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第3話

あ、別れた。私は二人の甘い会話にちょっと飽きていたのでアクションは嬉しい。

ノート通りならばこの後、桃花ちゃんは孤児院の方向うへと向かうはずだ。私は後をつけていると思われないような絶妙な距離感を取りながら桃花ちゃんの後を追う。

学校から徒歩で行ける圏内に孤児院はあった。大きく開けた庭から子供たちの声がする。


「翔兄ひこーき飛ばしてぇー」

「待ってろ。すぐ折るからな?」


どうやら折り紙をして遊んでいるようだ。今時古風な遊びもあったもんだ。もうお分かりかと思うがこの『翔兄』こそ三国翔太郎その人である。彼はバイトも兼ねてこの恩師の運営する孤児院で子供たちの面倒を見ているのだ。


「あれ?三国君?」


鉄製の柵越しに子供たちと戯れる三国君を見つけて桃花ちゃんが声を漏らす。


「おーい、三国君!」


今度は大きな声で呼びかけた。私は電柱の陰に身を潜めて様子を窺う。はたから見たらかなり怪しいなコレ。三国君は桃花ちゃんに気付いたようで柵の近くまでやってきた。私に気付いた様子は無い。


「誰だ?」


クラスであれだけ目立っていたというのに全く目に入っていなかったらしい。桃花ちゃんを同じ学校の(制服着てるからね)知らない女子と認識したようだ。


「ふふふ、やだなあ。同じクラスだよ?二度目の自己紹介になるけど七瀬桃花、宜しくね?」

可愛らしくにこっと笑う。三国君の周囲に集まってきた子供達も見惚れている。

「おお」


三国君はちょっと見た目がとっつきづらいためか、同年代の女子に親しげに話しかけられるという経験があまりないようだ。戸惑ったように返事をしている。


「三国君はここで何をしてるの?」

「バイト、だな。まー仕事じゃなくてもこいつらの面倒は見るけどな。」

そう言って自分の足にしがみついている子供の頭をわしゃわしゃ撫でる。

「えらいんだね?」

「えらかねえよ。必要だからやってるだけだ。」


彼は十分にボランティア心に溢れていると思うし、子供たちの面倒を見ながらあの偏差値の光ヶ崎学園に入るのは十分讃えられていいと思うが。


「ね、私も子供たちと遊んでいい?」

「別にいーけどよ。」


三国君が桃花ちゃんを子供たちに紹介する。歓声が上がる。孤児院の敷地内なのであからさまに覗く事が出来ない。私は音声のみで情報を集める。どうやら三国君が折り紙にしていたのは今日配られたばかりのプリントらしい。それを桃花ちゃんに叱られている。それから子供たちは折り紙からボール遊びに切り替えたようだ。ボールの弾む音と子供の騒ぎ声が聞こえてくる。

うーん、じっと待ってると冷えるな。今んとこノートのイベントの通りだが。三国君の出会いイベントで甘いのは最後らへんだ。待つしかあるまい。

さんざん遊んで日が傾いてきた頃、桃花ちゃんは孤児院の敷地から出てきた。


「楽しかったよ。ありがとうね!みんな!」

「おねーちゃん、遊んでくれてありがとー!」


微笑ましい光景だ。三国君が一歩前へ出て桃花ちゃんに話しかける。


「おい、七瀬。ここの事は出来れば秘密にしてくんねーか?」


三国君の周囲は穏やかとは言い難いので子供たちを巻き込みたくないのだろう。


「うん。いいよ。約束する。」

「そっか。サンキュ」


三国君が目を細める。桃花ちゃんが小指を突き出した。


「じゃあ指切りげんまんしよ。約束だからね?」

「おい。必要ねーだろ」

「えー?じゃあ約束守れなくなっちゃうかもよ?」


冗談だ。それがわかるように桃花ちゃんも笑っている。三国君は「仕方ねーなあ」と呟いて指を絡めた。桃花ちゃんの白く細い指と三国君の皮の厚いごつごつした指が絡まる。


「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます。指切った。」


名残惜しげに指と指が離れる。あ、甘酸っぱい…


「じゃあ、また明日ね?三国君。」

「ああ、また明日な。」


桃花ちゃんがこっちへやって来そうなのでダッシュで逃げて物陰に隠れる。悠々と歩いていく桃花ちゃんをやり過ごして私もやっと帰宅することにした。


自宅に帰った私は着替えてベッドに腰掛けた。

私は前世の事なのであまり覚えていない。もう一度ノートを良く見直す必要がある。

どうやらゲーム設定としては『七瀬桃花の入学から翌年の3月14日までの恋物語』らしい。その期間中に桃花ちゃんが自分を磨き、好感度を上げ、イベントをこなし、デートを成立させるという予定のようだ。それでバレンタインデーに素敵な手作りチョコレートを贈り、ホワイトデーに返事がもらえる仕組みらしい。『ホワイトデーに結ばれたら一生離れることはない』とある。

うん、やはり長谷川さんは情報役だったらしい。『情報役活用によってヒロインは攻略対象の誕生日などを知ることができる。』って情報漏洩やないか!いいのかそれで、前世の私!なになに、『また情報役を活用すればするほど攻略対象との遭遇率が上がる。』とな。桃花ちゃんが『自分を、前世のゲーム(架空)の知識を持っている転生者と思い込んでいる娘』なら確実に活用してくるな。それと同じクラスに隠しキャラがいるようだ。名前は田中一郎たなかいちろう。記入用紙の記入例に書かれてそうな名前だ。平凡を顕現させたような人物であるらしい。クラスのアイドル的桃花ちゃんに一瞬で心奪われたとある。完璧片思いじゃねーか。可哀想だろ。よくよく見るとそれぞれの人物表には『~なところが好き』や『~をきっかけに心惹かれていく』などの表現がみられる。要するに前世の私はこれをヒロインの逆ハー物として書きたかったようだ。問題だ。非常に問題だ。黒歴史ノートに書かれている事が現実になっているのなら攻略対象全員が全員桃花ちゃんに好意を寄せることが確定している。でも現実には桃花ちゃんが恋人として付き合えるのはただ1人なはず。まさか桃花ちゃんが攻略対象(隠しキャラ含む)11人を股にかけるとは考えたくない。このノートのとおりの未来になるとしたら桃花ちゃんの選ぶ一人がハッピー、そのほかの野郎どもがアンハッピーなわけだ。頭が痛い。当時の私は何を考えていたのだろう。やっぱりこれは黒歴史だ。最高に恐ろしいのは桃花ちゃんが本気で11股かける場合。バレンタインに11個のチョコを配ってホワイトデーに11人から告白される。そしてホワイトデーに結ばれたら一生離れる事は無い。ノートを放り出してベッドに横たわる。桃花ちゃんはどう考えているだろう。『ゲームの記憶があるのだからゲームの記憶通りイベントをこなして逆ハーレムを目指そう』なんて考えてたら困る。一人に絞ってくれなきゃ現実ではただの悪女だ。けど一人に絞ったとしても他の攻略対象は?失恋したら他の女の子に見向きしてくれる?消しゴムでこすっても文字は消えてくれないだろう。いっそ焼き捨てる?破り捨てる?それで登場人物が謎の焼死や惨殺死を遂げたら怖い。試せない。

気がついたら妹が部屋に入ってきていた。不思議そうに開いたまま放りだされたノートを見ている。


「ちょっ、それ見ないで、マジで!」


慌ててノートを取り上げる。


「何にも書かれてないなら別に見たっていいじゃーん」

「は?」


意味がわからない。確かに私は文字の書かれている面を出したままにしていたはず。


「だ・か・ら白紙のノートなんて見たってつまらないよ」

「ちょ、ちょっと待って!このページ何が書いてある!?」


私は片面に桃花ちゃん、もう片面に桃花ちゃんのお姉さんである月絵さんの人物紹介が書かれているページを広げて見せた。


「何って。白紙じゃん。何も書いてないよ。」


なんてこった。この不思議ノート私以外の人には書いてある文字が見えないんだ。それはそれで黒歴史が晒されないで済んで一安心だけれども。しかし全く不可解だ。何故このノートは存在するのか。なぜ現実はノートの通りになっているのか。まったくわからん。


「お姉ちゃん、聞いてる?」

「えっ?何?」

「夕御飯だって。呼びに来たよ。」

「ああ、うん。わかった。というか入る時はノックして入ってよ」

「ハイハーイ」


妹は頭の後ろで大きく腕を組んで呑気に階段を下りて行った。



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