第30話
かなり長くうねりの多かったウォータースライダーを満喫して、私たちは桃花ちゃんと里穂子ちゃんをそれぞれビーチバレーに誘った。
桃花&雪夜チームVS里穂子&結衣チームだ。悪いがチーム分けをした時点で勝敗は見えていた。圧倒的戦力差で私たちのチームの負けだ。雪夜君はスポーツなら万能だが、桃花ちゃんも普段のドジが嘘のように動きが良い。これが『ちょこまか動くので運動神経が良い』ってとこか。
「結衣ちゃんドンマイ!」
里穂子ちゃんが慰めてくれる。
私がしょげているのを見て雪夜君がハンデにと、雪夜&結衣チームVS里穂子&桃花チームで対戦することになった。雪夜君フォロー滅茶苦茶上手い。絶え間なく動きを阻害する波のプールで綺麗に体を捌いている。結果勝った。
「やっったあああああ!」
運動的なゲームで勝ちを見ることが殆ど無かっただけに私は喜んだ。
「結衣お姉ちゃんナーイス!」
雪夜君も喜んでくれる。
「むー!結衣ちゃんズルイッ!雪夜君今度は私と組もっ。」
里穂子ちゃんは二連戦して二連敗している。そろそろ勝ちが欲しいのだろう。次は桃花&結衣チームVS里穂子&雪夜チームだった。桃花ちゃんが善戦する。しかし私という足手まといを負っては中々本領発揮できないのだろう。結果負けた。
「きゃー!雪夜君やったよっ!」
「やったね。里穂子お姉ちゃんはやればやるほど動きが良くなるね?」
「へへ。そうかな?」
里穂子ちゃんは褒められて嬉しそうだ。雪夜君年上キラーなんじゃ…?
「七瀬さん、ゴメンね?私運動音痴で…」
「ううん。いいよ、今のは結構いい勝負できてたと思うし」
桃花ちゃん、良い子だ…
それはさておき一度バレーボールを置きにパラソルに戻った。三連戦して結構時間も経ったし体も動かした。軽い疲労感がある。
「ね、ねえお昼にはちょっと早いけど何かお腹に入れない?」
おっと、イベント開始だ。
「そうだね。ちょっとお腹減ったかも。」
里穂子ちゃんが同意する。
「私なんか買ってくるね?ユキ、何が良い?」
桃花ちゃんが小銭の入ったビニールポーチを取りだした。
「いや、オレも行くよ。」
雪夜君は抵抗した。
「大丈夫。ユキはバレーボールの空気抜いておいて?」
「でも一人じゃ…」
困ったように言う。ここで一人で行かせたらイベントが発生してしまう。逆に残して行っても同条件のイベントが発生するだろう。前世の私が設定したことではあるが、これがまた雪夜君の嫌がりそうなイベントなんだよね。
「じゃあ、結衣ちゃんと一緒に行ったら?」
里穂子ちゃんの言葉に桃花ちゃんが一瞬微妙な顔をした。
「私はいいけど、里穂子ちゃんは一緒に行かないの?」
「雪夜君を見てる人が必要でしょ?」
まるきり子供扱いだ。
雪夜君が私に目を向ける。このイベントが私というお邪魔虫ができても成立するものなのか判断がつかないのだ。最良は雪夜君が一緒である事だ。
「じゃあ、俺と桃姉と結衣お姉ちゃんが買い出しで、里穂子お姉ちゃんにビーチボールの空気抜いてもらおう。」
「ユキ、他人様を勝手に使うんじゃありません!」
お姉ちゃん指導が入る。里穂子ちゃんは別に空気を抜くぐらいいいのだろうが他家の教育的指導には声をかけづらい。
「じゃあ、焼きそば…」
観念したようだ。
「私はポテトとフランクフルトお願いね!あとコーラ!」
「わかった。いこ、七瀬さん。」
「うん。」
後は複数人数ならイベントが起こらないよう願うしかない。私と桃花ちゃんは列に並んでそれぞれ焼きそば、アメリカンドック、ポテト、フランクフルト、ホットドック、コーラ、烏龍茶を購入した。2人前って何気に多いな。私は持ちきれなくて桃花ちゃんにちょっと持ってもらった。やっぱり雪夜君(荷物持ち)を連れてきた方が良かったー!
両手に戦利品を持って歩いていると数人の男性客に囲まれた。
年の頃は高校生くらい。しかし私たちよりも年上そうだが。中途半端な長髪や根元の黒い茶髪という何とも間の抜けたのがにやにや笑っている。体つきはただ今肉体改造中とでも言ったところだろうか。一瞬戦利品を放り出して逃げようかとも思ったが、力では押し負ける。
「ねえね、彼女たち二人?かっわいいねー!どう?一緒に遊ばない?」
この両手いっぱいの飲食物を見てどうして二人きりだと思えるんだ?ご機嫌な脳みそしてるな?
どうやら桃花ちゃんのイベントは、私というお邪魔虫がいても発生する模様。ズバリナンパイベントな訳だが。
「あの、連れが待ってるから…」
桃花ちゃんは困ったように首を左右に振る。私はこの『困ったように』が演技なのか本気なのか区別がつかない。本当に困っているようにも見えるし、演技のようにも見える。結果がわかっているので、もしかしたらそんなに困ってないのかなあ。
男たちは『連れ』が男だというニュアンスを敏感に嗅ぎ取って私たちの行く手を阻む。
「いいじゃんいいじゃん。アイスも奢ってあげるよ。」
「いらないです。」
アイスごときで釣れると思ってるのか?私が即座に拒否する。
「そんなつれない事言うなって~。昼食食べたら一緒にジャグジー入ろ?」
「絶対楽しいって!後悔させないよ?」
絶対に嫌だ。
イベントだから仕方ないとはいえ桃花ちゃんも嫌そうな表情をしている。しつこい感じの男性陣だしね。
「俺らと一夏の思い出作ろ?」
「カワイイベイビーまで出来ちゃったりして」
ぎゃははと笑う。下品な冗談だ。流石にレジャープールでいかがわしい真似はしないのだろうけど。ナンパに乗ったらプールの後どこかに連れ込まれそうな感じである。
男達の口元には下卑た笑みが浮かんでる。私と桃花ちゃんの水着姿を舐めるように見る視線がイラつく。軽い気持ちで作ったイベントだけど、実際遭遇するとこんなにも嫌な気持ちになるもんなのね。世の中の乙女ゲーのヒロインさん達はメンタル強いんじゃない?
「こ、困ります…」
桃花ちゃんが一歩後ずさる。
「なー、いいだろ?」
汚い茶髪の一人が桃花ちゃんの腕に手を伸ばす。それを幾分小さな手が掴んで後ろに回しながらひねり上げる。雪夜君だ。この辺はイベントなだけあってタイミング完璧。
「いだだだだっ!!!」
茶髪男が苦痛の声で騒いだので雪夜君がぱっと手を離す。
雪夜君からだいぶ遠いところで心配そうにこちらを見ている里穂子ちゃんの姿も確認できた。
「お兄さんたち、邪魔なんだよね。」
「何だこのガキっ!」
拳を作って雪夜君に殴りかかろうとする。が、雪夜君はそれを軽く掴んで流し、男に膝蹴りを入れた。
「ガッ!?」
「お、おい。テメ調子に乗りやがって!」
懲りない別の男が掴みかかろうと突進してきた。侮るのも無理はない。雪夜君は見た目は小6の少年なのだ。そんな子供に殴りかかる時点でアウトな気もするけど。雪夜君は素早く避けるついでに足をかけて転ばせる。男の顔面が地面にぶつかりそうになる寸前、頭を掴んで止めてやる。こんなプールサイドにまともに顔からぶつかったら大惨事だからだ。
「邪・魔・なんだよね?」
にっこり笑って頭を離してやる。
男たちも全く怯える様子なく自分たちをあしらう小学生に動揺し始める。
私の目の前に立ちはだかっている男の顎にも掌底を入れる。思いっきりつんのめって尻もちをついた。
「消えてくれる?」
雪夜君が可愛く小首を傾げた。
すでに周囲も私たちに注目し始めている。足を止めてヒソヒソやってるのも何人かいる。改めて周りの状況を見て形勢悪しと取ったのか、男たちが「今回は見逃してやる」的な事をぶつぶつ言いながら足早に逃げて行った。
それを見て雪夜君がふうと息をつく。
「お姉ちゃんたち怪我はない?」
「特にないよ。敢えて実害をあげるなら戦利品が冷めた事くらいかな?」
「ユキ、ありがと…」
桃花ちゃんは目がハートだ。雪夜君の雄姿にめろめろ…これ本命マジで雪夜君なんじゃないだろうな?
「ありがと、じゃないよ。遅いから来てみれば。…次からはついてくからな?」
「うん。ついてきて。守ってね?」
桃花ちゃんは嬉しそうだ。これがイベントだと知っている雪夜君は複雑な顔だ。きっとイベントでも何でもない日常で同じことを言われてたら素直に喜んだだろうに。
「雪夜君強いねー!なんか格闘技でもやってるの?」
里穂子ちゃんが私たちに合流した。私から自分の注文分を引き取ってくれる。
「あー…柔術と空手を少し。」
あげた二つに拘らず少林寺や合気道など雪夜君は徒手空拳の近接格闘に通じている。逆に剣道などの武器を使った格闘は今一つ明るくない。
「へー、格好いい!顔も整ってるし将来有望だね。私もこんな弟ほしかった~」
妹に水着を買ってくれるお兄ちゃんもいいと思うけどね。
だいぶ冷めているが、食事を食べて午後はまず流れるプールで思う存分流された。浮き輪を浮かべるとぷかぷかしていてなかなか気持ち良い。その後アスレチックプール、続いてジャグジーを始めとする温浴施設に入った。円形のジャグジーで雪夜君が隣に来た。
「何で隣に来るの?」
「来ちゃいけないとでも言うつもり?」
じろっと私を睨む。やっぱりあのナンパ撃退イベント作ったの怒ってるんだ。
雪夜君がくっつきそうなほど顔を近寄せる。
「い、言わないけど…イベント回避失敗しちゃったね。」
「全く。イベント条件が揃った時点で回避できないのかと思うよ。」
「私も今のところちゃんとイベント回避してる人見たことない。好感度上がった?」
重要なのはイベントが起こる事より、それによって好感度が上がってしまう事なのだ。
「まあ、下がってはいないよ。」
雪夜君の言葉は曖昧だ。けど多分上がったんだろうと思う。桃花ちゃんみたいな可愛い子に「守ってね?」なんて言われて悪い気はしないだろうから。雪夜君は元々『桃花ちゃんを守りたい』気持ちから格闘技を始めたわけだし。
「私の事もついでに守ってもらっちゃったみたいで、ごめんね。有難う。」
「『ついで』とか言わないで。結衣お姉ちゃんの事もちゃんと大事だよ。」
煙るような灰色がかった瞳が私を射抜く。
そ、そっか、私も大事にしてもらってるか…駄目だ。照れる。
私は赤面した。雪夜君がヨシヨシと前髪を撫でてくれる。
「二人とも随分仲良しだね?」
桃花ちゃんが雪夜君のもう反対側に来た。
「気が合うみたい。」
雪夜君は適当な作り笑いだ。桃花ちゃんは私に警戒した顔を見せる。違う、違うよ、桃花ちゃん。私はライバルじゃないよ?
「なーに?私も混ぜてぇええ!」
里穂子ちゃんが私たちの真ん中に乱入した。
思いっきり抱きつかれて身をよじる。きゃっきゃ言いながらも、いつ雪夜君は『心変わり』に同意するんだろうと頭の隅で考える。一番は桃花ちゃんの本命が雪夜君である事だろうけど。
ナンパイベント発生。雪夜君の武力介入。ガチでかなり強いです。
雪夜君は桃花ちゃんや結衣ちゃんが危ない目に会うのは嫌です。たとえイベントでも。
仲良しな結衣ちゃんと雪夜君にちょっと危機感な桃花ちゃん。
桃花ちゃんと結衣ちゃんには雪夜君の認識に差があります。
結衣ちゃん→いつも優しい人が惜しげもなく甘やかしてくる。
桃花ちゃん→いつも生意気な弟がたまに格好良い。
でもお互いその差に気付きません。