第16話
6月1日。天気も晴れ。里穂子ちゃんの誕生日である。プレゼントの準備は万端。一応ちゃんと保冷剤を入れてお誕生日ケーキにとオレンジのタルトも持った。ウキウキ気分で教室に入ってすぐに「ハッピーバースデー里穂子ちゃん!」とやった。里穂子ちゃんには喜んでもらえたが、他の人間の注目も浴びてしまった。
「なんだ、伊藤今日誕生日だったのか?おめでとさん」
私達のすぐ傍でたむろしていた林田君である。
「おめでとう、伊藤。」
同じくたむろしていた倉持君である。
「ぁ、ぁぁあ、あり、ありがとう」
里穂子ちゃんは挙動不審である。倉持君からお祝いの言葉だしね。
「んん~?君ら言葉だけかね?誕生日プレゼントはどうした?」
私が脅しつける。
「朝比奈も伊藤も俺の誕生日にはくれなかったじゃん」
「林田君の誕生日っていつだったの?」
「5月3日」
「ああ、クラスにもそんなに馴染んでなくて誰からもプレゼント貰えないパターン?しかも祝日。」
「そうなんだよなー。もう1ヶ月遅ければプレゼントをせびり取れたのに。」
林田がつまらなさそうに頭の後ろで腕を組んでいる。
「く、倉持君はいつなの?」
里穂子ちゃんが尋ねる。お。やっぱりそこ気になっちゃいます?
「俺は3月8日だよ。」
「結構遅いんだね。」
里穂子ちゃんはちゃんと誕生日プレゼント渡せるのかな?
わいわいやっていると二宗君がやってきた。
「朝比奈君。会議録を生徒会室に運ばねばならないようだよ。…何を盛りあがっているんだい?」
仕事か!めんどい!
「んー、今日里穂子ちゃんの誕生日なんだ。それでおめでとうって。」
簡単に説明する。
「成程。伊藤君おめでとう。君がこれからもよい大人への道を歩めると良いね。しかし困ったな。こういった場合通常はプレゼントを用意すると聞いたが。」
そこまで親しくなければプレゼントはいらないんじゃないかな?いや、待てよ。これを利用すれば里穂子ちゃんが倉持、林田辺りからもプレゼントを貰える?なんだかそれはとてもいいアイディアに思える。波に乗れてるんじゃない?
「そうなんだよ。プレゼントがあれば本人も喜ぶよね?せっかくだから帰りになんか買ってあげたら?高いものじゃなくていいしさ。」
「そうしようか。」
ちょっとぽんやりした二宗君はすんなり納得したようだ。が、
「ええ?悪いよ」
里穂子ちゃんが遠慮している。
「いいからいいから、貰っとき。というわけで倉持君、林田君も何かくれるよね?」
にっこり。
「強制かよー」
「別にいいけど、俺らも帰りに買うのか?」
「うん、今日はみんなで帰ろう?」
二宗君がくれる以上、二人も付き合いでくれると踏んだのだ。そして強制しているのは私。つまり汚れ役は私一人で十分だということだ。ふふふ。
「参考までに朝比奈君が伊藤君に渡したプレゼントが知りたい。」
って言ってもまだ渡してないんだけどね。
「これだよ。里穂子ちゃんどうぞ。」
里穂子ちゃんにプレゼントを渡す。申し訳ないが結構かさばる。何をあげようかは実は結構悩んだのだ。欲しいものをあげられれば一番ではあるが、里穂子ちゃんがピンポイントで欲しいものはちょっとよくわからないし。貰っても困らなくて可愛いものにした。
「ありがとう。じゃあ開けてみるね?」
包みの中にはティーカップとティーソーサーが2組。色はピンクにドット。ソーサー中央とカップの底に蝶々が描かれている。蝶々がお洒落!と思っているのだが。
「可愛い!ありがとう。結衣ちゃん!」
喜んでいただけたようだ。
ホントはシュガーボウルとかミルクジャグもセットにしたいところだが予算の関係上断念。
変わりにタルトを焼いたのだよ。ココアとオレンジのタルト。
「どういたしまして。あとタルトも焼いてきたよ。」
「やったー!結衣ちゃんのお菓子美味しいんだよね!」
球技大会のマドレーヌで味をしめたようだ。お菓子作りは趣味なので多少自信はある。
「それは俺らの分無いのかよ?」
「無いのだよ。」
こういう展開が読めていたら切り分けてこないでワンホール持って来たんだが。私は超能力者ではないので無理だ。
「まあ、俺らの誕生日にも当然焼いてくれるんだよな?朝比奈。」
倉持君意外としたたか。
でも里穂子ちゃんが君からプレゼントを貰えるならそれくらいお安い御用だ。
「いいとも。でも学校に持って来れないようなクリームたっぷりのとかは無しだよ?」
「よっしゃ!」
林田君はガッツポーズだ。
「ていうか来年林田君とは一緒のクラスになるか分からないけど。」
「ええ~。」
「じゃあ放課後にね。」
八木沢先生が入ってきたので私達は席に戻った。
帰りに雑貨屋などの店舗が立ち並ぶ公園通りに5人で寄った。因みにオレンジタルトは昼食の時完食された。好評だった。3人が物欲しげに見ているので里穂子ちゃんはとても食べにくそうだったが。
「伊藤はなんかプレゼントにリクエストはあるのか?」
倉持君が聞く。今日は部活をサボってくれたらしい。申し訳ない。
「特には。ホント気持ちだけでいいよ。」
「一応女の子の欲しがりそうなものにしてよね?」
釘を刺しておく。
くれないだろうがモデルガンとか貰っても嬉しくは無いだろう。年頃の女の子が貰って嬉しいものにしていただきたい。最低限貰って困らないもの。
「それは難問だ…」
二宗君が頭を抱えている。コミュ力のあまり高くない二宗君には難しすぎた注文か。ちょっと相談に乗ってやらねば。
「そんなに難しく考えなくていいよ。極端で無ければ。」
「普通どんなものを貰ったら喜ぶのだろう?」
「相手との親密具合によると思うけど。」
あんまり親しくない相手から高価な物や、ラブラブなモチーフの物を貰っても困るし。
「私と伊藤君の間柄ではどうだろう?」
「自分でお金を出してまで買いたくは無いけどちょっと欲しい物、とか?あっても困らない物、とか。」
「ますます難易度が上がったような気がするな。」
私は二宗君についてプレゼントの相談を受け付ける。里穂子ちゃんは倉持君と林田君にあれやこれや聞かれているようだ。楽しそうに会話しているようなので生温かい視線を送っておく。
「そう言えば、君の誕生日はいつなんだ?」
雑貨店に入ってハート型の小物入れの蓋を開けながら言う。
「私?私はねえ、9月の22日だよ。二宗君は?」
「7月9日だ。」
知ってるけどね。
二宗君はぬいぐるみがみっしり並べられた異様にファンシーなコーナーに来ている。それはそれで面白そうなので止めないが。
「因みに林田君が5月3日で、倉持君が3月8日だってさ。」
「そうか。何かプレゼントを考えておかなくてはな。」
二宗君はクラス全員分プレゼントを買う気だろうか。その辺特に考えていない気配がする。今回の事は入念に口止めを重ねなければ二宗君に気のある女子が「私の誕生日って○○なの~」と誕生日プレゼントをせびりに来てしまうかもしれない。要注意だな。
などと考えていると、二宗君がだらーんと耳の垂れたウサギのぬいぐるみを顔の前くらいに持ってきて私の方を向く。ぬいぐるみの手を動かして声色を使う。
「さあ、朝比奈君。最適なプレゼントを探すんだ。」
ウサギの腕がひょいひょい、と動く。その声色はアヒルにちょっと似ていた。
「……。」
「……。」
二宗君がぬいぐるみを置き場に戻して背を向けた。
「…ちょっとやってみただけだ。」
耳が赤い。真っ赤だ。そんなに恥ずかしいならやらなければいいのに。私もつられ照れしてしまったではないか。意外とお茶目な二宗君の一面を見てしまった。自分でやって自分で照れてるところがなんとも可愛らしい。多分ツッコミ待ちだったんだろうな。ごめんよ。意外過ぎて無言になってしまったよ。
結局里穂子ちゃんは二宗君から入浴剤のセットを、林田君からはマニキュア3本、倉持君からはクマの形のイヤホンジャックとお揃いの小さなクマのぬいぐるみのを貰っていた。
里穂子ちゃんが嬉しそうに包みを抱えている。私達は男子集団の後ろを里穂子ちゃんと二人並んで歩く。
「結衣ちゃん。今日は私の為に色々してくれて有難うね」
「大切な友達だからいいんだよ」
その後二宗君を除く3人には、二宗君に対する懸念を正直に話し、プレゼントの事は内密にしてもらった。乞われるままプレゼントを買い続けたら二宗君が破産しかねないからな。
里穂子ちゃんハピバ☆
二宗君は意外と無邪気です^^