第17話
梅雨である。私は傘で片手が塞がる事を非常に嫌うのでまっこと鬱陶しい季節である。梅雨が明ければ夏の日差しが一気にきつくなるし。私は日に焼けると色が黒くはならないが、赤くなってひりひりするのだ。
桃花ちゃんの梅雨時期のイベントは四月朔日君との相合傘と、自主練帰りに雨に降られ、こっそり八木沢先生に車で送ってもらうものである。八木沢先生の車は黒のBMWだ。駐車場に止めてあると結構目立つ。これで八木沢先生に人望が無かったら真っ先に悪戯されてるところだな。
今回は桃花ちゃんには悪いが、イベントの妨害をさせてもらおうと思う。イベントが妨害(回避)出来るとなれば雪夜君の桃花ちゃんに対する好感度がこれ以上上がらなくなるかもしれないからである。根本的な解決には至らないが。というわけで私は常時折りたたみ傘を2本持ち歩いている。荷物になって邪魔なんだけども。そしてひたすら桃花ちゃんをつけまわす。バイトのある日にイベントが発生してしまうと妨害出来ないが、そこは運に賭けてみる。
朝は降っていなかったが、帰りはしんしんと雨が降っている。相合傘イベントが起こるとしたらこんな日だろう。
帰り際、後ろ髪をひかれながら里穂子ちゃんのお誘いを断って、桃花ちゃんをつけまわす。桃花ちゃんは職員室に用事があったようだ。鞄を片手に、もう片手には物理の教科書を持っているところを見ると、八木沢先生に質問しに行ったのだろうと思われる。私は職員室に立ち寄ると委員長としての仕事をどっさり押しつけられるので、出来るだけ遠くで待つ。
桃花ちゃん遅いな。
やがて桃花ちゃんが現れる。桃花ちゃんは物理の教科書を鞄にしまう。そのまま昇降口へ。そこには空模様を見つめて憂鬱そうな溜息を吐く四月朔日君が。すぐ帰ったにしては遅く、部活動を終えてから帰るにしては早い時間帯。つまり中途半端な時間帯だ。人もまばら。四月朔日君の姿は否が応にも目を引いた。
これはイベントじゃない?
私は颯爽と桃花ちゃんを追い抜いて四月朔日君に近付いて
「傘ないの?良ければ私の傘に…」
折りたたみ傘を出そうとする。……あれ?無い?
無いぞ?私の折りたたみ傘。2本とも無い。あれ?あれ?
鞄を探るが無い。
「君誰?傘がどうかした?」
四月朔日君は綺麗な顔に不思議そうな表情を浮かべている。
私は完全にテンパった。
「ご、ごめん!なんでもないっ!」
ピューッと廊下を渡って柱の陰まで逃げる。柱の陰から窺い見ると、桃花ちゃんが自分の傘に四月朔日君を入れて二人で仲良く帰るところだった。
イベント妨害失敗!
私は肩を落として教室へ戻り、教室の中と落し物入れの中を探ったが、傘は出てこなかった。多分パクられた。片方はシンプルな無地の紺だが、片方は猫が伸びをしている模様のついた気に入っている傘だったのに。ピンポイントで折りたたみ傘の盗難にあうなんてありえない。これはイベントを発生させるための何らかの力が発生したのか。
やっぱりイベント妨害はできないものなのかなあ。というか私はどうやって帰ろう。濡れて帰る?しょんぼり。
昇降口に付くと子供がいた。無造作ヘアな紅茶色の髪と凛とした後姿でわかる。雪夜君だ。携帯をいじっている。
何故光ヶ崎学園へ???
「雪夜君。」
雪夜君が振り返った。
「結衣お姉ちゃん。今帰り?」
「うん。実は―――…」
私は今までの展開を話して聞かせた。雪夜君は苦々しい顔をした。やっぱりイベント妨害不可って痛いよね。
「雪夜君はなんでここにいるの?」
「オレもイベント妨害。」
話しを聞くと雪夜君もイベント妨害できるかどうか試そうとしていたらしい。天気予報では降水確率は低く、朝雨が降っていなくて帰りは雨。こんな天気なら四月朔日君も傘を持ってこない、なんてこともあるかもしれない。と思い立ち自分の分の傘と予備の傘を持ってきたようだ。言い訳は「桃姉傘忘れてると思って持って来たんだ」らしい。読みは良い。実際イベントが起きたのは今日だ。鋭い。でも
「七瀬さんと四月朔日君もう帰っちゃったよ?」
「知ってる。電車が遅れてたんだ。それで予定してた時間に着けなくて。」
携帯でメールを送って確かめていたようだ。
やっぱりイベントを絶対に発生させるような、何らかの力が加わっているのかもしれない。
「結衣お姉ちゃんは傘無いんだよね?良ければこれ差して帰って。」
雪夜君が予備の傘を貸してくれた。ワインレッドに白のドットの入った可愛い傘だ。
「いいの?」
「濡れて帰ると風邪引くよ。それにもう使ってもらおうとしてた人物は帰っちゃったみたいだしね。」
「ありがとう。一緒に帰ろう?」
「うん。」
雪夜君は私を雨の中、放り出したりしない。なんだかそれが嬉しい。
雪夜君と二人で一緒に帰った。八木沢先生とのドライブイベントを妨害出来ないか話し合いながら。八木沢先生と一緒に帰りそうになった時に割り込んで「先生ずっるーい!私も送ってくださいよ!」と行けば妨害出来るんじゃないかと思うけど。デメリットは桃花ちゃんに強く私を印象付けてしまうことかな。今回の四月朔日君に話しかけたのも視界に映ってたかもしれないし。強く印象付けたからなんだという訳でもないけど、万が一私が恋のライバル認定されると余計な軋轢を生みかねない。
バイトとストーキングを繰り返した結果。
バイトが終わって携帯を開くと雪夜君から『今日が八木沢ドライブイベントだったみたい。今帰ってきた。』とメールが入っていた。脱力。
結衣ちゃんにとって実は『雨』は割と重要なキーワードです。
まあ、ずっと後にならないと答えは見えてきませんが。
本当は相合傘させたかった…むう。