第34話
夏祭りである。
祭りの規模としてはほどほどといったところか。桃花ちゃんの家から光ヶ崎学園側に数駅先で、結構大きな通りに面した神社がある。神社は通りに面していると言っても高台にあり、石段を登らなければ境内まで辿り着けない。境内の周囲はうっすらと木が立ち並んで林のような雰囲気になっている場所だ。神社と大通りのセット。これで屋台と人が集まらなければ嘘である。神社に面した大通りは歩行者天国になり、ずらりと屋台が立ち並ぶ。時間がくれば町内の者たちが神輿を担いでワッショイするところである。人ゴミは嫌いなんだが、私は小学生の頃から毎年このお祭りに通っている。出店につられて。だっておいしーもん食べたいじゃなーい。因みに大通りは遠巻きにお囃子が聞こえる程度だが、神社の境内では盆踊り大会が開催されている。私はそちらは見た事はあるが参加した事はない。盆踊りとか踊れないし?
毎年一緒に来る相手は友人だったり妹だったりするが、今回は里穂子ちゃんと一緒に来る約束をしている。
光ヶ崎学園と近いことから今年は大量の知り合いに出会うことが予測される。
今日も花火大会の日に着たのと同じ浴衣にコンタクト姿だ。待ち合わせ場所にてしばし待つ。浮かれている者が多いのか、待ってる間結構ナンパにあった。無論全員丁重にお断りしたが、そんなにしつこい相手もいなかったので良しとする。前世で女性下着売り場で下着を見ていたらナンパされて、そのシチュエーションにギョッとしたのはいい思い出。
「ごめーん。待った?」
「ううん。ちょっとしか待ってないよ。」
本当は早く着きすぎて結構待っていたが、そんな事はわざわざ口にしなくてもいいのである。
里穂子ちゃんは紺地に小さな桜の花が沢山プリントされている浴衣を着てきた。帯は表が濃い黄色、裏側がライトグリーンの二色使い。髪も和柄の半透明なプラスチック素材の簪でアップにしていてとても可愛い。
「浴衣可愛いね?」
「えへへ。美容室で着つけてもらいました。中学の頃から着てたやつだからちょっと子供っぽいかもしれないけど。」
浴衣を美容室で着つけてもらう人って結構多いんだろうか?私は前世を含めて記憶が続く限り一度も美容室で浴衣を着つけてもらったことはない。
里穂子ちゃんも私の浴衣姿をつぶさに観察する。
「柄が渋いね。色っぽくてよく似合ってる。今年買ったの?」
「うん。そう。」
花火大会用に買ったの、とは言わない。私は里穂子ちゃんからの花火大会のお誘いを断っているのだ。ナイショナイショ。
「だよね。中学生にしては渋すぎるもの。」
里穂子ちゃんはうんうん頷いている。
中学生と高校生ってそんなに違うものだろうか。正直バイトができるようになった事くらいしか実感が湧かない。背はちょっと伸びたかな。
「そんなに渋かったかな?結構気に入ってるんだけど。」
「似合ってるからいいんじゃない?」
それは私も渋い女だということだろうか。
二人して屋台に気をとられながら歩く。案の定光ヶ崎学園の生徒がちらほら見られる。と言っても制服を着ていないので本当に顔を見たことある人間しか把握できない。なので実数はもっと来ているだろう。こんな場所でデートでもすれば光の速さで噂が千里を走るだろう。隠れカップルには向かない場所だ。ところで、こういう場合って教員は治安維持に駆り出されたりするのだろうか?私は前世では教員をやっていたが、少なくともそのような体験をした記憶はない。
「朝比奈、伊藤。」
後ろから声がかかった。八木沢先生だ。いつものスーツでもなく、ジャージでもなく、かと言って浴衣でもない。動きやすそうな私服だ。
「八木沢先生もお祭りですか?」
「遊びに来ているわけじゃないぞ。見回り先生ってとこだ。」
やっぱり見回りとかあるのか。先生も大変だよ。里穂子ちゃんは八木沢先生の私服をじろじろ見ている。
「私服も似合いますけど、浴衣を着る心意気が欲しかったですね。」
「伊藤、お前な…浴衣じゃ、いざとなった時、走れんだろう。」
いざとなったら走るようなことを想定してるのか。危険な祭りだな。
「でも八木沢先生の浴衣姿見たかったよね、結衣ちゃん。」
里穂子ちゃんが口を尖らせる。
八木沢先生の浴衣姿か…イケメンだし身長高いし格好良いだろうな…
「あ、結衣ちゃん今想像しちゃったね!?照れてる!カワイイ!」
「し、してないよ!とんだ言いがかりだよ!!」
里穂子ちゃんがキャッキャとはしゃぐ。
「八木沢先生は私達に何かないんですか?」
「何かって何だ?」
「浴衣が色っぽいとか、普段見られない姿にグッときたとか、ムラッとしたとか…」
「伊藤は入学当初からだいぶ性格が変わったな。俺は驚きを隠せんぞ。」
あー…それは私のせいだったりする?里穂子ちゃんは入学当初は結構大人しい目の女の子だったんだよね。ゴールデンウィークの容姿魔改造からちょっと性格が変化したように思う。
「まあ、二人とも今日は気をつけて遊べよ。羽目を外しすぎないように。」
「「はあい。」」
「あと、2人とも、浴衣姿似合ってるぞ。」
さりげなく褒めて八木沢先生は去って行った。あの調子で他の生徒の事も見て回るんだろう。頑張れ、見回り先生。
「ねえ、結衣ちゃん。大判焼き食べない?」
「いいねえ。大判焼き。私はカスタードが好きだよ。でも大判焼きって昔より値上がりしてない?」
確か昔は100円とかだったと思うのだが、今はどこも120円くらいである。
「うーん、やっぱり材料が値上がりしてるのかもねえ。私はチーズがあるところが良いな……あれ?二宗君じゃない?」
うーむ、目敏いな。視線の先には黒地に銀のストライプが入った浴衣を身に纏った二宗君と、愛らしい朝顔の浴衣にへこ帯の小学生くらいの妹さん(多分)がいる。
「そうみたいだね。妹さんと来てるんじゃないかな?」
暗に邪魔しちゃ悪いんじゃないかな。と匂わせるが、空気を読まないのが里穂子ちゃんの仕様だ。巾着をぶんぶん振り回しながら突撃する。
「ヘイヘーイ!二宗くーん。二宗君たちもお祭りエンジョイ?」
「朝比奈君と伊藤君か。」
二宗君が妹さん(仮)にあんず飴を渡している。
「おにーちゃんのお友達?」
可愛らしく小首を傾げる。
「ああ。」
短く返事をする。 うむうむ。確かに誕生日プレゼントを贈りあうような間柄は友人だよな。
っていうか紹介とかはしないんかい。
「あれー?二宗君と私達って友達だったっけー?」
つい意地悪を言ってみる。
「ち、違ったのだろうか?私はてっきり友人関係にあると…」
動揺している。ぷぷぷ。面白い。
「うそうそ。友達だよー。」
「そうか。良かった…あまりからかわないでくれ。慣れていない…」
二宗君はホッとしている。
「えーと?数馬の妹の夏美です。いつも兄がお世話になってます。」
一応友人と言う事で話はまとまったと認識したらしく丁寧に挨拶してくる。小学3、4年生くらいだろうか。最近の子は礼儀正しいな。 美形の二宗君の妹さんだけあって顔立ちの整った女の子だ。とても可愛い。
「私は伊藤里穂子だよ!よっろしくねー!」
「私は朝比奈結衣です。こちらこそいつも二宗君にはものすごくお世話になってます。(主に委員会面において)よろしくね?夏美ちゃん。」
「朝比奈さんって言うとあのお弁当事件の?」
どんな事件だ。
多分体育祭のお弁当の件だと思うけど。というか二宗君妹さんに何吹き込んでるの?
「事件かどうかは知らないけど、体育祭のお弁当の事ならそうだよ。」
「ふーん。なるほど。」
夏美ちゃんがニコニコ笑って私をじろじろ見てくる。なんだ?いったい?
「そうだ!二宗くんと夏美ちゃんも一緒に回らない?」
さも名案を思いついたかのように里穂子ちゃんが言う。里穂子ちゃんはどうも私と二宗君をくっつけようとしている節がある。そういう関係ではないと再三言っているのだが、今一つ理解している様子がない。そこまでの実害がないので放置しているが、そろそろまずいのかもしれない。大体こんな年の離れた身内でもない私たちが一緒に居ては夏美ちゃんが気疲れしてしまうだろう。私が口を挟もうとした瞬間ソプラノの声が上がった。
「ナイスアイディアです!伊藤さん!」
夏美ちゃんが手を叩いて喜ぶ。いや、別にいいんだけどね?夏美ちゃんがいいなら。でもどうしてだろう。夏美ちゃんから里穂子ちゃんと似た匂いを嗅ぎ取ったような気がする。
「3人がそれでいいなら私も構わないよ。」
二宗君はちょっと自己主張に欠けているように思う。
まあ私も同意見だが。
「じゃあ一緒に回ろうか?私たちは今大判焼き探してるんだけど。」
「それならさっき行列のできている屋台を見かけた。美味しいのではないだろうか。客足が多いほど回転率も早くなければならないわけだから出来たてが食べられる可能性があると思う。」
そうそう。大判焼きは出来たてが美味しいんだよねえ。中の具が熱々で。冷めた大判焼きなど興覚めさ。
「じゃあその屋台にいこーう!案内して!」
私たちは二宗君案内の元行列のできる屋台に並んだ。並んだ甲斐あってクリームが熱々だ。おいしい。濃厚なコクが…たまらん。里穂子ちゃんが食べているチーズの大判焼きもまた良いものだとは思うけど。美味しいよねー。私はたい焼きと大判焼きはカスタードクリームと決めているけれど。
くじ引きの景品についてあーでもないこーでもないと議論してると、また一人クラスメートを見かけた。
屋台のちょっと陰になったところで、途方に暮れた顔でクラスメートの倉持君が立っていた。因みに浴衣ではなく私服だ。
「あれ?倉持君、どうしたの?」
私が声をかける。里穂子ちゃんはサッと私の陰に隠れた。照れているようだ。
「ああ、朝比奈と伊藤と二宗か。俺は林田と来ていたんだが、はぐれてしまって…さっきから携帯に何度も連絡しているが返事がないんだ。」
「そうなんだ…大変だね?」
私の陰からそっと里穂子ちゃんが話しかける。
里穂子ちゃんの気になる人は倉持君なんだよね。里穂子ちゃんと恋バナはしないけど、里穂子ちゃんはよく倉持君を目で追ってるし、熱心にサッカー部に見学に行ったりしている。調理実習の時の反応を見ても明らか!ここは親友としてひと肌脱がねばならぬところではないか!?
「倉持君。とりあえず里穂子ちゃんと一緒に林田君を探してみたら?気長に出店でも見ながら歩けばきっと見つかるよ。」
いや、林田君、絶対に見つかってくれるなよ。折角のデートの機会だし。
「えっ!?」
里穂子ちゃんは驚いた声をあげる。
「私は二宗君と林田君を探して、見つかったら連絡するよ。こういう時は人数が多いほどいいし、効率よく二手に分かれよう。」
すらすら建前を述べる。決して倉持&二宗ペア、私&里穂子ちゃんペアで別れようとは言わない。
「それは助かるが…」
倉持君は戸惑い顔だ。
「ちょ、ちょっと、結衣ちゃん待ってってば!」
「待たない。万が一お互いとはぐれた時用に倉持君と里穂子ちゃんは携帯番号交換した方がいいと思うね。里穂子ちゃんのは私が知ってるから二手に分かれても大丈夫だよ。」
里穂子ちゃんと倉持君が携帯番号を交換する絶好のチャンスではありませんか。
里穂子ちゃんは慌てたり赤くなったりと忙しい。
「で、でも二宗君と夏美ちゃんの意見も聞かないと…」
もごもご尻込みしている。先ほどまでの強引な態度が消えうせて物凄くもじもじしている。好きな人の前では強気になれないもんなんだね。
「私は別にかまわないが。夏美はいいか?」
「オッケーだよ、おにーちゃん!」
二宗君は全く気付いてなさそうだが、夏美ちゃんは敏感に私の意図するところを察しているようだ。ノリノリである。
「じゃあ、そういうことで。決定!」
「流石委員長。仕切り屋だな?」
倉持君が苦笑している。
「仕切らないとやってられません。」
しれっと答える。
「朝比奈と二宗も番号交換しておいた方が良いぜ?」
「私たちは元から番号知ってるよ。」
委員会の連絡事項を伝えるのに必要だったので以前交換したのだ。倉持君はそれを聞いて意味ありげに笑った。
「そっか。それじゃあ林田見つかったら連絡くれよな?俺は伊藤と行動してるから。」
「うん。連絡する。」
しないけど。折角の里穂子ちゃんと倉持君のデートを邪魔するわけないし。
私たちは二手に分かれた。
二宗家参謀夏美ちゃん登場。
二宗君の味覚に革命をもたらしたお弁当事件です。
二宗君と結衣ちゃんをくっつけようとしている里穂子ちゃんと、里穂子ちゃんと倉持君をくっつけようとしている結衣ちゃん。
倉持君は林田君が見つかるとは期待していません。フツーにデートします。