ見にきてくれる?」
「時間の都合がつけば行くよ。桃花ちゃん優勝候補だしね?楽しみにしてるよ。」
四月朔日君にもクラスで担当された拘束時間があるのだろう。
「そんな…私より可愛い子なんていっぱいいるよ…」
いねーよ。
「僕が知る中では一番可愛いよ。自信もって。ね?」
この辺りで四月朔日君のオーダーが整ったらしく桃花ちゃんが取りに行く。四月朔日君に緑茶とバナナマフィンを届けてからも桃花ちゃんは席を離れなかった。
「6組は縁日だっけ?」
「そうなんだ。食べ物の屋台もあるけど、輪投げとかヨーヨー釣りとかもあるから良ければ来てよ。来てくれたら案内するよ。」
四月朔日君はぱくぱくマフィンを食べる。猫舌なのか緑茶にはまだ手をつけていない。
「わあ。嬉しい。きっと行くね?」
「うん。おいで。」
にっこり笑う。緑茶にふーふー息を吹きかけて冷ましつつ飲む。
結局四月朔日君が店を去るまで桃花ちゃんは四月朔日君につきっきりだった。当然フロアが滞った。こめかみに青筋を浮かべながらヘルプに入る私。忙しいったら無い。
雪夜君はわざわざ桃花ちゃんの休息時間を調べて、居ない時間帯に天国と地獄喫茶にやってきたらしい。折角なので私が対応する事にする。
「結衣お姉ちゃん、すごくきれいだ…似合うよ。本物の天使みたい。」
「いらっしゃいませ」と言う前に感想を言われてしまった。あんな美人な義姉二人を持つ雪夜君に言われるのならお世辞でも嬉しい。
「ありがとう。まずは食券を買ってね。」
周りからは「すっごい可愛い子~!」「みてみて!凄い綺麗な顔してるよ。朝比奈さんの弟かな?」などの声が漏れている。雪夜君綺麗な顔してるからなー。どうしても目立ってしまうのだよ。
「何がおススメ?」
雪夜君は周りの声は気にせずマイペースだ。慣れているのかもしれない。
「私のおススメはアップルパイかな?他と比べてちょっと高いけど私のレシピなの。」
雪夜君は素直に私のおススメのアップルパイの食券とコーヒーの食券を買った。
周囲の客も私の発言を聞いていたのかアップルパイの購入が異様に増えた。これは焼き足さねばならないようだな。
雪夜君のオーダーを伝えると別のお客さんのオーダーを取りに行く。そして雪夜君の注文品が整えられた頃、再び席へ運ぶことにする。
コーヒーは申し訳ないがインスタントだ。コーヒーとパイを持って雪夜君の元へ行く。
「お待たせしました。コーヒーとアップルパイです。」
食券を回収して品物を並べる。
「ありがとう。結衣お姉ちゃんは自由時間いつ?良ければ一緒に周らない?」
「ごめんね。私自由時間ほぼゼロ。喫茶もだけど学級委員の仕事が忙しいんだ。」
「そっかあ。残念。」
本当に残念そうに言う。そこまで残念にされると本当に申し訳ない。折角招待したんだから、私も本当は一緒に周りたかったよ。
「じゃあ代わりに今度ルティに来て。なんか奢ってあげる。それに今ハロウィンの仮装で給仕してるよ。」
「そうなの?それじゃあ行かなきゃね。」
雪夜君に笑顔が戻った。よしよし。
「それじゃあ私仕事に戻るから。」
「うん。頑張ってね。」
私は一旦給仕から引っ込んで減った分のパイを焼き足そうとする。文化祭のアップルパイは煮林檎ではなく生林檎を使用するシンプルなアップルパイだ。本当は10月だし手の込んだパンプキンパイを作りたかったが予算と手間でアウトとなった。せめてさつまいものタルトにすれば良かったかも、と思いながら手勢を引きつれて家庭科室に向かう。何故か二宗君が付いてきた。君は客寄せパンダだから店の方にいてほしいのに…
手分けしてアップルパイと減っているマフィンを作る。二宗君も当然手伝ってくれるわけだが。バターを混ぜながら聞く。
「朝比奈君は、さっきの少年とは、その、親しいのか?」
おずおず、という擬音が似合いそうな聞き方だ。親しいのかって言えば、そりゃ親しい。ただ関係としては友人プラスクラスメートの義弟となる微妙な関係だが。
「まあね。」
「夏祭りの時にも見た顔だと思ったのだが。」
「そうだよ。よく覚えてるね?」
一回暗がりで会っただけなのに。
「何故か印象的だったんだ。君が慌ててるようにも思えたし。」
あの時は雪夜君が怒っているような気がして慌てていたのだ。格好悪い所見られたな。何がそんなに印象に残ったのかは知らないが、あんまり覚えていてほしいシーンではない。
「その辺は早く忘れてくれると嬉しい。」
「努力しよう。…………やっぱり無理だ。忘れることはできそうにない。」
二宗君は私の失態が忘れられないらしい。くそう。無駄な記憶力め。
「…そう。手、止まってるよ。早く作らなくちゃ。」
「そうだな。」
私達は無心で手を動かした。引きつれていた手勢の耳がダンボになってるとも知らずに。
足りない分を焼き足して喫茶に戻ると丁度春日さんが来たところだった。チェックシャツにデニム、ライダースジャケットというものすごく珍しいカジュアルな格好だ。黙っていればかなり目を引く美男子なので注目が集まっている。
今日の私の格好は春日さん発案なので是非見に来てほしいと思っていたところだ。嬉しい。
私はさっと駆け寄った。
「結衣ちゃん。よく似合ってるよ。やっぱり俺の目に間違いはないね。」
にこりと微笑む。気色悪い。普段なら「あらー可愛いわ~。やっぱりアタシの目に狂いはないわね!」と来るところである。TPOと私の立場を考えて言葉もよそいき仕様らしい。
「えへへ。全部春日さんのおかげです。有難う御座います。春日さんもカジュアルスタイル似合いますね?」
「有難う。たまには俺もイメチェン。俺はシンデレラを送り出す魔法使いになれたかな?」
「はい!春日さんは最高の魔法使いです!」
春日さんはにっこり微笑んだ。
「でももっと早い時間だったら七瀬さんも見られたのに、もったいないですね。」
全くそうは見えないが、春日さんは桃花ちゃんに好意を寄せているはずなのだ。多分。きっと。
「そうなのか?まあ、俺は結衣ちゃんが見られただけでも満足だけどな。」
そう言うとシフォンケーキと紅茶の食券を買った。穏やかそうに微笑む。彼が笑うとフロアのご婦人がたの溜息が洩れる。ついでに言うと給仕の手も止まってる。めっ!まあ二宗君や三国君もフレッシュでいいんだけど、春日さんはなんか大人の色気があるよね。
シフォンケーキと紅茶を運ぶと春日さんは優雅に食べていた。流石と言うか、食べ方がきれいだ。帰りに「美味しかったよ。」といってクッキーも買っていってくれた。
忙しい合間を縫って月絵先輩も来てくれた。
「あ、月絵先輩。いらっしゃいませ。」
「朝比奈さん。予想の斜め上の綺麗さね。素敵な天使よ。」
「そ、そうでしょうか。ありがとうございます。お席はこちらです。」
月絵先輩みたいな超絶美人におだてられるとこそばい。月絵先輩はじっくり私を鑑賞しているようだ。
シフォンケーキと紅茶の食券を買っていた。
準備ができてシフォンケーキと紅茶のを運ぶ。
「ユキはもう来た?」
「はい。さっき来てくれました。自由時間一緒に周ろうって言ってくれたんですけど、忙しくて。」
「そう。委員長ばかりに皺寄せがいってるわね。申し訳ない限りだわ。」
「月絵先輩のせいじゃありませんから。」
「折角のデートのチャンスを…」
月絵先輩はブツブツ言いながらマイワールドに突入してしまったようなので接客に戻った。
店を出る時に「すごく可愛いわ。きっとユキも惚れなおしたわね。」と言っていたので、誤解はまだ解けていないようだ。
ガチで天使な結衣ちゃんと桃花ちゃん。でも結衣ちゃんは雪夜君以外に褒められ慣れてないのでおろおろ。褒められてもお世辞だと思ってます。
やっと雪夜君という脅威を自覚した二宗君。
雪夜君と春日さんは注目の的。
春日さんはTPOをわきまえてます。デキる大人ですから。