第47話
文化祭。何を出し物とするのかでクラス会議は紛糾している。基本的に喫茶店が良いという意見が大多数だったが、ただの喫茶店じゃつまらない。何をモチーフとした喫茶店にするかで揉めているのだ。定番のメイド喫茶が良いだの、執事喫茶が良いだの、男女逆転喫茶が良いだの、お伽噺喫茶が良いだの、動物モチーフのコスプレ喫茶が良いだの、コスプレ喫茶なら何でもいいだの。出来れば見栄えがするもの、とは思っているが正直私は何でもいい。このクラスは平均して顔面偏差値が高いので何でも似合うだろう。桃花ちゃん関連の文化祭のイベントは文化祭演劇と後夜祭で起こることになっているので文化祭の出し物は黒歴史ノートには書かれていなかった。私は静観だ。しかし話が進むにつれ議題が最終的に『七瀬、二宗、三国、というクラスの花形に何を着せるか』に集約されようとしてきている。彼ら自身に意見があれば良かったのだけれど、桃花ちゃんは「可愛い衣装が着たい」とのこと。何でもいいと同義である。二宗君と三国君はどうでもいいと言っていた。会議が終わらず次会議に問題が持ち越されようとしたその時に勇者は現れた。
あの平凡で目立たない田中一郎少年だ。
「七瀬さんなら絶対『天使』だろ!得も言われぬ優しげな顔立ち、あの無垢でいたいけな容姿を最大限に生かさないでどうする!七瀬さんが真っ白な清楚且つ可憐なワンピースに身を包み、はにかみながら接客をしてくれる。これ以上の至福があるものか!背中に天使の羽根が生えていない事が不思議なくらいだ。七瀬さんこそ地上に舞い降りた天使なんだ!」
熱く力説してくれる。
「お前…天才か…」
林田君が茫然と呟く。
「えーと、つまり天使喫茶ということですか?」
と私が聞くと田中少年はちょっと考えた素振りを見せた。
「女子は全員天使でいいかもしれない。白い服は各自の私服から出してもらってコスト削減。天使の羽だけは雑貨屋に発注。男子は逆に悪魔なんてどうだろう?黒い服はやっぱり各自私服持ち寄りでコスト削減。蝙蝠羽と角を雑貨屋に発注。なんてどうかな。名付けて『天国と地獄喫茶』!天使の羽と蝙蝠羽と角を販売している雑貨屋には心当たりがある。価格もそんなに高くないはずだ。」
大体これくらい、と金額を提示する。確かにそんなに高くない。私は即座にクラスの人数と一人当たりのコストから合計金額を暗算する。あとは出す飲食物の値段との兼ね合いになるが、羽と角だけなら何とか資金をやりくりすれば内容を結構豪華にしてもいけるだろう。
そして確かにこれならばクラスのイケメン代表の二宗君と三国君にも似合いそうだ。いいかもしれない。
「確かにそれなら各自のコーディネイトセンスによって服装にもばらつきが出るしコストもなんとかなりそうですね。皆さんの意見はどうですか?」
黒板の提案された一覧に『天国と地獄喫茶』という文字を足しながら、クラス全体に尋ねる。
「俺はいいと思う。女子の天使姿見たいし、野郎が天使着てても様にはならんだろうが悪魔ならちょっとは格好よく見えんだろ。」
「私も異議なし。三国君と二宗君の悪魔姿見たい!」
我も我もと賛同者が募る。
半分くらいは田中君の熱意に呑まれてるんじゃなかろうか。燃え上がる情熱は他所に飛び火するものだからね。
まあ結局『天国と地獄喫茶』で申請してみようという結果になった。恐らく他クラスとは被らないだろうと思われる。喫茶店枠も無限じゃないので選考で落とされる可能性もあるが。
正直なところ私の色彩的に白づくめの服はあまり似合わないので出来れば悪魔側に回らせてほしかった。トホホ。
次は喫茶店に出す出し物だ。軽食は手がかかるうえに保存が利かないので必然的にマフィン、マドレーヌなどの焼き菓子になる。集計を取ったところ、マドレーヌ、マフィン、パウンドケーキ、シフォンケーキ、パイ、辺りになった。無難だ。飲み物はインスタントのコーヒー、ティーパックの紅茶、緑茶。総合すると喫茶店の中では結構豪華だ。
生徒会長様が直々に企画書に目を通している。
「『天国と地獄喫茶』か。喫茶店が衣装に凝るのは毎度のことだが面白い事を考えたな。責任を持って選考に回しておこう。」
月絵先輩が何やらうっとりしている。
「素敵。朝比奈さんの天使姿が見られるのね?ユキにも連絡してあげてね?」
連絡はするけど…月絵先輩の言い方はなんか含みがありそうだ。本当に本当に雪夜君と付き合っていないことはちゃんと認識されているのだろうか。毎回ほのかな不安を覚える。
「ユキって誰だ?」
「教えません。仕事してください。会長。」
月絵先輩には取りつく島も無い。雪夜君と私の関係という秘密は守られているようだ。良かった良かった。一条先輩は顔を顰めて別の書類を取った。
「当日のミスコン、ミスターコンでは来場者にその場で記入用紙を渡し、ステージ終了後に回収。生徒会、文化祭実行委員会及び各学級委員長、副委員長には集計を手伝ってもらう。大体3時間後くらいを目安に発表する。忙しいぞ。」
うげっ。自由時間が奪われた…!
「委員長らには他に学園演劇の補助をやってもらう。演劇部だけでは補助が足りないからな。」
うう。自由時間なんて殆ど取れないじゃんか。
学園演劇には学園内から推薦された生徒が演劇に出る事になっている。ただし、当日生徒会で忙しい一条先輩や月絵先輩は除かれる。ミスコン、ミスターコンには出るらしいが。去年は月絵先輩は生徒会に入っておらず、それはそれは美しい人魚姫が演じられたそうな。こんなクールビューティーな人魚姫ってありかな?雪の女王って感じだけど?もしくは名前に因んでかぐや姫とか。
後日、天国と地獄喫茶は企画書の提出が早かったこともあって無事採用された。
さて、私はあまり見栄えのする白い服というものを持っていない。甘めのトップスならいくつか持ってるが、やっぱりここはワンピースとか着たいよね。しかも今回は天使を連想させるものと言う縛りつき。
これは一着買っておこうかな?
私はショッピングモールではなく春日さんの経営しているブティック『フェアリア』へと足を運んだ。ちょうど春日さんが店内にいて、すぐに私に気付いてくれた。
「あらー。結衣ちゃんがこっちに顔出すなんて珍しいわね?何かお探し?」
「ええ。ちょっと文化祭で着る衣装を調達に。色は白で天使を彷彿とさせるもの。ワンピースが良いかな?正直私のキャラじゃないんですけどね。それに予算はあんまりないんですが…」
フェアリアの服は可愛い割に良心価格だ。私はとても好きなので時々こっそり買っている。春日さんに見つかるとあれこれ試着させられるのでちょっと恥ずかしい。
「うーん、予算ってどれくらい?5千円~3万くらいまでのがあるけど。」
「じゃあ6~7千円くらいだと嬉しいです。私に似合うものがあればいいんですけど。」
店内のワンピースを眺めているが私にはあまり似合わなそうに思える。髪の長さからしてミニタイプの方が良いだろう。
「そうねえ。この際だから思いっきりイメチェンしちゃわない?」
「というと?」
「これ。どうかしら?」
春日さんが手に取って見せたのはシフォンとレースの白のマキシワンピ。エンパイアシルエットでふわふわだ。袖は甘めのパフスリーブ。生地を手に取ってみると、すごくやわらかい。透けそうな生地かも?と思ったら意外にもちゃんと下に透けないよう一枚しっかりしたスカートが入っている。胸元にはレースとフェイクパールがあしらわれていて可愛い。ちょっと質のいいレースを使っているので6千8百円との事。いやいや、安いよ。この可愛さでそのお値段は激安だよ。
「ちょっと試着してみる?」
私は頷いた。試着してみるとどうにも違和感がある。ロマンチックなラインで歩く度にふわふわ裾が揺れる。可愛い。可愛いんだけど…どこがおかしいのか自分ではわからないが、どこかおかしい。
「折角ですけど、何か似合わないみたいです。ごめんなさい。」
試着室の私を楽しそうに春日さんが見つめる。
「諦める事はないわ。後はあなたに最後のピースを嵌めるだけ。ちょっとお金はかかるけどね。」
春日さんはウィンクして私に秘策を授けた。予算はちょっぴりオーバーしたが、この組み合わせなら私服としても満足のいく成果だ。
文化祭全然遊べないことになる結衣ちゃんでした。ご愁傷さま。
春日さんの秘策とはいかに?
当日のお楽しみです。