第12話
球技大会である。
私はバレーなので関係ないが雨天だった場合サッカーはどうなるのだろう。わざわざ質問するほど私は球技大会に意欲的ではない。勝ったところで何か商品が出るわけでもなし。噂によるとどのチームが勝つか賭けが行われており、賭けが暴露されたやつらは先生にこってり絞られているそうな。
簡単なHRがあった後、私達はそれぞれの会場に向かった。里穂子ちゃんとは先に負けた方が勝ち進んでいる方の体育館へ移動する約束になっている。
私達のチームは2回戦敗退。背の高い長谷川さんがなかなか健闘したが相手に敵わず。
私は華麗な顔面レシーブを決めた。乙女の名誉のために鼻血は出なかったとだけ言っておこう。どうしてこう、運動音痴なんだろうなあ。てきぱき動くのもちょっと苦手だし…運動神経が欲しい。
第二体育館へ移動する。里穂子ちゃんは試合の真っ最中だった。シュートこそなかなか決まらないが瞬発力を生かしたパスカットに秀でているようだ。私が体育館に来た事に気付いたようでニコニコ笑いながら手を振っている。いい勝負を繰り広げているようだが5回戦目に敗退した。相手はかなり背の高い2年生チームだった。
「おつかれ。頑張ってたね?」
「がんばりましたー。ご褒美ちょうだいっ」
里穂子ちゃんが私に抱きつく。
「デザートにココアマドレーヌ焼いてきたよ。」
「やったっ!」
「お昼までまだ試合あるね。どこか見学に行く?」
お弁当を広げるにはまだ早い時間なのだ。もうちょっと時間を潰した方がいいと思われる。スポーツ自体にあまり興味はないが、暇つぶしにどこかのチームを応援するのもいいかもしれない。
「うーん。二宗君はバスケだよ?」
「?だから?」
「見たくないの?」
何を言いたいのか分からない。
「別に。見たいの?」
「もうっ…見ようよ。」
里穂子ちゃんはぷりぷり怒りながら、私を男子側のコートに引っ張ってった。見学したいのは男子の試合らしい。私としては敢えて言うなら女子のサッカーで桃花ちゃんがどうなるのか見たいところだったが。
「あっ、倉持君だ。」
里穂子ちゃんが声を上げる。目を遣ると同じクラスの倉持君がボールをドリブルしながらコートの中を走っている。
球技大会では原則部活に入部している者はその競技を選べない事になっている。倉持君はサッカー部なのでバスケを選んだのだろう。
里穂子ちゃんはあれですぞ。密かに倉持君に気があるのではないかと…熱心にサッカー部の見学行ってるみたいだし。青春ですなあ。
うちのクラスのチームは結構強いようだ。2年3年にも負けていない。
二宗君がボールを放つ。綺麗な輪を描いてゴールに落ちる。フォームが綺麗だな。二宗君には特別運動が得意と言う設定はしていないが、この様子だと得意そう。キャーと黄色い歓声が起こる。うむむ。人気だな?
「もうすぐ休息挟むよ。倉持君にタオルでも渡してきたら?」
里穂子ちゃんの未使用のタオルを見て言う。
「なっ、なっ、なっ、なななな何言ってるの。そんなことするわけないじゃない!!ないじゃない!!」
何故二回言ったし。かなり大きな声が響いた。周りが一瞬静かになる。ボールの弾む音とキュッキュっという靴が床にすれる音だけが響く。周りにいた人々が何事だという目で私達を見ている。注目を集めてしまったな。
「里穂子ちゃんったらー」
「結衣ちゃんのせいでしょっ」
しばらく見ていたら昼食の時間になった。私と里穂子ちゃんは二人でお弁当を広げている。今日は身をほぐした塩鮭と刻んだ大葉と白胡麻を酢飯に混ぜたおにぎりがメインだ。これがかなりおいしい。さっぱりしてるし、つい食べ過ぎてしまう。おかずは小松菜のおかか和え、卵焼き、牛肉と牛蒡のしぐれ煮、タコさん及びカニさんウィンナーである。
「結衣ちゃんのお弁当っていつ見ても美味しそうだよね。自分で作ってるの?」
「そうだよ。ちょくちょく前日の夕食の残りが入ってるけど」
塩鮭や牛肉と牛蒡のしぐれ煮なんかがそうである。妹は食べる係だが、母も私も結構料理が好きなので、一緒に台所に立ったりする。二人でネット検索したレシピを試してみたりワイワイやってる。
「いいなー。私にも結衣ちゃんみたいなお姉ちゃんがいれば良かったのに。」
「そういいことばっかりじゃないと思うよ。」
妹とは深刻なものではないがつまらない口喧嘩はしょっちゅうだ。年が近いので洋服やアクセサリーの貸し借りができるというのは利点だけど。妹の容姿がこれまた私そっくりなものだから妹に似合う服=私にも似合う服なのである。でも趣味は違うから、自分の好みじゃないけどたまには着てみたいような服を妹は所持している。
「あ、二宗君だー。」
「お疲れ。」
二宗君は声を掛けられて気付いたようで、眼鏡の位置を直してこちらを見た。相変わらず端整な顔である。美しい男だよ。
「朝比奈君に、伊藤君か。来ていたのだな。」
「いやー、結衣ちゃんがどうしても試合見たいって言うから。」
「言ってないし。」
なーにを捏造してるんだか。私は即座に正した。
二宗君はキョトンとしている。
「私はてっきり朝比奈君は女子サッカーの試合を見に行ったのだと思っていたが。」
委員会を通じてよく会話するようになった私達だが、その事によって二宗君には私が桃花ちゃんに並々ならぬ興味を持っている事を気付かれている。「君の七瀬君に対する興味は限度を超えているように思う」とか言われたからな。「断じてストーカーとかではない!」と完全否定しておいたが、どこまで信じたか分からない。逆によく会話する私達を見て、里穂子ちゃんは私と二宗君が良い仲なのではないかと勘繰っている。違うからね?
「見に行こうかとも思ったけど里穂子ちゃんがバスケの試合見たいって言うから…」
「あ、別に他意は無いよ。私はね?」
まるで私に他意があるようではないか。里穂子ちゃん、誤解を招く言い方しないように。
「そうか。伊藤君はバスケが好きなのだな。」
二宗君は心情面においてのみ他人の言葉の裏を読むと言う事はしないのだ。決して知能が劣っている訳ではないのだが、他人の心を理解できないという設定の弊害である。分類的にはいわゆる『天然』と言う人種に属す。
「まあそんなとこだよ。休んできたら?」
「そうしよう」
二宗君は壁際のお弁当が置いてある位置に移動したようだった。里穂子ちゃんとお弁当を食べながら周囲を観察していたが、皆それぞれに球技大会を楽しんでいるようだった。因みに一条先輩はサッカーらしく、そっちの応援席に行くと女生徒にもみくちゃにされるらしい、と噂が流れてきた。うちのクラスからの男子サッカーには三国君がいる。運動は得意な方だろうが、サッカーが特別得意かどうかはわからない。そろそろ試合が開始されるかという時に弾丸のように桃花ちゃんが駆けてきた。
2年。五十嵐先輩のところだ。
「五十嵐先輩っ、良かったらこれ飲んでください。」
スポーツドリンクを渡しているようだ。
「あーりがと。応援していってくれる?」
「応援したいですけど、私もまだ試合があるから…」
女子サッカーでうちのクラスは順調に勝ち進んでいるようだ。重畳。
ところで桃花ちゃん、うちのクラスのバスケチームは応援しないのかい?
「残念。桃花チャンも頑張ってね。」
チュッと指先にキスをした。
キャーーー!!と体育館に女生徒の悲鳴が響く。ファンクラブこそないが、五十嵐先輩にも多くのファンがいるのだ。性格は「曲者」って感じだけど、顔は綺麗系な美形だからね。
「激励のチュー」
「あ、あの、あの…し、失礼しますっ!!」
桃花ちゃんは頬を赤く染めたかと思ったら、やって来た時と同じように弾丸の如く駆けて行ってしまった。台風みたいな子だなー。
しかし桃花ちゃんから五十嵐先輩に好意矢印か。ゴールデンウィークには二宗君や雨竜君とイベントしてたのにな。
私は複雑な気持ちで雪夜君にメールを打つのだった。二宗君は後半戦の準備を整えている。
「最後まで頑張ってね。」
コートに戻る二宗君にそう声をかけた。
「力の限りを尽くそう。」
二宗君は表情一つ変えずにそう言った。彼がそう言うからには全力なのだ。
彼の全力で事に臨む姿勢は評価できる。デキる男は格好良い。
ついでに述べておくと五十嵐先輩は優秀なスリーポイントシューターで次々とミラクルプレーを決めていた。これでさぞやファンを増やしたことだろう。奇しくも二宗君もスリーポイントシューターだ。しかし五十嵐先輩に比べると若干精度が甘い。うちのクラスのチームは五十嵐先輩のチームと当たって敗退した。
女子サッカーは3位と健闘。男子サッカーも同じく3位だった。1位は一条先輩のいるチームだ。なんでも1位を取らなければ気が済まないのか、あの男は。私は呆れ半分に結果を聞いていた。
お次は気になる結衣ちゃんのアルバイト。
王道は求められるから王道なのだ。
多分殆どの人に予想がついてると思います(笑)
新キャラも登場します。