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第43話

帰ると家の前で雪夜君が待っていた。前日にメールがあって、帰宅時間くらいを目安に私の家の前で待ち合わせしたのだ。雪夜君が私のお誕生日を祝ってくれる約束で。


「待った?」


屋外だし、暇潰すようなところも何にもないし、待たせていたなら悪いな。


「そんなに待ってないよ」


雪夜君はにこりと笑う。今日の雪夜君はグレーのパーカーにプリントTシャツ、チェックパンツといういつかのランドでの私の格好を彷彿とさせるような着こなしだ。文句なしに似合ってるけど。


「良かった。どうぞ上がって?」


鍵を使って玄関の扉を開ける。雪夜君はその場に立ったまま鍵を見ている。いや、鍵じゃないな。貰ったばかりのキーリングを見ているのだ。目敏い。


「このキーリングね、今日誕生日に貰ったの。」


問われる前に答えてみた。


「あの有名なブランドのやつだよね…?」


雪夜君が戸惑いがちに確かめる。


「うん。身分不相応だよね?」

「そんなことないよ。ただ…誰に貰ったの?」


予想以上の高価格商品をプレゼントとして贈られてるから、気になっちゃったのかな?


「二宗君だよ。」

「また二宗か。」


?雪夜君は渋い顔だ。どうしたんだろう?桃花ちゃんがらみで二宗君が常識はずれな事でもしたのかな?桃花ちゃんの誕生日は3月3日桃の節句だから、まだ誕生日来てないけど。


「とりあえず、キーリングはいいから入って。」

「お邪魔します。」


雪夜君は丁寧に断って中に入った。


「私の部屋でいいかな?」


メイド服の撮影をしたのは両親、妹がいない日の居間だったので、私の部屋に上がってもらった事はない。と言っても今日も両親、妹はいないわけだが。私の誕生日なので夜までには戻ってくるとは思うけど。


「どんな部屋なのか興味あるな。」


うっすら西日のさしてきた廊下を渡りながら雪夜君が言う。どんな部屋を想像しているんだろう。イメージと違って幻滅、みたいなことにならなければいいが。


「期待しないでね?」


階段を上がって一番奥の部屋が私の部屋だ。『YUI』という札の下がった見慣れた扉を開ける。家具はアンティーク調の白い物。カーペットはふわふわのライトグリーン。カーテンは白いバルーンボイルの物と白い刺繍の入ったライトグリーンの遮光カーテンの二重。ベッドは優美な曲線を描く華奢な物で、色は白。白いアンティークなローキャビネットの上には薄型液晶テレビが置いてある。ライトはミニシャンデリアになっている。テーブルライトはローズスタンドだ。ちょっと恥ずかしいが所謂お姫様仕様である。


「イメージと違ったけどお洒落な部屋だね。」


雪夜君はきょろきょろ部屋を見回している。お掃除はしてるけど、あんまり観察されると不安になるぞ。


「そうかな。どんなのイメージしてた?」

「もっとシンプルで実用的かなと思ってた。」


私ってそういうイメージなのか。意外とロマンティックな趣味を暴露してしまった。いいじゃんいいじゃん私だって女の子なんですー。お姫様だって大好きだし、可愛い部屋には憧れるんですー。誰に聞かれても無いのに言い訳する。


「がっかりした?」

「ううん。ギャップがすごく可愛い。」


うう。その感想はその感想で照れるう。とりあえず白いソファに座ってもらった。その目の前に置いてあるローテーブルはアンティーク調の白の猫足だ。


「今ケーキ持ってくるね。」

「結衣お姉ちゃんのケーキ楽しみだな。それにしても静かだね?」

「今家に私達しかいないから。」

「…そうなんだ?」


雪夜君がちょっと顔を赤らめて戸惑っている。どうかしたかな?よくわからん、と思いつつケーキの用意をする。学校で皆と食べたのとは別のケーキだ。6等分してしまうと1切れしか残らないのでもうワンホール焼いたのだ。家に置いておいたから保冷剤の心配とかしなくていいので完全に趣味に走ったケーキだ。8ピースに切った。1ピースだけ持ってきても良かったが、おかわりできるようにワンホール持ってきた。あと喫茶店の味には敵わないが羊の絵の描かれたマグにドリップコーヒーを入れる。このドリップは割といいお値段した美味しいやつだ。


「期待されるほどじゃないんだけど洋梨のシャルロットだよ」


洋梨はシロップ煮(缶詰)を使っている。お手軽。薄く粉砂糖を塗されたビスキュイ生地の中には洋梨入りのババロアが詰まっている。私は結構好きなんだけどどうかな?ホントはシャルロットなら苺とかの方が好きだが季節じゃないのでお高いのだ。


「わ、旨そう。と、その前にプレゼント渡していいかな?はい。誕生日おめでとう。」


雪夜君は私にプレゼントの入った包みを渡した。平たくてそんなに重みも無い。


「ありがとう。開けるよ。」


断って包みを開けていった。


「パスケース?」


中に入っていたのは私の携帯カバーと同じ某ゴシック御用達ブランドの、蝶を型押ししたパスケースであった。色はシャンパン。短いチェーンとパスケースの真ん中には蝶のラインストーンのブローチが付いている。エナメル加工してある。可愛い。でもこれも比較的高価格商品だな。ギリ許容範囲かな?有り難く貰おう。


「結衣お姉ちゃんのパスケースってあんまり装飾ないから。気に入らなかった?」


確かに今使ってるパスケースは装飾も何もチープなビニール素材だ。実は100均。中学まで定期を使っていなかったので、高校に入って慌てて間に合わせで買ったのだ。雪夜君こんなのよく見ているな。


「ううん。すごく気に入った。大事にするね。」


早速鞄からSuicaを取り出して、貰ったパスケースに移し替える。


「それにその定期が結衣お姉ちゃんをオレの所に運んでくれるんだものね?大切にしたい。」


確かに雪夜君の家は私の家と学校との間にあるのでそう言えなくもない。


「有難う。そういえば七瀬さんや月絵先輩の誕生日とかって何あげてるの?」


一人一人にこの価格帯のものあげてたらあっという間にお小遣いが底をつくと思うんだけど。


「んー?去年は手作りでクッキーあげたよ。」


なんと、意外な!確かにそれならそんなに材料費はかからないかも。しかし


「雪夜君の手作りクッキー?」


作ってるところが全く想像つかない。


「想像つかない、とか思ってるんでしょう?」


相変わらずのエスパーぶりです。お見事。雪夜君は心読めてるんじゃないかというほど鋭い。


「ちょっとね。でも雪夜君の作ったクッキー食べてみたいな。」

「と、いうような話の流れになるんじゃないかと思って、作ってきたよ。クッキー。」


おお。すごい先読み!鋭すぎる。占い師とか向いてるんじゃない?


「えー、見せて見せて。」


雪夜君は鞄の中からラッピングされた袋を出した。


「見るだけじゃなくて、食べてよね?結衣お姉ちゃんのお菓子に比べたらものすごく見劣りすると思うけど。」


ブルーのリボンを解いて袋の中から一つを取り出した。星型の型抜きクッキーだ。色はちょっと白っぽい。表面をじっくり観察してから口に入れた。ホロっとした口当たり。味はしつこくない。美味しい。かなり上手いんじゃない?調理実習の桃花ちゃんのマフィンより上手かもしれない。ゆっくり咀嚼して味わう。


「美味しい。これは卵使ってないね?もしかしてマーガリン使ってる?」

「当たり。流石だね。」


雪夜君が笑った。うん。お菓子作りが趣味だからっていつも人に食べてもらうばっかりだったけど、誰かが自分の為に作ってくれたお菓子食べるのもいいもんだなー。ちょっとほっこりした。


「雪夜君も私が作ったケーキ食べてもらえる?」


私はケーキを切り分けて雪夜君のお皿に乗せた。


「うん。頂くよ。」


雪夜君はフォークでケーキを千切って口に運ぶ。ゆっくり味わっているようだ。


「おいしいよ。いくらでも食べられそう。」


中がババロアなので食べやすいのだろう。つるっと食べられてしまう。


「良ければおかわりしてね。いっぱいあるから。」


私はまたクッキーを一つ食べた。美味しいっ。雪夜君からは誕生日プレゼント2つも貰っちゃったな~。ほくほくだ。手作りクッキーなんて始めて貰うけど、かなり嬉しい。私の為に焼いてくれたんだと思うと…

雪夜君に月絵先輩や桃花ちゃんの部屋の内装を聞いたり、(月絵先輩は一度見たがまんま機能的、桃花ちゃんは私と同じくお姫様風らしい)今日貰ったプレゼントを紹介したり、楽しい時間を過ごした。


「ねえ、結衣お姉ちゃん」


ちょっと緊張した様子で雪夜君が切り出す。


「なあに?」

「もしノートに『桃花に惹かれていたが心変わりする』って書いた場合の事なんだけど。もし心変わりして新しく好きになった人がノートの存在を知ったら、それでも俺の気持ちを信じてくれると思う?」


ノートに書かれてたから自分のこと好きになっちゃったんじゃないかって思われるってことか。


「難しいな。心変わりを指示されたから心変わりしちゃったってのはホントの事だしねー。それにノートの事が無くたって七瀬さんの事を好きになってたっていう可能性もあるし。」

「だよね。」


雪夜君は肩を落とした。


「オレはその人に信じてもらえないくらいなら『桃花に惹かれていたが心変わりする』って書かない方が良いと思うんだ。」


ノートの存在がばれるの前提で話すのは何故だろう。


「ノートの事秘密にしとけばいいんじゃない?」

「秘密にはできないと思うよ」


どういう意味だ?雪夜君が喋っちゃうってこと?わからんぞ。


「そこまで具体的な事が言えるってことはもう相手がいるってことだよね?厳密に言えば雪夜君もう心変わりしてるんじゃない?」


『桃花ちゃんに惹かれている』っていう一文のせいで桃花ちゃんへの気持ちがおまけのようにぶら下がってるだけで。


「そうだと思うけど、相手がそれを信じてくれるかが問題なんだよ。今のオレを見て信じられると思う?」


雪夜君は何としても相手の信用を得たいようだ。真剣なんだな。これは本気だぞ。私は姿勢を正して向き合った。


「その人がどう思うかわからないよ。雪夜君が先に心変わりしている現状を知ってる私なら信じられるけど…」


雪夜君が一筋の光明を見出したかのような顔になる。


「結衣お姉ちゃんなら信じてくれる?」

「?私ならね?ただその相手がどう思うかは保証できない。」


あんまり期待されても困る。


「もう一度聞くよ。『結衣お姉ちゃんなら』信じてくれるの?」


???


「私は信じるって。」

「なら書いて。」


今度はあっさり決めた。


「え?『桃花ちゃんに惹かれていたが心変わりする』って書いちゃっていいの?」

「いいよ。」


あっさりしすぎた答えに私が不安を覚える。


「本当はノートの事が無くても七瀬さんのことを好きになってたかもしれないんだよ?」

「それはどうだかオレにも解らないところだけど、今は心変わりしてるって信じてくれるんだよね?結衣お姉ちゃんそう言ったよね?」

「うん。言ったけど。」

「なら書いて。」


私の一言なんかで決めちゃっていいのかなあ?私は不安いっぱいだが、雪夜君はなんだかすっきりした顔だ。


「じゃあ、もし七瀬さんの好きな人が雪夜君だったらどうするの?」


雪夜君はちょっと苦々しい顔をした。


「多分違うと思うけど、もしそうなら桃姉に諦めてもらうよ。」


桃花ちゃんに合わせるつもりはないってことか。桃花ちゃんの好きな人が雪夜君だったら申し訳ない。


「本当にいいの?」


しつこいくらいに雪夜君に最終確認をする。


「いいよ。」


決意は固いようだ。

私は黒歴史ノートを取り出して慎重にボールペンで文字を綴った。

ちらっと雪夜君を窺い見る。


「どう?なんか変わった?」


ノートで変更したから心情に変化があるかと思ったのだ。見た感じだと特に変化はないように思える。


「桃姉には会ってみないとわからないみたい。心変わりの相手の方は変わってないけど。」

「変わってないってことは、まだ『心変わりするかも』くらいの感情ってこと?」

「いや、凄く好きってこと。」


ちょっとドキッとした。雪夜君はもうそこまで相手のこと好きだったんだな。ってことは今まで好きな相手が二人いたってことか。きっと苦労しただろうな。ホント雪夜君には申し訳ないことしてるよ。


「結衣お姉ちゃんまた罪悪感に苛まれた!みたいな顔してるよ。」


雪夜君は私の顔色を読むのも得意だ。

でもしょうがないじゃん。


「だってホントに申し訳ないと思ってるんだもん。」


雪夜君は苦笑してそっと頭を撫でてくれた。


「オレはとりあえず解決したはずだからもう気にしなくていいんだよ。あとの10人の事は考えなきゃいけないけど。」


雪夜君は優しい。甘えっぱなしで自分が嫌になる。もう10人の事は何とか解決できるよう考えよう。

その晩雪夜君からメールが来た。『桃姉への恋情はなくなった』あっさりした文面だ。だけど私はちょっぴり嬉しかった。安心した気持でベッドに就く。


一手先を読む雪夜君。


雪夜君の心変わりの相手、誰でしょうね。

もう99%の方が想像ついてると思います。


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