第1話
唐突だが私は前世の記憶がある。これは厨二病ではない。厳然たる事実だ。前世の私はまあ普通の孤独な女性だった。それなりにモテたけど孤独。前世の私の世界は現在の私の世界とほぼ同じだ。どっちも地球で日本だ。しかし決定的に時間の流れが違う。私が死ぬ直前と私が現在過ごしている環境の文化レベルがほぼ同じ。本来転生するならより進んだ世界になっているはずだ。しかし特に進化している様子がない。むしろ幼少時代、携帯が完全にカラーに切り替わっていなかったことに面食らったくらいだ。今はスマフォだけども。前世の知識は人様に自慢できるほどもないが、一応有効活用。今現在優等生だ。前世と違ってモテすらしないけど。まあそんなことはどうでもいい。とにかく前世の記憶はあっても別に困らない。と思っていた。今日この時までは。
何が何だか分からない。
不思議なことが起こった。普通に夕食を食べてお風呂に入った。この時部屋で着替えを用意した時には異変はなかった。ところがお風呂から出て部屋に戻ったらぽつんと机の上に前世で製作した黒歴史ノートが乗っていたのだ。意味不明。
前世の黒歴史とは如何なるものかというと、前世では十代の精神が一番芳ばしい頃、アマチュアの物書きに憧れて(本職は嫌)小説を書こうとした事があった。それのどこが黒歴史なのかというと、書こうとした小説のジャンルによる。純文学なら良かった。ライトノベルだ。しかも『ゲームの知識を持つ少女が、乙女ゲームの世界にヒロインとして転生する』という字面にすると羞恥に悶え苦しむようなジャンルだ。結局のところ私は『何かを創作する』という才能に欠けていてノートは小説にはなっていない。小説を書くに当たって考えた設定資料集のようなものだ。設定資料集なら恥ずかしくないって?甘い甘い、蜂蜜と練乳と砂糖を盛って苺にかけて美味しくムシャムシャしちゃうほどに甘いね!設定資料集は普通の大学ノートにして、1人物の設定に1ページみっちり書かれているのだ。身長体重から、性格、癖、家族構成、果ては好きな食べ物まで。しかもその後に小説にしたら使おうとしてストックしておいたトキメキイベントが箇条書きにされている。
ひいいぃぃいいい!恥ずか死!恥ずか死!
やばいっすよコレ。
私にこんなにも過酷な試練を与えておきながら事実は『ノートがある』それだけ。設定資料のヒロインが私なわけでもなければ、神様らしき人が出てきてアレコレせよというわけでもない。何故並行世界の前世からノートだけがぽつねんと送り出されたのか。意味がわからない。
ノートの質感を確かめる。古くない、むしろ新品みたいだ。当時の私は気にいったペンがあったからという理由で文字はすべてボールペン(油性)だ。一発書きにしては誤字脱字が極めて少ないのはちょっぴり嬉しい。
しかし意味がわからない。私はノートを手に首を傾げた。
後日その謎は解明されることになる。
4月の晴れた日。私は高校1年の入学式を迎えることになる。桜はもう葉桜だが新芽が芽吹きそよ風に揺れている。いい季節だ。私はブレザーの制服に着替えスカートの丈を調節する。適宜短くはするだろうが、入学式では規定通りである必要がある。鏡に映る私は艶やかなストレートの黒髪を前下がりのおかっぱにした眼鏡っ娘である。ちょっと釣り目がちな大きな黒い瞳をしている。くるりと一回転して異常がないか調べるが、特に寝ぐせとかはないようだ。うん、真面目そう。実際は別に真面目じゃない事を私は知っているが。
母に声をかけ、家を出て、電車に揺られる。車内は混んでいてちょっと息苦しかった。同じ学校に通う友達がいれば一緒に待ち合わせてくるところだが、残念ながら私の狭い交友関係内にはこの学校に来る人物は存在しなかった。
クラス表を見て見る。6クラスあるので、探すのに結構苦労したが、名前の順なので私の名前は大抵最初の方にあるのが救いだ。
あ、私の名前、朝比奈結衣ね。
4組の一番先頭に私の名前があった。それから『新入生の方はこちらへ』の張り紙に従い、入学式会場へと進む。クラス別にずらりとパイプ椅子が並んでいるところへ端から座り、開始を待つ。
空いていた片側にも人が来た。男子生徒のようだ。この年にしてはかなり背が高い。そしてすごいイケメンだ。理知的で整った顔立ちには真面目な表情。黒のセルフレーム眼鏡。ぽさっとしたアッシュがかった色の黒髪があちこちに跳ねている。うーむ、眼福。しかしどこかで見たような顔だな。
と言ったところで初対面(?)と思しきイケメンにいきなり話しかけるようなコミュ力は私にはないのだ。眼鏡イケメンのもう片側に座った女子は勇猛にも会話をしかけるが失敗に終わっている模様。この眼鏡イケメンもコミュ力は低いようだ。
思索に耽る私を置いて入学式は開会を告げた。
儀礼的なお話に続くお話。特に校長先生のお話は長い。しかも趣旨がよく掴めない話だった。よもや寝ている奴はおるまいな、とキョロキョロしてみたが流石に居ない。斜め後ろの男子生徒は目が半開きだったが。周りまわって生徒会長のお言葉だ。
壇上に上がる生徒会長を見て驚いた。かなりのイケメンだ。ちょっと赤味がかった黒髪はちょうどいい長さにはらはらと散っている。これが無造作ヘアなるものか!切れ目がちの目と弧を描いた唇に確かな自信が窺える。
「生徒会長の一条誠だ。これからの学生生活、俺様にすべてを委ねろ!」
開口一番そう言った。
「すごいな」
隣の眼鏡イケメンがぽそりと呟く。
ごく自然に「何が?」と聞き返すと、さも今私の存在に気付いたかのようにちょっと目を見開いた。
「いや、大したことではない。ただ私の人生において一人称が『俺様』な人物と遭遇したのは初めてだったというだけだ。」
小さな声でそう返した。「成程」と返す。確かに物語の中でならともかく現実ではそんな人間そうそうお目にかからない。恥ずかしくってしょうがないもの。私としては君の一人称が『私』であるというのもちょっと微妙な気持ちだが。社会に出れば沢山いるよ。しかし高1だよ、君。あと生徒会長にすべてを委ねる気にはさらさらならない。あら不思議。
校長に比べ生徒会長の話はよくまとまっていて分かり易かったし、それ程長くもなかった。