第11話
ゴールデンウィーク後半は雪夜君と遊園地へ行った。別に雪夜君とものすごく仲良くなったとかそういうのじゃない。ただ父母から使用期限間近な遊園地のパスポートを2枚貰った。両親に貰ったからには妹と行こうと思ったのだが都合がつかない。手数料を払えば使用期限が延ばせるようだが面倒臭い。妹は「お姉ちゃん、友達と行ってきたら?私遊園地って人が多いからそんなに好きじゃないし。」とのこと。それから友人を誘ってみたのだが返事が芳しくない。中学の頃からの友人はコースターなどの絶叫系が嫌いなので行きたくないとのこと。私も絶叫系苦手だけどね。里穂子ちゃんに聞いてみたところ「お金がかかるから…」とのこと。パスポート自体はあっても中での飲食やお土産ではかなりお金がかかるのだ。美容室とドラッグストアとショッピングモールで散財した里穂子ちゃんには厳しいものがあるのだろう。一人で行くよりかはいいかと誰かにチケットを譲ろうと考えた。どうせただで貰ったものだし。期間延長手続きをしても一緒に行ってくれる人がいなければ机の引き出しの中でひっそりと忘れられて寿命を終えてしまいそうだ。
誰に譲るか悩んで携帯のアドレス帳を開いた。アドレス帳には色々な人物がいるが、ふと雪夜君の名前に目がとまった。
今回の事ではかなり迷惑をかけてしまっているしお詫びに渡してはどうだろう。雪夜君に連絡を取ってみた。
「もしもし。結衣お姉ちゃん?何かあった?」
「何かあった訳じゃないんだけど、5月12日までのファンタジアランドのチケットが2枚あってね、良ければあげるから友達と行ってきたら?ってことなんだけど、どうかな?」
「……結衣お姉ちゃん『お詫びに…』とか考えてない?」
うっ。鋭い…
「気にする事無いのに。結衣お姉ちゃんが友達と行ってくればいいと思うよ。」
雪夜君は電話口で苦笑しているようだった。声が笑ってる。
「えっと。友達にはもう断られた後で…」
雪夜君を後回しにしたようで(したんだが)声が小さくなる。
「そうなんだ?じゃあオレと行く?」
答えはあっさりしていた。
「え?」
「あれ?嫌だった?『断られた後』ってことは結衣お姉ちゃん自身は行きたかったわけだと思ったんだけど…」
「行けるなら行きたいけど…いいの?」
「いいよ。行こう?」
こうして雪夜君との遊園地行きが決定した。
天気は晴れ。いい天気だが目玉がごろつく。コンタクトの調子がよろしくない。今日は眼鏡か。某ブランドの赤のセルフレームをかける。テンプルに特徴的な惑星のような形のオーブが付いているが、このフレームではオーブに骨が生えたデザインになっている。プリントTシャツにグレーのパーカー、下は赤のタータンチェックのミニスカートにニーハイ、スニーカー。よし。おかしい所は無いな?チケット、お財布、携帯、ハンカチ、ティッシュ、メイクポーチ、持ったな。肩掛けカバンを背負って、電車に乗って待ち合わせ場所に行った。いちいち降りてホームで待ち合わせるのが面倒くさいので、待ち合わせ場所は現地の駅にした。私が着いた時には雪夜君はもう来ていた。
雪夜君は白のインナーの上に赤のボタンダウンチェックシャツ、下はデニムのパンツ、幅広なメッシュベルトと首から下がったシルバーのプレートペンダントがお洒落だ。アメカジ風。
「お待たせ。遅れてごめんね?」
「遅れてないよ。時間ぴったり。」
雪夜君はにこっと笑った。
ゴールデンウィーク中だけあって人が芋洗い状態だった。妹と同じく人ゴミが苦手なのでちょっと引いたが、ランドに入ってしまってからはハイテンションだった。思わずパスポートケースだけじゃなく、このファンタジアランドのマスコット、ウサギのピコリーナちゃんの耳カチューシャを買ってしまったほどだ。雪夜君はもう一人のマスコット小熊のポリコのカチューシャを買って付き合ってくれた。大行列のジェットコースターに並びながらお話しする。
「結衣お姉ちゃんは何のアトラクションが好きなの?」
「何と言っても海賊の奴かな。ゴンドラで遊園地回るのも好きだけど。」
「水辺が好きなの?なら人魚姫のアトラクションも好き?」
「ああ。結構好きだなあ。そっか、私水辺が好きなのか。雪夜君は?」
今まで水辺が好きだなんて考えもしなかった。けど言われてみれば納得。あの独特の塩素の匂いがたまらない。水辺を船で巡るタイプのアトラクションは大概好きだ。
「オレはやっぱりジェットコースターかな。でも正式名称なんていうか忘れたけどピーターパンのやつとかも好き。特に夜のロンドンの街並みのところとかね。」
意外な趣味である。ジェットコースターはイメージ通りだが、若い男の子だしもっと絶叫系に偏るかと思っていた。遊園地だけじゃなくてリアルでも夜景とか好きだったりするんだろうか。
「じゃあ後で乗りに行く?」
「うん。ピーターパンはそんなに人気なさそうだから早く乗れるかもね。」
新しく出来たアトラクションや定番化してるアトラクションは混んでいるのだ。
コースターに乗った後キャラメルポップコーンを買って、食べながら地図を見る。今は色んな味のポップコーンが出ているが、やっぱりキャラメルが鉄板だと思う。
「ほら、結衣お姉ちゃんも温かいうちに食べて。」
地図を両手で広げていたら雪夜君がポップコーンを口元に運んでくれた。ちょっと恥ずかしい。
白雪姫のコースターに乗っていたら急に機械が停止した。そのままお待ちくださいのアナウンスが流れる。
「この遊園地のアトラクション、時々止まるのは乗り合わせたことあるけど、そのまま停止して歩いてアトラクション出るっていうのはやった事無いなあ。」
暗闇の中で非常口のランプを見ながら言う。白雪姫のコースターは3D的な見所があるのでどうなってるのか是非とも確かめてみたい所。
「オレも無いよ。それはそれで結構楽しそうなんだけど。貴重な体験というか。」
ちょっとくだらない事を話しながら待つとすぐに運転再開された。やっぱりアトラクションの中は歩けなかったか。残念。
途中でポリコの着ぐるみを見つけて3人で写真を取ってもらったりした。
時間が許す限りアトラクションに乗る。ポリコの探検や複数のジェットコースターも乗った。お昼は軽くお惣菜系のクレープを食べながらパレードの場所取りをした。パレードの身振り手振りを即興で参加できるようにキャストの人たちが教えてくれるが、私は覚えが遅い上に羞恥が手伝って結局参加しなかった。雪夜君が「その分写真でも撮っておけばいいんじゃないかな?」と慰めてくれる。ノリと勢いで参加できちゃうキャラだったら良かったのに。恥かしかったんだもん…
写真を取りながらパレードを見てからまたアトラクション。チュロスも食べた。シナモン味が美味しい。
「結衣お姉ちゃんおいしそうに食べるね?」
「美味しいから。私ここのチュロスが滅茶苦茶好きなんだよー。」
コンビニのチュロスなんかとは全然違う。サクッと柔らか。
隣で同じようにチュロスを齧りながら雪夜君が笑っている。
氷像世界では雪の女王の世界が作られているが、女王の持つ杖の先端の玉は氷ではなくクリスタルグラスだ。触ると幸せになれると言われている。
「雪夜君、この杖の先クリスタルグラスになってて、触ると幸せになれるんだって。」
「…触っとけば?」
「うん。雪夜君もどう?」
「ん。」
白い息を吐きながら二人でクリスタルグラスを触った。通りかかったお客さんに触ってる所を写真に撮ってもらう。氷像世界は本当に幻想的な美しさだった。
お土産に持って帰りたいくらいだ。お土産と言えば…
「ファンタジアランドのクッキー美味しいよね。空いた缶は小物入れとかに出来るし。アリスのアトラクションの近くにコーヒー味のクッキーお土産に売っている店あるよ。美味しくて私は好きだな。」
「じゃあ、後で寄ろうか。」
そこでは手作りクッキー用の型とかも売っている。ピコリーナちゃんモチーフで可愛いが、型抜きクッキーなどはあまり作らないので未購入だ。私はクッキーの中ではアイスボックスタイプのクッキーが一番好き。ココア生地や抹茶生地とプレーン生地を掛け合わせて模様入れちゃったりしてね。
ゴンドラで遊園地を回る。お喋りなガイドさんに「姉弟で冒険かい?いいねえ」と言われて二人して苦笑してしまった。やはり姉弟に見えるのか。顔立ちを言うなら私と雪夜君は全然似ていないけどね。雪夜君幼いながらにかなり整った顔立ちしてるからね。現時点でもおねーさま方に人気がありそうだけれど、かなり将来有望だ。
二人で御伽の世界をめぐっているうちに日が傾いてきたので、ちょっと早い時間だが夕食にする。私が水辺が好きだと言う事を覚えていてくれたのだろう。雪夜君の選んだのは水路の横に客席があるお洒落なレストランだ。ゴンドラの発着所が近くにある。まるでアトラクションの一部のような外見をしたお店で、とても素敵なところだ。ファンタジアランドなら一押し。だいぶ並んだが、いい具合に水辺の席が取れた。コース料理をオーダーする。前菜、パンorライス、メイン、デザート、飲み物が付いて3千円くらい。
ゴンドラに乗る人々が船に乗って手を振ってくる。それに手を振り返す。
店内は吊るしたランプの薄明りでなかなかいい雰囲気だ。
「初めて入ったけど、結構面白いね?」
ゴンドラに乗った人々を眺めながら雪夜君が言う。お気に召したようだ。
「私は凄く好き。小さい頃はこんなお店に入れなくって、ゴンドラに乗る度に『大きくなったらあそこで食事しよう!』って憧れてたの。」
雪夜君がふふっと笑った。
「初めて入ったのはいつ?」
「…去年。妹と来た時。」
二人して少ないお小遣いを握りしめてやっと入ったのだ。雰囲気的にも敷居が高くて店に入るまでは落ち着かなかった。店に入ってからはアトラクション気分で食事していたが。
「妹さんって中学生?」
「うん、今中3。生意気だよー」
幸い中二病とかは患ってないが。
料理がきて、綺麗に飾り付けされてるし、折角だからと料理も写真に収める。暗かったからあんまり上手く撮れなかったけど。
「結衣お姉ちゃんって写真撮るの好き?」
料理に舌鼓を打ちながら雪夜君が言う。
「うーん。ここで写真撮るのは印刷所でキャラクターのフレームイラスト入れてもらえるからだけど。やっぱり好きかな。一瞬一瞬がちゃんと思い出になってくのが嬉しい。この一瞬を逃したらもう二度と見られないんだって光景を残せるのも貴重だし嬉しい。」
「ふーん。食べてるところ撮ってあげよっか?」
「えっ、食べてるところはなんか恥ずかしいよ…」
「いいからいいから。ほら、フォーク持ちあげて。」
カメラを取り上げられて撮影された。デジカメだから恥ずかしいからって消すこともできるけど、折角撮ってくれたんだから記念に残しておくことにした。
今回のメインは牛フィレ肉のステーキだった。とても美味しい。恥ずかしながらパンもおかわりしてしまった。雪夜君がその様子をニコニコ眺めてるのがまた恥ずかしかった。
レストランを出てクッキーを購入後、カメラセンターに現像を依頼し、パレードに丁度良い時間になるまでお土産を探した。家族と友達それぞれに違うクッキーを買った。キャンディーやチョコレートもあるが私は断然クッキー派なのである。里穂子ちゃんにはピーターパンに出てくる有名な妖精のイヤリングを購入した。きらきらしててかなり可愛い。ピコリーナちゃんのイヤリングもあって、こっちも買っていきたかったが、予算的に断念せざるを得なかった。雪夜君は個別包装されているチョコレートクランチなどを購入していた。多分学校の友人用だろう。私達は満足のいく戦果をあげた。しかし
「出遅れちゃったね。」
パレードの通りは人でいっぱいだった。流石ゴールデンウィーク。伊達じゃない。それぞれのお土産の包みを抱えて、キャストの指示に従い、位置に付く。今か今かとわくわくしている。
「何かファンタジアランドって現実感ないよね。」
雪夜君が正面を向いたまま呟くように言う。
「夢の国だからね。」
「ここにいると面倒臭い事も厄介なことも忘れられるよ。」
雪夜君は私に向き直って静かに微笑んだ。日常では結構疲弊しているのかもしれない。その一端を担っている自覚があるだけに後ろめたい気持ちがある。
「言っとくけど責めてる訳じゃないからね?」
雪夜君は心が読めるのではないかと思うほど鋭い。
私を安心させるようにそっと頭を撫でてくれた。
時間が来ると曲と一緒に華やかなパレードが始まった。
「すごい!綺麗!」
現金なものでパレードが始まると私のテンションは大盛り上がりである。夜の一大メインというか、とにかく華やかなパレードなのである。曲も壮大でドリーミングな感じで気持ちが盛り上がる。
「ダンスもすごいよね。」
雪夜君も感心したように眺めている。きらきら光る電飾と踊る人々。手を振るキャラクターの着ぐるみたち。食い入るように見つめていた。
「見て見て!雪夜君!ティンカーベル!すごい可愛い!!」
「うん。綺麗だね。」
二人で楽しくパレードを眺めた。
長いパレードが終わって花火が上がる。
「これで終わりかあ…なんかちょっと寂しいな。」
「そうだね。」
花火が終わりに近づく頃ちらほらと人々が帰宅し始める。名残惜しそうに花火を見上げて私達はカメラセンターに現像された写真を取りに行く。帰りの電車で雪夜君の分の写真を渡す。
「この写真、桃花ちゃんには見せない方が良いかもしれない。」
迂闊に見せると私が桃花ちゃんの恋のライバル認定されてしまう。
「誰にも見せないつもりだよ。」
雪夜君の答えは安心できるものだった。帰りの電車は少し遠周りをすれば座れる。気が付くと私は雪夜君に凭れかかって寝ていたらしい。「もうすぐオレ降りるから。」と雪夜君に起こされた。
「あ、ごめん。じゃあ気を付けて帰ってね?」
寝ぼけ眼で答える。
「うん。結衣お姉ちゃんも気を付けて帰ってね。」
雪夜君は笑顔で電車を降りていった。
話しの流れで一緒に行く事になっちゃったけど、かなり楽しかったな。私は自分の降りる駅に着くまで撮った写真を眺めていた。家に帰ると雪夜君からメールが届いていた。『無事に帰れた?今日は一緒に遊園地に行ってくれて有難う。楽しかったよ。お土産も好評。桃姉は雨竜とイベントしていたみたい。』雨竜先輩のイベントは桃花ちゃんが隠された雨竜の本性を感じ取り、自然のままの先輩が見てみたいと言うやつだ。雨竜はネガティブな半面情熱的な一面がある。イベントが進めば面白い事になるかもしれない。私は雪夜君に簡単に返信して歯磨きしてお風呂に入って寝た。かなり疲れていたらしく夢も見なかった。
お相手は雪夜君でした。
ドッキリした?
ガッカリした?
どっちでしょう。