第40話
「結衣ちゃん。お兄さんとデートしないかしら?」
もう22時、閉店なのでテーブルを布巾で拭いていると、春日さんの唐突な一言が投げかけられた。
「デートですか?」
小首を傾げる。
アルバイトを通じて春日さんとはだいぶ親しくなったが、今まで一緒にどこかへ行くという事は無かった。大体デートなら桃花ちゃんを誘えばいいのに。
「そうよぉ。映画のチケットが2枚あるの。一緒に行かない?」
「いいですけど、私でいいんですか?」
春日さんの横に立つのにもっと相応しい人がいるんじゃなかろうか。桃花ちゃんじゃなくったって、格好良くて性格の良い春日さんはモテモテなのである。態々私如きとデートしなくても、良い相手はいっぱいいそうな気がする。
「結衣ちゃんが良いのよ。今度の日曜日朝10時に駅で待ち合わせね。」
「はい。わかりました。」
別に拒否したいほど嫌な訳ではないし、春日さんとのお出かけも少し楽しそうな気がして了承する。
10時、駅に行くと春日さんがいた。逆ナンを追っ払ってるようだった。「あのー、お兄さん一人ですか?」「あら~?残念ねえ。今可愛い連れの子待ってるのよ~。」これで一発である。大抵の女性は春日さんの口調を聞いてそそくさと去ってゆく。オネェだっていいじゃない!そんなことで春日さんの魅力は失われないよ!むしろ増すくらいだよ!内心で必死に黒歴史ノートの弁明をする。
今日の春日さんの服装は白いブラウスに黒のベストとパンツ、黒縁の伊達眼鏡をかけており、シルバーの蝙蝠のモチーフのついたグラスコードをしている。総合してゴシックだった。私はフリルのついた白いブラウス、黒の多層弓スカート、レース靴下とエナメル靴だ。目はヘーゼルのカラコン、髪には大きなリボンのカチューシャ。示し合わせたようにぴったりの服装にちょっと呆れてしまう。
「お待たせしました」
「そんなに待ってないわよう。やっぱり私服も可愛いわね。どんな格好してくるかわからなかったから釣り合いが取れるか不安だったけど、これにしてきて良かったわ。」
「ホントにぴったりだったからびっくりしちゃいました。」
私がゴシック調の服を着てきたのは偶然だ。春日さんがどんな服を着てくるかとかは予想していなかった。まあ、普段のかっちりした執事服とかを見てると春日さんのカジュアルスタイルがあんまり想像つかないんだけどね。とりあえず服装チェックで減点くらわなくて良かった。拘りファッションの春日さんだから、最悪着替えさせられるとこまで予想してたからな。
春日さんと映画。どうやら見る映画は和製ホラーのようだ。正直私はとても好きなジャンルだが…デート?ちょっと疑問符が付くな。まあ、あんまり本格的に恋愛映画に誘われても気まずいだけなので別にいい。楽しみ。
キャラメルポップコーンと飲み物を購入した私達は中央、やや前よりの位置に席を確保した。ここなら良く見えるだろう。
「春日さんはホラー好きなんですか?」
「日本のホラーは好きでも嫌いでもないわね。外国製のよくわかんないけどとりあえずモンスターが出てきて、人々を襲い始めて、銃で応戦するとか言うのははっきり言って嫌いね。」
「ああ。私もです!何か情緒が無いですよね。」
同じく突然エイリアンが出てきてとりあえず戦う的なのも嫌いだ。意味がよくわからない。
まだ映画は始まらないが手持ちぶさたにポップコーンをぱくつく。
「そうよねえ。あんまり怖くも無いし。グロテスクなのが多いから気持ち悪いってのはあるけれど。」
同意である。春日さんは本当は恋愛映画が結構好きらしい。特に泣けるようなやつ。本格的に観客泣かせにかかってるな!というような手合いにころりと引っかかるらしい。自分でも苦笑していた。恋愛映画で涙する春日さん、見てみたい。あと日本製のアニメーション映画とかも好きなんだそうだ。恋愛映画はあまり趣味じゃないがアニメーションは私も結構好き。特に夏に新作出してる有名なアレとかね。春に新作出してる見かけは子供頭脳は大人な名探偵映画も好きだ。
好きな映画や嫌いな映画の事を話しているうちに照明が落とされて上映の際の注意が流れ始めた。盗撮駄目、絶対、みたいなあのシュールな映像ね。その後いくつかの映画の広告が流れて本編だ。
淡々と進んでいく日常に恐怖が織り込まれている。そして効果的なタイミングのホラーシーン。私はわくわくだ。ちらっと横目で春日さんを窺うが、眉一つ動かさない、という感じだ。うむむう。ホラーには強そう。あわよくば怯える様子とかも見てみたかったが。
ストーリーは進み、最後はこの恐怖は繰り返されるというような予兆を見せたエピローグだ。ありがち。ホラー映画はやっぱりバッドエンドでないとね。
辺りが明るくなる。
「結構面白かったわね」
あんまり面白そうな顔はしてなかったが。
「そうですね。誘ってくださってありがとうございます。」
「いえいえ。お昼も付き合ってくれるかしら?」
「はい。」
連れて行かれたのはお洒落なカフェだった。メニューが色々あって迷ってしまったが結局無難な日替わりランチにした。春日さんも同じく。ここではスープ、前菜の盛り合わせ、メイン、デザート、パン、コーヒーor紅茶が食べられるらしい。本格的。そんなにお安くは無いが春日さんの奢りだ。大人格好良い。
二人で料理に舌鼓を打つ。
「そう言えば、もうすぐ文化祭じゃない?」
「はい。学級委員長なので会議の司会進行をしなければならないので気が重いです。」
学園祭何やろう。前世では模擬店でわらび餅とかフランクフルトとかやったなあ。最高潮にやる気のない時は教室をそのまま提供して『休息室』とか。なんであんな企画が通るのか知りたい。それとも一般的なの?ちょっとよくわからない。
「頑張りなさいよ。若いんだから若いうちに出来ることしなきゃ。」
「そうですね。春日さんが学生の頃は何やりました?」
春日さんが記憶を辿るように遠い目をする。
「そうねえ、アタシが高校の頃はお化け屋敷やったわね。定番よね。」
「そうですね。うちのクラスでそれやると七瀬さんが耐えられなさそうですけど。」
「あら、桃花ちゃんホラー駄目なの?」
「4月のオリエンテーションで学園肝試しやったんですけど、腰抜かして途中退場してましたよ。」
「あらら。」
春日さんが笑う。
「学園祭良ければ招待しましょうか?まだ何やるか決まってませんけど。」
「あら。いいの?楽しみだわ。」
光ヶ崎学園では不審者対策として、招待状を持ってない人間は文化祭に来られないようになっている。例外的に中学生は学生証を見せると入れてもらえる。新入生の確保は大事だからね。
春日さんに招待状を送ることを約束した。
春日さんが来てくれるなら私も楽しみだ。休息室なんて企画は通さないぞ!よしっと気合を入れる。その様子を春日さんが微笑ましそうに見ている。
食事の後はショッピングだ。いろんな店に入ってああでもないこうでもないと言いあう。ショッピングデートが苦手という男性は多いが、春日さんに限っては今日一番イキイキしている。結局私は春日さんに乗せられてワンピースとカットソーと靴を買うことになった。サロペットも欲しかったけど予算的にちょっとセーブ。荷物は春日さんが持ってくれた。悪いなあ。帰りに春日さんが「ちょっと店寄ってくれる?」と聞いてきたので頷いたが、連れてかれた店はルティではなかった。春日さんがオーナーとデザイナーを務めるブティック『フェアリア』だった。別に入るのは今日が初めて、という訳ではないが物珍しそうに綺麗な店内を眺める。春日さんが紙バックを持って奥から出てきた。
「これ、良ければ貰ってちょうだい」
中身を覗くと、中に入っていたのはドレス一式だった。パッと見ただけだが、アクセサリーまでセットである。結構高そう。
「そんな。貰えません。」
流石にこれは貰えない。フェアリアでドレスって言ったらきっと結構なお値段する。
「結衣ちゃんもうすぐ誕生日でしょう?ひと足早いバースデイプレゼントよ。」
「春日さん、他のスタッフにもドレスあげてるんですか?」
スタッフ全員にドレスとかって、それすごい出費じゃない?春日さんが割とお金持ちなのは知ってるけどちょっとすごいんじゃない?
「ドレスはあげてないわね。ケーキや小物はプレゼントするけど。」
「それなら…」
私だけドレスを貰う道理が無い訳だ。
「このドレスはね、結衣ちゃんの為だけにデザインしたものなのよ。」
オーダーメイドとか。ちょっ…
いくらかかってんのこれ!こわあ!こわあ!ひー!
「だから是非着てもらいたいわ。出来れば着た写真とかくれると嬉しいんだけど。」
私は腹をくくった。私の為だけにデザインされたなら私が着ないでどうする!
「分かりました。このドレスは頂きます。多分クリスマス辺りに着ると思うんですけど、写真はそれ以降でも大丈夫ですか?」
光ヶ崎学園ではクリスマスにクリスマスパーティを催す。普段はドレスなど着る機会は親戚の結婚式くらいだが、クリスマスならきっとみんなお洒落してくるだろうし、着ても大丈夫だろう。
「いいわよぅ。貰ってくれて有難うね?」
「いえ。素敵なプレゼントありがとうございます。」
フェアリアからは春日さんが車で送ってくれた。(フェアリアに車を止めていたようだ)春日さんの車はフォルクスワーゲンの青いカブトムシさんだ。とても可愛い。
車内で他愛ないお話をする。フェアリアの服はレディースはロマンチックに、メンズはドレッシーにがコンセプトなんだそうだ。8:2でレディースの方に偏ってるらしいが。「だって女の子の服の方が可愛いじゃない!」が春日さんの弁。
因みに春日さんの誕生日だが、8月14日。手作りでクレームブリュレをあげていた。大変喜ばれた。春日さんの好物はクレームブリュレと紅茶シフォンケーキだ。甘党。お酒も嗜むとノートには書かれている。
さりげなく桃花ちゃんの事も聞いてみたが、あんまりいい顔はされなかった。嫌いではないようなんだけど。春日さんもしかしてその『恋心』がノートに植え付けられたものだって気付いてる?ノートとまでは限定されなくても不自然なものだってことは勘付いてそうだ。侮れないな~
チラリと春日さんの横顔を見る。
「…どう?今日。少しは気分転換になった?」
ハンドルを握る春日さんが聞いてくる。
気分転換?
「最近なんだか思い悩んでるみたいだから、少しでも気が紛れたらいいと思ったんだけど。」
なんと。春日さんは私が(主に黒歴史ノートの事で)悩んでると知っていて今日のデートを計画してくれたようだ。
うう。優しい。大人、格好良い。惚れてまうやないか~
「春日さん!だいすきです!」
「ふふふ。本気にならないと言っちゃだめよ。そんなこと。」
春日さんは上品に笑った。
しっかり運転で家まで送ってくれた。家では妹が「彼氏~?」とにやにやしていたがスルーした。
春日さんとデート。
春日さんは自分の恋心に大いなる疑問を持ってます。故に桃花ちゃんには靡かない。
なかなか冴えてる大人です。