第14話
2日の研修を終えて採用された。
雪夜君に『採用されたよ。シフトは月、火、木の17時~22時』とメールしておいた。里穂子ちゃんにも教えるかどうかは保留。やっぱりメイドってちょっと恥ずかしいし?雪夜君には教えちゃったけどできるだけ他の人には言わないようにしようかな。特に妹には絶対教えない!
因みに桃花ちゃんのシフトは1週間のうち月、金の2日だけらしいので月曜日だけ一緒に仕事する。部活動をやっているのでそんなに日数入れられないのだろうと思う。シフトがかちあった最初の日、滅茶苦茶驚いた顔をされた。
「おはようございます。七瀬先輩!」
メイド服に着替えて挨拶する。
「あ、朝比奈さん!?どうしてここに?」
「先日からここでアルバイトさせてもらってます。よろしくお願い致します。」
桃花ちゃんのメイド姿は素晴らしく可愛らしかった。柔らかな艶のある髪の一線一線、頬に影を落とすほどに長い睫毛、白磁のように肌理の細かい肌、折れそうなほど華奢で形の整った爪先、春日さん渾身のクラシックなメイド服、すべてが揃って、まるで精緻な人形のようである。
「そうなんだ…先輩って言っても私も最近入ったばっかだよ。」
雪夜君に聞いたから知ってる。そもそも中学生はアルバイトできないので、私と同年齢である以上、最近入ったばかりに決まっている。
「それでも先輩だよ。メイド服似合ってるね?」
「そ、そうかなあ?」
桃花ちゃんはちょっと照れたようだ。
「うん。すっごく可愛い。」
と可愛い七瀬先輩だが、仕事は結構ミスが多い。要するにドジなんだろう。注文ミスとか釣銭間違いとか中々に気が抜けない。最後に私がここで働いている事は秘密にしてくれるよう頼んでおいた。今のところ秘密は守られているようだ。彼女はドジっ子属性なのでいつ『うっかり』が発生するのか知れたものではないが。
そんな感じで過ごしていたところアルバイト先に雪夜君が来た。ちゃんと桃花ちゃんがシフトに入っていない木曜日にご来店。しかしメイド喫茶に単独で出撃とは。雪夜君勇気あるなあ。私ならできないよ。
「おかえりなさいませ。旦那様。お席へご案内致します。」
私はにっこりと微笑んだ。雪夜君に「旦那様」は中々違和感があるな。
「ありがとう。」
雪夜君はしげしげと私を眺めつつ、ついてくる。
ミルククラウンほどメルヘンではないが、独特な雰囲気の店内なので、慣れないうちはあまり居心地は良くなさそうだ。まあ、インテリア綺麗なんだけどね。いつかバイト中、誤って破損しないか心配だよ。弁償とかないわー。高そうなんだもの。
お冷とおしぼりを出す。頃合いを見計らって声をかける。
「旦那さま、ご注文はお決まりでしょうか?」
「ブレンドと…コンベルサシオンってどんなケーキ?」
「パイ生地にクレームダマンドを敷き込み、表面にグラスロワイヤルを塗り、その上に格子状にパイ生地で模様を作り焼きあげたお菓子です。表面がサクサクしていて美味しいですよ。当店のものは中に林檎が入っております。」
パイの一種だね。ごくごくたまに家でも焼いたりする。干し杏子や栗の渋皮煮、洋梨を入れて作ったりしても美味しい。味の表現はちょっと難しいけど。
「じゃあそれ。」
「承りました。旦那様。」
カウンター内に注文を伝えに行く。雪夜君は私を観察しているようだが、メイド服着ている以外は普通の喫茶店業務だぞ。見てておもしろい?とりあえず雪夜君にべったり構っている訳にはいかないので働く。今日はあんまりお客がいない。
「結衣ちゃん。あの可愛い坊や、結衣ちゃんのお友達じゃなあい?」
客の切れ目、というか店内に雪夜君以外のお客さんがいなくなるのを見計らって、春日さんが声をかけてきた。
「あ、やっぱりわかります?」
お友達なのか?確かな友情を育んだかどうかはちょっと自信ないけど。私は勝手に友達だと思っている。
「わかるわよう。他のお客さんが来るまでなら、ちょっとお話ししてきてもいいわよ?」
「いいんですか?」
「特別よ?」
春日さんは年の離れた私たちがどういう『お友達』なのかは聞かない。余計なことは詮索しない。出来た大人だ。
私は注文されたブレンドとコンベルサシオンを持って雪夜君のテーブルに付いた。
「ご注文のブレンドとコンベルサシオンでございます。」
しずしずとテーブルの上に並べる。
「ありがとう。」
急に態度を崩して向き直った。オンオフ切り替えね。
「雪夜君。オーナーがちょっと話してきていいって。」
「ホント?後で感想メールしようかと思ってたよ。」
「うーん、どんな感想か怖いなあ。」
「別に想像してたよりもずっと可愛いって言いたかっただけだよ?すごくキレイでお人形さんみたい。話し方はちょっと気持ち悪かったけど。」
気持ち悪いとは失礼な。
「マニュアルだから仕方ないんだよ。」
メイド喫茶だもの。萌え萌えキュンはしないけど。
雪夜君は笑いながらコーヒーに口を付ける。
「あ、おいしい。そうだ。結衣お姉ちゃん、写メ撮っていい?」
「あー、ゴメン。店内での撮影は禁止されてるんだ。」
「そっか、なら仕方ないね。」
大人しく引き下がる。中々引き下がらないお客さんとかがいて大変なんだそうだ。凝った衣装が綺麗だもんねー。似合ってたら思わず写真に収めたくなる気持ちはわかる。私が似合ってるかどうかはさておいて。
会話してると春日さんがひょこっと出てきた。
「坊や、制服が目当てなら店内以外で着てもらえばいいのよ。」
春日さんの微笑みは悪魔の微笑みだ。
基本的に洗濯は店からのクリーニングだし、制服を持ち帰る機会は無い。が、持ち帰ってはいけないとも言われていないのだ。パクるのはダメだが。
えーこの格好写真で残るのかー。ちょっと恥ずかしいなー。
雪夜君は春日さんの喋り方に目を丸くしている。一応人物紹介の欄にも明記してあったはずだけど、一回しかノート見せてないから忘れちゃったのかな?
「…って言ってるけど?結衣お姉ちゃん?」
上目遣いに私の顔を窺う。
うーん…雪夜君私なんかの写真欲しいの?
「本当に写真が欲しいなら今度私の自宅で着てあげる。あ!妹がいない日に限る。」
妹に知られたら腹抱えて爆笑される!それだけは回避!家族には喫茶店業務としか伝えてないのだ。別に風紀上問題のありそうなメイド服ではないが、やっぱり恥ずかしいから。
「じゃあ、約束ね。」
雪夜君は小指を立てた。
ちょっと照れたが、雪夜君の小指に自分の小指を絡める。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った。」
雪夜君が絡めていた小指を離した。
「仲良いわね。」
春日さんが感心したように呟く。
雪夜君は満足そうに笑ってケーキを頬張った。
それからお客さんが来たので接客に戻った。今日は2人なのでお客さんがちらほら来ると忙しい。
雪夜君は私が接客する姿を眺めながら、ゆっくりコーヒーとケーキを味わって席を立った。
レジでお会計する。
「850円でございます。」
「はい。ケーキも美味しかったよ。また来るね。」
雪夜君はにこっと笑ってカーキ色のちょっとほつれたお財布から千円札を取り出した。
「はい。おかえりをお待ちしております。」
私はお釣りを渡すと、マニュアル通り頭を下げた。
結衣ちゃんのメイド姿の写真が欲しかった雪夜君。
春日さんの計らいで無事ゲットです。