第35話
「二宗君、夏美ちゃん、巻きこんでごめんね?」
二人が人ゴミに消えてから向き直って言った。
「いや…君が何かを目的として会話を誘導しているような感覚を受けたが、一体どういう意図なのか分からなくて困惑している。」
あ、一応それは気付いたんだ?
「おにーちゃんニブーイ!」
夏美ちゃんは倉持君と里穂子ちゃんが去った方向をチラリと見やって笑った。
「伊藤さんってつまりそういうわけなんだよね?」
「そういうわけなんだよ。」
私もにやっと笑った。夏美ちゃんなかなかおませさんだな。雪夜君といい、夏美ちゃんといい、最近の小学生はそんなもんなんだろうか。
「ふむ…私だけ理解できていないということだろうか?」
「理解しなくてもいーよ。」
これは女の子の秘密なのだ。二宗君は首を傾げているが私と夏美ちゃんは頓着しない。夏美ちゃんは二宗君を見た。
「…それにおにーちゃんにとっても好都合だしね。」
「「?」」
「朝比奈さん、次はどこ行く?」
夏美ちゃんの発言の意味は私にもよくわからなかった。
ま、いっか。
「次はねー…」
かき氷、チョコバナナ、輪投げ、型抜き、リンゴ飴、ケバブ、あげもち。色々食べたし遊んだ。因みに私が屋台で一番好きな食べ物があげもちだ。揚げたお餅に出汁と海苔、マヨネーズをかけて食べるものである。サクサクもちもちで、揚げた油と出し汁がじゅわわ~んと口の中いっぱいに広がって美味しいのだ。家でも作れるけど、屋台の出汁は何かちょっと違う味がして美味しいんだよね。二宗兄妹はあげもちを初めて食べるそうだがかなり気に入ってもらえた。
遊んでいる途中でイベント中の桃花ちゃんも見かけた。相手は一条先輩だ。一条先輩が「祭りだなんて子供だましだ。くだらない」と言うのを聞いて桃花ちゃんが「一条先輩お祭りに行ったことがあるんですか?行ったことない人にはお祭りを語る資格なんて一片たりともないんですよ」と喧嘩を売って二人がお祭りに行く話だ。内容は平凡なもので、セレブな一条先輩とお祭りに来て、庶民の味や遊びを楽しむというものだ。一条先輩が射的に夢中になって、大枚はたいて落としたぬいぐるみをくれたりする。別に監視する必要もないので普通に通り過ぎたが。
だんだん日も暮れてきて屋台の明りが灯篭のように光っている。灯りの点った屋台に目を向けながら言う。
「金魚すくいはどうかなあ?」
「朝比奈君の家は金魚を飼える設備が整っているのか?」
「いないけど…」
でもあれって夏の風物詩じゃん?涼しげでいいし。
「なら、やめておいた方が良いだろう。」
「掬うだけやって、屋台の人に金魚は返せば?」
夏美ちゃんが提案した。まあ、金魚すくいの醍醐味って金魚を得る事じゃなくて金魚を掬うことだしな。
うん。それ良さそう!
「よーし、じゃあいくかあ。」
「あ、待って。あそこの掬うやつモナカだ。」
夏美ちゃんが屋台に突進しようとした私の袖を引いて止める。
「あ、ホントだ。ポイ使ってるところを探そう。」
モナカはポイと比べて格段に耐久性が劣る。ポイも厚みが色々あるが(5号とか7号とか)それはちょっと見てもよくわからない。裏に箱置いてある店もあるらしいがそこまで確かめるつもりはない。というか時代の流れ的に言ってモナカを使う屋台は最近あまり見かけないのだが。ちょっとレアなものを見た気がする。
私たちはぞろぞろ移動した。
「朝比奈君。あそこにいるのは林田君ではないだろうか?」
指さされた方を見ると、薄暗くなってきて判別しづらいが確かに林田君のようだった。ニコニコ笑いながら女の子に声をかけている。身振り手振りしつつ会話を振っているのがわかる。ナンパか!お前は倉持君放置してナンパに精を出してるのか。調子いい奴め!しかし此処で倉持君に連絡を取ってしまうと倉持君と里穂子ちゃんのラブラブデートが解散されてしまう。それはいけない。
「別人に間違いないね!」
私は断言した。
「そうだろうか。非常に良く似ているように思うが…」
「それは幻覚だ!早く金魚を見て癒されよう!」
夏美ちゃんに手伝ってもらって、いつまでも林田君を凝視している二宗君の手をぐいぐい引っ張った。
「結衣お姉ちゃん?」
聞き馴染んだ声が耳に飛び込んでくる。パッと振り返るといか焼きを握りしめた雪夜君がいた。今日は浴衣姿ではない。友達と来ているようで、似たような年頃の男の子数人とかたまっている。雪夜君は一瞬驚いた顔をしたがすぐに半眼になった。なんか怒ってる?よくわかんないぞ。
「雪夜君も来てたんだ?」
「…まあね。結衣お姉ちゃんは…デート?」
声が一気に低くなる。温度が二、三度下がったのではないかと思えるほどだ。おお、人力エアコン…
「デートじゃないよ。ちょっと訳有って一緒に周ってるだけ。」
雪夜君は私が引っ張っている二宗君の手を見る。つまり手を繋いだ状態な訳で…私はぱっと手を離した。
「ふうん?」
「雪夜、誰それ?雪夜のねーちゃん?」
友達が雪夜君に私の事を聞いている。まあ二人ともあんまり年齢が釣り合っていない友人同士だからな。疑問に思うのもわかる。
「違うけど教えない。」
雪夜君の答えはそっけない。まあ詳らかに語られると物凄い困るからいいんだけど。
「ちぇっ。なんだよ。早くいこーぜ、みんな呼んでるからよ」
「うん…」
「雪夜君。またね?」
変な空気のまま雪夜君は退場していった。
「今のってもしかして修羅場だった?」
夏美ちゃんが心配そうに私を見上げる。
「違うよ。友達にたまたま会っただけ。」
そうとも。雪夜君だって夏美ちゃんくらいの年齢の可愛い子が良いはず。なんだか変な雰囲気だったのは気のせいに違いない。決して修羅場なんかじゃないぞ。
「友達…ね。ちょっと聞いていい?」
ん?
「なあに?」
「10歳の子供と20歳の大人のカップルってどう思う?」
「ロリコン、またはショタコンだと思う。」
何を急に言い出すのだろう。夏美ちゃんって実は不思議な子?
「じゃあ50歳と60歳の夫婦は?」
「……別にいいと思う。」
あいにく私は桃花ちゃんと八木沢先生の恋愛(約一回り差)すら提案した女だ。年の差恋愛については幅広い理解を示すぞ。ただ10歳に手を出すのはまずいと思うだけで。あと8年待ちましょうってことだ。夏美ちゃんが調査したいのは私の年の差恋愛に対する意識だと思われる。私、雪夜君と恋仲だと思われてる?違うからね、夏美ちゃん。
「これは重大な懸案事項ね…」
夏美ちゃんが深刻そうな顔で考え込む。しかし何がそんなに深刻なのかさっぱり分からない…
「なんだかよくわからないが金魚はいいのか?」
二宗君は不可解そうな顔だ。私の友好関係に首を突っ込む気は無いらしい。
「何言ってるの!おにーちゃんの問題だよ!」
夏美ちゃんはカッと目を見開いた。ちょっと怖い。
とか言いつつちゃっかり金魚も掬いました。戦績2匹。欲を掻いて大きめの桜尾に手を伸ばしたのが敗因だ。夏美ちゃんは0匹。二宗君は7匹だった。
7匹って結構とってるよね。良い男は万能なのか。
金魚すくいが終わった頃にピロリンと携帯が鳴った。里穂子ちゃんかな?私は巾着から携帯を取り出す。メールは簡潔だった。
『どういう“訳”なのか説明するように』
雪夜君…貴方は私のパパですか?
色々な屋台を冷やかして周ったが、私はちょっと心惹かれて雑然とした屋台に置いてあるガラスの指輪を嵌めてみる。薬指に丁度良い。屋台の明りに透かして見る。深いブルーの色合いが深海を感じさせてとても綺麗だ。
夏美ちゃんも私が指輪を嵌めているのを見て、倣うように斑な色合いのガラスの指輪を嵌めた。ぶかぶかだ。それでも合う指を探して、親指に嵌めた時ちょっと緩いくらいであった。親指に指輪とはちょっと違和感があるが夏美ちゃんは十分気に入ったようだ。
「おにーちゃん!これ買って!」
「ああ。」
そんなに高いものでもない、むしろチープともいえる。二宗君は気軽に頷いた。
指輪に見惚れている私を見て少し考えたあと言った。
「良ければ朝比奈君の分も買おう。」
ギョッとした。私は今左手の薬指に指輪を嵌めているのだ。二宗君に他意は無いのはわかっている。純然たる厚意だ。しかしそれは年頃の女性としてはかなり抵抗がある。例えチープなガラス素材だとしても。
「…えーと、お心遣いはありがたいんだけど指輪は女の子にとって『特別なアクセサリー』なんだよ。特に薬指はね。だから遠慮しておく。ゴメンね。」
「おにーちゃん、無神経すぎる!それくらい常識だよ!指輪なんて恋人じゃない男の子からは貰えないに決まってるでしょ!」
「そうなのか。すまない。」
キョトンとした後、素直に謝る。悪気はないのだ。
二宗君は夏美ちゃんの分だけ屋台のおっちゃんに小銭を払った。私は静かに指輪を指から外して置き場に戻した。
二宗君は代わりにと射的でぬいぐるみをとってくれた。私は桃花ちゃんじゃないぞ。案外可愛かったのでありがたく貰っておくが。内装を考えて、部屋には置かないから居間にでも置こう。
後日お祭りで私と二宗君がデートしていたという噂が流れてかき消すのに苦労した。風評被害が半端ない。同様に一条先輩と桃花ちゃんがデートしていたという噂も流れており、ファンクラブの子たちが地団太踏んでいた。
お手々繋いでるところを雪夜君に見られちゃいました~
修羅場であることに気付いていない結衣ちゃん。
倉持君はあんまりナンパとかには付き合ってくれないのがわかってるので、林田君は倉持君を放置してしまいました。友達甲斐ってなに?おいしいの?