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第39話

ルティに月絵先輩がやってきた。木曜日だ。折角来るなら桃花ちゃんがシフトに入ってる日に来ればいいのに。今日の月絵先輩は白のプリントTシャツにグレーのテーラードジャケット、黒のチェックパンツだ。容姿を踏まえて見ると、出で立ちが何となく女子大生っぽい。月絵先輩は大人っぽい美女だからね。


「お嬢様、ご注文はお決まりでしょうか?」

「ディンブラをアイスティーで。あとガトーバスクをお願いね。」

「承りました」


ガトーバスクはフランス領バスクラブール地方発祥の菓子で、中にはスリーズ・ノワールを入れるらしいが、当店の物はアーモンド入りのクッキー生地にラム酒風味のカスタードがたっぷり入ったものだ。この作り方は現地では亜流扱いされる事があるとのこと。因みに私は作った事が無いお菓子だ。


「ふふふ。またまた結衣ちゃんのお友達ね?さっきから見てるわよ、あのお嬢様。」


春日さんは口に手を当て上品に笑いながらやってくる。今日はフロアに出るつもりらしく、執事服を着ている。とても似合う。


「まー、友達と言うか、先輩なんですけど。」

「フロアにはアタシもいるからお話してきても大丈夫よ?」


相変わらず融通のきくお店だ。春日さんの本職の方はデザイナー稼業らしく、喫茶店の方は趣味なんだそうだ。売上的には趣味の範疇を逸脱してると思うが。


「や、でも迷惑かける訳には…」


そんなに親しい訳でもないし何話していいかわからん。


「先輩なんでしょ。挨拶くらいしてきたら?」


春日さんに押し出されるように月絵先輩の前に出た。


「月絵先輩。ご帰宅ありがとうございます。」

「ただいま。朝比奈さん。メイド服よく似合ってるわよ。可愛いわ。」


メイド服なんて着てなくったって月絵先輩の方が100万倍可愛いですから―――!心の汗が出そうだ。いや、身体の方も変な汗出てきた。


「私がここでバイトしてるって七瀬さんから聞いたんですか?でも七瀬さんが入ってる日に来なかったんですね?」

「ええ。見たかったのは朝比奈さんだから。」

「私?!」


思わず大きな声が出た。店内のお客さんが一瞬こちらを見て、それから平常通りの流れになる。慌てて春日さんを見ると苦笑してたが、怒ってはいなさそうだった。


「朝比奈さんったら。」

「月絵先輩はなんで私のこんな貧相なメイド姿をご覧になりたいと…?」

「可愛いだろうと思ったから。それに貧相なんかじゃないわよ。」


雪夜君もそうだけど、さらっと褒めるのは七瀬家のしきたりなんでしょうか。月絵先輩の視線が何となく私のバストらへんに集まってるのは気のせいですよね?


「あ、ありがとうございます…」


月絵先輩が一段と声を潜めて言ってきた。


「ね?ホントにユキとは付き合ってないの?」

「めめめ、滅相もございません。」


私はホワイトブリムがぶっ飛んでくんじゃないかという勢いで首を振った。

私ごときが雪夜君と付き合うだなんて雪夜君への冒涜だよ。許されざるよ。


「残念。」

「どうしてそのような事をお考えに…?」


花火大会がいけないのか!?それとも一緒にお出かけの件!?


「花火大会の後ね、熱で倒れた時もだけど、ユキが『結衣お姉ちゃんが来た事は誰にも話さないで』って言ってきたの。てっきり秘密で付き合ってるんだとばっかり。」


おおおお。雪夜君の口止めが裏目に。多分それ『桃花ちゃんに話さないで』って意味だと思うけど。


「秘密にはしてほしいですけど。付き合ってませんからね。大体雪夜君は好きな人いると思いますよ?」


お姉様なら現状を察しろ。雪夜君は桃花ちゃんにほの字だぜ!


「それが朝比奈さんだと思ったんだけど。ユキ、最近携帯をビニール袋に入れてお風呂にまで持ってはいるのよ。よっぽど誰かさんからの着信が待ち遠しんだろうと思うけど。」


なんと。雪夜君にそんな相手が?では心変わりの文章をノートに入れる日も近いか。


「私じゃないと思いますよ。」

「あら、やっぱり『番号交換してません』とは言わないのね?」


あ?この返答はダメっぽい?でも花火大会の約束しておいて番号交換してない方が不自然だからいいのか。


「たまに連絡取るくらいです。」


嘘です。

結構頻繁に連絡取ってます。

最近桃花ちゃんと全然関係ない話題で盛り上がってます。

雪夜君小学生とは思えないくらい話上手です。

冷や汗が…多分私、今目がおよおよしてる。


「ふぅん?まあ、仲良くしてあげてね?」


このご来店はもしかして『私の弟に近付く虫を観察してやろうじゃないの』っていう小姑的な目的だったりしますか?

あ、春日さんが仕草で呼んでる。


「注文の品が用意できたみたいです。取って来ますね。」


断って、カウンターまで移動した。

春日さんが注文の品をキープしてくれている。


「なーんか、変な雰囲気ねえ?あなたの事嫌いって感じじゃないけど、何の用だって?」

「なんか先輩の義弟さんと付き合ってるんじゃないかって疑われてて…」


正直に話した。春日さんがちょっと驚いた。


「付き合ってるの?」

「付き合ってません。」

「そ、そうよね。そう簡単に気を許しちゃだめよ。暇だからもう少し話しててもいいわ。誤解は解くのよ?」


何だろうこれは。『男はみんな狼なのよ』的なアドバイス?

私はケーキとアイスティーを持って月絵先輩の所まで行った。


「アイスティーとガトーバスクでございます。」


しずしずとテーブルの上に並べる。


「ありがとう。私はこういうお淑やかな義妹いもうとが一人欲しいんだけどね?」


いや、もう駄目だ。字が違うだろ!月絵先輩の脳内で私と雪夜君結婚している設定!?誰か、もう助けて…


「ホント、違いますから誤解しないでください…」

「誤解してないわよ。私達には輝かしい未来があるわねって言うお話をしていただけよ?」


月絵先輩が笑っている。このクールビューティーが慌てることなどあるのだろうか。今度機会があったら雪夜君に聞いてみよっと。


「そういえば月絵先輩って…」


話題変更。


「何かしら?」


アイスティーを美味しそうに口に含んでいる。


「前から聞きたかったんですけど、なんで一条先輩と対等に付き合ってあげないんですか?」


あの万年ぼっちが全く解消されていないのだ。委員長になった関連で生徒会室に行く事もあるが、見たところ月絵先輩はいつもちょっと引いたような付き合い方をしている。月絵先輩なら一条先輩に十分対等に渡り合えると思うのに。

質問すると月絵先輩はちょっと驚いたようだ。


「そうねえ。『彼に私は必要だけど、私に彼は必要じゃないから』ってとこかしらね?」

「と言いますと?」

「彼が華やかなママたちの手を離す気になったら考えてあげてもいいわ、ってこと。今の乳母日傘状態の彼と、わざわざ同じ舞台に立ってあげるなんて馬鹿馬鹿しくって出来ないわ」


成程。一条先輩にとって対等になれる友人は必要だが、月絵先輩にとって一条先輩は対等ではない。かなり程度が低いのだ。能力面ではなく人間面で。わざわざ一条先輩の程度に下げてあげる事は馬鹿馬鹿しい以外の何物でもないようだ。手厳しいな。桃花ちゃんと一条先輩がくっつくと一条先輩からの桃花ちゃんへの依存度が上昇するのだが。勝気ではあるが盲目的に自分を支持してくれる者への依存という意味だが。そういう意味で、桃花ちゃんにはあまり一条先輩をお勧めしたくない。


「理解しました。取り巻きから離れられない状態ではお話にならないってことですね。」

「今年中には無理そうね。来年は卒業だし。」

「もしそういう一条先輩が七瀬さんの彼氏になったらどうします?」


これは聞きたかった事だ。純粋な身内の意見を。


「まあ、桃花の勝手じゃない?クラスでそういう傾向があるの?」


月絵先輩はガトーバスクを噛みしめている。幸せそうだ。私も今度お客さんとして注文してみようかな?ルティのガトーバスクはまだ食べたことないんだよね。


「いえ。聞いてみただけです。因みに七瀬さんが雪夜君と付き合うことになったらどう思います?」


月絵先輩は探るような目をした。


「何か知ってるの?」

「何も。」


目を伏せ感情を悟られないようにする。

この聞き方は雪夜君の気持ちを察しているな。


「その場合戸籍がどうなるのか問題よね。もう両親はユキを養子にしちゃってるし。一度別の所に養子に出せば結婚できるのかしら?ちょっと不勉強でよくわからないわ。手続きしないまま一緒に暮らすとしたら内縁の妻とか、内縁の夫とかそういう立ち位置になるのかしら?世間から非難浴びそうよね。正直桃花にユキはもったいないと思うんだけど。」


だよね。血の繋がらない兄妹なんてよくあるけど、実際はどうしてるんだろう?私はなんでそんな設定にしちゃったのかなあ。禁断愛がブームですか?雪夜君は良い姉弟でいたいからって言ってたけど、桃花ちゃんはその辺どう受け止めてるんだろう。


「やっぱりユキの事気になる?いえ、もしかして桃花の事が気になるの?」


うっ、質問が露骨過ぎたか。


「七瀬さんの事は気になってます。七瀬さんあれだけの美少女だから。クラスでも誰と付き合うのかって話題になってますよ?」


私だけが気にしてるんじゃないってアピール。実際クラスでも桃花ちゃんは目立った生徒だし、おかしいことではないはず。


「そう?私は朝比奈さんが誰と付き合うかが気になってるけど?もしかして今心配そうにこっちを見てる執事さん?」


話題が戻ってきただとぉー…


「違います。あれは雇い主です。私が仕事サボってるから見てるんです。申し訳ないですが仕事に戻ります。」


ささっと逃げ出した。

確かに春日さんが心配そうにこちらを見ている。カウンターに近付くと背を屈めて覗き込むように見てくる。


「誤解は解けた?」

「新たなる誤解を生みました。」


私はがっくり項垂れて給仕に戻った。


月絵先輩は弟の恋愛事情をひやかしてるだけです。

でも結衣ちゃんが妹になったらいいなーと考えてます。

雪夜君は家で散々カマ掛けられてます。全部さらっとかわしてますが。


春日さんにとって結衣ちゃんは…???微妙な感情です。

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