第46話
雪夜君とミルククラウンに行った。相変わらずメルヘンな内装。このお店も行き慣れてきたので、今では雪夜君も居心地悪そうにはしない。普通にお寛ぎモードだ。ミルククラウンはケーキが美味しいお店。季節が季節なだけに栗とかさつまいもとかカボチャが美味しい。雪夜君はさつまいものタルトを、私はモンブランを頼んだ。
「もうすぐ文化祭だね。用意してる?」
「まだ。今度のHRで会議する予定。長引きそうで憂鬱だよ。」
学級委員長面倒くさいです。まあ、頑張るから青春の一ページ的な思い出には色濃く残るんだろうけど。前世では高校時代の学生生活はあまり頑張らなかったし。
「結衣お姉ちゃんは何やりたいの?」
「別に希望は無いけど春日さんを招待する予定だから、ちょっとは見栄えがするとか、楽しんでもらえるものがやりたいな。」
「春日さん招待するんだ?いいな~。」
「雪夜君も招待しようか?それとも月絵先輩か七瀬さんに招待される予定?」
「どっちも予定はないよ。月姉、去年も一昨年も招待してくれなかったし。結衣お姉ちゃんが招待してくれるなら行きたいな。」
「そうなんだ。勿論招待するよ。」
月絵先輩の事だからミスコンとか学園祭演劇とかで活躍してただろうに。いや、かえってそういった姿を見られたくなかったのかな?因みに去年のミスコンでは月絵先輩が1位だったと聞いている。圧倒的美女だもんねえ。
「雪夜君は文化祭の出し物何にしたらいいと思う?」
「休息室。」
私は雪夜君の額をぺちんと叩いた。
そんなやる気のない企画は通しません!
「嘘だよ。定番は喫茶店とかお化け屋敷とか縁日だよね?オレは結衣お姉ちゃんが変わった衣装着てる所とか見たいな。」
相変わらず雪夜君はコスプレ好きだね。怪しい趣味に開花してしまわないかお姉さんは心配だよ。
「喫茶店にしたらテーマの衣装が見られるし、お化け屋敷にしたらお化けの衣装が見られるし、縁日にしたら浴衣とかが見られるかもしれないね。」
「うーん、浴衣は一度見たし、お化けの衣装…微妙。喫茶店はテーマによるな。可愛いものだと目に楽しい。春日さんもファッション系の仕事してるし目に楽しい衣装がいいんじゃないかな?前に聞いた知り合いの話だと色んな衣装の人間が校内に解き放たれてそれを探すゲームとかあったみたいだよ。探し出すとスタンプを押してもらえて、それを集めるとお菓子が貰えるとか。」
「へー。面白そう。」
スタッフも自由に散策できるし、面白そうではある。安めの参加料で薄利多売すれば元も取れそう。大きく稼ぐのは難しそうだけど。
モンブランのケーキが来たので食べる。さすがミルククラウン。甘すぎない、クド過ぎない、それでいてコクのある味。美味しい。
「雪夜君の知り合いはなんの衣装来たの?」
「女の人だけど、チャイナドレス着たって。」
「へー。私もチャイナドレス持ってるよ。」
知り合いに中国土産に貰ったのだ。黒のミニチャイナ。可愛くて良いんだけど、着る機会は全然ない。お祭りに着て行ったことと、一度友達に披露した事がある。本当に可愛いけど貰って困るお土産だよ。使い道的に。
「えっ?そうなの?」
「うん、中国土産に貰ったの。」
「着てるとこ見たい。」
「えー…」
「ダメ?」
雪夜君が小首を傾げる。くそう。かわいいな。雪夜君のちょっとあざといスタイルはすごく可愛い。こんなに可愛いのに武力的にお強いとか反則だよね。
「いいよ。じゃあ今度うちに来た時着てあげる。でも、その…凄くミニなの。」
「うん?」
「だから写真はちょっと…」
「わかった。見るだけね。」
実はネタで貰ったナース服も持ってるんだけど、それは言わない方がいいかな?また「着てるとこ見たい」って言われそうだし。恥かしいです。
「結衣お姉ちゃん、あーん。」
雪夜君がさつまいものタルトを切ってフォークに乗せた物を差し出してくる。ぱくりと食べる。お芋がほくほくしてる。フィリングがしっとり甘くておいしい。ここのさつまいものタルトはひと口大に乱切りされたさつまいもと、甘めのしっとりとしたフィリングがタルトの中に流し込まれて焼かれたものだ。お芋はホクホクだけどしっとり美味しい。
「雪夜君もあーん。」
私はモンブランを一口とってフォークに乗せた。雪夜君がフォークに食い付く。なんかこの食べさせあいっこ慣れてきたな。
「ん。おいしい。モンブランってすごい甘いイメージがあったけど、ここのは甘すぎない。」
「だよね。多分栗の渋皮煮使ってるよ。裏漉ししないとクリームが絞りづらいけど、裏漉しするの大変だから家ではあんまり作らないんだ。たまにお店で美味しいのに出会うと感激する。」
「へー。じゃあ裏漉し手伝ったら作ってくれる?」
「えっ?大変だよ?」
「体力には自信あり。」
確かに雪夜君は色んな格闘技に手を出していて体力ありそうだけど。裏漉しが力使うし面倒くさいだけで、モンブラン自体は別に作るの難しくないし、作っても良いけど…
「食べたいの?」
「うん。結衣お姉ちゃんが作ったなら、きっとおいしいと思う。」
「じゃあ、日曜日に家に来てくれる?材料用意しとくから。」
「りょーかい。」
日曜日。家族はそれぞれ外出中だ。私は恥ずかしいけれど黒のミニチャイナを着てみた。化粧は華やかめ。中華をイメージして目尻に赤の差し色、コンタクト装備。ピーンポーンとインターフォンが鳴る。相手が雪夜君なのを確認して玄関に出た。
「いらっしゃい、雪夜君。」
「……。」
雪夜君は黙ったままだ。私は不安になる。もしかしてすごく似合わないとか?
「あの、雪夜君…?」
「あのさ、可愛いし、ものすごく似合うんだけど…」
けど?
「色っぽすぎて反応に困る。スリット眩しい。見えそうで見えないのがもやもやする。」
いや、そこは見えちゃいかんでしょ。さり気なく裾を手で引っ張る。超ミニなんだよねえ。
「今日も誰もいないんだよね?」
「うん。」
「オレに襲われたらどうするの?」
「雪夜君はそんなことしないよ。」
ちゃーんと信じてるもんね!
て言うか雪夜君生理的に、もうそういう準備整ってるの?
雪夜君は溜息をついた。
「信頼が重い…」
ぼそっと何か言ったがよく聞こえなかった。
とりあえず楽しいケーキ作りだ。モンブランは結構簡単。下のタルトの部分は昨日のうちに焼いてある。フードプロセッサーでがーっとマロンペーストを作る。砂糖やラム酒、生クリームなどを入れて滑らかにするここからが面倒な裏漉し。
「この網とヘラで、このペーストを裏漉ししてもらえる?結構量があるから大変かもしれないけど。」
「力仕事は任せてよ。」
雪夜君は丁寧に裏漉ししていく。私はその間にドリップコーヒーを淹れた。頑張ってねりねり裏漉ししている雪夜君の隣にコーヒーを置く。
「喉乾いたら飲んでね。」
「ありがとう。」
私は生クリームを泡立てる。
フェアリアでの流行服や、最近私についたルティでのファンの事など話題は絶えない。ルティは一応メイド喫茶なのでメイドさんはアイドル的存在だ。桃花ちゃんなんて絶大なる支持を受けている。月曜日一緒のシフトの日、私が対応に出ると「遅くなってもいいんで桃花ちゃん呼んでもらえますか?」とか言われてさりげなく凹む。桃花ちゃんはドジっ子属性なのでよくへまをするが、桃花ちゃんが一生懸命謝ると大抵の事は許される。人生ベリーイージーモードですね。麗香先輩には何故か罵られたいMな属性のお客さん達が寄ってくる。「正直罵倒したいけど、相手を喜ばせるだけだから悔しいわ」と言っていた。
雪夜君の小学校では『こどもまつり』なる文化祭的催しものがあるらしい。主に父兄と生徒の密着した催し物なので外部の人は呼ばれないという。定番のヨーヨー釣りや型抜き、ビンゴなどがあるらしいが景品はしょぼいし、やたら父兄との接触を強要されるのであんまり楽しくないんだそうだ。
そんなこんなを話していると裏漉しが完了した。予想していたよりも手早く丁寧にやってもらえたみたいで大感謝だ。
スポンジを敷いたミニタルトに栗の渋皮煮を乗せて生クリームを絞る。その上にモンブラン口金でマロンペーストを絞る。飾りにぼこっと栗の渋皮煮を乗せておしまい。
「雪夜君もやってみたい?」
「うん。」
二人でモンブランを作る。雪夜君はモンブラン口金での飾り付けが上手く出来なくてクリームがへにょへにょのモンブランが出来た。
「なんかオレの不格好…」
「ふふふっ。最初は難しいよね。でも味は変わらないから。」
予定してた分を全部作り終えて、二人でモンブランを食べる。雪夜君が作ったのを私が、私が作ったのを雪夜君が。コーヒーは淹れなおした。
「ん。おいしい。ミルククラウンのもおいしかったけど、オレはこっちの方が好きだな。」
「ほんと?光栄だな。雪夜君がきちんと裏漉ししてくれたから口当たりが滑らかだね。」
「楽しかった。ありがとう、結衣お姉ちゃん。」
「ううん。私も楽しかった。有難うね、雪夜君。」
二人でケーキに舌鼓を打つ。しかし雪夜君がじろじろ私を見てくる。
「なに?」
「写真撮れないからいっぱい見とこうと思って。」
雪夜君のコスプレ好きは今日も平常運転でした。お姉さんはちょっと恥ずかしいです。
雪夜君は結衣ちゃんのチャイナドレス姿が見たかったので、お家に招かれる展開になるよう、会話を操作しています。
結衣ちゃんは雪夜君の手のひらの上で転がされまくり。
しかし無条件の信頼で反撃。
良い勝負です。